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友との再会
47. よく言えば柔軟な発想
しおりを挟む生前の教養が残っている人型の使役霊自体が稀少な存在であり、かつ召喚獣や召喚霊に文字を書かせようとした変人が今まで一人もいなかったため、《シーカ》に読み書きができる事実をこれまで誰も知らなかった。
オスカーの研究者魂が爆発し、その日彼はずっと《シーカ》を質問攻めにした。
悠真は最初のうちだけ微笑ましく見守っていたのだが、オスカーがひたすら《シーカ》に夢中になり、自分の話しかける隙が一切ないままその日が終わる段階に至って、とうとうキレた。
しかも「用があるのなら声をかけてくれればよかったろう」などと言われ、カチーンときた。お仕事を邪魔しないタイミングを計りつつ、ずっと我慢していたというのに、随分な言い草ではないか。
「いーですよいーですよ、どうせ僕なんて!」といじけまくる悠真に、失言を悟ったオスカーはあの手この手で機嫌を取り始めた。
とはいえ、二人が暮らしているのは同じ部屋。もはやオスカーの部屋が悠真の部屋であり、同じベッドで寝起きしているので距離の置きようがない。普通はそこで「四六時中顔を突き合わせていたら息が詰まる」、「離れて頭を冷やしたい」となるのだろうが、この二人はそうはならなかった。
とにかく悠真を手元に置いておきたいオスカーは言わずもがな。悠真は悠真で、兄姉から彼氏彼女の話を聞かされ、喧嘩が長引けば今度は仲直りのタイミングが難しくなると知っていた。
そうでなくとも、オスカーと距離を開けたら、ダメージが大きいのは寂しがりの自分のほうだろうと確信している。よって、逆にひっつき虫になる選択をした。
以前姉が彼氏と喧嘩し、「ずっと怒っている女の相手は疲れる」とフラれた話を思い出したのもある。次の日はずっと自分の相手をする約束をさせ、ほどほどで許してあげることにした。
実質は喧嘩ですらなく、目撃した不幸な第三者が砂を吐くだけの出来事に過ぎなかったが、有言実行の男はしっかり約束を守った。彼が実は甘やかし好きであり、拗ねられて許しを乞う経験自体が新鮮で内心けっこう楽しんでいる点は、館に勤める人々にも徐々にバレつつある。
リアムからの返信に目を通して客人の到着予定日を確認し、ウィギルに伝え対応を任せると、オスカーは文字通り悠真の足を地につけない勢いで構った。悠真も完全に羞恥心を捨てきれているわけではないが、自分が要求したことなので甘んじて受け入れるしかない。
悠真にとっての楽園、図書棟のソファで抱っこをされながらくつろぐ体勢になり、最近オスカーの外出が多くなった理由を聞いた。
「殿下の道中の安全性の確保は、こちらが請け負わねばならない。障害物の撤去や害虫駆除の見回りを強化し、魔導塔の者達にも声をかけている」
レムレスの館の御者はサディアスといい、彼の相棒はエヴィという名の魔犬だが、その兄弟犬達が何頭も放たれていた。
王子が来るというのに館は今日ものんびりしたもので、歓待の準備は誰も何もしていないかと思いきや、そうではなかったのだ。
国の権力者をもてなすために、何日も前からバタバタするのは魔法使いの流儀ではない。ただオスカーは貴族として生まれ育ち、王位継承者への敬意は他の魔法使いより多く持っているほうだった。表面上そうは見えなくとも、ジュール王子一行の身の安全に、彼は彼なりに目を光らせている。
護衛は最低限と聞いていたので、密かに王子達を心配していた悠真は胸を撫でおろした。
(害虫駆除って、何のことだろう。突っ込んでいいのかな)
判断がつかなかった悠真はひとまず脇に置き、昨日の疑問を優先することにした。
「あのね、訊きたかったことがあるんだけど」
「ん?」
「僕の水魔法って、どこまで影響を及ぼしちゃうのかな。もしかして、人の身体に悪い影響を与えたりするのかなって、頭から離れなくて……」
訥々と懸念を語る悠真の顔色に、オスカーは眉根を寄せた。
「ずっとそれを気にしていたのか。すぐに聞いてやるべきだったな」
「う、ううん。僕もふと思いついたのが昨日だったし」
「それでも不安だったのだろう」
こめかみに唇が触れた瞬間、肩から力が抜けて悠真は腑に落ちた。思っていた以上に、どうやら自分は不安だったようだ。
「その件については、私も気になって《水の精霊》の愛し子に尋ねたことがある」
「《水の精霊》の?」
「他国の人間だからそうそう会うことはないがな。もう何年も前になるが、リアムが先に面識を得て、私が紹介された。その愛し子ももちろん無詠唱で水魔法を扱える。彼によれば、自分が『生き物』と認識している対象には力が及ばないそうだ」
「生き物……」
「以前、おまえは周囲の雪や氷、池の水を無意識に操作したことがあるが、水分を含んでいる樹木には影響がなかった」
「あ、言われてみれば?」
分厚い氷が割れるほどの力がかかっていたはずなのに、枝が落ちているのは見かけなかった。
「本能的に生き物への攻撃に躊躇いがあるのかと訊けば、そうではないらしい。生物の内側に流れる水分は、その生物の魔力と生命力が含まれ、他者からの干渉を拒むのだそうだ」
「魔力が含まれている場合、普通の水でも操れない?」
「いや、大量の魔力を含む回復薬なども他の水と同様に操れていた。大雑把な言い方をすれば、それが『生き物の身体の一部』であるかどうかだそうだ。少なくともその愛し子は、血液や汗、涙などは一切操れないと言っていた。おまえも自分の涙を自在に止めることはできないだろう?」
「うぐっ! そ、それはそうですけどっ」
ずっと泣けないのが苦しかったのに、泣けるようになったらなったで、よわよわの涙腺をどうにかしたいと悩むのだから人は勝手だ。
くすりと笑いながら、オスカーは窓辺の花瓶に目をやった。
「あちらの花で試してみたらどうだ? 私がついているから心配はない」
「うん……」
温室育ちの花が枯れるのを想像し、気は進まなかったけれど、言われた通り花瓶に意識を向けた。結果、花瓶にためた水は自在に操ることができ、花や葉、茎の中の水分は全く操れなかった。
熱についても同じ。花瓶を割らないよう水を浮かせ、凍らせたり沸騰させたりはできた。けれど、植物内の水分の温度は変化させられなかった。
「よかった」
水を適温に戻し、花瓶の中に戻す。ペトラとモニカが元通り活けてくれるのに礼を言い、安堵の溜め息をついた。暴発して周囲の人々を傷付けてしまう可能性を、思った以上に恐れていたようだ。
「ほかに気がかりはあるか?」
「ん……。自分事なのにピンとこないんだけれど、僕は《鏡の精霊》なんだよね?」
「そうだな。精霊化した人の魂に私自身は初めて会ったが、文献を漁れば複数の例が出てくる。ただし、その魂が異世界生まれであり、しかも人化させるとなれば、この国ではおまえが初の試みだった。他国に前例があるかはわからん」
「イレギュラー尽くしだったもんね、僕」
「そのことで、何か気になるか?」
「ん。僕は結局どういう存在で、何ができるのかなって思ってさ。不思議な感覚なんだけど、鏡の気配は漠然とわかるんだ。でも、それだけ。鏡に触ってみたり、思い付くことはいろいろやってみたと思うんだけれど、今のところそれ以外で変わった発見はなくてさ」
《鏡の精霊》についての文献も読み漁ってみたが、既出の情報ばかりで、真新しい詳細が書かれているものはなかった。
「新米の精霊だから大したことはできなくて、しかも人化しちゃったから中途半端なまんまなのかな」
「さてな。おまえに何ができるかは未知数な部分が多い。おそらくリアムにもわからんだろう」
「召喚士はオスカーみたいに、召喚獣や使役霊を影に潜ませたり、魔道具とかに待機させることができるんだよね?」
「その通りだが、得手不得手がある。私の使役霊は性質上、宝石や道具に封じることができない」
「へえ、そういうのがあるんだ。……っと、そうだ、《シーカ》だったら何か知ってるかな? 絶対僕らと違う視点があるよね」
悠真のアイデアで紐を通したボードを首からさげ、筆談用の紙を準備した使役霊がすちゃりとペンを構える。
「これで《シーカ》が出ている間はいつでも会話できるね!」と悠真は嬉しそうだったが、このアイテムのせいで妙に可愛らしくなった三メートル級の闇の姿に、オスカーは何とも言えない気持ちになるのだった。
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