陽廻りの書

日村透

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スリルを求める流行

28. オズワルドの秘密

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 読みに来てくださってありがとうございます。
 本日中にもう1話投稿予定です。

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 素知らぬ顔でナッツの皿を手に取り、指でつまんで口にぽいぽい放り込む。
 しかし向こう側からジトリと突き刺さる視線は消えない。当前だ。
 皿を置いて小ぶりなグラスの長い脚を持ち、やや甘口の酒をひと口飲んで嘆息する。
 先ほどまで空腹だったところに強い酒を流し込んだせいか、頭の芯がふわりとゆるんだ。
 こうなったら話すしかない。――話してもいいか、と思えてきた。

(その前に)

 オズワルドは無言でドアに目配せをした。
 ウィルフレッドはああ、と頷き、おもむろに立ち上がる。
 足音を消し、ドアの前に立つと、一気にひらいた。

「っ!」
「……おや? ソーン。どうしてここに?」

 廊下にソーンが立っていた。
 彼は目の前で急にドアを開けられ、ギョッとしつつもすぐに表情を取りつくろう。

「……いえ。何か、御用でもないかと思いまして」
「そうか、ありがとう。だが用がある時はベルで呼ぶから、気にしなくていい」
「失礼いたしました」

 ウィルフレッドの部屋には、呼び鈴の紐がある。それを引っ張れば使用人の待機室でベルが鳴り、どこの部屋からの呼び出しなのかわかる仕組みになっていた。
 呼ばれてもいない使用人が部屋の前をうろつく理由にはならない。
 しかしウィルフレッドは特に指摘せず、丁寧に一礼して廊下の向こうに消えるソーンの背を見送った。
 その後、鼻息荒くテーブルに戻る。

「まったく、あの野郎」

 口汚くののしりながらソファにドカリと腰を落とし、ナッツをつまんでボリボリと嚙み砕く姿など、ターナー家のお坊ちゃまが人様に見せていいものではない。
 家政婦のマディあたりが見たら、すかさず説教を飛ばしてきそうだ。

「僕の部屋の前で立ち聞きとは。何が『御用でもないか』だ」
「そこは自分でもしらじらしいと自覚しているんじゃないか? でも実際、ほかに言いようはないだろう」

 ソーンも内心ではしくじったと歯噛みしているはずだ。
 それを想像すると溜飲が下がり、肩に残っていた余分な力も抜けた。

「――あまり細かく話しすぎると、意図せずしまうことがある。だから曖昧な言い方になっても、その点はやむを得ないと理解してくれ」
「わかった。約束しよう」

 頷くウィルフレッドの目に、好奇の色は見えない。

「それから俺が話すことは、あくまでも俺自身の経験則でしかないんだ。くれぐれも過大評価はしてくれるなよ」
「承知した。ところで、もうこういう話をしても大丈夫なんだな?」
「ああ。もういなくなった」
「いなくなった……」

 口の中で繰り返す相手に、オズワルドは「今のところはな」と釘を刺した。

「あのホテルの主人は何者かに追われ、背後から喉をやられた。場所はあの階段上の廊下だ」
「嘘だろう? なら、夫人の言っていたことはでたらめだって?」
「少なくとも自称霊媒師の男はそれを知らない。あれは詐欺師ではなく、雇われた俳優だ。を雇っても困ることになりそうだしな」
「本物……つまり、オズワルドは……える人間なのか?」
「それ以外の何だと?」

 ウィルフレッドは目を丸くし、息を呑む。
 たった一ヶ月ほどの付き合いであろうと、相手がこの手の冗談を言わない人間だということぐらいわかるのだ。
 それでも、半分ほどは疑念を捨てきれていない。

「あんたの言いたいことはわかる。『しまった、下宿人が頭のおかしい奴だった。どうしよう』――違うか?」
「いや、そこまでは。しかし……」
「別にいい。俺自身が子供の頃から、自分はどこかおかしいのではと疑ってきたぐらいだ」

 オズワルドのセリフに、ウィルフレッドは己のグラスを睨みつけた。
 ――本当におかしな人間は、得てして自分がおかしいと認められない。
 人の指摘には耳を貸さず、自分を客観視して疑うことなどないのだ。

「それでも、居るものは居る、俺にとってはそれが日常の真実でしかない。その上で、上手にえていないふりをしなければいけなかった。人に対しても、人以外のものに対しても」
「人以外のもの……さっきまでここに何がいたんだ?」
「お察しの通り」
「フロストの主人?」
「違う。そっちじゃない」

 ――主人を殺めた男のほう。
 ウィルフレッドは顔をしかめた。琥珀の液体をぐいとあおり、ボトルを掴んでぎ足す。

「なんでここに来る? 無関係じゃないか!」
「俺もそれが謎なんだよ。あんたが夫人からもらったカードは捨て、俺はそもそももらっていない。あそこから持ち出したものなんて何ひとつないから、離れるだけでいいはずだったんだ」
「それでか。道理で、ああいうのはきみらしくないと思った」
「あれ以外に、何か持ち帰ったりしたか?」
「何も」

 二人とも追われる理由はない。
 なのに、あの男はついてきた。

「でも待ってくれ。夫人はずっとあそこに住んでいるんだぞ? ノースウォールのご令息も、あの霊媒師も、何度も足を運んでいるはずじゃないか。つまりそこまで警戒する必要はないってことじゃないのか?」
「残念ながら、そうでもない」

 オズワルドは首を横に振った。


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