僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

文字の大きさ
4 / 99
世界の異変

3. 世界に潜る

しおりを挟む

 自分の分身であるアバターのキャラについて要望を伝えた後、高村は準備のため一旦席を外した。
 一時間ほどで戻るというので、その間に通販でのんびり生活雑貨を注文し、お湯を沸かしてドリップ式のコーヒーを淹れた。いた豆が一杯分ごとにパック包装になっているものだ。
 肺いっぱいに香りを吸い込んだ後、スティックシュガーの中身を半分ほど入れ、スプーンでかき混ぜる。甘党ではないけれど、苦いのは好きではなかった。
 コーヒーの香り自体は好きなので、少し苦みを抑えれば美味しく飲めるようになる。フゥとカップに息を吹きかけながら、ぼんやりと部屋を見渡した。
 普通の住宅地にある十五階建ての賃貸マンション。六階の南向きにある部屋は、そこそこ広さのある1LDKだ。
 自炊が苦手なので、ほとんど使われていないカウンターキッチンは綺麗なまま。掃除だけはあまり苦ではないから、フローリングのどこを見ても埃ひとつないのだけが取り柄だ。
 キッチンからはゲーミングチェアとサイドデスク、ベランダに続く広い窓が見える。すぐ前に公園と広い川があって、高い建物がなく、遥か遠くまでよく見える。
 このキッチンからも、うっすらと地面から突き出たビル群が、オモチャのようにかすんで見えた。

 コーヒーを飲み終えてシンクに片付けた後、ずっと座りっぱなしだった身体をほぐすために簡単なストレッチを始め、一時間を少し過ぎたあたりでコール音が鳴った。

《お待たせ、社用のアカウントをひとつ手配できたよ。調査用のアバターも作ったから、要望通りになっているか確認してもらえるかな》

 高村の姿の下に画像が表示された。
 くせのない白い髪と琥珀色の瞳。頭部から伸びた長い耳。細身で俊敏そうな、兎族の少年だ。
 僕が個人的に最も使いやすいと感じた種族。意外と運動能力が高く、鍛えれば魔法も使えるようになって、一番バランスが良かった。
 ちなみに大型種と小型種も選択できる。
 大型種はややパワー型で、男の成体はおよそ百七十センチ程度。
 小型種はスピード型で、およそ百六十センチ程度。実年齢より少し幼く見える。
 今回は小型種にした。一見すれば十五~六歳だが、実年齢の設定は二十歳。こちらで指定しなければ、自動的にこの年齢になる。

「レベルは九十九が上限のままですか?」
《上限を解放するアップデートの前に、異常が見つかっちゃったからね》

 スクロールしながらひとつひとつ確認すれば、少年のレベルは九十九、ステータスも兎族として上げられる最大値にしてくれていた。
 特に魔力とスピードに多く数値を割り振ってもらっている。
 スキルも希望通り。
 魔法も地、水、火、風の四属性があり、兎族としては最高の中魔法まで憶えている。
 四つもの属性に適性を持つ種族は少ない。兎族は高位魔法を習得できないのがデメリットで、後半は火力が足りないと言われがちだったけれど、全体のバランスの良さはそれを補って余りあると僕は思っていた。

《どのみち今はレベルの概念がなくなってるから、上限解放していても意味はないんだけど》
「どういうことです?」
《レベルアップの仕組み自体が消えてるんだ。体力値も魔力値も見られなくなる》

 つまりそれ以上のレベルに上げられるようになっていたとしても、新たな経験値が入ることはなく、体力・魔力の残量もわからないってことか。結構ハードモードなゲームになりそうだな。

《そんな感じのキャラでよさそう?》
「はい、これで問題ないです」
《名前はどうする? 自由につけられるけど》
「そうなんですね。……カタカナ表記の『レン』でお願いします」
《了解。……レン、と》

 本来なら世界観に合った名前がランダムで表示され、気に入ったものを登録するようになっていた。キャラに実名をつける者が増えたから、その対策だそうだ。
 レンは本名の『れん』の読みだが、キャラ名としてはありふれているし、僕以外でダイブする者はいないから問題ないだろう。

《ちなみに今、仮想空間内の時間は停まっている。どういうわけか、誰かがダイブした瞬間から時間が進み出すんだよ》

 オンラインRPGは通常、プレイヤーが入っていない時も時間が流れ続ける仕組みだが、それが勝手に停止してしまったそうだ。

《向坂くんには時間加速でダイブしてもらうことになる。加速率は十倍。現実世界の一時間で、ゲーム内では十時間行動できる。その間は外から中の様子が見られず、通信もできない》
「時間加速なんて、できるようになってたんですね」
《結構前からね。実装許可が下りないだけで》
「……脳の負荷ですか?」

 ピンときて尋ねると、高村はうん、と軽く答えた。

《休めば全然何ともないけど、休まずに遊ぼうとするゲーマーがいるだろ? そこらへんが解決すれば、いつか実装できるようになるんじゃないかな》
「そうですね。……そこが問題というのなら、道は遠そうな気もします」
《だね》

 高村はあまり感情のこもらない笑顔で肩をすくめた。
 僕も感情豊かとは言えないし、はっきり言って根暗なほうだが、なんとなく「解決しなくてもどうでもいいけど」と続けそうな相手の雰囲気は少し引っかかる。
 さっきの通信でいきなりバカにされたと感じて、苦手意識から悪い方向へ受け取ってしまうのだろうか。

《まずはゲーム内で十時間経過したら中断、現実で一時間休んで再開、これを何度か続けてもらう。じゃあ早速だけど、ダイブしてみてくれる?》
「ほかに注意点はありませんか?」
《ほかに……あ、そうそう。蘇生用の魔法とアイテムが消えてて、もしキャラが死ぬと生き返る方法がないんだ》

 あ、そうそう、じゃないだろ!
 いよいよ怒鳴りたくなってきたが、グッと我慢した。

《しかも何故かアカウントまで消えて、別のにも登録し直せなくなる。その人は完全に続行不可になるんだ》

 それは……キャラではなく、中のプレイヤーが死んでしまったと、その世界に見做されたということじゃないのか。
 どうせ真面目に聞かないだろうから言わないが、だんだん不気味になってきた。

《向坂くんはそうならないよう、くれぐれも気を付けてくれよ。社用アカウントも数に限りがあるし、また別の人に一から説明するの面倒だからさ》

 面倒。これが高村の一番の本音だろう。
 この依頼を受けてよかったんだろうかと不安になってきたけれど、もう断れる段階ではない。高村の後出しジャンケン話法、もしわざとだったら大したものだ。
 それ以降も気になることをいくつか訊いて、高村が苛立ち始めるより先に僕の疑問が尽きた。あとは報告の都度、気になったことを尋ねるしかない。

 サイドデスクに携帯を置いて、ゲーミングチェアに身を委ね、VRゴーグルを装着する。
 ログインの可否を問う見慣れた画面が表示され、僕は選択した。
 Yes、と。

 違和感もなく脳波による認証が完了し、僕の精神こころは仮想空間の世界にいざなわれる。
 エレベーターに乗った時の浮遊感を覚えた直後、とてつもなく眩しい光に包まれた。
 光がやわらいで、僕は自分の瞼が閉じていたことを知る。目の前の血管が赤く透け、徐々に感覚が鮮明になり、指先がぴくりと動いた。
 僕は立っている。靴を履いて。
 それから――……

「――っ!?」

 ひとつ呼吸をした瞬間、ガッと目を見開いた。
 土のにおい。踏みしめた草のにおい。
 樹の幹のにおい。枝葉のにおい。揺れる野花のにおい。
 何だこれは。
 何だこれは?
 この世界に『におい』の概念はなかったはずなのに……!?

「索敵スキルの『嗅覚』はあったけど、こんな……」

 こんな、五感に迫ってくるような、全身で周りの世界を感じ取る、本当の意味での嗅覚なんてなかったんだ。
 それなのに。

「なんだよ……これ……」

 僕は空を見上げた。恐ろしく澄み渡り、どこまでも濃い青が果てしなく続いている。
 前回プレイした時もこうやって天を見上げ、「まあまあかな」と呟いた。
 あの時はこんなにも、純度の濃い色をしていただろうか。


しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

もふもふ獣人に転生したら最愛の推しに溺愛されています

  *  ゆるゆ
BL
『もふもふ獣人転生』からタイトル変更しました! 白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で息絶えそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 本編、完結済です。 魔法学校編、はじめました! リクエストのお話や舞踏会編を読まなくても、本編→魔法学校編、でお話がつながるようにお書きしています。 リトとジゼの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントなくてもどなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! 第12回BL大賞さまで奨励賞をいただきました。 読んでくださった方、応援してくださった皆さまのおかげです。ほんとうにありがとうございました! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

処理中です...