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世界の異変
20. 自覚の兆し
しおりを挟む僕はペットボトルのキャップを閉め、部屋の中に戻った。
中身の半分残ったそれを冷蔵庫に仕舞うと、再びゲーミングチェアに腰を下ろす。
開始のたびに高村と交わす言葉などない。チャット機能で『これからダイブします』とだけ入力すれば、送信後すぐに既読のマークが付いた。
いつも間を置かずに反応があるけれど、こいつはヒマなんだろうか。
――そして僕は、デューラーの部屋に立っていた。後ろ手にドアを閉じた直後からだ。
「はあ……」
なんだかここに来るたびに、深呼吸から始めている気がする。
「落ち着く、このにおい……」
他人の、それも男のにおいで、それってどうなんだ。
そうは思っても、ささくれ立った心を包み込み、ぬくぬくと癒やしてくれるこの空気は、それ以外に言いようがない。
買ってもらったばかりのボディバッグを、身体の前で抱える形にしようか、それとも背中側にしようかいろいろ試していたら、デューラーが戻ってきた。
僕が何をしていたのかを察したようで、可笑しそうに唇の端を上げた。
「俺の経験上、その大きさの鞄なら前にしたほうがいい。物を出し入れするのが便利だし、街歩きをする時に背後から盗人が寄ってくることもある」
「そ、そうか」
デューラーの手元からどんどん飛び立つ金貨に青ざめておきながら、ちゃっかり喜んでいる自分の子供っぽさに顔が熱くなった。
「ギルド長は何だって?」
「それなんだが、しばらく手を付けられていない高難易度の依頼があってな。明日はそれを受けて欲しいと言われた」
「指名依頼というやつか?」
「強制じゃないが、それに近い。ロルフとイヴォニーも一緒に行くことになる」
デューラーは気乗りしない顔だった。高難易度ということは、僕のランクでは同行できないものなんだな。
「まさかスライムとか?」
「いや、それは強制依頼でも受けない。南の平原をさらに南へ進んだ先に『湖の迷宮』があって、そこに少々しぶといのがいるそうだ。餌でおびき寄せるんだが、一日目は引っかからん。迷宮近くの村に泊まって、早く終わっても三日がかりにはなる」
なるほど。水系の迷宮は森林系より難易度が高くて、専用の魔道具や魔法が必須になってくる。カンが戻ったばかりの僕は参加させられないんだな。
僕としては悪くない状況だ。これまで常にデューラーが近くにいたけれど、いない時では獣人達の反応がまた変わるかもしれない。本人がいると聞けない話、それに耳を澄ませるいい機会だ。
責任感のある狼は、僕を置いて行くことが気になるのだろうけれど。
「俺は適当に過ごしているからそんなに心配いらないぞ、デューラー。土産を楽しみにしている」
「ああ。あのへんにもおまえの好きそうな実がなっているから、楽しみにしていろ」
そ、それは楽しみだ。本気で。どんな実だろう?
パッと思い付くのはジュエリーシリーズのベリーだな。アメジストベリー、サファイアベリー……ルビーがあんなに美味しかったということは、ほかの実も期待大だ。
ほくほくしていると、デューラーに腹を抱えて笑われてしまった。
「ははは……! おまえ、ほんと食うの好きだな!」
「わ、悪いかよ!?」
「誰が悪いと言った? はは……!」
喉奥だけを震わせる笑い方をしそうなのに、意外にもほがらかな笑い方で、ドキリとしてしまった。
その後もドキドキと……なんだこれは?
「『森の迷宮』より若干遠いから、明日は四時頃に起きる。おまえは……」
「行く前に声をかけてくれ。俺は自力で起きるのが苦手だから、おまえに起こしてもらわないと昼まで寝過ごしそうだ」
「ふっ、寝過ぎだろ。わかった。ちゃんと起きろよ」
「ふん、起きてやるさ!」
デューラーがまた笑った。そして僕の胸はさらにドキドキ鳴り始めた。
ひょっとしてこれは、初めてできた仲間との気安い会話というものに浮かれているのか? 恥ずかしい奴。
それはさておき、四時起きとは助かる。時間加速のダイブは十時間が限度だ。六時起きだと、超過するかしないかのギリギリだった。
その後も迷宮についてのアドバイスや、ロルフとイヴォニーの面白うっかりエピソードなどを聞き、ついでにどちらが床で寝るか揉めて、僕が根負けしベッドに入ることになった。
デューラーが浄化魔法をかけてくれてサッパリした後、マントを外して毛皮を被る。服のまま眠るというのにも、なんだか慣れてきた。
申し訳なくも愉快な気分で瞼を閉じた。明日もこんな日が続くだろうかと、楽しみになったのは初めてかもしれない。
――けれど、深夜。
寝返りを打つたびにフワリとデューラーの香りに包まれ、「いい匂い」と心の中で思った瞬間、意識が浅く浮上した。
心のささくれがどんどん治っていく感覚に、ぼんやりした頭で、初めは笑みすら浮かべていた。
それがだんだん、おかしな気分になってきて……。
僕は目を見開き、ともすれば出そうなうめき声を噛み殺した。
どくどくと心臓が打ち、嫌な汗でびっしょりになる。
「……っ!?」
信じられない。なんでこんな。
毛皮の中で、慎重に股間へ触れた。
……中心が、わずかに反応していた。
どうしてこんな状態になるんだ?
何が起こっているんだ?
「……レン?」
「っ! ……な、なんだ?」
「調子が悪いのか? 汗が」
こんなに真っ暗でも、僕の状態がわかるのか。
そうだな、こんなにも汗をかいていたらバレるだろう。
「……何でもない。明日早いのに、起こして悪い」
「いや」
清浄な魔力に包まれ、全身の汗がすっと引いた。デューラーの浄化魔法だ。
寝汗が消えた瞬間、また彼の匂いが強く漂った気がして、僕は毛皮の中で拳を握りしめた。
「あ……ありがとう」
「ん」
その後はデューラーに背を向け、ぎゅっと目を瞑ったまま動かなかった。
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