どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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30. 高貴なる女優達

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 いつも読みに来てくださる方、初めて来られた方もありがとうございます!
 本日の更新は1話のみです。
 明日こそはリシェルに会わせてあげたい……!

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 ヴェルク本邸の内情は想像以上に酷い話だったようで、母上様は眉と眉の間を指で揉み、ヨハンは呆然としている。

「そんな……何故そこまでできるんだ?」

 ヨハン史上、いちを争うまともな発言が出て俺も驚愕した。
 こやつ自分が去年何を言ったのか、もしや憶えていないのだろうか?

「どうしたのですかお父様? お父様のことだから、『まさかそこまでするわけがないだろう、大袈裟なんじゃないかな』などと言いそうだと思ったのに」
「言わないよ! だってあのような小さな子に、あんな……可哀相じゃないか」
「は? 僕の時はヒルダの子分を庇ったでしょうが?」
「子分て」

 ジトっと睨み付けたら、ヨハンは気まずそうにうつむいた。そこで反論するようなら、今も扇子で手の平をピタピタしていらっしゃる母上様の『そこへお座り』が発動していただろうにな。
 カーラを始め、自分の取り巻きがいかにヤベー奴らだったのかを思い知り、俺の状況をようやく理解して、さすがに「まさかそんな」とは言えなくなったか。

「あれ? そういえばお父様、第二性への忌避感はないんですね?」
「うん、ないけれど?」

 ヨハンはきょとんとして答えた。ないからゲームでルチナとくっついたし、俺の婚約者がフェーミナであっても、何も気にしていないんだろうけれど。
 でも、ヤベー女代表の祖母ヒルダは、間違いなく毛嫌いしそうなんだが。

「お父様、今までリシェル以外のフェーミナに会ったことはありますか?」
「そういえば、あんまりないね。遠目に何度か見かけたことがあるぐらいかな? 瞬きほどの間だったから、よく憶えていないよ」

 なるほど。多分ヒルダは、ヨハンの周囲から徹底的にそれを遠ざけさせたのだ。皮肉にもその結果、ヨハンの中に忌避感が植え付けられなかった、というところかな。
 どうもこいつ、自分の目の前にないもののことは深く考えない傾向があるみたいだし。

「あなたに仕える者の中には、頭脳役ブレインを務める者がほぼいません。それがヴェルクの隙になったのです」

 母上様は脇で交わされるお喋りを華麗にスルーし、語り終えて沈痛な面持ちの義父ちちうえ様へ、問題点を端的に伝えてあげた。

「わたくしのように小賢しく卑怯な知恵者を、あなたは昔からお好みでない。ですが我々の家はどれも、大勢の小賢しい知恵者が、卑怯な知恵を出し合って成り立っている。あなたはそれを蔑ろにしてきたのですよ。華々しい、殿方らしい正道ばかり重視して」

 そうそう。母上様へ説明する時も、理路整然として俺の補足がほとんど要らなかったぐらいだし、頭の中身が全部筋肉ってことはない人だと思うんだ。でも母上様の指摘したところが、致命的も致命的な欠点だった。

「あるじのために卑怯な手もいとわぬ臣下を、あなたは決して評価しない。リシェルを痛めつけた者のことを言っているのではありませんよ? それらは臣下とすら呼べぬ、ただの狂人の集団に過ぎません。――要は、卑怯卑劣を知る忠実な臣下さえいれば、その狂人どもをのさばらせはしなかったということですよ」

 それだ。義父ちちうえ様って、理想主義みたいなところがあるんだよ。
 母上様に最初から喧嘩腰だったのもそう。家のためなら多少の悪事もオッケーと割り切れる人なら、いきなり敵に回すような言動は避ける。
 公爵の立場に一番必要なのは、正しさだの勇猛果敢さだのじゃない。バランス感覚だ。
 今まで俺が会って来た三人の公爵の中で、バランス感覚のトップはシュピラーレ公だ。あのおじさんは母上様に、内心はどうであれ、きちんと『公爵夫人』に対する礼儀を尽くしていたんだから。子育ては失敗しちゃったみたいだが。
 義父ちちうえ様には、そこのところが欠けている。

「しかし、そのような者を臣下にしていても、それはそれで危険なのではないか?」
「そこで『自分なら使いこなせる』と言えないから、あなたはダメなのですよ」

 母上様バッサリ! 義父ちちうえ様のガラスのハートへクリーンヒット! ヨハンが流れ弾を食らって「うぐっ」と胸を押さえている!

「ランハート。ヴェルク領の反乱について、おまえはどう考えていますか?」
「あ、はい。僕は、それ自体は領民の中に溜まった不満が限度を超えて決壊したものだと思っています」

 馬車で義父ちちうえ様に話したのと、同じことを母上様にも繰り返す。
 しかし話している最中に頭がクラ、と傾きかけ、ミッテちゃんが手の甲をツツンと突ついて起こしてくれた。おぅっと、サンキュー。

「いいえ。でも、あなたも相当おねむになっているのでは? 普段なら今頃ベッドの中でしょう」

 そうだった。でも、もうちょっとだけ……。
 幸いにもその瞬間、母上様は義父ちちうえ様に目を向けていたから気付かれてはいないようだ。

「わたくしの見解と一致していますね。付け加えるならば、着服を行った臣下の動機もまた、現状への不満です。――『小賢しく卑怯な』知恵者であったがために、主君から正当な評価を受けられず、今後も受けられる見通しが立たない。だから主君ではなく、自分へ尽くすことにしたのでしょう」

 つまり反乱のそもそもの原因、最終的に義父ちちうえ様か。
 リシェルのお父さんだから、ライフは残してあげたほうがいいんじゃと思っていたけれど、いっぺんゼロにして生まれ変わってもらったほうがいい感じですかね?

「もう一つ、素敵なお話をしてあげますか」
「い、いや、もう充分」
「遠慮せずお聞きなさい。あなたの奥様のことですよ」
「つ、妻の?」
「わたくしも彼女もまだ嫁いでいなかった、十代半ば頃のことです。あるパーティにて、彼女の取り巻きの令嬢が、通りかかったわたくしを見てこう言いました。『まあ、ごらんなさいませ。氷の魔女がいますわよ。何故あのような恐ろしい者が、このような場所にいるのでしょう?』――それに対し、彼女はこのように答えました」

 母上様はほんの少しだけ眉をひそめ、扇子で口元を隠し、目を細めた。そして誰かと内緒話をしているかのように、細めた目を横に向ける。
 ちょうど視線の刺さったヨハンが、ソファから腰を浮かしかけていた。

「『まぁ、本当……。凋落したムスターごときのご婚約者が、あのような大きなお顔で参加されているなんて……きっと心臓まで氷で出来ているのね。お顔以外にとりえのない若君を押し付けられて、そこだけは同情いたしますけれど……』」
「――お母様すごいです! お上手です!」

 眠気も忘れスタンディングオベーション。
 マジで素晴らしいです母上様、女優の才能もお有りだなんて! 表情はもちろん、声の調子に至るまで、実物がそこにいるかのようだ。あまりの演技の素晴らしさに、オヤジ二人も灰になりかけていますよ。

「顔以外にとりえのない……僕、そんな言われ方を……?」

 と、緑髪のオヤジ。
 ははは、事実だな。昔から女性にちやほやされて、遊んでばっかりの放蕩坊ちゃんだったんだろう? 母上様がそれを『押し付けられた』側だって、わかる人にはわかってたんだな。

 義父ちちうえ様のライフもめでたくゼロになったようだ。貞淑で心優しい理想的な貴婦人、そんな奥さんの正体が、実はどこにでもいる陰湿な貴族の女だったのだから。
 令嬢としてのプライドが高く、令嬢らしく陰口を叩き、それでいて自分の評判は落とさないという、貴族社会で上手に泳げる模範的な貴族令嬢。
 そうと知っていれば、我が子がフェーミナだった場合にどんな接し方をしそうなのか、充分予測できたろうに。
 俺は再びソファに腰を下ろして――

「あ」
「おや? ランハート……」

 こてん、と母上様のお膝に頭が乗っかり、まぶたが勝手に閉じてしまった。
 ダメだ。あかない。おもい……。

「……眠かったのですね……」
「……六歳だったな、そういえば……口を開けると信じられんが……」
「……ちいさいね……この子も……]

 誰かが喋っている声を聞きながら、俺の意識は抗いようのない眠気に流されていった。


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