僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新たな兎の始動

52. ネーベルハイムのギルド長

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 ところで僕は、こういう時にどうしたらいいんだろう。
 ダメになったのが僕へのお土産だけだったなら、「気にしていないから次の機会にまたよろしくね」って言えば、この場は丸く収まるんじゃないかと思う。
 だけどイヴォニーが失くしてしまったのは、ウォルの荷袋そのものだ。それ自体がとても貴重で、中に入れていた荷物も全部ダメになったとなれば、僕が偉そうに取り成していいことじゃないよな。
 そういうのを簡単に預けられるということは、彼女は普段こういうミスをしない信頼があるからだろうし、たまのミスぐらい大目に見てあげて欲しいと思ってしまうけれど。それは僕の考えが甘いという気もする。
 そもそもちょっとしたミスで片付けていい話なら、ウォルだって「今後気を付けろよ」で終わらせてあげていたはずだ。
 そうじゃないから、簡単には許してあげられないでいる。

 萎れている猫族の少女と、それを渋面で見下ろす狼族の青年をハラハラしながら見比べていたら、脇から遠慮がちに声をかけられた。
 ギルド職員だ。

「すみません、デューラーさん。お食事の後で結構ですので、ギルド長室に行ってもらえないでしょうか? 昨日の件についてお話を聞きたいとのことで、そちらの方にも……」

 職員さんはおそるおそる、僕のほうにも視線を寄越した。怯えている風に見えるけれど変な含みはなく、純粋に僕にも同席して欲しいと望んでいるようだ。
 相手の本音がすぐに伝わる獣人の性質って、こういう時は疑心暗鬼にならなくていいな。

「わかりました。僕もギルド長にはお話ししたいことがありましたので」
「レンがいいんなら、俺も構わん」

 ウォルが『レン』と口にしたことで、職員さんは少し驚いた顔で耳を揺らした。けれど余計なお喋りをすることはなく、「よろしくお願いします」と行儀よく頭を下げ、自分の仕事に戻って行った。

「話はそこまで長引かんだろうから、おまえらは適当にギルド内で待機しておけ」
「はいっ、イヴォニー了解しましたっ!」
「了解っす」

 僕らがギルド長と会っている間、二人は依頼書をチェックしたり、ギルド内の店を物色しておくそうだ。冒険者ギルドの店はだいたい初心者向けで、彼らはよく市内の専門店を利用しているけれど、定期的に新しい商品が入ることもある。
 イヴォニーは職員さんのおかげで、一旦説教から逃れられることになった。満面の笑顔で元気に返事をしているけれど、これで終わりではなく『中断しただけ』なのだと彼女は理解しているのだろうか……?

 ともかく残りの料理は皆わずかだったので、心持ち急いで食べ終えた。
 『黒熊亭』で支払いを終えて――今回はウォルのおごりじゃなくちゃんと自分で払った――受付に声をかけ、案内を頼む。
 関係者以外立ち入り禁止の受付内へ入れてもらい、扉を通ると、そこにはあちらの世界の役所か銀行をファンタジーテイストにしたような場所が広がっていた。

「ここの受付奥って、こうなっていたのか」
入ったことはないのか?」
「僕が以前拠点にしていたところでは、受付を通らずに直接ギルド長室へ行けるようになっていたんだ。もちろん関係者以外立ち入り禁止なのは変わらないけれど、僕はSランクに達してから顔パスになった」
「へえ。さすがだな」

 ……ゲームでの話だったけどね。そう素直に称賛されてしまうと、少し気まずい。
 今はウォルが魔法を使っていないから、僕らの会話は周りの職員にも聞こえている。その逆もまた然りだ。誰かが「なんでトーマン今日はいないんだ」とか呟いたの、ばっちり聞こえたぞ?
 確かに彼がいたら、絶対に僕らをこの場でとっ捕まえて、遠慮なく根掘り葉掘り訊いてきたろうな。
 訊くといえば……。

「ウォルは何度か会っているんだろう? ここのギルド長はどんな方なんだ?」

 会わなきゃいけないとわかっていたくせに、これを一度も訊いていなかった。本当に僕は抜けている。生身相手のコミュニケーションスキル、最弱レベルの廃ゲーマーだったからなあ。
 ゲームなら会話に時間制限なんてなかったし、相手はいくらでもこちらの答えを待ってくれたけれど、現実にはそうはいかないだろ。
 素の僕のまんまで、初対面の相手とまともに会話できるのか? なんだか緊張してきたな。
 ウォルは「安心しろ」と口角を上げ、僕を勇気づけようとしてくれている。

「ここのギルド長は、豪快でいて慎重。見た目だけなら犯罪者だ」
「いきなりとんでもないワードが出てきたんだが?」

 そのセリフ、『安心』との関連性はどこに?

「まぁ会えばわかる。義を重んじて実力者には敬意を払う男だ。おまえならさほど緊張する必要はない相手だぞ」

 つまり、ロートス・クラインのランクの威光か。執拗にレベル上げをするタイプでよかったと思う一方で、心配なのはそこじゃないんだよ。僕の人見知りが発動しないかどうかっていう話で。
 そんなことをつらつら考えつつ、職員の後に続いて奥にある階段を上った。
 どうやら二階に会議室や責任者用の部屋があるらしい。冒険者専用の宿は三階まであったけれど、受付のある場所は天井が高かった分、ここは二階までしかないようだった。
 そして僕はギルド長専用の応接室に案内され、ウォルの人物評に心から頷くことになった。

「呼び立ててすまねぇな。ここのギルド長のキーファーだ」

 男らしい太い眉。左目に黒い眼帯。服の上からも隆々と存在感を示す筋肉。
 年齢は五十歳前後だろうか、それでもなお衰えを一切感じさせない眼光。
 ひとことで言えば、山賊。服装はきちんとしているのに、漂うおかしら感。
 思えば前の拠点のギルド長が、『荒くれの多い冒険者に睨みを利かせられるよう、外見も選考基準になっている』って言ってたっけ。あの獣人はあの獣人で、泣く子も黙る大盗賊団の頭領がかすむぐらい凶悪な犯罪者づらだった。
 あの時は平気で話ができたなぁ。だってゲームキャラだと思ってたからさ。
 バリバリに緊張している僕へ、ギルド長は頭を掻きながら再度「すまねぇ」と謝ってくれた。

「そう警戒しねぇでくれると助かるぜ。まあアンタの考えてる通り、用があんのはデューラーじゃなくアンタのほうだ」

 え、考えてる通りって?
 ああそういえば、呼び出されたのはウォルだったのに、さっきからこの頭領――じゃない、ギルド長は僕に目を据えて話しかけてくるな。

「職員どもがアンタらの会話を耳に入れて騒いでやがったんでな。不作法なのは詫びるが、一応確認させてもらいたい。あんた、ギレスブイグの『ロートス・クライン』ってぇのはマジか?」

 ギレスブイグ市。――前の僕の拠点だ。
 ネーベルハイムから一番近い別のダンジョン都市で、そこで活動していた頃にレベル上限の九十九に達し、大型アップデートを待ってゲームを中断したんだ。

「以前拠点にしていた住まいはもう処分しました。これからはここで活動する予定です」

 しまった。まず先に「そうです、僕がロートス・クラインです」って答えなきゃいけないとこだったのに……!
 僕の耳が後ろに伏せて硬直しているのを見て、ギルド長は「だからそう警戒してくれるなって」と眉をハの字にした。
 いえすみません、これは警戒じゃなく、単に受け答えの順を間違えて冷や汗をかいているだけなんです。
 しかもウォルまで僕の感情を取り違えたのか、ギルド長について話し始めた。

 なんと、彼はこの見た目で生産職なのだそうだ。
 石化の毒液を吐く魔物に左目をやられて引退したものの、現役時代は凄腕の冒険者だったらしい。
 生産職なのにどうして身体を鍛えて魔物を狩っていたかというと、単純に素材集めのためだそうだ。自力で獲りに行ったほうが早くて安上がりだと。
 そして普通にAランクまで上り詰めたが、得意分野はあくまでも戦闘ではなく生産なのだという。

「ギルド長は『容器』を作ることに関しては右に出る者がいない。特殊効果のある桶や壺、食品の腐敗を遅らせる冷蔵箱や冷凍箱、イヴォニーに持たせた例の荷袋もそうだ」
「――あれはあなたが作ったものなんですか!?」

 いや、僕は現物を憶えていないけど、ものすごくレアで高価なものなんだよね?

「まあな。素材が簡単にゃ集まらねえもんで、そうそう作れねえんだけどよ」

 ギルド長が照れ臭そうにぽりぽり頬をかく。
 だんだんギルド長……キーファーさんのことが平気になってきたかもしれない。


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