鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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恋と真実

32. 手続き早々(*)

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 オスカーが長椅子に座り、悠真を膝の間に抱え込んで、濡れた頬を袖でぬぐった。
 失ったものを悲しいと言い、受け止められ、包み込んでもらえる多幸感に癒やされながら、悠真は思った。
 彼も重く沈んだおりを吐き出して、少しは心を軽くして欲しい。自分より彼のほうこそ、ずっと多くのことを呑み込んできたのだろうから。

 二人でぽつぽつ話をした。責任感の強いオスカーは、弟を置いて家を出たことをずっと悔やんでいたようだ。せめてあの子も連れて出ればよかったかもしれない、と―――でも現実としてそれは難しかった。彼がいなくなれば、カリタス家の後継ぎはミシェルだ。実行していたならば、それはそれで大ごとになっていた。

 そもそもオスカーが当時何歳いくつだったのかという話である。自分の口調が厳しく威圧的で、あの弟には逆効果であったのかも、とオスカーは悔恨するが、両親が健在なのに、十代前半の兄が弟の教育に責任を持たねばならない状況がおかしいのである。
 しかも彼いわく、サボリ茶会事件当時、ミシェルはとっくに五歳になっていた。
 悠真は三歳の頃には『にほんむかしばなし』を読み、一部のひらがなも書けていた。『ち』と『さ』が反転したり、めちゃくちゃではあったけれど、ミシェルも能力的にはそれができたはずと確信している。実際ミシェルの中にいたからこそ、わかるのだ。

「元々の僕の能力って、素質的には多分ミシェルと同じぐらいだよ。『理想の自分になりたい』って願ったのなら、基本は自分と変わらないのに、自分にできなかったことをやれている同年代の人間、ていうことで僕が選ばれたのかも。だって僕より遥かに才能豊かな人なんてたくさんいるんだから」

 より自分に近く、かつ能力をうまく使えている者。悠真とミシェルは誕生日も同じで、そこも適合しやすかったのではないか。その推測にオスカーも頷くしかなかった。
 無理のないことを無理のない範囲でやらせていたのに、それを嫌がる可愛い子の言い分だけを聞き、この子には無理だ、まだ早いとカリタス夫妻が止めさせていた。その子を一番侮っていたのは、ほかでもない両親だったと言える。

(ていうかミシェルのお勉強嫌いって、日常的に両親が『すごくつらくて大変なことだから頑張らなくていい』って口にしてたせいじゃないか? 兄貴がいなくなって、修正させる人がいなくなっちゃったろうし。あいつをようなんてしたくないけど、元を辿れば元凶はあの夫妻なのか)

 それから、悠真は少し気になっていたことを尋ねた。
 
「揺り籠、か……私も使っていたろうと思う」

 水谷家に揺り籠はなかった。親戚に使っている家庭があったかどうかは知らない。
 一方、この国では赤ん坊と揺り籠はセットだ。悠真が鏡から出る際、一瞬浮かんだあのイメージは、オスカーの中に刷り込まれているイメージだったのだろう。

「あの時、断片的にだが、小さなおまえが家族と過ごしている光景がえた。おまえ達はとても幸せそうで……それを私の肉親が奪った。どうにかせねばという義務感も、罪の意識も、消そうと思って消せるものではない。おまえは嫌かもしれんが」
「……うん。オスカーはそんなの、僕に感じて欲しくない。正直、謝られたって許さないとしか言えないし、許したくない。だから、オスカーには謝られたくない」
「ああ、わかった」

 しんみりした空気を吹き飛ばすように、悠真はグッと拳を握りしめた。

「だ・い・た・い! 贅沢なんだよ、こんなすっごく良いお兄様がいるのに文句ばっかり! 僕の兄ちゃん姉ちゃんに負けないぐらい最高だぞ!? 要らないんなら僕の兄によこせ!」
「くく……光栄だな。私はおまえの大切な兄君や姉君に負けていないか」
「そうなんだよ! いっぱい遊んで甘やかすだけじゃなく、ダメなもんはダメって面倒がらずにきちんと教えてくれるし、それでいてうまく出来た時は褒めまくってくれるんだぞ? それを十八年間やり遂げるってすごいことじゃないか! ブラコンシスコン呼ばわり上等だ、兄ちゃん姉ちゃん最高、大好き!」

 高らかに宣言すれば、とうとうオスカーの肩が揺れ始めた。元の世界でもクラスメイトに堂々と宣言して爆笑されていたが、少し恥ずかしくなってきた。

「そういうことです。以上」

 締めくくると、笑いの余韻の残っている顔で、オスカーが意味深に見つめてきた。

「二つ、要望がある」
「な、なんでしょうか?」
「光栄だが、おまえの兄にされては困る」

 首筋をつぅ、と撫でられ、両腕が一斉に粟立った。

「それから。……私は、おまえを甘やかすだけ甘やかしてみたい」

 片腕で悠真の腰を捕え、片手でボタンをプツ、プツ、と外し始める。

「……す、するの? ここで?」
「したい」
「ぁ……」

 首筋に吐息がかかる。
 小暖炉の魔石が、ボッと熱を増した。

「明日、また……立てなく、なっちゃう、よ……」
「歩けても、運んでやる」

 会話になっていない。喉を舐められ、苦言を封じられた。

(昨日も、あんなにしたのに。こんなに連日して、僕の身体、大丈夫なのかな)

 体調そのものは前より絶好調なぐらいだ。痛みも怠さもない。ただ、足腰に力が入らず、何かがいろいろダメになりそうなだけで。
 しかし鎖骨に額をこすりつけてくる男が、甘えているようで可愛いと思ってしまった。そう思ったらもう終わりだ。悠真は家族から甘やかされるのが好きで、同じぐらい家族を甘やかすのも好きだった。
 こっちだってオスカーを甘やかしたい。抱きしめて、頭を撫でてあげたい。
 そう思ったら、もうダメだった。


 前をはだけられ、下はすべて脱がされ、外套は着たまま。
 そんなあられもない格好で、座っているオスカーと向かい合い、自分から腰を落とした。
 顔が燃えそうだった。止まった涙がまた溢れそうになりつつ、頑張って半分ほど呑み込んだあたりで、がくがく震えて動けなくなった。
 オスカーが腰を掻き抱いて、グイと下半身を密着させ、一気に最奥まで押し込まれた。悠真は悲鳴を上げ、布巾に包まれた己の先端が濡れたのを感じた。
 下から抉り込むような動きが開始され、目の前の男にすがりついた。
 「服を汚しそうで怖い」と泣き声交じりに訴えれば、「栓をしてやるから大丈夫だ」と卑猥な言葉を吹き込まれた。
 文字通りみっちり栓をされたまま、最奥に叩きつけられた熱が一滴でも漏れたかどうかなんて、悠真は知らない。



   □  □  □



 そう。知らないと言ったら知らない。知らなくていいのだ。
 例えば、今夜は意識があるうちに解放してくれたな、とか。
 下着とズボンを履かせてくれた時、尻の谷間に挟んだ布巾は後でどうなるのかな、とか。
 きは片腕抱っこ、帰りはお姫様抱っこなんて何があったかバレバレだな、とか。
 そんな些事は悠真の記憶には残らないのである。
 ちなみにガゼボ周辺の景色に違和感を覚え、よくよく目をこらしたら、あんなに樹々に積もっていた雪がすべて落ち、氷柱つららは折れ、池の氷が割れて流氷と化していた。
 なにこれ、と目を丸くする悠真に、オスカーは少し遠い目で「まぁ気にするな」と言った。多分犯人僕か、と悠真はピンときそうになりつつ、これも記憶に蓋をすることにした。

 そんないろいろあった翌日の朝は快晴。とても久しぶりに『朝』目が覚めたような気がする悠真は、明るいテラスでオスカーと朝食を摂り、図書棟で至福の時を味わい、そこで一緒に昼食を食べた。
 そして昼過ぎ、約束通りリアムが書類の入ったカバンを抱えてやって来た。

「オ~スカ~? きみねえ、連続何日目? ユウマくんまた立てなくしちゃってどうすんの」

 オスカーはしらっととぼけ、悠真は赤面するしかない。
 真相を言えば、今日は立てるかどうかすら確認していないので不明なのだ。オスカーが昨夜の「歩けても運ぶ」を有言実行しているからである。さらに「甘やかすだけ甘やかしてみたい」も実行中だ。

(ハハ……今日は会う人会う人、みんなの顔に副音声がえるよ、どうしようね……)

 しかしリアムが書類を応接間のテーブルに広げ、意識を明後日に泳がせている場合ではなくなった。
 これは何の書類で、どういうことを書いているよ、と明朗な口調で説明し、最後に悠真のサインが必要な個所を示したのだが、既にそこに書かれていたサインに身が震える心地になった。

〝フォレスティア王国国王ガーランド・フォルティス〟

 王家の印と、国王陛下の直筆サイン。リアムのサインもあったけれど、国王のサインに硬直して現状のとんでもなさを実感するのだから、思った以上にこの国での貴族生活に馴染んでいたのかもしれない。
 リアムがこれを「明日持ってくるね!」と言ったのが昨日の夕方で、持ってきたのが今。昨夜の内に土台を仕上げ、本日の朝には正式な書類にして謁見を取り付ける、何をどうすればそんなスピードで出来るのか悠真には想像もつかない。ついでにリアムの凄さも実感したと正直に白状したら怒られるだろうか。

「まずは国民登録の書面にサインしてくれるかな。一番効力が確実なのは精霊文字だけど、書けるんだったよね?」
「はい」
「きみの本名そのままの順でいいから、発音通りに書いてもらえる? 該当の発音の文字はあるはずだけど」
「はい、大丈夫です」

 精霊文字は豊富で、悠真のフルネームに対応した発音の文字もある。
 言われた通りサラサラと書けば、いきなり文字が発光し、次いで紙全体が光を帯びてパチンと消えた。

「すごい。精霊立ち合いの手続きって、こういうことが起こるんですね」
「……ないよ?」
「……ないな」
「はい?」

 リアムが目を見開き、オスカーが口元を手で押さえている。
 あ、自分なにかやらかしました? と悠真は悟った。


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