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世界の異変
2. ゼロを探す依頼
しおりを挟む『巡る世界の創生記』は、魔法やさまざまな武器でモンスターを倒してレベルを上げる、よくあるファンタジーゲームだ。ほのぼのとした雰囲気で、シンプルなシステムは使いやすく、魔法やスキルも複雑なものはない。
ただし一風変わっている点があった。その世界の住民はすべて、獣の耳と尾を持つ獣人なのだ。
草食や肉食、選択した種族によっては大型種や小型種の違いもあって、固有能力や得意分野も変化する。
耳や尾の動く感覚もちゃんとわかるようになっていた。これ、最初はびっくりしたよ。
初めてこのゲームに出会った頃、僕は最近のゲームに膿んでいた。
ずっと興味のあったVRゴーグルとゲーミングチェアを、初めて我がマンションの一室にお迎えしたのが二十歳の頃。それから八年、毎日毎日ゲームばかりやっている。
一人暮らしでお金もある。他人に迷惑をかけないタイプのダメ人間だよ。
真面目にこつこつプレイしているうちにキャラが強くなり、オンラインゲーム界隈で知られるようになって、他のプレイヤーに声をかけられる頻度が増えた。
それから一気につまらなくなった。放っておいて欲しいのに、強いキャラに寄生して得をしたい連中がしつこくすり寄ってくるようになったのだ。
――どうしてゲームの中でまで、こんな疲れる奴らの相手をさせられているんだろう。
そんな時、目について飛びついたのが、新作ゲームのテストプレイの募集だったというわけだ。
ゲーム疲れの気分転換をしたかったんだよ。ゲームでね。どうしようもないな。
初のテストプレイは楽しかった。僕はたまたまバグを発見するのが巧かったのか、成績が良かったそうだ。
そんな思い入れのあった『巡る世界の創生記』が、いきなり配信停止になった時は少なからずショックだった。
そこにまさか、こんな裏があったとはね……。
□ □ □
《これから何度もやりとりをすることになるし、ラフな口調にさせてもらうね》
「ええ、構いませんよ。自分は砕けた口調に慣れていないので、丁寧語を継続しますけど気にしないでください」
高村は僕と違って、かなりのコミュニケーション強者のようだ。
僕は初対面の相手に、初日からタメ口なんてできないよ。
《近年のゲームはプログラムの量がとにかく膨大で、メインのキャラや背景以外はシステムに自動生成させている部分が多いんだ。自動だからプログラムがどこにもないなんてことはないし、仮に削除しても削除履歴がちゃんと残る。でもゴーストは、そういった痕跡が一切ないんだ。キャラの設計図が影も形もないのに、何故かそこにある。まずはこのゴーストがどこにいるのか見つけて欲しい》
あまりに簡単に言われて、どんな表情をすればいいのやら一瞬わからなかった。
「ゼロがどこにあるのかを探せっていうことですか? 無茶でしょう」
《そうでもないよ。今回のゴーストは、自動生成NPCの住民だとわかってる》
NPC――ノンプレイヤーキャラクター。人間が操作していない、システムの操作するキャラ。ゲーム内の住民やモンスターもそれに該当する。
「どうしてわかったんですか?」
《バグの検知システムだよ。誰かが会話をしているのに、記録が残らなかったらおかしいってなるだろう》
「なるほど。でもそれなら、僕に依頼する必要はないんじゃないですか?」
《変だとわかっても、システムじゃ足跡を追えないんだよ。何故かプレイヤーの目じゃないと発見できないバグっていうのがあるんだ》
なるほど。検知システム自体も完璧じゃないから、新作ゲームが出るたびにテストプレイヤーを募るんだったな。
《ちなみに『ロード・オブ・ダークネス』が吹っ飛んだ時は、複数のパーティーが最終決戦のボスに挑んで、敗北した直後だったらしい。多くのプレイヤーが脳波を接続した状態だったから、中には廃人になってしまった人もいるって噂だよ》
「えっ!」
《ほとんどの人は強制的にログアウト状態になっただけらしいけどね。でもそういう危険も充分考えられるから、うちは早い段階で配信停止に踏み切ったんだ。向坂くんにはこちらでアカウントを用意するから、調査用のキャラでダイブして欲しい》
高村によれば、配信停止にはもうひとつ理由があった。個人を識別し、サービスを利用するために必要な権利であるアカウント、その新規作成が一切できなくなっているというのだ。
つまり新たな客を増やせない。本格的な配信を開始してせいぜい一年半のゲームで、これは痛い。
《新しく作れないだけで、既に作られてるアカウントはそのまま利用できるんだけどね。今の顧客だけで配信を続けても盛り上がらないし、大赤字必至なんだよ。それ以外にも、ゴースト出現時に見られる兆候なんだけど――》
●ゴーストと接触したキャラは、会話の記録どころか接触履歴自体が一切残らない。
●プレイヤー同士が世界観に合わない会話をしていた場合、本来NPCの住民は無反応のはずだが、横で聞きながら首を傾げる住民が増える。その後多くの住民がプログラムにない言動を見せ始め、修正も変更もできなくなる。
「本物の異世界だったら、こちらの世界の会話を聞いて変な顔をするのは当たり前ですよね……。ゴーストの目的って、仮想空間をより自然な世界に近付けることでしょうか?」
《向坂くん、マンガとかアニメの影響受ける人? そういうのは考えなくていいからさ、とりあえずちゃんと調査してくれたらいいよ》
――いきなりそれかよ。
ピリ、と顔が引きつりそうになった。
高村は微妙な笑顔だ。この顔は知っている。クラスの人気者が、空気の読めない生徒に「こいつ変なヤツだな」と思っているのを露骨に出しつつ、とりあえず笑ってやるという笑顔だ。
僕はマンガもアニメも全然詳しくないけど、なんでそういうのが好きだと決めつけた?
《キャラの設定やレベルはいじれるから、どんなキャラが動かしやすいっていうのがあったら教えてくれる?》
高村は平然と会話を続けた。画面越しだから、こちらの空気が一瞬張り詰めたことなんて伝わらなかったろう。
なんとなく察した。こいつはゲームで遊ぶ人間を、内心ではバカだと思っている。
好きでやっているわけじゃない社員なんて山ほどいるだろうさ。だけど部下でも友人でもない相手に、いきなりそういうのを出すってどうなんだ?
かなり若いし、社会経験が乏しいんだろうか。
前回の吉野さんと交代してくれないかな……。
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