どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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悪(役)を救うには

17. ソイツはお呼びじゃねぇ

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 母上様に指定された場所は、以前カーラと一戦交えたあの部屋だった。
 それを聞いて嫌~な予感がした。行ってみればノイマンと執事までいるし、ますます嫌な予感が強まる。

 お姉様は俺より先に着いていて、以前と同じ席に座っていた。俺も母上様に促されるまま、お姉様のお隣の席に座る。
 抱っこしてきたミッテちゃんをお姉様のお膝に乗せると、お姉様がますます麗しくなったお顔をふんわり笑ませ、俺に声をかけてくれた。

「急がせて申し訳ないことね、ランハート。お食事はおいしく食べられたかしら?」
「はいっ。特にアスパラガスがシャキシャキとして絶品でした!」
「ふふ、そうね。わたくしもあれは好きなの」

 わーい、好みが同じ!
 そしてヒヨコのふわふわ羽毛を撫でながら「ミッテちゃんも元気だったかしら?」と語りかけてあげるお姉様、国宝級の愛らしさです……。
 そんな風に姉弟のお話を楽しんでいたら、最後の一人が到着した。
 俺と同様、どうして集められたのかわからないようで、困惑しながら全員の顔を見比べている。
 俺はこいつが姿を現した瞬間に確信した。
 ――何をしやがった、こいつ。
 まだ議題はわからない。でもわかる。これは『家族会議』だ。
 そして有罪はこいつだ。

「イゾルデ? 僕の椅子がないようだけれど」

 キョロキョロしながら困り果てているヨハン。
 そういえば、前回こいつが座っていた椅子、俺が座ってるわ。
 椅子が足りないみたいだね。床にでも座ればいいんじゃない?
 そう思っていたら、母上様が扇子をパチリと閉じて口をひらいた。

「ヨハン、旦那様。あなたのお座りになる場所は、ここです」

 ここ、と仰りながら指で示したのは、絨毯。
 母上様のすぐ前の絨毯である。足元である。つまり床。

「ええと……」
「お座りなさい」
「…………」

 こ、これは、やらかしてママに説教される小学生の図……!
 もう一度俺は思った。
 何しやがった、こいつ!?
 ヨハンは青い顔になり、こわごわと言われた通りの場所に膝を突いた。この国に正座はないし、貴族はあぐらをかかないから、自然とひざまずくことになる。
 女王陛下に慈悲を乞い、ひざまずく優男の図……。

「ヨハン、旦那様。あなたが一時間ほど前、執事に言付けた内容をもう一度繰り返してくださいな」
「う、うん……。ええと……『アデリナの婚約が決まったよ。お相手はシュピラーレ公のご子息だ』」
「――は?」

 目が丸くなり、マナーもへったくれもない声が出た。
 でも誰も俺を注意しない。むしろノイマンや執事などは頷いてすらいる。

「お姉様の、婚約……?」
「あ、ああ。そうだよ? それの何がまずいんだい?」

 ヨハンは首を傾げている。
 何がまずい?
 まずいに決まってんだろ。
 決まったよ? 決まったよ? ふざけんな。おまえ無断で決めやがったな!? だから『ちょっとそこにお座り』を食らってやがるんだろ!

 アデリナお姉様は、まるで母上様のように冷ややか~な瞳で罪人を見下ろしていた。去年はポカンとするしかなかったお姉様だが、あの件以降、彼女も「自分が悪いわけじゃなかったんだ」と思い込みが晴れ、真の罪人の正体を悟ったようだ。
 もっと冷たく見下してやればいいと思います。弟はお姉様の冷凍攻撃を応援します。

「だって、ほら、ランハートも元気になったことだし。シュピラーレ公から、見目が良いと評判のアデリナをご子息の妻に欲しいと望まれたから、どうぞとお返事をしただけなのだけれど……」

 俺のせいにする気か!? 望まれたから「どうぞ」ってどういう了見だてめぇ!
 執事が俺達三人の茶を準備してくれた。床の一名にはなかった。よくわかっている。
 それにしても、お姉様が婚約だと!?
 なんでだよ、まだ早いぞ!?
 ゲームではに婚約が成立するはずだったのに!

「それに、ただの手紙なのだから。婚約証書を取り交わしたわけでもないし、不満があるのなら、取消しをすればいいだけじゃないか」

 ――取り消せるの? まだ間に合う?
 俺はノイマンに期待を込めた目で尋ねた。が……

「難しいかと存じまする」

 彼の説明によると、シュピラーレ公からヨハン宛てに手紙が届いたのは今朝のこと。ヨハンはその手紙を読み、イゾルデの意向を確認せぬまま、使者に回答を持たせてしまったそうだ。
 それが判明したのが、わずか一時間前ということだな。
 ちなみに書簡は、シュピラーレ公の使者によって届けられ、当主の目の前で開封された。公爵家の当主間の手紙は、未着を防ぐためにきちんとした使者を送るのが一般的なんだそうで、使用人の誰にも止めようがなかったらしい。
 母上様がイライラと溜め息をついた。

「気が変わったので、やはりなかったことにしてください、などと非礼極まりないことが言えると思いますか?」

 ですよね! 常識的に考えて、ものっすごく無礼ですよね!

「だいたい、そのようなお手紙をいただいたからと、安易にアデリナを差し出そうとなさらないでくださいな。あなたの娘ですよ、ヨハン」
「それは、そうだけれど。きみは、シュピラーレ公やご子息が不満なのかい? 四公の筆頭だし、ランハートも健やかになった以上、アデリナを嫁にやっても支障はないと思うのだけれど……」

 最近は減っていた、母上様の眉間のシワが再発している。
 俺はヨハンの言い草に「ん?」と引っかかりを覚えた。お姉様を嫁にやっても支障はない……?
 そういえばゲームの攻略対象は、ヨハンを除いて全員が『一人息子』だったけれど、アデリナ様も『一人娘』だった。
 なんでティバルトと婚約していたんだろう。普通なら、どこかの次男か三男を婿にもらいそうなものなのに。そしてこの野郎も、奇跡的にその点はわかっていたようだ。あいにく奇跡は長続きしなかったが。
 しかし非礼であろうと、取消しできるんならしてもらいたいんだけど……!

「お母様。僕が後継と届けられた直後にこれでは、タイミングが合い過ぎていると思うのですが、シュピラーレ公自体は問題ないのですか?」
「それはわたくしも考えましたよ。しかし公も夫人も、そういった謀略を得意とする方々ではありません」

 いかにも怪しそうでも、偶然時期が一致することはあるもんな。決めつけはよくないと思うのはもっともだ。
 だけど、お姉様の婚約がこんなに早まるのはやっぱり怪しい。

「では、ご子息は?」
「腹芸はよしとせず、正義感の強い子です。性格は悪くはありません」
「そうだよ。シュピラーレのご子息はとても明るくていい子なんだ。ランハートの一歳上だし、良い友人になれるのではないかな?」

 人類滅亡級を息子の友達に薦めんじゃねーよ!
 ヨハンの魂へ打撃を与える罵詈雑言を頭の中で練ろうとした直後、母上様が「ですが」と首を横に振った。

「善良ではあるでしょう。ただし、どうにも思慮が足りません。わたくしもあのご子息に会ったことがありますけれど、我が家に敬意を払い、アデリナを大切にする未来がまったく想像できないのです」

 おさすがです母上様、大正解。奴はダメです。
 ――何より今の段階で、奴は既に『運命の恋』に出逢ってますからね。

 世界観も民族も無視して貴族名には必ずフォンを付ける例の会社には、もうひとつお約束があった。
 それはヒロインとメインヒーローが、幼少期に運命の出逢いを果たしている淡い初恋エピソードだ。
 乙女ゲームもBLゲームも、全ゲームにおいて必ずそれが入っているらしい。
 一種の潔さを感じるのは置いといて、いくらお子様の顔がピンボケしていようと、髪色とセリフと背景でティバルトなのはバレバレだ。
 奴がお姉様を大切にすることは、絶対にない。


 ヨハンは母上様に、夜までその場にひざまずいておくよう命じられ、絶望の表情を浮かべていた。
 お姉様は母上様みのある冷たい瞳で、ヨハンをゴミのように見下ろしている。
 俺はこいつの夕食抜きを執事へ指示しながら、決意した。
 婚約が避けられないのなら、あちらの有責で破棄させてやる……!


 ――だが幸い、ティバルトがある意味期待を裏切らない奴だったおかげで、婚約が成立することはなかった。
 婚約証書を交わす顔合わせの当日、ティバルトの野郎がサボりやがったからである。



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