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かつて悪(役)だった令息との結婚
179. 管理者としての責任 (3) -sideミッテ
しおりを挟む以前と比べて随分と心の濁ったルチナですが、彼はティバルトと異なり、ランハートによって過去の数々を思い出し済みです。
それから、ティバルトが自らの手で気に入らぬ者を葬り去ろうと息巻くタイプであるのに対し、こちらは「誰かが何とかしてくれないかな」と他人任せにするところも違いますね。
かつての優雅な公爵邸での生活とは、比較にならぬほど酷い牢生活……と彼は思っておりますが、もっと酷い暮らしをしている者などごまんとおりますよ。
上を見上げればキリがないように、下を見下ろしてもキリがないのですがね。
食事は朝夕の二食。粗末なものとはいえ、飢えるほど少なくはありません。
それでも、今もまた牢の中で懲りずに「誰か助けて」と繰り返しているルチナを、ティバルトと同様に『夢』へ誘いました。
「私はこの世界の管理者たる『天使』です。先に言っておきますが、私はあなたに加護など与えておりませんので、勘違いはなさらないように」
『え……』
ルチナもまた、私のことが光球に見えています。
けれど、この言葉に嘘がないことはちゃんとわかるでしょう。
『て、天使様? 僕を助けに――』
「違うと言っているでしょう。この生活が気に入らぬからと、自害をしても無駄ですよ。あなたの時が巻き戻ることなど、二度とありませんから」
『……!?』
そう。ルチナの胸中では、「自害すればまた元に戻るかも」という可能性がチラついています。
けれど彼は、それを試みたことはありません。
自ら死を選ぶのは、やっぱり怖い。
繰り返しの生の中、ルチナはいずれも、自死以外の理由で苦しみなく生を終えています。
だから仮に死を選ぶとしても、誰かが安らかに眠らせてくれることを期待するのです。
「あなたの時が、何度も巻き戻っていた理由を教えてあげましょう。それは、私が巻き戻していたからです。あなたが勝手な思い込みで『天の御使い』を名乗っては、この世に災いをもたらしておりましたから」
『――え? ど、どういうこと?』
「あなたが罪深くも私を名乗るせいで、最終的にこの世の人々は滅びに追いやられてしまうのですよ。だから私はそのたびに、あなたがまだ何もしていない時間まで世界を巻き戻していたのです。ところが何度戻しても、あなたは懲りずに同じことをやる。再び『天の御使い』として、贅沢で華やかな日々を送るために」
『う、嘘……』
「嘘ではありません」
精神世界に作った仮初の姿で、ルチナの顔はサァァ……と青ざめています。
ここでは私の言葉は、真実であると伝わりますからね。
「過去の記憶が蘇ったことがあるでしょう? 記憶さえ戻れば変わるかと思いきや、あなたの取った行動は、かつての恋人達の全員とまた恋人になることでした。どこが清らかで善良な御使いの少年なのやら、ほとほど呆れましたよ」
『うっ……でも僕は……みんなと愛し合っていて! それに、滅びって何のこと? そんなの、僕は何もやっていない……!』
「メルクマール男爵から親子の縁を切られたでしょう? あなたはもう貴族ではなく、平民の罪人としてこの牢に入っています。理由をちゃんと考えましたか? 考えておりませんよね。答えなんて、いつでもそこにあったというのに」
『そんな、知らないよ! 答えって何!?』
「あなたがそのように、ただの一度も悔い改めないために、被害が拡大し続けたのです。ゆえに私はこの世界に、あなたを罰するための断罪者を招きました」
『ひっ……?』
断罪と聞いて、ルチナは怯えた顔になりました。
……今ここでランハートの姿を取ったりしたら、精神世界なのにショックで気絶しそうですね。
ちょっぴりやってみたくなりましたが、やめておきましょう。
いけません、最近毒されております。
「きちんと見せてあげましょう。あなたの行いの裏で何が起きていたのか。あなたの罪の結末を」
ルチナの視点ではなく、完全に私の視点による『夢』です。
ティバルトが実際はどのような男であったのか。
ルチナがティバルトを、ヨハンを、エアハルトを、リシェルを、貪欲に己のものにしていった結果、ムスター家に……アデリナにどのような悲劇が起きていたか。
そしてルチナが厚顔にも『天の御使い』を名乗った結果、人々に、この世界に、どのような悲劇が拡大していったのか。
時間の経過を気にしなくていい精神世界で、私は細部まできっちりと見せてあげました。
耳を塞ぐことも目を閉じることも許しません。
私の干渉下において、忘れたフリなどもできませんよ。
ティバルトに英雄願望があったように、このルチナにも、自分自身が清らかな存在として崇められたい願望がありました。
これまではそれが叶えられていたために、いつだってこの者は綺麗だったのです。
けれど以前、リシェルという圧倒的に美しく清らかな存在を目の当たりにして、初めて『嫉妬』を覚えた。
あの時点で自覚できればよかったのですがね。
自分が何者でもない、見た目だけは多少可愛らしい、平凡な少年に過ぎないのだと。
優しい家族のもとで育てられ、ルチナは誰よりまず彼らに感謝すべきでした。
けれどティバルトに囲われて以降は、これっぽっちも家族を大切にしておりません。
むしろ、どうして自分の味方をしてくれないのかと、心配してくれている彼らのことを「無理解で悲しい人達」と思っていたほどです。
かつて家族がどれほど、末息子のルチナを大事にしていたか。
なのに彼は、家族の安否を気にしたこともなかった。昔も今も、ティバルトがそうであったように。
そんな家族がどうやって命を落としたのかも教えてあげましたよ。とても悲惨な最期でしたね。
ティバルトがルチナのためという名目で国王を殺したせいで、その臣下がルチナの家族を報復で惨殺したのです。
なのに当のルチナもティバルトも、報復されていたことすら認識していなかったのですから、無駄に殺されたメルクマール男爵一家は実に可哀想なことでしたね。
『うそ……うそ……!』
嘘ではないのはわかるでしょう。
大量の過去の出来事を見せてあげたあと、ルチナは震えながら崩れ落ちておりました。
ショックが大きすぎて涙も出ないようです。
「さて、以上がこれまで、あなたのやってきたことです。そういえばあなたは、今回はどうしてかうまくいかなくて、『元に戻ればいいのに』などと思っていたようですね?」
『……!!』
「ムスター家が没落すればいいのに。アデリナが断罪されればいいのに。……このような思考をする者が、邪気のない清らかな人間だと思いますか?」
『うう……』
「よくよく考え、自覚なさい。そして認めるのです、いい加減に」
一度に多くのことを知らされても、すぐに実感できないのは誰でもそうでしょう。
ですから、待ちますよ。
いくらでも。
ここにはあなたの『恋人』という防波堤はない。
都合が悪くなればすぐその後ろに隠れ、あなたの代わりに怖いものを撃退してくれる、そんな便利な道具はもうないのです。
見なかったフリ、聞こえなかったフリ、知らなかったフリは、こうして私が直接あなたの精神に語りかけている以上、一切通用しません。
それでも、この期に及んでそのような態度を取り続けるのならば、ティバルトの同類として完全に見捨てるとしましょう。
これまでろくに働かせてこなかった小さな頭で、ルチナはうんうんと考え始めました。
今までのルチナであれば、すぐにメソメソと泣いて終わりでしたが。今は半泣きになりつつ、考えようとしておりますね。
家族のことで、自分の態度に心当たりがあったようです。
それに自分達の『信者』になった人々のこと。そうですね、人々を癒やしてあげたいとご大層なことを口にしながら、実際に癒やした人間の数などたかが知れていましたから。
戦で大量の死傷者が出るようになってからも、彼はその悲劇を悲しみながら、身分の高い騎士や兵以外は治した記憶がなかった。
その『悲劇』とやらの中心に、自分の大好きなティバルトがいて。
ティバルトが何と叫び、人々の信心を集めていたのかも。
『私には、天の御使いたるルチナの愛と加護があるのだ!!』
「……ぁ…………」
そうですね。
熱狂的な人々の前で、ティバルトは高らかにそう宣言していましたね。
思い出しましたか。
天使の加護、ではなく、『ルチナの加護』と言っていたのですよ。
あなた、彼の傍でそれを聞きながら、うっとりしていましたよね。
あなたが中心だった。
あなたが元凶だった。
あなたがそうなりたくて、自分をそのような存在だと称したから。
『ぼ……僕は……ぼくは……』
陸に打ち揚げられた魚のように、ルチナは口をぱくぱくさせて声を絞り出しました。
『……ぼくが…………いけなかった、の……?』
……ランハートが、それはもうがっかりした顔で「あ~あ、残念」と呟く幻覚が見えた気がしました。
最後のチャンス。
ルチナはどうやら、掴んだようです。
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