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世界の異変
11. 今さら自己紹介
しおりを挟む食事の後は冒険者登録をすることになった。
やはりここはネーベルハイム市の冒険者ギルドで間違いなかった。デューラーが先に立って案内してくれて、ロルフとイヴォニーが僕の後をゆっくり歩いてくる。
僕の尻尾に強い視線を感じるが、多分イヴォニーだろう。触ってこなければ無害だ。彼女が暴走しそうになったら、きっとロルフが止めてくれる。
「こいつのハンター登録を頼む」
「こんにちはデューラーさん。かしこまりました、すぐ準備いたしますね」
依頼用の窓口と新規登録の窓口は異なり、僕以外に誰もいなかったのですぐに対応してもらえた。
デューラーはこのギルドの『顔』だったらしい。彼が担当者に声をかけると、明らかに相手の腰が低くなる。別の獣人にはタメ口で話していたのに、デューラーには丁寧語だ。
僕が前に立つと、人のよさそうな若い犬獣人は目を丸くした。なんで兎がハンター? 生産系じゃないの? とでも思っていそうだ。
しかし僕の背後に立つデューラー、ロルフ、イヴォニーへ順に目をやって、一応は納得したらしい。
僕が弱くとも、この三人に守ってもらえると思ったかな。まあ、まさにその通りの状況で知り合ったんだが。
「ではまず、片手でこれに触れてください。……はい、問題ありませんね」
カウンターに置いてあった、水色の水晶柱の置き物だ。マナクリスタルという魔道具で、過去の犯罪歴などがわかるらしい。
ゲームによっては、プレイヤーが他のプレイヤーを殺してアイテムを奪うことができるものがある。『巡る世界の創生記』は、そういう殺伐とした要素を排除しており、『犯罪者や指名手配されている者はギルドに登録できない』という設定だけがあった。それがこういう形で生きているようだ。
雰囲気を出すための置き物でしかなかった水晶柱も、重要な役割を持つ魔道具になっている。
「え、総合能力値『S』……? ……推奨ランク『C』? なんだこれ……」
能力値もわかるのか!?
顔をしかめそうになった。総合力のみで、詳細は出ないようだけれど、『S』はまずい。
冒険者のランクは上からA~E。初めて登録する時は最低のEランクからだ。
Aの上にあるのがSランク。これはプレイヤーにのみ到達可能なランクで、ゲーム内の住民にはいないんだ。
「兎ちゃん、そんなすごかったの!?」
「なんか強そうとは思ってたけど、デューラー並みかよ~」
イヴォニーとロルフのよく通る声が響き、周辺にいた獣人の視線と耳が一斉にガッと集中するのを感じた。
勘弁してくれ……。
「兎が?」
「兎だろ?」
「兎? 初めて見た」
「まさか兎が……」
ひそひそ、ぼそぼそ。
ほんとやめてくれ、僕こういうのダメなんだって。何故僕は兎なんて選択してしまったんだ。
嫌な汗を流していると、急に静かになった。背後からピリリとした気配を感じて振り返れば、デューラーが周囲をギロリと睨んでいた。
やはり彼は強者なのだ。頼もしいな。
いや待て、ロルフがさっき……。
「デューラーのランク、Sなのか?」
「総合力はな。俺の登録しているランク自体はAだ」
「それでもこのギルドではトップですよ。この方、面倒がってランクアップをしてないだけなんです」
つまらなそうに言うデューラーに、受付の犬獣人が呆れた顔をした。
Sランクって、国から依頼が来るようになるからな。報酬は美味しいけれど、そのぶん面倒なのばかりなんだ。
ロルフとイヴォニーはBランクだそうで、この二人もかなりの強者だった。デューラーをリーダーとして常に組んで行動しており、受ける依頼の難易度は全員の安全を優先し、Bランクまでだという。
今までの僕なら、ワンランク上の依頼受けてもいいんじゃないの? と、気軽に言っていただろうな。
「俺はもっと低いランクで登録してもらえないか?」
「ですが……」
渋る担当者に、僕は溜め息をつきながら言った。
「――スランプなんだよ。いろいろ事情があって、能力をちゃんと発揮できるとは思えない。だから低ランクからにしてくれ」
「そうなのですね。ん~……ということは、だから推奨ランク『C』ってことかもしれませんね。一旦これで登録させてもらいますけどいいですか?」
「わかった。そうしてくれ」
Cで登録しておいて、最初はDぐらいの依頼を試せばいいか。
「では登録名をお願いします。本名じゃなく略名でもいいですよ」
「『レン』だ」
背後の三人が、小さく「あっ」と声を上げた。
僕もここで「あっ」と気付いた。
――そういえば、自己紹介をしていなかった。
僕が普通に彼らの名前を呼んでいたものだから、彼らもてっきり名乗りを済ませたと勘違いしていたようだ。実は僕自身は一度も名乗らないまま普通に喋っていたのだと、この段階でようやく皆が思い出した。
「これが冒険者証です。なくさないでくださいね」
受付の犬獣人から、金属板に細いチェーンを通したペンダントを受け取った。それをちゃらりと首にかけた後、改めて今さらながらの自己紹介をした。
「レンって小型種だろ? 何歳なんだ?」
「小型種だよ。歳は二十歳だ」
ロルフの問いに頷きながら答えると、彼は目を剥いて絶句した。
イヴォニーも目を真ん丸にして口を開けている。
デューラーでさえ少し目を見開いているな。まあ、兎は少ないっていう話だから、彼らが驚いても無理はない。
それはともかく、周囲からも「二十歳!?」「あれで!?」と聞こえてくる。うるさいな。僕の元の外見であれば……あれば……いや、何も言うまい。
ちなみにデューラーは二十二歳、ロルフは十九歳、イヴォニーは十八歳だった。
「首飾りは服の下にかけておいたほうがいい。普段でもだ」
「わかった、デューラー。本当に今さらなんだが、呼び捨てでいいよな?」
「当たり前だ。ところで、俺達の仲間に入るか? 実力はともかく、勝手がわからんだろう」
「そうだな。入れてもらえると助かる」
慣れるまで独りでの行動は危険だ。そんな打算込みで応えたのに、二ッと笑ったデューラーは何げに嬉しそうで、ロルフとイヴォニーにも「やった!」と歓声を上げられてしまった。
僕がスランプだと言ったのは聞こえていたろうに、こんなお荷物になりそうな奴相手へ、どうしてそんな歓迎ムードなんだ?
デューラーが解散を告げ、ロルフとイヴォニーは「また明日!」と元気よく去って行った。二人は別の宿屋に泊まっているそうだ。
僕はデューラーの後をついて、ギルド専用の貸し部屋に続く階段を上りながら「あっ」と思い出した。
ポケットを探り、仕舞っておいた鍵を取り出す。
調子が狂いっぱなしだ。こんなにあれこれ失念するなんて。
「デューラー! これ、おまえの部屋の鍵」
「ん? ――ああ、そうだったな」
デューラーはきょとんとしていた。彼も鍵のことを忘れていたようだ。
「不用心だぞ、かけ忘れるなんて。おかげで俺も遠慮なく出られたんだが……」
「いや。忘れたんじゃなく、普段からかけていない」
「は?」
「俺の魔法は器用でな。侵入者を防ぐ魔法や防音の魔法なんかも使える。そもそも俺のにおいの染みついた部屋には、俺より弱い敵は入ろうと思わない。だが、言われなければそんなことはわからんな。悪い」
……侵入者を防ぐ? 防音? そんな魔法、この世界にはなかったぞ。
肉食の大型種は魔法があまり得意じゃない。なのに、狼族では初めて見る聖属性。ゲーム世界の住民には、到達できないはずのSランク。
このデューラーという男は……。
しかし彼が鍵を開けて部屋に入っていくのを追い、僕はまた肝心なことが頭から抜けていたのだと歯噛みした。
ベッドがひとつ、ソファはない。そして「泊めてもらっていいか」とは、一度たりとも確認していない。
「デューラー、俺は別の部屋を借りる! 下の受付で借りられたよな?」
「ほかの部屋は埋まっているぞ? 俺は床で寝る。気にせずおまえがベッドを使え」
「気にするだろ!」
「いいから使え」
彼は緑の液体の入った小瓶を僕に渡した。
「狸から買った。一応、寝る前に飲んでおけ」
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