どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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悪(役)を救うには

20. 母上様のお知恵

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「第二性については知っているようですね?」
「はい。本に書かれていたのを読みました」

 ゲームのナレーションで語られていたのとほぼ変わらない内容が、そこには現実として書かれていた。

「では、知らぬことも多いでしょう。ムスター領内において、通常の男と女の割合は、男が六から七割、女が三から四割ほどです」
「そんなに差があるのですか!?」

 たとえば百人収容できる婚活パーティー会場があったとして、男七十人ほどの参加者に対し、女性の参加者が三十人ぐらいしかいないという恐ろしい状況じゃないか?

「我が領だけでなく、どの国でも同じほどの割合でしょう」

 母上様はこの世界の、ゲーム設定にも本にも書かれていなかったことを教えてくれた。
 原則として女性に相続権はないが、女性は男の付属物という扱いではなかった。どちらかといえば女性は『貴重な財産』と見做されていて、俺が想像していたよりも大事にされていたのだ。
 人を財産扱いすることは、この世界の貴族にとって侮辱にはあたらない。無価値な人間は『財産』に含めてもらえず、使い捨てられるだけ。

「我が家には、メイドが大勢いますけど」
「公爵家だからです。下位の家にこれほどの人数はおりませんよ」
「そうだったのですね……」

 高位の貴族ほど女性使用人を多く雇うため、女性は男よりも割の良い働き口を見つけやすいそうだ。
 俺には専属のメイドが何人もいるけれど、これ自体が贅沢のひとつだったんだな。
 そんな女性でも、罪を犯せば当然裁かれるのだが、時に自分の価値を必要以上に見積もり、勘違いをする女もいるらしい。以前俺とヨハンの周りを固めていた奴らが、まさにそれだった。

「フェーミナの数ですが、一割もおりません」
「そんなに少ないのですか?」
「実際はもっといるでしょうね。けれど姿をほとんど確認できないのですよ。大人になるまで生きられないか、恥ずべきものとして隠されているのではないかと思いますが」
「…………」

 フェーミナの立場は、女性の代替品。けれど大半の男は、娶るなら女性のほうがいい。
 女性が少ない分、『その差を埋めるように』生まれてくるのに、結局は欲しがる者がほとんどいないのだ。結局、妻が子を産めない時の子作り道具として、第二夫人にされることが多いという。
 この国が一夫一妻制なのは、そもそも女性が足りないからという事情もあるようだ。なのにフェーミナ限定で第二夫人OKとか大昔のアホが本末転倒なことを決めやがったせいで、結局男はあぶれまくっている。

「さらに言えば、貴族の家ではフェーミナを雇ってはなりません。これは貴族法で定められています。だから我が家にもいないのですよ」
「そうだったのですか!? 何故いけないのです?」
「嫌悪感を示す貴族が少なくないからです。殿方は産む側の彼らを見下しがちですし、貴婦人は自分達の立場を脅かしかねない相手に敵意を抱く。もちろん気にしない者もいますが、そういう傾向が強いのですよ」

 聞けば聞くほど、リシェルの置かれた環境、やばそうだな……。

「わたくし自身はそのご子息に会ったことがありません。伝え聞く噂は、愚鈍で醜く、当主に無価値と見放されたお荷物子息、だそうです」
「……それ、本当はどうかなんて、わかったものではありませんね」

 ゲームでは。
 ヴェルク公爵は、多忙を理由に何年も本邸に戻っていない。
 リシェルが十二歳になった頃、やっと戻って来た。
 彼はその時、長男の姿を目にして愕然とする。母親似の面立ちが年々美しくなってはいたものの、あまりにもやせ細っていたからだ。
 何より父親の自分に怯え、まるで使用人か奴隷のような言動をし、常に縮こまっているではないか。
 思い上がった使用人が我が子を痛めつけていたのだと知り、激怒した公爵は彼らを一掃した。
 しかし親子の溝が埋まることはもはやなかった。
 リシェルはもう、どうにもならないほどに傷付いていたからだ。

「お母様。ヴェルク公爵は何をしているのですか? その噂、使用人が流したものでは?」

 どうして忙しいのかは、もうミッテちゃんに聞いている。
 その上で、「何をしているんだ」と問いたい。

「ヴェルク公爵領で、農民の反乱が起こったのですよ。一部の地域が日照り続きで困窮していたのですが、その土地の民に与えられるべき救済金を着服していた者がいたそうです。民はそのようなことを知り得ませんから、自分達は見捨てられたのだと叫ぶようになり……」

 ヴェルク公の騎士団によって去年やっと鎮圧され、後処理も実は完了している。けれど荒れた地域を復活させ、一度離れた人心を取り戻すためには時間がかかるものだ。ゆえにヴェルク公爵は、別邸に腰を据えて取り組んでいた……というのが多忙の真相だった。
 それはわかる。そりゃあとんでもなく忙しいだろう。
 でもゲームのリシェルはそんな事情、まったく知らなかったぞ。自分の口で息子に説明していないんじゃないか?

「息子と手紙のやりとりなどはしているのでしょうか?」
「どうでしょうね」

 そこでミッテちゃんが「あの……」と遠慮がちに鳴いた。

「ヴェルク公爵は何度かリシェル宛てに手紙を出しておりましたよ。ですがそれを読む時は必ず使用人が傍で見ており、公爵の意図を曲解させてしまったのです。公爵の書き方も少々、業務連絡と読めなくもない書き方でしたし。そしてリシェルが返信を書く時も、必ず使用人の監視があり、言う通りに書かされる状況でした」

 ……いい大人が、あっちでもこっちでも、自分より弱い奴をなぶって楽しみやがって。
 グラリと煮えあがった憤怒を、瞬時に心の中の器に移し替えた。これはクレーマーの対応時に身につけた、心を安定させるための自己暗示のひとつだ。
 こちらも人間なのだから、通話中ずっと一方的に人格否定をまくしたてられていたら、この野郎と言い返してやりたくもなる。
 そういう時は生じた『怒り』を、心の中で思い浮かべた入れ物に移しておくのだ。
 ……そのうちこれを、一人残らず、たっぷり飲ませてやる。

「ヴェルク公のご長男のことが気になるようですね?」
「はい。お母様、そのリシェルという子に会うことはできませんか?」
「難しいですね。仮に『わたくしの子がお友達になりたいと望んでいる』と手紙をしたためても、裏を疑われるのが関の山です。わたくしはヴェルク公に、『ムスター家の氷の魔女』と嫌われておりますから」
「氷の魔女の何が悪いのでしょう?」

 素敵ではないか。まったく理解できん。ぷりぷり肩を怒らせていると、そんな俺を見つめる母上様の灰水色の光彩が、澄んだ水色になった。

「ヴェルク公を我が家に呼び寄せ、ご長男とも会える方法がひとつありますよ」
「さすがはお母様です! どのような方法ですか?」
「婚約を申し込むのです。リシェル・フォン・ヴェルクをランハートの未来の妻として、縁を結びたいと」
「……はい?」
「『正妻』と条件を付ければ確実と思いますが、どうしますか?」

 待って母上様、どうしますかって訊かれても。お言葉がまだ脳に達していないんです。
 え~と、つまり、婚約ですか?

 ……婚約? 誰が?
 俺と、リシェル?

 え?
 ええ~……?


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