鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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魔法使いの流儀

71. 時間ロスのない移動手段

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「僕、鏡と鏡を直接行き来できるようになったかもしれない」


 そして急遽、食堂で実験が行われることになった。もともとそこにあった鏡に加え、別室から運んできた置き鏡を隅と隅に設置する。

「ユウマ、鏡の角度はどうする?」
「ええと、合わせ鏡にさえしなければ、どっちに向けても大丈夫だよ」
「以前は角度によっては入れないという話だったはずだが」
「うん。前はそうだったんだけど、今は問題ないみたいだ」

 その言葉通りの結果になった。悠真は片方の鏡面に指で触れただけで、もう一方の鏡の近くに出現した。

「実体のまま移動できるのか……」
「すごくない!? 角度も違うのに、どうなってんの?」
「それが、前は真っ暗な異空間みたいなところを通過しなきゃいけなかったんですけど、さっきのはそういうのを経由せずに、直接ここに飛べたんです」
「直接?」
「どーゆーこと?」
「説明がちょっと難しいんですけど。たとえばこっちの鏡を覗いた時、向こうの鏡に映っているものが見えて」

 別々に置かれた鏡Aと鏡Bがあった場合、Aを覗きこんで意識すると、Bの前にあるものを見ることができる。見える範囲は鏡の大きさに影響された。
 たとえるなら鏡Aはモニター、鏡Bはカメラだ。
 そして自分が「そこへ移動したい」と意識しながらAに触れると、Bのカメラにおさまる範囲のどこかに、一瞬で移ることができるのである。

「魔力消費もないようだな」
「うん、ぜんぜん減ってないよ。それにオスカー、ほら……僕、服を着てる。服ごと移動できるんだ」
「……!」

 言わんとすることを理解し、オスカーは目を見開いた。
 使役霊の《シーカ》が影の中へ入ろうとすると、《シーカ》が手に持っていたペンは影の中へ持ち込むことができず、床に転がる。つまり使役霊は異空間に物質を持ち込むことができない。悠真の鏡を使った移動は、それとはまったく性質が違うというわけだ。
 しかし―――もし同じような仕組みだったとすれば、服だけは移動させられず、悠真がこの場で丸裸になっていたかもしれないということである。その点について少々文句を言いたくなるオスカーだったが、まずは何がどこまでできるのか、検証が先だ。

「鏡の角度は問わず、大きさも無関係か」
「移動先の鏡が小さ過ぎると、そこで何がどうなってるのかわかりにくいから、そこそこ大きさはあったほうがいいかな」
「もっともだ。ほかに何が移動できるか試そう」

 そして判明したのは、悠真が身に付けている物質であればたいがい何でも運べるということ。そして、生物に該当するものは運べなかった。
 生物は植物も含まれる。鉢植えを持って移動した時は、そこに植えていた植物が根ごと元の場所にすべて落ちており、悠真の手には土の入った鉢だけがあった。
 けれどたねは運べる。果物も運べる。鉢植えの植物から葉を一枚ちぎれば、それは運べた。
 水や飲み物の入った器も運べる。中身は失われていない。

「水魔法で操作できる範囲と同じ考え方なのかな? 血液みたいに、生物の一部と認識されたら、その液体は操れないっていう……」
「ふむ。近い理屈かもしれん」
「でもさあ、切断した腕とかはどうなんだろね? だってさっき、お肉運べちゃったでしょ?」

 無邪気なリアムの素朴過ぎる質問に、悠真はゾオオ……と青ざめた。

「し、しんせんなのは、はこべない、とか?」
「でも全然腐ってない肉や魚を運べちゃったよね? ちぎったばかりの葉っぱも運べたし」
「ユウマ、想像しなくていい。リアムおまえは余計なことを言うな!」
「ええぇ~、だって気になるじゃないか! チョンとやった指はどうなのかなぁとか」
「ゆ、ゆびがチョン……」
「リアム! 聞かんでいいぞユウマ、考えるな」

 ……人体の一部を運べる可能性は高い、しかし検証不要という結論になった。
 気を取り直し、次は『どれだけの量』を運べるのかを試す。これは単純に、悠真自身が持ち上げられるだけの量ならば運ぶことができた。
 食堂のテーブルといった重過ぎて運べないものは、たとえその一部を掴んでいたとしても、一緒に移動はさせられなかった。
 最後に、どこにある鏡なら使えるか、だが……。

「僕が認識できる鏡なら、どれでも」
「この館すべての鏡ならいけるか? それとも見える範囲にある鏡だけ?」
「ううん」

 悠真は首を横に振った。

「この国に存在する鏡、全部だよ」



 悠真は自分の考えをざっと話した。
 大量の魔道具を持ち込み、国王夫妻の籠城している建物の守りを完璧にかため、そこに食べ物をどんどん運び込む。
 取り囲んでいる連中が、いつになったら音を上げるのかと苛立つまで、中の人々にはとことん粘ってもらう。
 そしてそちらに注目が集まっている隙に、魔法使い達にはこっそり王宮に接近してもらう……というものだ。

「いいねぇ、それ」

 ニヤリと嗤ったのはリアムだ。
 オスカーは渋面を作っている。悠真一人を王宮へ向かわせることが気に入らないのだ。
 しかし使える作戦ではあるので、すぐに否定はできない。

「大丈夫だよオスカー、危ないことは絶対にしないから」
「おまえ一人をあちらへ向かわせること自体、危ないことだが?」
「う。だ、大丈夫だよ! そのために魔法使いさん達はもちろん、オスカーにも防御魔法たくさんかけてもらうから!」
「任せろ」
「守護の呪符なら大量に持って来ているぞ」
「筆頭の魔道具はやめておけ、字が汚くてたまに暴発する」
「暴発!?」
「こら、余計なこと言うんじゃないよ!」
「―――……わかった。少しでも危険だと感じたら即座に戻ると約束しろ」
「うん! 約束する、絶対に無謀なことはしないから!」

 魔法に関する作戦がメインになり、口を挟みにくい王子達だったが、ふと気になって尋ねた。

「ユウマ、父上達の場所にも鏡があるのか?」
「うん、あるよ」

 さらりと返され、ジュールは絶句した。悠真は国王夫妻のいる場所にも鏡があることを、とうに探った後なのだった。
 悠真は戻る時もそれを使うつもりだったが、オスカーが待ったをかけた。

「こちらに戻る時は、その鏡を使わないほうがいい」
「え? どうして?」
「おまえの移動手段が『鏡』であることは隠し、特殊な魔道具を使っているのだと思わせたほうがいいだろう」
「あぁ、私もそのほうがいいと思うよユウマくん。きみの力だと、向こうの姿だけじゃなく声も聞こえるんじゃない?」
「はい。……あ、そうか」

 悠真にとって鏡はカメラになる。あちらからすれば、知らぬ間に王宮へカメラを大量に仕掛けられていた気分になるのではないか。
 しかもその鏡は悠真にとって行き来が自在。どれだけ警備を厳重にしようと無意味。
 そして身分の高い人間ほど、鏡を一切利用しない生活など不可能だ。
 緊急時にしか利用しないと言っても信用されないかもしれないし、気持ちのいいものではないだろう。

「わかりました。じゃあ、カモフラージュになるものを持って行ったほうがいいですね」
「携帯鏡がいいだろう。それをおまえ専用の魔道具として使っていることにして、あちら側に設置すればいい」

 そこからは王子や近衛達も加わり、国王夫妻のいる場所に何があって何が足りないと思われるか話し合った後、悠真が運び込むものを決めていった。



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 読んでいただいてありがとうございます!

 次の更新は9/30の予定ですm(_ _m)

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