72 / 102
魔法使いの流儀
72. 快適生活の仕上げにはコレ
しおりを挟むそんなことがあり、悠真が王宮のど真ん中へ唐突に出現する流れになった。
身に纏うのは、オスカーや魔法使い有志による、趣味と実益を兼ねた守りをこれでもかと仕込んだ最強のローブ。たとえ火あぶりにされても熱を通さず、背後から斬られそうになっても敵の攻撃をそのまま反転する。
身の守りについては一国の王より厳重な、危害を加えられる心配より過剰防衛を心配したほうがいい一着に仕上がっていた。
「い、いいのかなあ」
「無防備なおまえを攻撃するほうが悪い。自業自得だ」
「そうだよ。武器も防具もなんにもない、丸腰のきみを襲うほうが悪いってば。同情無用」
二人の説得? を受け、悠真はそのローブの袖に腕を通した。
そもそも守りをしっかりさせて欲しいと頼んだのは自分自身だ。それで単独での行動をオスカーに納得してもらったのだから、ごちゃごちゃ言う筋合いはない。
そう思い直し、身の危険については不安がなくなったものの、緊張感が薄れたわけではなかった。相手は国王と王妃。初回のコンタクトは、これで大丈夫と思っていてもさまざまな意味で緊張する。
国王夫妻から丁寧な挨拶をしてもらった時、悠真は穏やかに平然と返しているように見えたが、内心は心臓バクバクだったのだ。
動揺を表に出さないようふるまっていたのは、彼らには常に堂々とした姿を見せろと、オスカーやリアムに言われていたからだ。
―――自分は礼を受けて当然という態度でいろ。怯んだところを見せるな。
いちいちビクビクしていては、こいつを信用して大丈夫なのだろうかと不安視されてしまい、協力を得にくくなる。
そのうえ悠真が半精霊である事実すら疑われてしまっては、今後の活動に支障が出てくるのは簡単に想像がついた。
(偉そうにしなくていいけど、それっぽくしとけってことだよね)
そんな内心を上手に隠し、悠真はアルカイックスマイルで乗り切った。
おかげで互いの認識のすり合わせや状況説明もつつがなく済み、初日は食べ物や寝具その他を運び込んで終わり、次の日は追加の食べ物と水、初日に運びきれなかった物資などをどんどん運び込むのに費やした。
厨房や浴室はなかったので、そのまま食べられるパンや果物が多い。頭痛薬、腹痛薬、胃痛薬はもちろん、口をゆすぐだけで歯が洗浄できるミントのような風味の薬液もある。
問題は排水だな……と思っていたら、オスカーが魔法使い達とともに、簡易的な濾過装置を合作してしまった。レムレスの浴室にも使われている、魔法を組み込んだ浄化装置の応用で、悠真がぎりぎり運べる大きさまで小型化したものだった。
「館にあるのは半永久に回り続ける仕組みだが、これは使い捨てだ。一週間はもつ」
この装置のおかげで、風呂を設置できるようになった。バラバラに分解した湯舟のパーツを数回に分けて持ち込み、近衛達に組み立ててもらって、熱と水の魔石を使いお湯をためた。これに歓喜したのは王妃だった。
汚れを完全に分離した浄水を再利用するものなので、飲用には躊躇しても、風呂や洗濯用であれば抵抗はない。だがさすがに女性用と男性用の湯舟は別に設置した。
悠真はただ運ぶだけだったとはいえ、重いものを抱えて何往復もするのはそれなりに重労働だった。
だがその甲斐あって、国王達の籠城生活は、悠真が現われた二日目には格段に居心地の良いものになっていた。
豊富な食べ物。豊富な水。寝心地の良い寝具。遊び道具。娯楽本。風呂まである環境。
「快適ですな……」
「さようですな……」
「籠城とは何であったか……」
まったりとした空気とともに、そんな呟きが漏れ始め―――悠真の出現から三日、国王達が謁見の間に閉じこもってからは四日目。
悠真はさらなる魔の道具を持ち込んだ。
それは、簡易キッチンである。
オスカー達が小型濾過装置を開発したことで、移動式の調理台の作成も可能になったのだ。
これもなかなか重かったが、やはり組み立て式にして、どうにか悠真にも運べる重さと大きさに収まった。
「ユウマ様、これで何を……?」
「ふふふ。これまでは料理ができませんでしたからね~」
手伝ってもらいながら組み上げた簡易キッチンの前で、額の汗をぬぐう悠真の笑顔はキラキラと輝いている。
「敵さんへの仕返し、これからが大本番ですよ」
「はぁ」
熱の魔石を仕込んだ魔導コンロに、大鍋をガコンと設置する。それから調理台にまな板と包丁、いくつかの食材を用意した。
肉と各種野菜、それからこの国では好んで料理に使われる香草、香辛料である。
―――悠真は館の料理人に、この国の基本的な料理を教わっていたのだ。
前の世界と異なる食材が多くとも、料理の基本自体はあまり変わらず、今では簡単なものなら自分で作れるようになっている。
「お手伝いいたします」
「自分も」
「ありがとうございます」
近衛達が率先して皮むきを手伝った。彼らの表情は期待に満ちている。悠真のおかげで飢えとは縁遠いが、ちゃんと料理された食事の魅力は格別なのだ。
国王夫妻や重臣達も、精霊様に料理人の真似事をさせてよいのだろうかと思いつつ、興味深そうに眺めている。
悠真は煮込むと非常にいい香りとダシの出る干しキノコを鍋に入れ、切り分けた食材をどんどん放り込み、肉も一緒に投入した。肉によっては長時間煮込むと硬くなるものもあるが、今回使うのは逆にやわらかくなるものだ。
(ほんとはカレーにしたかったんだけどな。作り方わからないし)
つまり、そういうことである。
悠真の家族の間では、『香りテロ』と呼ばれていたカレー。
遠方にまで香りが漂い、食欲をこれでもかと刺激する料理代表である。
だがこの世界においては、作り方を知っていたとしても材料が揃わなかったろう。変に詳しくないほうが、作ることのできないストレスに囚われず、逆に精神衛生上よかったのかもしれない。
(それにカレーができたとしても、初めて嗅ぐ香りだと美味しいってわからないかもだしね)
せっかく作っても、『なんだこの謎のニオイは』と首を傾げられて終わるかもしれない。そうなったら無意味だし、ガックリしてしまう。
だから悠真は、この国ではごく一般的な、それでいてよく香る香草を使った煮込み料理を作ることにした。
浮いてきたアクを丁寧におたまですくい取り、それを何度も繰り返した後、塩や香辛料を入れて弱火で煮込んでいく。
「うまそう……」
「いい香りですね」
「これからもっといい香りになりますよ。そうだ、どなたか外に通じる換気窓の近くに、この道具を置いてきてもらえませんか?」
「これは?」
「換気を促進する魔道具なんです。室内の空気を早く排出して、新しい空気に交換するためのものなんですけど」
「ほほお」
「そういうことですな」
ニヤリと嗤った何人かが、面白がって道具を設置しに行った。
悠真も笑顔でそれを見送り、ひとくち味見をして満足そうに頷くと、大鍋の中へ容赦なく香草を投入していった。
―――この国の人々が『夕食』を連想するお馴染みの香りが、ぶわりと強く漂った。
2,029
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる