鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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友との再会

48. はじめまして、お久しぶりです

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 《シーカ》に尋ねてみても、これといって真新しい情報は得られなかった。生前の記憶が残っているとはいえ、当時はただの人の身であり、当然ながら己の立場や生活圏内の物事しか知り得ず、その中に《鏡の精霊》は含まれていなかった。
 けれど使役霊として感じ取れるものはあるという。オスカーの《灰の精霊》と、悠真の親和性が非常に高いのでは、ということだった。
 ものは試しにと、オスカーは《シーカ》に悠真の影へ入ってみるよう命じた。

「できたな」
「できたね。珍しいことなの?」
「私の影以外で侵入できたのはおまえの影が初めてだ。もうこの程度では驚かん」
「あはは…」

 悠真の影から入ったはずの《シーカ》が、今度はオスカーの影から出てきた。同じ待機空間に繋がっているということだろうか。
 ペンや筆談ボードはどちらの場合でも床の上に残っており、影の中へ運ぶことはできなかった。

「使役霊の状態は全く問題がないな。繋がりが途切れた感覚もない。おまえに違和感はあるか?」
「全然。《シーカ》が近くにいる感じがして安心感があったよ」
「ふむ。おまえ個人の性質なのか、おまえと私だからなのか区別はつかんとしても、利用はできそうだ」

 伴侶だから例外なのかどうかは、比較できる例がなく判断のつけようがないけれど、悠真の身の安全において大きなメリットがある。
 建物の端と端に分かれても、互いの影を行き来できるか実験してみたところ、少なくともこの館ぐらいの距離であれば、使役霊の影移動に支障はないとわかった。

「あんなに離れてても僕の気配わかるの?」
「館内にいればわかる。悪意ある侵入者ならば、敷地内に入った瞬間に気付くな」
「すご、あんなに広いのに! 僕が敷地内をうろうろ散歩してるだけだったらわからない?」
「おまえの場合、これをつけていればどこにいても位置は知れるぞ」

 これと言いながら、指先で悠真の耳飾りを弾いた。
 贈り物にGPS機能を仕込みましたと激白しているわけだが、魔法使いが伴侶に位置情報を教えるアイテムを贈るのは、この世界では常識なのだった。
 誘拐のリスクが高いとさんざん脅されている身として、悠真もそのアイテムの有用性が理解できる。迷子になったり事故で怪我をして動けなくなった場合でも、ちゃんと迎えが期待できるのだからありがたみしかない。

 悠真の世界にあった道具と、こちらの世界の魔道具談義で盛り上がり、ついでに悠真が思いついた護身魔法についても何種類か披露した。オスカーは魔法使いの視点でメリットやデメリットのアドバイスを行い、お互い熱が入って、気付けばすっかり夜が更けていた。
 独りで訓練をしていても退屈だったのに、誰かと語りながら魔法を使うのが、こんなに楽しいことだったとは。



   □  □  □



 そしてとうとう、その日が来た。

「案の定、妙なのがくっついているそうだ。一応そいつには気を抜くなよ」
「了解。……ところでさ、僕の外見、ミシェルと全然違うから殿下とジスランはびっくりするよね。どう思われるかな……」
「いらん心配だ。おまえのことだから、初対面であろうと親しくなれる」
「だといいけど」

 到着予定の時間が近付き、悠真はそわそわしながら玄関ホールに待機していた。意外なことに、どうでもよさげだったオスカーも、ごく自然にその場にいる。
 服装自体は普段と大きく変わらない。けれど滅多に結ばない髪を後ろでひとつに纏め、不思議とそれだけで貴族的な雰囲気が濃くなっていた。
 しかも二人が袖を通しているのは、仕立て上がって間もない新品。いつもの服とデザインに大差がなくとも、王族の出迎えにそれが相応しくないかと言えば、全くそんなことはない。
 日頃からそれだけ、身分相応の上等な服を、当たり前に身につけているということだった。

(この人、殿下がどうでもいいんじゃなくて、トップクラスに身分高い人の教養が身に染みついてるから、こういう時にいちいち動じないだけなんだ)

 館の人々が慌てないのも、心構えと準備が普段からできているので、慌てる必要がないだけだった。悠真とオスカーの周りに、執事とメイド長、出迎えの使用人が大勢集まり、その時を静かに待っている。
 ふと、オスカーが片手で合図をした。すぐさま従僕が両開きの扉を開けるのと、遠くに遠近感のおかしくなる犬の顔が見えるのがほぼ同時だった。

(うわ、来た……!)

 オスカーが悠真の背に片腕を添え、二人並んで待つ。
 曇りなく青い空は、それだけで彼らを歓迎しているかのようだ。犬と雪車そりが細かい結晶をキラキラ弾きながら近付き、階段の手前で横腹を見せて停止した。
 御者のタッドが元気に到着を告げ、もうすっかり慣れた緑髪の青年がにこやかに手を振った。彼の隣に座っている人物は、手紙に書かれていた近衛隊長の特徴と一致する。
 その後ろに、輝く金髪と今日の空のような目の少年、そして紅茶色の髪と目の少年が並んで座っていた。さらに後ろは近衛と同行者の三人がきつそうに座り、最後に縄をかけた荷台。

 青と紅茶色の目がそれぞれ悠真を捉えた。あれは驚いた顔だ、と悠真は思い出し、懐かしさに胸が引き絞られそうになった。
 雪車そりから降りた人々が階段を上がり、さらに距離が近くなる。二人とも次の誕生日でやっと十八歳になるはずだが、もうとっくに青年と呼んでもいいぐらいだ。

(うわぁ……二人とも背が伸びてる! 殿下、カッコよくなったなあ。ジスランは髪を伸ばしたんだ? 大人っぽくて似合う~!)

 背が高くなっただけではなく、全体的に少年の可愛らしさが抜けて凛々しさが増していた。王子は以前よりも威厳を感じさせる仕草が馴染み、言い方は変だが王子らしさがしっくりくる。ジスランは王子より線が細めで、一見厳しそうな印象は相変わらずだが、神経質そうな雰囲気が減り、そのぶん落ち着きのある知性が前面に出ていた。
 二人はすぐ近くまで来ても、視線を悠真から外さない。

「こほん」

 リアムがわざとらしく咳払いをし、二人はハッとして館のあるじに向き直った。

「―――突然の訪問を詫びるとともに、出迎え感謝する、レムレス」
「こちらこそ、長らくご無沙汰しておりますことを深くお詫び申し上げます」

 オスカーは胸に手を当て、瞼を閉じた。ごく自然で嫌味もなく、王子達から微かな驚きが伝わってくる。冷徹な人嫌い説しか頭になかったのなら、「この人こんな常識的な挨拶が普通にできる人だったんだ!?」とびっくりしても、失礼ではあるがおかしいとは言い切れない。
 突然押しかけた側として、レムレスの怒りを覚悟しているようなことをリアムの手紙には書かれていたし。

 悠真の感覚では、何日も前から予告されていたのだから、悪名高い『来ちゃった』ほどいきなりでもないと思う。けれどカリタス邸にて、殿下が来週ウチに来るそうですよと伝えた瞬間、カリタス夫妻と館全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎになったことを思い出す。
 ところでジュール王子は「大義」という言葉を使わず、オスカーも詫びると言いながらほとんど頭を下げなかった。二人とも、悠真の知識にある礼儀と少し違う。

(しまった、僕どうすればいいんだろ!? 僕の憶えてるマナーって、伯爵令息のやつじゃん!?)

 全く実感は湧かないけれど、身分社会の理屈で言えば、この中で最も身分が高いのは悠真なのではないか。最上位者が敬語を使い、深く頭を下げてしまったら相手も周りの人々も困る。
 ―――よし、こういう時はハッタリが一番だ。困った時は「何を考えているかわからない」と定評のある日本人スマイルの出番だ。

「ご紹介いたします。我が伴侶にして精霊公、ユウマです」

 どきりとした。伴侶の件はジュール王子達にも伝わっているはずだが、彼らがどう感じているのかは聞いていない。
 紹介してもらえて嬉しいけれど、どう反応すればいいのだろう。
 内心冷や汗ダラダラで見上げていたら、何故か頬を紅潮させている王子と目が合った。

「……精霊公にはお初にお目にかかる。私はフォレスティア王国国王ガーランドが一子、ジュール・フォルティス。こちらは我が側近のジスラン・ルークス。お会いできるのを、側近ともども楽しみにしていた……心から」

 万感のこもったその言葉に、悠真は涙腺崩壊の危機を察した。

(バカ、ここで泣くな、こらえろ!)

 頑張って笑みを浮かべた。声が震えそうで返事はできなかったけれど、ジュール王子が言ったように、自分達は『はじめまして』なのだ。
 ここには事情を知らない人々がいる。ウィギル以外の使用人もそうだが、王子の同行者もそうだ。とくに近衛達と、『妙なの』の前でボロを出してはいけない。

(……ん? あの人、なんで担がれてんの?)

 近衛が人を肩に担いでいた。無雑作に担ぐ瞬間が見え、てっきり荷物と思っていたら人だった。
 ジュール王子は悠真の視線の先を察し、「あれか」と半眼になる。

「なに、乗り心地があまりに良いもので眠ってしまっただけだ。公が気にかけられる価値は爪の先ほどもない」
「邪魔な荷物だけど凍ったら困るナマモノだから、運び込むのだけ許してね~」

 ばっさり斬り捨てたジュール王子にリアムが乗っかり、ジスランと近衛達が神妙な顔で頷いた。たしなめる人間がゼロ。
 ……この荷物、何をやったのだろうか。



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お久しぶりの更新です。
タイトル狙ってはいませんがこうなりました(汗)

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