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生き甲斐ができた
8. 佳斗の野望
次の日の夜、前日に引き続き風呂の準備をしてナイゼルの部屋に入り、佳斗は目を丸くした。
ナイゼルが申し訳なさそうにしょぼんとして、先の潰れたマーカーを差し出してきたからである。
「これ……書けなく、なった」
どうも彼は佳斗がいなくなったあと、初歩の魔法陣を片っ端から試したらしい。
ごく小さな灯火のような簡単な魔法を、彼はこれまで滅多に使ったことがなかった。何故ならインクの代用品にしていた灰も、ペン代わりにしていた木切れも、限りがあるので無駄にできなかったからだ。
しかし佳斗から『もらった』マーカーは、真っ黒な美しい線がいくらでも書ける。
だからこれまで試せなかった初歩の魔法を、文字通りあちこちに書きまくり……結果、マーカーが役目を終えたわけだ。
「そうだったんだ。じゃあ、これ買ってきてよかった。はい」
「……?」
「油性ペンだよ。あげる。こっちとこっちの両方使えてね、こっちが細書き、こっちが極細なんだ」
マーカーは太い線しか書けない。細い線も書けたほうがナイゼルは嬉しいのではないかと、文具の売り場を眺めながら思ったのだ。
想像通り、ナイゼルがびっくりしつつ顔をほころばせるのを見て、佳斗は内心でガッツポーズを作る。
「ん? そういえば俺が持ち込んだものって、全部ここに残ってるの?」
「いや、全部消えてた、けど。多分、ケイトが『あげる』と言って、くれたから。これだけ残った、と思う」
「ええ? そんなことで?」
「おれも……そんなことで、と思った。でもほかに理由、ない」
――さっそく検証してみた。
ナイゼルを磨き終え、佳斗は自分の持ち込んだあれこれを「ナイゼルにあげる」と言った。
その結果、ほとんどは自分の部屋に戻ったものの、いくつかは戻らなかったのだ。
その違いはすぐにわかった。「あげる」と言いつつ本気ではなく、内心「無理だよな」と思っていたものが、こちらにすべて戻っている。
「嘘だとダメってことか。だってスマホとかさすがに無理だし……でも、だったら、いけるぞ……!?」
ギラリと瞳を輝かせ、スマホでネットショップをひらく。
検索した言葉は、『キッズ』、『コスチューム』。
「いける……いけるぞ……!」
洋風で、魔法の世界に合いそうな、ナイゼルが着たら似合いそうな数々の衣装が表示された。
中には魔法使いのローブやマントなどもある。
しかも普段使いを想定してか、洗濯機で洗える素材の服も多い。値段もニ、三千円程度と、買えなくもない金額だ。
「あ、これ色違いで何種類もある!? くっ……一着、いや二着でいいか。中はシャツとレギンズにして、これを上着にしてもらったら……お子様用の品、けっこうあるんだな~……」
色は黒がいい。あの子は絶対に黒が似合う。
シャツとレギンズは黒。フード付きのローブは表の生地が黒で、裏生地がアイボリー、パープルの二種類をカートに入れた。
ぽちり、ぽちり、ぽちり……
あれもこれも「意外と安い」と呟きながら、ひたすらカートに入れていく。
佳斗が普段着ている服より高いものもあるのだが、彼はその点に気付いていない。
その夜、ヘロヘロになって帰宅した彼は、明らかにハイテンションでドアをくぐった。
――酒の匂いを漂わせて。
「ケイト? ……うわっ?」
「ふふふふ~、ただいまぁ~っ」
せっかくの休日だったのに、行きたくもない飲み会に強制参加させられ、強引に飲まされ、払いたくもない飲み代として数千円が飛んだ。
本当はヘコんでいる。だがそれも、この子に出迎えてもらえただけで、すぐに吹っ飛ぶのだ。
抱きついてグリグリ頬ずりをする佳斗に、ナイゼルは泡を食って真っ赤になる。
「け、ケイト? いつもと、におい、ちがう?」
「うっ。ごめん、くさい?」
「ケイトは、くさくない。びっくりしただけだ」
「うう……いい子だな、ナイゼル……おまえみたいに可愛くていい子なんて、そうそういないぞ……」
「そ、そんなことはない。おれは」
「今夜のごはんはね~、あ、ごめん。部屋に置いてきたわ。すぐ取ってくるから待っててな~」
酔っ払い佳斗は少年の反応にまるで気付かず、部屋に戻ってエコバッグと料理の皿を持ってきた。
「今夜はふわふわ卵のオムライスだ!」
「おむらいす?」
最初は物珍しそうにしていたナイゼルだったが、ひと口でその虜になったようだ。
ふわふわ卵とチキンライスをもっくもっくと頬張っている。
彼は案の定、ペンを使い潰していたので、佳斗はいい笑顔でお土産のペンを一本渡した。
本当は割安の十本セットを購入していたのだが、全部渡したらこの子は一気に使ってしまいかねない。
ひとたび集中したら寝るのも忘れて書き続けそうなので、小出しにしようと思っている。
食事を終えると、佳斗は中身がぱんぱんになったエコバッグを上機嫌でテーブルに置いた。
「ナイゼルにプレゼントだよ! 着てみて!」
「プレゼント……」
中からざくざくと出てきたのは、お子様用の衣類の数々だ。
ぼろぼろで異臭を放っていた服から新品の『服』に着替え、ナイゼルはどことなく申し訳なさそうにしつつ、嬉しそうな顔もしている。
自分の身につけている数々が、佳斗の負担になっているのではと、薄々察し始めたのかもしれない。
「似合う! 完璧! 最高! 可愛い! 買ってよかった~!」
「そ、そう……?」
「着心地はどう? 動きにくいとか、暑すぎるとか寒すぎるとかない?」
「ない。前よりずっと着やすい。……なんだこれ。すごく、動きやすい」
「よかった~。でも、まだまだだな。あのおんぼろベッドとか、このカーテンとか、道はまだ遠い……でもいつか全部……おっとと」
「ケイト!?」
ぐらりと佳斗の身体が傾ぎ、ナイゼルは慌てて支えようとした。
が、細い体ではその体重を支え切れず、勢いを削ぐことはできたものの、床にぺしゃりと座り込むことになった。
少年のローブの膝に、佳斗の頭が乗っている。期せずして膝枕の状態になっていた。
彼は悔しそうに頬を紅潮させ、それでいてしげしげと佳斗を見下ろし、その髪を撫でる。
佳斗の髪はナイゼルの髪よりも色素が明るい。けれど肌は、ナイゼルよりも少しだけ濃い。
「ふぁ~、ごめんよ。あーでも、洗剤の香りだ……いいにおい……」
「ケイト……」
「ず~っと、こっちで暮らせたらいいのにな~……おまえと、ず~っと一緒に……」
「……ずっと?」
「うん。ず~っと……」
ふわふわと微笑みながら瞼を閉じていた佳斗は、この時ナイゼルがどんな表情をしていたのか、目にすることはなかった。
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