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悪(役)を救うには
18. 期待を裏切らない男
しおりを挟む四公の領地は、実にシンプルでわかりやすい。
中央に王の都があり、その都を囲って西はムスター、北はヴェルク、東はレーツェル、南はシュピラーレと分割されている。
それぞれの本邸は王都寄りにあって、行き来するのにさほど日数は要さない。特にムスター公の本邸とシュピラーレ公の本邸は、日帰りできるほど距離が近かった。
そのシュピラーレ公爵邸に、嫁ぐ側の家であるムスター家一同、つまり母上様とアデリナお姉様と俺、何の変哲もないヒヨコ、おまけの一人が出向いた。
下位の貴族の婚約だと、当主同士の話し合いだけで書類を取り交わすことも多い。でも最高位である公爵家同士の縁組の場合、そんなに簡単にポンと婚約成立にはならない。
お互いの家族の顔見せを行い、婚約時の約束ごとを話し合って、合意に至ればようやく互いの当主のサインを行う。
全員きっちりおめかしをして、さあ、と出向いた公爵邸の応接間。
しかし、なかなかあちらの家族が現われない。使用人に「少々お待ちください」と言われ、ひたすら待たされ、お茶も茶菓子の器も空っぽになってしまった。
「お母様。わたくし達、何をしに来たのかしら」
「そうね。何をしに来たのかしら」
母上様とアデリナお姉様の視線が、あっちを向いて何も言わないおまけの一人に突き刺さる。
嫌ぁ~な沈黙が流れ始めておよそ一時間ほど、ようやく現われたシュピラーレ公爵は苦笑いをしていた。
筆頭というだけはあり、衣装のグレードはヨハンよりも上だ。ただ俺の好みからすれば、キンキラ過ぎて眩しい。ミッテちゃんが大喜びで巣に持ち帰りそうだ。
「持ち帰りませんよっ」
おお、すまん。鳥の種類が違ったか。
それはともかく、少々メタボ気味じゃないかなと思われるシュピラーレ公は、気まずそうな笑顔でヨハンに言った。
「いやはや、お待たせして申し訳ない。どうも我が息子は、少々活発な子でしてね」
ピンときた。あいつ、逃げたな。
ティバルトだけじゃなく夫人も姿を見せないということは、夫人は行方不明の息子を捜索中か?
「独立心が旺盛なあまり、しばしば親というものを困らせましてな。ムスター公にも心当たりがおありでしょう? このぐらいの年の男子というものは、だいたいそのようなものですからなぁ」
「ええ、そ――」
「帰りましょう、旦那様」
ヨハンが相槌を打つ前に、母上様がスパン! と斬り込んだ。
オヤジ二人がえっ? と母上様を見る。
「幸い証書も交わしておりませんし、この婚約はなかったことに」
「えっ、イゾルデ……」
「いやいやムスター夫人、幼い子供のことですし短慮は――」
「僕も嫌です。お姉様に敬意を払わず、大切になさらない方を義兄上とはお呼びできそうにありません。おそらくシュピラーレ公のご子息も前向きではないのでしょう。無理に取り決めても双方の心に遺恨を残す結果となりますし、引き続き両家は友人として、このお話はなかったこととするのが一番良いかと思います」
シュピラーレ公が落っこちそうな目で俺を見た。
逃げ回っているであろうあんたの息子よりいっこ下のランハートくんです、こんにちは。
母上様とお姉様は、扇子をひらいて口元を隠している。目元がどことなく満足げだ。
「う、うむ、そうか。仕方あるまい。せっかく出向いてくれたものを、無駄足を踏ませてすまぬな」
「い、いいえ……はは……」
気まずそうに笑い合うオヤジ連。
しかしシュピラーレ公はどうも、ヨハンより十歳ぐらい上だからか、この坊やは自分の手の上で思い通りに転がせると踏んでいたんじゃないか?
するとピヨちゃんが「その通りですね」と教えてくれた。
「ムスター家で難攻不落なのは夫人だけであり、当主その人は扱いがたやすいというのは一部で有名なようです。ただこの男に関しては、貴族らしい野心は多少あれど、害意はありませんね。あなたの発言にも、驚愕こそすれ敵意は抱いておりませんし」
ミッテちゃんがシュピラーレ公の考えを読んだところ、あそこんちの息子が健康になったようだから娘をもらえるな、ついでに義父として実家にいろいろ都合をつかせることもできるな……ぐらいの、よくある可愛い野心しかなかったそうだ。腹の底で渦巻く何かもない。
「慣れない場所なので、邸内すべての気配を精査するのは無理です。すみません」
いやいや、これだけわかれば充分だよ。
俺達家族は全員その場でおいとまさせていただくことになり、玄関へ向かおうとしたところ、途中で声が聞こえた。
「坊ちゃま! 坊ちゃま、お待ちください!」
「嫌だと言っているだろう! 婚約なんて絶対にしないぞ!」
メイドとお坊ちゃまが、どこか遠くで追いかけっこ中のようだ。女性の声と変声期前の男の子の声は、遠くまでよ~く響く。
俺と母上様とアデリナお姉様の視線を受け、ヨハンとそらぞらしい父親談義をしていたシュピラーレ公が、目をあさってに逸らしていた。
帰りの馬車の中、母上様が額を手で押さえながら言った。
「ヨハン。理解できるところだけで良いですから、ちゃんとお聞きなさい。『あの歳の男子はだいたいそのようなものですからな』と言われた時、もし頷いていたら、同意して不問に付すと答えたことになるのです。そしてアデリナとの婚約は成立し、シュピラーレが我が家に敬意を払うことは金輪際なかったでしょう。『多少非礼な真似をしたとしても、ムスター家はこう言っておけば納得する』と思われて」
ほいほい許すことがどれだけ危険なのか、きっちり釘を刺す母上に、しょんぼり頷くヨハンはどれだけ理解できているのやら。
お若い頃、おそらくお祖父様からこんなのを教育しろと言われたであろう母上様、ほんと大変だな……。
俺が負担を減らせるよう、早く大きくなりますからね!
というわけで。
なんだかんだでお姉様の婚約、未成立。
よっっっしゃぁ~!
これでアデリナお姉様の生涯に渡り、あの野郎との縁談が持ち込まれることは、二度とない!
「幼い頃に出逢っていたのなら、ルチナに恋をしたのは浮気ではなかったことになるのでしょうか?」
ミッテちゃんが「はて?」と首を傾げながら疑問を投げかけてきた。
いやいやいや、そんなことはないぞ。
何故ならば独立心が旺盛で家同士の集まりすらもすっぽかすティバルトお坊ちゃまは、四年後にアデリナお姉様と婚約した時点で、ルチナのことを綺麗さっぱりお忘れになっていたからだ。
それを思い出すのは、ルチナとの暗転三秒朝チュン後である。しかも朝チュン時は、まだアデリナ様と婚約中だったんだぞ。フケツ!
そしてもし今回、まかり間違って婚約が成立していたら、「私がおまえを愛することはない」なんぞと言いやがったろうな。
「それはいけませんね。家のためであろうと敬意を払い、相手の心情に配慮しなければ」
そうそう!
しかしどうなることかと思ったが、今回に限り最高の結果になった。ミッテちゃんによれば、シュピラーレ公も夫人も逆恨みをする性質ではかったので、妙な嫌がらせをされる心配も低いとのことだし。
「よし、これなら……!」
他家の子供について尋ねる口実ができた。
さっそく母上様に、リシェルのことを教えてもらおう!
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