陽廻りの書

日村透

文字の大きさ
31 / 69
スリルを求める流行

29. 隙間の向こう側

しおりを挟む

 遅くなりましたが本日、2話目です。

-----------------------------




「窓があるとする。窓にはカーテンがかかっている。視界を遮るための布のカーテンだ」

 普通に過ごしている時は、ほとんどそれを意識しない。
 ごく小さな隙間が開いていたとしても、大抵は素通りするだろう。

「けれどふとした拍子に、そこに隙間を見つけてしまうことがある。その隙間が気になれば、カーテンをしっかり閉める。ほとんどの人はそうするはずだ」

 けれどもし、そこに目をこらしたら?
 多くは何事もない。仮に何かが向こう側を歩いていたとしても、それがこちらに関心を向けるとは限らなかった。
 けれどもし、向こう側にいるものと目が合ったら?

「俺の窓は最初から、カーテンがないんだ」

 目が合ったら、興味を持って近付いてくる。
 だから目を逸らし、見えないふりをするしかない。
 それでも合ってしまったら、距離を取る。ほとんどのものは、一定の距離から追って来なくなった。

「――あるいは、民家が立ち並ぶ道だ。普通は他人の家の中を覗き歩いたりはしないだろう? けれどふとした拍子に、意図せず目に入ってしまうことがある。仮に中が見えたとしても、じろじろ眺めずに通り過ぎれば、大抵は何も起こらない。だが、魔が差して覗き込めばトラブルになる」
「そのたとえがわかりやすいな。怒った家主が追いかけてきそうだ。だけど家主は自分の家を長く放置できないから、永遠に追ってこられるわけではない?」
「それに近いかもしれない。特定の場所が縄張りなのか、ただそこに繋がれているのかは、にもよると思う」

 ふと自分のグラスに目を落としたら、ほぼ空になっていた。
 すかさずウィルフレッドがボトルを持ち、オズワルドのグラスにぎ足す。
 軽く礼を言って甘辛い酒を味わい、ふわりと浮き立つ酔いの力も借りながら「それで」と続けた。

「どんな拍子に、目が合うかわからないんだよ」
「……目が合うとまずいのか?」
に認識された瞬間がまずい。何もえず、そいつからも意識されていなければ、特に何も起こらない。だから大多数の者は平気なんだ」

 フロスト夫人は結局のところ、そういったことを信じていない人間だった。
 そしてあの館に出現した男も、フロスト夫人にはさして興味がない様子だった。

「ただしあんな霊媒師もどきと、話題作りで小芝居を続けていれば、いずれかもな。今まで無事だったのは、単に運が良かっただけだ。何より――」
「何より?」
「存在がはっきりしている。ああいうのはとびきり危険だから、関わるもんじゃない。だからすぐに逃げたのに、そうだ、なんであいつはここまで来たんだ……?」
「おっと。酔いが回ってきたか?」

 まわる。めぐる。
 不意に引っかかった何かが、深まる酔いにさらわれてどこかへ行ってしまった。

「グラスを預かる」
「まだ大丈夫だ」
「そろそろやめとけ。ところで基本的な質問だけど、フロストの主人だけでなく、手にかけた男もこの世にはいないってことになるのか?」
「そうなる。事件解決なんて野心は燃やすなよ。ターナー家の坊ちゃんが心霊捜査なんて、ネッドが大喜びしそうだ。『ウィスパーズ』の精鋭を大量に送り込んでくるぞ」
「誰がやるか! 僕をなんだと思ってるんだよきみは、まったく。……熱病の診断書を書いた医師でも当たってみるか」
「やめろ」

 訪れかけた酩酊めいていが瞬時に吹き飛び、オズワルドの口から硬い声が出た。

「深入りするな」
「あ、ああ……わかったよ。すまない」

 神妙な顔で謝るウィルフレッドの様子に、オズワルドは片手を額に当てる。
 何も彼は、それこそ『ウィスパーズ』の記者のような野次馬根性で嗅ぎ回ろうとしたのではない。過敏に反応しすぎてしまった。

(俺の話を頭から信じているわけではなく、その代わり頭から疑ってかかることもしない。冷静に、客観的な証拠を集めようとしているだけだ)

 自分を招待していた相手が犯罪者の可能性ありとなれば、調べてみたくもなるだろう。

「証拠……そうか」
「オズワルド? おい、大丈夫か?」

 いきなり立ち上がったオズワルドは、ふらりと身体が揺れそうになった。
 頭の酔いは醒めた気がしても、足元にきていたらしい。
 ふらふらと歩く酔っ払いに、ウィルフレッドも慌てて立ち上がる。こちらの足元は問題ないようだ。

 構わずオズワルドは書斎の中を歩き回った。
 よろけそうになっては壁や本棚に手を突いてバランスを取り、「危ないから座れ」という忠告を無視して進む。
 何度かよろけた時、観葉植物に触れた。

「……!」

 オズワルドが突然ぴたりと動きを止め、ウィルフレッドも戸惑いながら立ち止まる。
 酔っ払いは何に心を引かれたのか、さわさわと葉に触れて、植木鉢に触れた。
 そしていきなり、鉢をひっくり返す。
 床と絨毯じゅうたんの上に土がぶちまけられ、呆然とするウィルフレッドの視界の中に、ころんと土以外の何かが転がった。

「こいつだ」

 確信に満ちたオズワルドの言葉に、ウィルフレッドは絶句するしかない。


しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...