ただし物件は異世界にあり

日村透

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育てた子が育ちすぎている

20. 言動に気を付けないと後悔する見本


「この愚図、まるで答えんな?」
「言葉がわからんのか?」
「呑み込みが悪いのかもしれん」

 怪訝けげんそうに若者――いや、推定少年グループが目を見合わせている。
 声のトーンは普通か、むしろ大きいぐらいだ。本人がそこにいるのに、声を潜めるという発想がまるで頭にないらしく、失礼きわまりない会話を堂々と交わしている。

(逃げよう。これ絶対、逃げないと危ない)

 佳斗けいとの勤める店は庶民派だが、客の性別や年齢だけでなく、所得層も意外と広い。
 当然ながら業務には接客も含まれ、社外の営業などと話す機会も多い。
 それを何年も重ねるうちに、おおまかにではあっても、人の種類の見分けがそこそこつけられるようになっていた。

 日本人だろうと外国人だろうと、グループを作っている時点で、性格も価値観も近い者同士が集まっている。
 それが少年であり、他人を堂々と見下すタイプの集団だと、身の危険を感じることがなくもなかった。
 彼らに説得は通じず、軽い気持ちで限度を越えやすいのだ。

(だけど、いきなり走って逃げたら変に刺激しそうだし……言葉の通じない外国人のふりをしといたほうがいいかな?)

 そうだ、それがいい。きっと一番平和的で安全な方法だ。
 と、思いかけたのだが。

「いや、言葉は理解できているだろう。先ほどと会話をしていたぞ。学のない欠陥品ごときが、異国の言語など話せるわけがないのだから」
「セフェリーノ様のご慧眼の通りでしょう。それにこの者、先ほどのヘラヘラ笑いが消えました。動揺しているのは明白です」

 浅はかな方針転換はすぐに封じられた。

(ヘラヘラ笑いで悪かったなぁ!? ていうか学のない欠陥品ごときって、もしかしてナイゼルのこととか言わないよな!? あの子はすごいんだぞ!)

 しかし、ぐっと堪える。反論は自殺行為だ。
 警察はなく、通りすがりの人々が助けてくれる気配もない。我関せずと早足で通り過ぎるだけ。

 だらだらと冷や汗を流す佳斗に何を思ったか、セフェリーノと呼ばれた推定少年はいやらしげな笑みを浮かべた。

「我が問いに答える気はないようだな。仕方あるまい。直々にしつけ、礼儀というものを教えてやろう」

 ――いや、おまえのほうが親のしつけに疑問があるんだけど?
 反射的に思ったものの、佳斗は賢明にも口をつぐむ。
 ひょっとしたら、むしろタイプかもしれない。

「おお……もしや、セフェリーノ様!」
「セフェリーノ様がお力を見せてくださるぞ!」
「クク、そうはやるな。我が力は集中が必要なのでな、加減を誤るとこの者を黒き名残に変えてしまうやもしれん」
「……は?」

 一瞬、言葉の意味を捉えかね、危機感を忘れて目を丸くした。
 セフェリーノは相手の反応に気付かない様子で、ことさらゆっくり右腕の腕輪に触れ、見せつけるように外していく。
 その、いかにも「これからすごいことをするからよく見るがいい」と言わんばかりの行動――

「……黒き名残って、『我が力でおまえを炭にしてやる』っていう意味で合ってる?」
「きさま、セフェリーノ様になんという口のきき方を!」
「無礼者め!」
「ふん。そう怒ってやるな。無知蒙昧もうまいな愚民のことよ、正しい言葉を知らぬだけであろう」
「おお、なんとセフェリーノ様の慈悲深いことか……!」
「……え~と」

 高校生どころか厨学生の集団だった。
 緊迫した状況のはずなのに、佳斗の中から緊張感や恐怖心がどんどん抜けてゆく。

(どうしよう。どう反応してあげたらいいかわからない)

 目の前でもったいぶりながら腕輪を外したセフェリーノは、これまたもったいぶるように右手を上にかざし、自分では格好いいと思っていそうなニヤニヤ笑いを浮かべ――

 びゅう、とつむじ風が生じた。
 かと思うと、それは一瞬にして範囲を拡大し、大きくなる。

「うわっ!」
「くっ、目が、目が……!」

 つむじ風はすぐに小型の竜巻と化し、地面の砂や小石を巻き上げた。
 美しい路面はやわらかい質の敷石で覆われている。靴や車輪で表面が削れ、溝に砂が溜まりやすくなっているのだろう。

 幸い佳斗は目を閉じるのが間に合った。
 だが突然の強風は収まらず、目を開けられないでいると、誰かがパシッと片手を取った。
 そのまま強く引っ張られる。

(あ。ナイゼル?)

 尋ねるまでもなく、この手はナイゼルだと直感した。
 ホッとして、瞼を閉じたまま、小走りで相手について行く。

「ルーイ! 俺を置いてくなよ!?」

 脇から上がった少年の声に、ふと片方の目を薄くひらいた。
 慌てた様子でこちらを見ている少年の姿が視界をかすめる。
 先ほど誰かに絡まれ、路地に引っ張り込まれた少年のようだった。

(よかった、怪我はなさそうな感じ? さすがナイゼル!)

 それにしても、彼はナイゼルのことを『ルーイ』と呼ばなかったか。
 もしや愛称だろうか。本当に仲のいいお友達なんだなと、軽く感動を覚える。

(お友達を助けてあげるなんて、成長したな……!)

 残念ながら舞う砂の中、口を開けることはできない。
 けれど、心の中では盛大に褒めた。



 途中でどこかの建物の陰に入ったようで、閉じた瞼の向こうが暗くなり、一瞬ののちに明るくなった。
 もう風はなく、おそるおそる目を開けると、思った通りの少年が立っている。
 ちょうど彼の手にある紙が、燃え崩れるように消えるところだった。

 周りの景色には見覚えがある。
 桜に似た花々の咲く、一緒にお弁当を食べたあの場所だった。

「うわ、ナイゼル砂だらけじゃないか!」

 片手で髪や服をパタパタ払ってやったら、もう片方の手にぎゅ、と力がこめられた。
 そういえば、手を繋いだままだ。

「ケイト……」
「うん?」
「……ケイトも、砂だらけ」

 何とも表現しにくい曖昧な表情で、ナイゼルも片手でパタパタと佳斗の砂を払う。
 その顔は苦笑のようにも、泣き出す寸前のようにも見えた。

「すまない、ケイト」
「待て待て、謝ることなんて何もないだろ? 助かったよ、ありがとうな」
「謝ることは、ある。……あの先頭にいた男。俺の、血縁者だ」

 やはり身内の人間だったようだ。
 それも、悪意をはらんで佳斗に『絡んだ』と言ったほうが正しいだろう、あの様子だと。

「そうだろうなと思った。それが? なんにもおまえのせいじゃないだろ?」
「…………」

 あえて軽い調子で言う佳斗に、ナイゼルはやっと顔を上げた。


感想 32

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みんなの感想(32件)

にゃ王さくら
2026.04.18 にゃ王さくら

そういう事じゃない。
そういう事じゃないとわかってて一言。
血縁者(多分兄弟)が人様の前で厨二病を晒しまくってるのを見るのはつらいな。

2026.04.18 日村透

感想ありがとうございます!

そう……違うんです……そういうことじゃないんですが……
本人達が真剣にやっているだけに、見ているこちらが居たたまれないあれです。
ナイゼルつらかったな(肩をポンと叩きながら)。

解除
にゃ王さくら
2026.04.15 にゃ王さくら

白人種と黄色人種の違いどすな。
白人種から見たら黄色人種は若う見えるらしいどすな。

2026.04.16 日村透

感想ありがとうございます!

見慣れていないと年齢が咄嗟にわかりませんよね~。
どうやら「この若者達」ではなく「この子達」だったようです。

解除
にゃ王さくら
2026.04.10 にゃ王さくら

私が酷い名前の人にでくわしたら、
えー…と思うのは本人ではなく、名前をつけた人にたいしてだよね。
名前は自分でつけるものではないからね。

そして何気に佳斗ピンチ。

2026.04.14 日村透

感想ありがとうございます!

そうですよね~。
本人が自分で自分を名付けたわけではありませんし。
特にナイゼルは人に迷惑かけてませんからね。

佳斗ピンチのシーンでお休みしております(汗)
明日には続き投稿いたします……!

解除

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