鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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恋と真実

33. うっかりミス

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 リアムが手帳サイズの薄い冊子をめくり、最初のページを悠真に見せた。先ほど悠真がサインしたA4ほどの紙とあらかじめ割り印が押されており、リアムが指で示した箇所には、既に悠真のサインが入っていた。止めや払いの部分のクセまで、完全一致のコピーだ。

「本当はきみが両方にサインをしたら、私が契約を司る精霊に申請の文言を唱えて、受理されたら光る、ていう予定だったんだけどね。この冊子はきみの正式な身分証だから大切に保管して。国に提出するほうは私が出しておくから。この首飾りは略式の身分証。紛失しても手元に戻るようにしてあるから安心だよ。万一外に出かけることがあったら絶対かけておくようにね」

 リアムの笑顔があまりに麗しく、悠真は縮こまりながら小声で助けを求めた。

「オスカー。ごめん、僕、何やったのかな」

 真正面のリアムには聞こえると承知の上だが、気分の問題だ。

「おまえがサインをした時点で、契約を司る精霊が裁可を下し、これは有効なものであると認めると同時に、そのサインを身分証に写した。精霊自らがサインをしたとも言えるな」
「すごいよねえ、こんなの初めて見るよ。聞いたこともないなあ。後で文献調べてみなきゃ。ほかの文書でも同様の現象が起こるのか是非ユウマくんも一緒に検証を」
「後にしろ。……ユウマ、自分のサインをよく見ろ」
「僕のサイン?」

 言われた通りしげしげと見つめてみる。鏡の世界で山ほど書きまくったからか、上達してなかなか綺麗な……

「鏡文字!?」
「それが原因だな」
「それだよね」
「すみません! つい、いつものクセで!」
「いつものクセか……」
「つい、で書けちゃうんだね……いやあ、『つい』で精霊文字を反転させてサラサラ書ける人とか初めて見るよ。私だって連続で五文字書くのが限界なのに」
「……僕、普通に読み書きできてましたけど、これ言わないほうがいいですか?」
「隠す必要はないな。魔導語は精霊文字からの派生で、人が使いやすいように簡略化された言語だと言われている。より高度な魔法ほど精霊文字を使うのは、もともとこちらが源だからだ。どちらかと言えば隠さんほうがいいだろう。おまえの身分に異を唱える輩が出ても一発で黙る」
「強い言語ほど精霊に通じるから、ユウマくんが直に契約の精霊へ挨拶したようなものだよね」

 リアムの笑顔が麗し過ぎて、ひたすら不吉だ。悠真も彼の裏面が徐々に読めるようになってきたらしい。

「きみの身分はたった今から《精霊公》だ。私より偉くなっちゃったねぇ。今後ともどうぞ御ひいに~」
「やめてくださいよ! 今さらですけど、せめてもっと控え目なのはなかったんですか? 僕は精霊公です、なんて自分から名乗りたくないです……僕、気持ちはいつでも一般人なんですよ……!」
「下手に格が低そうなのにしたら、図に乗って何様な勘違いするおバカさんがいるから却下。身分が高いほどお付きの者が名乗るものだし、恥ずかしいのは最初だけだからそのうち慣れる慣れる。ひとまずそれは置いといて、ささ、婚姻誓約書だよ。ばばんとサインしてしまいなさい。さっきのと同じ文字でいいからね、ほらほら」

 本当に持って来たのか。やっぱり必要なのか。こんなの、ばばんと書けてたまるか。手元を睨んでうんうん唸り続けていたら、悠真の手に誰かの手が重なった。
 ちらりと横に目をやれば、手の持ち主がほんのかすかに笑んでいる。

(う……待ってくれてる……でも『どうした、早く書け』って追い込まれてる気もする……!)

 あまりの甘ったるさに倒れそうになりながら、再び手元に視線を戻して、深呼吸。
 ―――よし、書いてやったぞ……!

「……あれ? 光らない?」
「貸せ」

 きょとんとする悠真の手元からオスカーが誓約書をさらい、迷いなくサインをした。その直後、先ほどよりもやわらかな燐光が包む。

(わー、きれい……光も綺麗だけどオスカーの字も綺麗だな。意外に貴族的で流麗な手跡……)

 ぼけっと見惚れていると、不意打ちで唇を奪われた。触れるだけの軽いキスだったが、リアムにひゅうと口笛を鳴らされ、悠真はしばらく撃沈した。



 家に入るための婚姻ではなく、互いが伴侶であるとの誓いを証明するためのものなので、どちらも苗字は変わらない。
 結婚式もしない。この世界の結婚式は祈り誓う対象が精霊であり、愛し子と半精霊人の結婚式は、例えるなら神が神前結婚をするようなものだ。
 その代わりにお祝いはする。むしろ盛大に祝わない手はないでしょうとばかりに、ウィギルの号令で使用人一同が集合、満面の笑みで「おめでとうございます」の大合唱をされてしまった。
 どこかに埋もれたくなる悠真だったが、厳しい教師風な家政婦のゾーイが、目を潤ませて二人に祝辞を述べ、それどころではなくなった。

「ゾーイって、オスカーの乳母だったの!?」
「まあ、な……」

 それならお母さんみたいな人じゃないか、と言いかけて悠真は口を噤んだ。乳母は乳母、母親とは違う存在だと、どちらも弁えておかねばならない。増長した乳母が主人の子を自分の子だと主張し、その子を操ろうとした事件は過去を紐解けばぞろぞろ出てくる。
 だからゾーイもオスカーも常に線を引きながら接していた。それが互いのためでもあるからだ。その上で、心の中で身を案じ、幸せを祈ることは罪ではない。
 悠真はきっちりもらい泣きをし、リアムがオスカーの横で笑いながら肩をすくめ、ウィギルが良いタイミングで手を打ち鳴らした。

 合図とともに、怒涛の大宴会に雪崩れ込んだ。
 大広間へ大量の酒樽が運ばれ、次々と料理が並べられてゆく。各自が好きに取り分けて食べる大皿料理の数々に、面食らったのはオスカーだ。

「いつこのような準備を……」
「昨夜から進めておりました」

 主君と伴侶と客人のテーブルだけは上座に置かれ、それ以外は使用人全員が好きに陣取って食べて飲んで騒ぐ。ウィギルと上級使用人の一部は給仕のため、後日使用人だけの打ち上げに参加するという。
 気が引けてばかりいると却って皆を困らせてしまうので、悠真は開き直ることにした。これだけの大人数の前で膝上抱っこと「あーん」だけは固辞し、初めて顔を合わせた厨房の人々を褒めちぎり、湯気だけでよだれの垂れそうな料理を目につくものから堪能してゆく。

 格式が行方不明な大宴会に、リアムと、それからオスカーも意外なほどに馴染んでいた。この形式(?)の宴会をレムレスの館へ最初に持ち込んだ犯人がリアムであり、共犯がウィギル、いつの間にか使用人すべてに浸透し、そこにオスカーが問答無用で巻き込まれ、今や恒例……そう仏頂面で話すオスカーにリアムが爆笑し、ツンと無表情で控える執事。
 悪いと思いつつ悠真も笑ってしまった。

(誕生日とか新年会で毎回やってるのかな? ふふ……)

 今日こんなに賑やかにしてくれているのは、オスカーへの祝いと同時に、悠真が固くならないようにという気遣いもあるのだろう。実は単なる宴会好きかもしれないけれど、皆が歓迎してくれているのは表情を見ればわかる。
 お礼に、余興として魔法を披露することにした。
 大人数の近くで炎は危ないから、水と氷のみを使う。氷の結晶でつくった大きな輪の中に氷の鳥をくぐらせたり、ネズミの国のお城をうろ覚えで再現したりするたびに「おおっ」とどよめきや歓声が上がり、ダイヤモンドダストのイメージでキラキラ霧状にして輝かせれば拍手喝采を浴びた。
 するとだんだんリアムの目が爛々としてきたので、オスカーが「ここにいろ」と悠真に一言残し、文句を垂れる危険物の首根っこを引きずって行ってしまった。

「リアムさん、あんな人だったんだなあ」
「あそこまで中身が見た目を裏切るお人はいやせんでしょうねぇ」
「見た目で得より損なさってるお方でやすからねぇ」

 同じ顔が二つある。おかしいな、これお酒だったかな―――悠真の視線が自分のグラスと彼らの顔を行き来するのを察し、ウィギルが「双子の御者、タッドとサディアスにございます」と耳打ちしてくれた。
 いつか彼らの雪車そりに乗せて欲しい、巨大犬をモフらせて欲しいと悠真は確約を取り付け、相棒のために肉の塊を抱えていく彼らの背を羨ましげに見送った。



   □  □  □



「虫が出た」
「おや、気合入っているねえ。極寒の中ご苦労様だ」
「王子の側近候補がミスをしたようだ。周囲に悟られた者がいる。心当たりはあるか?」
「……ひょっとしてあの坊やかな? 祖父から『精霊の悪戯いたずら』の話を聞き、どうしても確かめたくなったそうでね。茶会の席で塩味の菓子をあれに出したら、あれは『甘くておいしい』と喜んだそうだよ。それが昨日の話で、私がそれを聞いたのは今朝。殿下に謝罪されてしまったよ、二度と探りを入れないよう厳重注意しておいたと」
「その茶会、参加者は」
「二人きり、人払いもしたそうだがね。普段そんなことはしていなかったというから、そりゃ怪しまれるだろうに」
「周辺の掃除をするから一泊していけ。おまえの館への連絡は《ウェスペル》に届けさせる」
「お言葉に甘えるとするよ」



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