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悪(役)を救うには
23. 絶対に助けるからなぁぁ……!
しおりを挟むヴェルク公は俺の頼んだ通りの手紙を自分の使者に持たせ、リシェルのいる本邸に送ってくれた。
この人の『気質が武人寄り』には、直情的という面以外にも、決断力があり物事を簡潔に伝える、という面もあったようだ。
氷の魔女の企みを疑い、わざわざうちに突っかかりに来たのは大減点だけれど、一度察したら行動が速い。
それとミッテちゃんの言っていた、『リシェル宛ての手紙が業務連絡っぽかった』というのも納得した。多分本人は意識せず、普通に書いたつもりでいる。
俺はムスター邸の使用人に、その日は俺がいいと言うまで何があっても表情に出さず、ヴェルク公爵令息に手助けや声掛けなどもしないようにと命じた。
それは我が家の使用人だけでなく、ヴェルク公にも重々お願いした。俺が指示するまでは、何があってもリシェルを助けようとするなと。
彼は考え込んだものの、渋々頷いてくれた。うちの企みがどうこうではなく、自分の息子の周辺で何かがあるのだと察してくれてからは本当に協力的だ。
その代わり、俺へ不気味なものを見る目を向けてくるようになった。
なんでですか義父上様、仲良くしましょうよ?
他家の公爵が滞在するのだから、普通なら豪勢なディナーの席が用意されるものだけれど、それはヴェルク公が先に断った。その代わり、彼は我が家を従者とともに練り歩き、我が家の使用人にいろいろ訊き回っていたようだ。
どうやら俺のことを知りたがっているらしい。やだなあ義父上様、本人に訊いてくださいよ。
そして、当日。
案の定、思った通り、いや――それ以上に酷い光景がそこにあった。
我が家の使用人が顔を歪めそうになり、慌てて押し殺すのが見えた。ほんの一瞬だったし、奴らはこちらの使用人に顔を向けていなかったので、多分気付かれてはいない。
俺は自分の周囲にいる使用人にあらかじめ訊いておいたけれど、フェーミナに偏見を持つ者はいなかった。母上様の方針に影響を受けているからというのもあるが、メイドはほぼ平民で構成されていて、貴族ほどの拒絶反応がなかったのだ。
平民の店であれば普通に働いている者もいるという話で、珍しくはあるけれど、そこそこ見慣れているらしい。確かに蔑む輩もいるけれど、貴族ほどではないという。
つまりそれがフェーミナであろうが、小さな子を痛めつける奴は鬼畜だとみんな普通に思っている。思わないのは、とうに追い出したヒルダ派みたいな連中だ。
ヴェルク公爵の手が、背中でグッと握りしめられたのが見えた。全部悟ったんだろうな。
でも、お願いですからまだキレないでくださいね。
あと緑髪のオヤジ、あんたも動くな。
今日の目的はこいつにも説明しておいた。今も母上様とお姉様が我が家の使用人と一緒に、さりげなく暴走防止用の壁になってくれている。余計なことはするなよときっちり言い聞かせておいたが、いつまでおとなしくしてくれているだろうか。
まあその反応が、ヨハンもあの連中に比べれば真人間だったんだなと教えてくれるのだが。
――ムスター公爵邸の玄関で迎えた客人は、実に醜悪な一団だった。
ヴェルク家の使用人は、男女数が半々ぐらい。その先頭を歩くのは、今回ムスター家の長男ランハートと婚約を結ぶために訪問した、リシェル・フォン・ヴェルク。
俺はフェーミナが、『見ればそうとわかる』というのをこの時まさに実感していた。外見に特徴があるのではなく、文字通り目にした瞬間にそれとわかったのだ。
同時に、「リシェルに会える」とどきどきして落ち着かず、メイド達に揶揄われて浮き立っていた気持ちも、全部吹っ飛んだ。
その子供の姿は、まるで道化だった。
顔色の悪さを誤魔化すためなのか、化粧を施されている。だが、塗りたくった厚塗り感が酷い。頬紅もまさにピエロのようだ。
服も酷い。子供サイズの貴族服だが、型崩れしている。体型に服のサイズがまったく合っていない。服に対して身体が細過ぎる。
あの『悪役令息』とはまるで違うリシェル――でもこの子は間違いなくリシェルだ。厚化粧をされていてもわかる。
何より、瞳の色。プラチナブロンドはともかく、天色の瞳は少ない。アデリナお姉様の水色の瞳とも、母上様の感情が昂った時の瞳とも色味が違う、空色よりも濃い空の色。
伏せ気味のまつ毛に隠れても、鮮やかな色はわずかな隙間からよく見える。
その子は完全に怯え切っていた。あろうことか、自分の父親を目にした時でさえ――いや、父親の姿にこそ強い恐怖を示していた。
俺にはその理由の想像がついた。彼は、自分が父親にとって不要な出来損ないだと信じ込まされていて、父親の叱責を、完全に見捨てられることを何より恐れているのだ。
チラリとヴェルク公の横顔を見上げれば、表情だけは貴族らしく上手に取り繕っていたけれど、俺の角度からは首のこわばりが窺えた。ショックを受けているようだ。
己の息子の姿に。
息子より遥かにパリッとして綺麗な装いに身を包んだ使用人達の姿に。
我が家の使用人が歓迎の挨拶を口にし、ヴェルク家の使用人が答える。
そして葬送のように静かな一行は、話し合いのために設けられた部屋へゆっくりと歩いて行った。
「あっ」
か細い声が上がった。――リシェルの声だ。
振り向くと、彼は転んでいた。ずっと石のように緊張して、足元も危うかったからな。
でも、ヴェルク家の使用人は誰も動かない。まったく動かない。お坊ちゃまが床に手を突いているというのに、そちらを見もせず放置している。顔色すら変わっていない。
……そこの緑髪のオヤジ、後ろ振り返るなよ。そのツラ、あっちの使用人どもに見せんな。俺だってすぐにでも駆け寄って助けてあげたいんだからな!
その部屋に到着するまでの間、リシェルはあと二回転んだ。ヴェルク家の使用人は二回とも無視した。
ヴェルク公はきっちり『リシェル付きの者を』と指定している。すなわちここにいるのは、普段からリシェルの専属だった者。専属の使用人がこれとなれば、普段からこの子がどんな生活をしてきたのかよくわかるというものだ。
誰にも助けてもらえず、自分の惨めさに打ちのめされたのか、とうとう鼻をすする音が……。
「うっ……ぐす……」
――うああああっ、リシェルごめんごめんごめんよおおおっ!
必要なことなんだけどそんなのわからないよな! つらいよな! 悲しいよな!
おまえの後ろで平然としてる奴らを地獄逝きの超特急便に叩っ込んだら、あとでめちゃくちゃ侘びまくるからっ!
普段の母上様の応接間とは違う、公的な対応をする時の応接間で、片方の長椅子にヨハンと母上様と俺とお姉様が、そして向こう側の長椅子にヴェルク公とリシェルが座った。そして各家の使用人達は、主人の座る長椅子の後ろに立つ。
ヴェルク公の顔は無表情でも隠し切れない怒気が漏れ始めていて、リシェルは俯いて目尻を赤くし、鼻をすすっていた。鼻頭が赤くなって見えないのは、厚化粧のせいだ。
ヴェルク公が「もうキレていいだろ!?」という目で俺を睨んでいるけど、もうチョイ待って!
ヨハンが目を逸らしているのは、泣いている子を見ていられなくなったのか、睨み付けてくるおっさんが怖かったのかは知らん。
まずは家令のノイマンが、この婚約についてムスター家側が約束できることを口にした。
正式に結婚するのは俺の十八歳の誕生日。
リシェルは第二夫人ではなく正妻として迎えること。
そして――……
「ランハート・フォン・ムスターはリシェル・フォン・ヴェルク以外の妻を迎えることはなく、生涯に渡り離縁もしないこと」
「なに……!?」
これは俺の希望で加えてもらった。ヴェルク公にはめちゃくちゃ驚かれ、ヴェルク家の使用人の中にも目を瞠る者がいる。こんな好条件を出されるとは思ってもみなかったのだろう。
「ランハート・フォン・ムスターは婚約成立の瞬間から、リシェル・フォン・ヴェルクの心身の保護を行うこと。――以上です。ヴェルク公爵閣下に異論はお有りか?」
「――ない。これ以上なく素晴らしい条件だ」
重々しく告げられた同意に、あちら側の使用人どもがぎょっとしている。教育が足りてねぇな。
気付いてももう遅いぞ?
そして、既に用意されていた婚約証書が双方の当主の前に置かれ、署名が成されたのだった。
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