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悪(役)を救うには
21. 悪(役)にされた令息を救う方法
しおりを挟む『……考えさせてください。しっかり、考えたいです』
そう言って退室した息子の表情を思い出しながら、イゾルデは便箋の上にペン先を走らせていた。
常にアデリナべったりのランハートが、ヴェルク家の長男に強く関心を示していた。アデリナの婚約者候補と伝えた、レーツェル家の息子ではなく。
(自分と近い境遇の者に、感じるところがあるのか……)
ランハートがもしあのような子でなければ、彼は誰にも看てもらえぬまま、一人ベッドの上で息を引き取っていたのだろう。そしてあの女どもが、何食わぬ顔で白々しい涙を浮かべながら、「残念です」とあの子の死を報告してきたに違いない。
アデリナのこともランハートのことも、過去の己を悔やまずにいられなかった。多忙を理由に見逃した結果、危うく息子を失って、娘の未来も壊してしまうところだったのだ。
これまで詰め込み気味だったアデリナの教育にも、わずかばかり余裕を持たせるようにしている。やめさせていたピアノの授業も再開させ、アデリナは嬉しそうだ。
(フェーミナは臆病者か、振り切っている者が多い。それは彼らの立場の不安定さがそうさせている)
イゾルデはムスター家の、事実上のあるじとして計算した。
フェーミナは通常、一度幸運を逃すと後がない。彼らに二度目の幸運など、滅多に巡ってこないのだ。
ヴェルク公の息子は決してランハートを裏切らないだろう。
ヴェルク公自身も、いかにイゾルデを嫌っていようと、この申し出を一蹴することはできないはず。
(あなたも悔やまぬよう、己の選択を見直しなさい。ヴェルク公)
漫然と続いているその日常のどこかに、悪意を見落としていないかと。
■ ■ ■
考えさせてください、と伝え、母上様のお部屋を辞し、自分の部屋に直行した。
「人生の岐路に立っているから、一人で考えさせてくれ」
「ぼ、坊ちゃま……?」
目を丸くしたメイド達に一生のお願いをし、一人にしてもらった。
そして俺は考え続けた。ひたすら考え続けた。
そりゃあ言ったよ? 妹と一緒にティッシュ完備でスクショを撮りながら、涙ながらに「おまえ俺の嫁になっちまえよ」と。
でもまさか、それが現実の話になると思わないじゃないか。
こんなの、軽々しく即決できるものか。それに貴族の婚約は、一度結んだら簡単に解消はできない。
もしアデリナお姉様とティバルトの婚約が成立していたら、どんな手段を使ってでも奴にこの世を去ってもらったけれど。
「ピヨ……(うぬ……今はそっとしておきましょうか……)」
もし仮に婚約を結んで、将来俺がそれを破棄したいなんて言い出したら、リシェルにはもう後がない。新たな嫁ぎ先など簡単には見つからず、働くこともできず、お荷物として肩身の狭い思いをさせられることになる。
平民ならば勤め先はあるそうだけれど、公爵令息のリシェルが下町のお店で「ヘイらっしゃい!」なんてできるものか。
頭の中をぐるぐると、ゲームの中のリシェルが巡る。
俺は子供姿のリシェルをあまり憶えていない。痛々しくて画面を直視できなかったからだ。よくあんな展開を一般家庭向けのゲームでやれたもんだよ。主人公の濡れ場は描かず、リシェルの凌辱シーンはやたら詳細に描くとか、悪趣味にもほどがある。
だいたいどのルートでもリシェルの扱いは酷かったけれど、逆ハーレムルートは格別に酷かった。リシェルはルチナのために悪友のアデリナ様を裏切ったのに、ティバルトはこう言うのだ。
『裏切者は信用できない。信用して欲しければこれから証明しろ』
信用してもらうために裏切ったんじゃん? これ以上何をどう証明しろって? アデリナ様を裏切らずに、ルチナをそのまま陥れていればよかったとでも言いたいのか?
エアハルトはエアハルトで、ティバルトの味方である以前に、目的のために手段を選ばず平気で嘘をつけるリシェルが気に入らなかった。
気弱なヨハンは気の強い二人と対立しないよう、曖昧な笑みを浮かべてだんまり。
そしてルチナは大抵この二人とヨハンに独占され、リシェルだけ離れた日陰にいる。
百合ルートも酷かった。結局どっちがどっちの役目をしたのか謎なまま朝チュンを迎え、そこでルチナが初めて訊くのだ。
『どうして僕を好きになってくれたの? きみはティバルトのような逞しい男性が好きなのだと思っていたのに』
なんでそんな微妙な質問を、幸せな朝にぶっかけるんだ。しかも、そういうのは普通、付き合う前に確認しておくものじゃないかと思うのは俺だけか?
リシェルは無邪気なルチナに、幸薄そうな美しい苦笑を向け。
『正しいことを正しいとはっきり言えて、いつもキラキラ輝いている彼に、憧れていたんだと思う。私はあんな風にはなれなかった……なりたいと、どこかで希っていたのかもしれない。でももういいんだ。それに、正直言うと……体格の大きな男性は、苦手なんだ。万が一、彼と恋仲になっていたとしても、触れ合うことは……できなかったかも、しれない』
――っっうわあああああん!!
リ~シェ~ル~うううっ!!
やべえ、ハンカチはどこだ? 思い出したら涙腺がまた……くそおおう!
これが、これがリシェルルートのハッピーエンドだと!? 全然ハッピーになれてねぇよ!
しかも、俺は気付いてしまった。
いつかヘンタイ野郎に渾身の金的をぶち食らわせる。それに変更はない。
だけどそいつを地獄に送り、リシェルの周囲を綺麗に清掃した後は? その後のリシェルはどうなる?
一番いいのは、この世で最もリシェルの魅力を知り、彼を肯定し、彼を大切にできる相手と一緒になることだが……。
「――俺?」
口から出てしまった。
だってそれ、俺じゃね?
もし俺以外の男が出てきて、「ワタシこそこの世で最もリシェルの魅力を知り、彼を肯定し、彼を大切にできる男だ!」なんて宣言しやがったら、ガンつけたくなるんだが。
何言ってんだてめぇ、俺に勝てると思ってんのか?
この世で最もリシェルを幸せにしてやりたいと思っているのは、この俺だ!
それに――
『おまえ変なのにばっか惚れてねーで、俺の嫁になっちまえよ……』
……リシェルって、変なのに惚れるんだよなぁ。だって、ティバルトとルチナだろ? そいつらを排除した後も、なんか変なのによろめきそうな気がする。
う~~~ん……。
悩み抜いた後、俺は結論を出した。
「腹をくくろう」
これがリシェルと知り合うための最速の手段だ。
そしてフェーミナたるリシェルを、本当の意味で助けられる手段になるかもしれない。
リシェルを悪意の渦から救い上げ、そして守る。それができるのは、俺――前世から猛烈な偏愛をまるっと持ち込んでいる、俺だけじゃないか。
「おっと、この顔で出向くのはまずいな」
涙はとうに引いているけれど、目が充血していそうだ。
水差しの水を布にかけて顔をぬぐい、時間を空けてから、再び母上様の元にお邪魔した。
「おや、随分と早いですね? 明日になるかと思いましたが、もう結論が出ましたか?」
「はい。先ほどの婚約のお話を、進めてください」
母上様はひとつ頷くと、何やら封筒を取り、執事に渡した。
「これをヴェルク公へ」
……母上様。お見通しですか……。
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