どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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堕ちた天使を狩る

189. 愚か者に試練を与える (1) -side???

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 読みに来てくださってありがとうございます!

 これはピンときた方がいらっしゃるようですね……!
 今回は複数話、少し長めになる予定です。

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 リヒトハイム王家には、かつて暗部と囁かれた組織があった。
 王のために情報を集め、必要があれば邪魔者の排除も行う。
 王に絶対の忠誠を捧げ、表には出ず、どれほどに不遇であろうと決して不満をいだくことはない。

 ――しかし長い歴史を経て、その性質が変わってしまった。

 彼らが変わったのではない。
 彼らの主君が変わってしまったのだ。
 何十年、何百年と彼らの存在を『ないもの』として扱ううちに、あろうことかリヒトハイム王は、彼らの存在を本当に忘れてしまったのだ。
 王のためだけに諜報や暗殺を担う彼らは、王になるべき者のみが所有することを許され、王にのみ相続される『裏の財産』だったのだが……

 どこかでその知識の継承が途絶えた。何代前の王であったかは、もはや定かではない。
 そして組織のみが残った。
 かつてほどの勢力はないにしても、細々と、しかし変わらぬ掟に縛られ、それを誰一人疑問に思うことなくひっそりと続く組織が。



 ――ベルンハルトという男がいた。
 彼はリヒトハイム王の侍従長として長年仕え、勤勉で物静かな人物として知られていた。
 組織の中で与えられた名は別にあるのだが、王の侍従になる際、表向きの名を与えられている。
 先代の国王にも仕えており、そろそろ後進に侍従長の位を譲るべき年齢に差し掛かっていた。

 幼少期から王の『影』として働くよう育てられ、この歳になってもそのことに疑問を覚えたことはない。
 そうなるように育てられるからだ。
 たとえ王が自分達の存在を知らず、王としての器を持たぬ暗愚な人物であったとしても、己の立場を厭うこともなければ、王に反抗心を覚えることはない。
 それは彼らにとってどうでもいいことだからだ。

 王に仕えることだけが使命。
 王の望む情報を仕入れ、王が『邪魔だから消えればいい』と望んだらそれを消し、王の行く手を阻む行動を取る者を排除する。
 たとえ相手が何者であろうとも。
 怒りも苦痛も何もない。――彼らは自らが道具であることに、無意識にある種の存在意義と安心感を覚えていた。
 
 だからベルンハルトは気付かなかった。
 少しずつ、少しずつ、己が何かに変質させられていることを。
 それは異常を何ひとつ感じさせぬもので、ごく自然に彼の魂を侵していった。
 徐々に痛覚が消え去り、意識は薄れ、昼間でありながら眠るように彼の肉体は乗っ取られた。
 リヒトハイム王の気まぐれなひとことで、誰であろうと内密に葬り去ってきた老人の、それが最期だった。

「侍従長?」
「……おっと、いけません。少々ぼんやりしてしまいました。もう年ですね」

 部下の侍従に声をかけられ、ベルンハルトは表情でそう答えた。



 王の侍従の立場は、非常に便利なものだった。
 実権は何もないように見えて、実はかなりの物事を動かせる。
 そして王宮という場所には、この国で権力を握る者のあらゆる情報が入ってきた。

 それだけではない。別の者が成り代わった『ベルンハルト』には、己が何を言ってどんな行動を取れば物事がどのようにのか、大まかに読み取る能力を持っている。
 彼は王宮に与えられた自室に戻ると、少しずつ準備を始めた。

 何通かの手紙。紹介状。ある女の身分証明書――これは偽造である。
 それから、毒。
 リヒトハイム王家の『影』にのみ製法が伝わっているものだ。

 この世界には毒物を検出する技術が発達していない代わりに、毒を精製する技術も発達していない。
 無味無臭のものが滅多にないだけでなく、それを口にした者は肉体に明らかな異変が出てしまい、自然死に見せかけることが難しい。
 ゆえにこの組織が独自に研究し、作ることに成功した暗殺用の毒物があった。
 それの症状は、周りの者から見た場合に、ありふれた病にしか見えない。
 無知な者であれば、それが一般的な病とは異なっていることを理解できないだろう。

 ただし医師に症状を説明すると、おかしいことに気付かれる恐れがある。
 だから使う時は必ず致死量にするか、大人と意思疎通の難しい幼子に使っていた。
 この毒の存在は、百年ほど前に漏れたと伝えられている。暗殺に失敗して毒を奪われたか、組織を抜けた者が生計を立てるため、裏で売り物にしていたとも言われていた。
 ただし、その毒の出どころは誰にも知られずに済み、今も製法は『影』にしかわからない。

 ベルンハルトという老人は、失敗した者も抜けようとした者も、愚か者だと断じていた。
 裏切者の罪人だと。
 しかし彼に成り代わった『ベルンハルト』は思った。

(これも愚かな罪人の一人だ)

 罪をあがなうべき者であり、だからこそこの肉体を奪うことに躊躇ちゅうちょなどするはずもなかった。
 侍従長の名で書いた手紙や紹介状、偽造の証明書、金銭に換えられるものなどを丁寧に包むと、彼は王都に『レーベン』の名義で借りている館に送った。指示があるまで大切に保管するようにと。
 そしてのちのち調査の目が向かないように、半年ほどの間を空けて――
 毒を飲んだ。



   ■  ■  ■ 



 ムスター公爵領の領都で、薬屋を営む男がいた。

 彼はもともと、たいして腕のない薬師だった。
 薬師の師匠の元で学んでいたが、怠けてばかりいたため追い出され、生知識だけのモグリ薬師になったのだ。
 当然ながらはじめのうちは儲からず、金が入るのは詐欺まがいの薬を売りつけた時だけ。

『つまんねぇ。つまんねぇ。なんで俺、こんなことばっかやってんだ』

 口を開ければ、そればかり。
 理由は簡単、最初に怠けたからだ。
 しかも未だに反省せず、努力嫌いも直っていない。
 少しでも金が入ればすぐに使い切り、改めて薬について学ぼうという気概もない。
 そんな彼に、ある日どこの何者かもわからぬ者から手紙が届いた。封の中には数枚の銀貨も一緒に入っている。
 これは前金であり、指示通りに動けば後金として倍額をやると書かれていた。

 狐につままれた気分で、彼は手紙の指示通り、前金の銀貨でそこそこマシな服と靴を仕立てた。
 そして王都に向かうと、指示通りの場所にそこそこ立派なお館がある。
 館の前には立札があり、そこには『貸し家』と書かれていた。
 そして、連絡先。
 どうやら大きな商家が貸している建物のようだ。
 彼は辻馬車を拾ってその商家に向かうと、先ほどの館を借り、数名の使用人も手配してもらった。

 館があり、使用人がいる。
 このままここに住めばいいのではと思ったが、手紙の指示ではムスター領に戻れとあった。

 仕方なくムスター公爵領に戻ると、住んでいるぼろぼろの部屋に、また手紙が届いた。
 約束の後金と、自分の名で借りられた貸し店舗の契約書。
 それから、何種類かの薬の包み。解熱薬、鎮痛薬など用途や用量も詳しく書かれている。
 店ではこれを売れと、そういうことだった。

 何が何だかわからない。
 多分、何か怪しい仕事に関わってしまったのではという気がしてはいた。
 ――だが、どうでもよかった。
 これで店ができた。
 売り物もある。
 金もある。
 深く考えることを放棄し、彼が浮かべていたのは歪んだ笑顔だった。

 そして半年ほどが経ったろうか。
 己が徐々に侵食されていることに、彼もまた最初は気付かなかった。
 痛覚がなくなり、意識がぼやけ、最後に誰かの声を聞いた。

(愚か者に相応しい末路を迎えるがよい)

 ほぼ同じ時期に、王宮の侍従長が亡くなったことなど、彼は知る由もない。
 無関係の人間だった。
 そうでなくとも侍従長は既に高齢で、日頃から引退を呟く回数が増えていた。
 何も問題行動を起こしたことのない、真面目な侍従の一人が老齢で他界したところで、気にする者などいるはずもない。

 おかしいと感じる間もなく、彼は『違うもの』に少しずつ乗っ取られて消えた。
 薬師に成り代わった『彼』は王都に向かい、に預けられていた荷物を使用人から受け取ると、再びムスター領の店舗兼住居に戻った。
 そしてしばらくすると、ここ最近の『お得意様』がやってきた。
 領主様のお館で、メイド長をしている女だった。

「いらっしゃい、カーラさん。いいお品を仕入れましたよ」


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