鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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友との再会

45. 闘志*

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 汗やその他をざっと流し、二人で浴槽に入れば、悠真の肩まで水位が来る。温度が少し高いため、横抱きで膝に乗せられ、胸の下までが浸かるように調整された。
 肩が空気に触れていても、寒さは感じない。湯気で浴室全体が温まり、くっついていれば互いの体温も伝わる。
 時おり、オスカーの指が悠真の胸にたわむれかかった。ぷくりと育った部分を丹念に揉み、色づいた飴を美味しそうにしゃぶる。
 一方の手は、愛されて間もない後ろに伸びた。中指がぬくりと入り込み、感触を愉しみながら蠢く。
 灰の髪を引っ張らないよう注意しながら、悠真は形のいい後頭部を抱えて喘いだ。

「……?? ……なんで? ……たたない……きもちい、のに……」
「体力の消耗が激しいから、だろう。回復したそばから、また私が使わせてしまったからな」
「……でも、オスカーの……」
「元々の体力差だ。受け入れる側の消耗が大きいのだから、コレは気にしなくていい。適当に鎮める」
「やだ。入れて……」

 離れようとする顔を追いかけ、自分から唇を重ねた。隙間から躊躇ためらいなく舌を差し入れれば、すぐに絡め返してくれる。
 低い苦笑とともに指が抜かれ、雄が慎重にもぐり込んできた。湯を纏っているせいか、いつもと感触が違って驚いたけれど、不快感はない。
 極力負担がかからないように、優しく奥をトントンと突かれ、ゆだらない時間を見極め、中に放たれた。

「あぁ……は、ん……」

 小さく達しながらのけぞった。甘い吐息に誘われ、オスカーの唇が重なって吸い付く。

たずに、イけちゃった……)

 うっとりと身を委ねながら、とろけた思考でふと思い出した。そういえば、最初の頃もそうだったっけな。
 特殊な状況ではあったのだろうけれど、あの初体験はすごかった……。

「どうしよう、幸せだ……すんごく幸せ……」

 想いがそのままこぼれ落ちた。重なるオスカーの口元が、少し笑んだのがわかって、ますます幸せになった。


 勝者、悠真。
 ただし予想通り、己の痴態が脳裏に蘇っては悶え転げることになり、なおかつオスカーにリベンジマッチを誓われてしまったので、最終的には引き分けで決着しそうである。



   □  □  □



 ―――この幸せを失いたくない。
 リアムの手紙は、ずっと微睡んでいた悠真に現実を思い出させた。
 ずっとオスカーに守られ、彼に面倒を押し付けた末に悠真の幸福が保たれている。悠真自身がそうして欲しいと望んだのではなく、オスカーも面倒ではないと言ってくれるだろうけれど、いつまでも無償の愛情にあぐらをかいていてはいけなかった。

「オスカーって、ああ見えて尽くすタイプだよね」

 唐突に尋ねられたゾーイは、答えに窮した。
 王位継承者が訪れるとなっても、この館は全く普段通り。それが北の森の流儀だからいいのだと言われれば、そういうものだと納得するしかなく、本日もゾーイとの時間はいつも通り設けられている。
 入れ替わりでペトラとモニカは休憩に入り、オスカーは敷地の見回りに行っている。尋ねるのはこの機会以外になかった。

「ごめんね。答えにくいと思うんだけど、こういう話ができるの、ゾーイしかいなくてさ。ほかの人はみんな、オスカーがこっちに来てから仕えているって聞いたし」

 質問したい内容に、ゾーイはなんとなく見当がついたようだ。

「僕の言い方、傲慢かもしれないけどさ。オスカーは、大事な人を大事にするのが好きな人なんじゃないかって、よく思うんだよ」

 極端な話、悠真をこの国の民として登録せず、存在を隠したまま飼うことだってオスカーには可能だった。けれどそうすれば、悠真は北の森から出られなくなる。
 レムレスの敷地は広大で、オスカーがいる限り、悠真は何の不便もなく暮らしていけるだろう。
 そう、彼がいる限りは。

 オスカーの身に万一のことなんて想像もしたくないけれど、最悪に備えるならば、選択肢は多いほうがいい。彼のいない場所で暮らすのは嫌だからといって、一生この森から一度も出ずにいられるかとなれば、断言できない状況はいくらでも思いついた。

 例えばもし、オスカーやリアムや、親しくしている誰かがこの森以外の場所で行方不明になってしまったら?
 出自不明・身分なしの《名もなき半精霊人》では、捜しに行きたくても行けないのだ。
 ほかにも、森の外へふらりと出かけたい、友人の顔を見に行きたい、それらすべてが叶わなくなる。ただの不審者扱いをされるならまだマシで、《半精霊人》を手に入れて利用したい何者かにしつこく追われる羽目になったら……。

「僕が安らかに過ごせるにはどうすればいいかって、いつも心を砕いてくれている。だから僕も、そんなオスカーのためにできることは何かないかなって思うんだけど……そうしたらどうしても、気になっちゃって」

 オスカーの愛情に包まれる日々を重ね、反比例してどんどん苦みが鮮烈になってゆくのが、カリタス一家の記憶だ。

「彼は本当は、家族のこと、大事に想ってたんじゃないのかな。両親のことも、弟のことも」

 オスカーが両親や弟を話題にするたび、声にも口調にも不愉快さが滲む。けれど彼の性格から、単純に嫌っているだけでそうなっているのかと、悠真は疑問に思ったのだ。
 ゾーイが目を伏せ、一瞬言い澱み、けれど答えた。

「わたくしも、そのように感じておりました。ですが、しょせん乳母は乳母。雇われている身に過ぎず、ずっと歯がゆく思っていたのです」

 悠真は眉根を寄せ、やっぱり、と独り言ちた。
 オスカーは、家族を愛していた。
 それなりに両親を慕い、弟を大切に想っていた。
 だから親から疎まれて傷付き、ひたすら甘やかされるばかりの弟の将来を案じた。
 彼は悠真を「甘やかすだけ甘やかしてみたい」と言い、実行に移しては満足そうな顔をする。心から楽しそうで幸せそうなので、甘やかされるのが大好きな悠真も、遠慮を捨てて享受していた。
 需要と供給が一致し過ぎて、どちらからも止められない。

 オスカーは―――本当は弟を、可愛がりたかったのではないだろうか。
 けれど、弟を厳しく躾ける者が誰もおらず、誰もやりたくない役割をオスカーは引き受けざるを得なかった。
 やりたくない役をオスカーに押し付け、彼だけを悪者にして、カリタス家の人々は自分達だけが優しく愛情深い人間で居続けた。

(ふざけんなよ)

 ふつふつ、怒りが湧いてくる。
 家族のためにずっと心を砕いていた彼を、誰も思いやってあげなかったなんて。
 悠真の家族は末っ子を甘やかしたけれど、それだけではなかった。人としてやっていいこと・いけないことを悠真は家族から教わったし、勉強が苦手でも授業をさぼったことはない。
 カリタス夫妻は違う。努力も責任もすべて放棄し、ひたすらペットを愛でるかのごとく甘やかした『だけ』の集大成が、あのミシェルだ。

(ミシェルのせいで、僕は元の世界も家族も全部奪われて、一年も鏡の世界で彷徨う羽目になったんだ。オスカーに出逢えたのだって、彼が僕を見つけてくれたからであって、絶対にミシェルのおかげなんかじゃない。最初からオスカーだけに任せていいことじゃなかった。僕の問題だ。―――あいつら、ビシッと言ってやらなきゃ気が済まない。彼はおまえらみたいな薄っぺらのニセモノじゃなく、本当に情が深くて優しい人なんだぞ!)

 守られるだけではなく、自分もオスカーを守る。
 そして絶対に、オスカーを幸せにしてやるのだ。


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