41 / 69
薄れやすい現実感
39. シンプルにして厄介な行動原理
しおりを挟む頭痛をこらえるようなウィルフレッドの横顔を見ながら、オズワルドも軽い疲労感を覚えていた。
しかし、あとひとつ確認しておきたいことがある。
「ネッド。エドワード・ターナー氏に連絡を取ることはできるか?」
「エドワードに? なんだってまた」
「ウィルフレッドが何日も前から試みているのに、一向に連絡がつかない」
この言葉にネッドだけでなく、ウィルフレッドも目を瞠った。
――呪物の人形を発見した直後、ウィルフレッドはエドワードの滞在先に電話をかけている。
しかしまたもや父親と話すことは叶わず、これまでと同様に電報を送ったのだ。
電話は非常に便利なのだが、契約している企業や個人がまだ少なく、エドワードの行き先に設置されていないことが多々あった。
たとえホテルに繋がっても、既に本人が発った直後。
部下に繋がって伝言を頼んだら、後日その部下とすら連絡が取れなくなった。
不自然なほどにエドワードと話せない、そんな状況がずっと続いている。
「ターナー氏に何かが起きているということは?」
「いや、私は把握しとらん。だが、そうだな。電話が通じにくくなった」
「通じにくい?」
「こちらの電話機に異常はないのに、相手に繋がらん。最近そういうことが増えていて調査中なんだ。新しい技術は何かしら不具合が発生するものだし、相手側の電話機が故障しとるのかもしれん。今はまた連絡手段を電報に切り替えている」
「もちろんウィルフレッドも電報を送った。だが、姉君とはすんなり連絡がつくのに、ターナー氏はなんの音沙汰もない。頼んだ伝言が伝わっているかどうかすら怪しいんだ」
「ううむ……ひょっとすると」
ネッドはあごを撫でながら思案した。
「坊ちゃん。その伝言、頼んだ相手はひとりだけですかな?」
「――いや。何人か別の相手に伝えた」
「ならばやはり、伝言を預かった者が途中で妨害されとるんでしょうな。グレイヴ子爵の手の者かもしれませんし、子爵の動きを察した貴族が、嫌がらせの手助けのつもりでやっている可能性もあります。私の部下に連絡して、エドワードのもとにやりましょう」
「……頼む」
せっかくのチョコレートを口に入れても、ウィルフレッドは苦そうな顔をしていた。
帰りの馬車に乗り込むなり、彼は面白くなさそうに言った。
「僕の記憶を読んだのか?」
「なんだって?」
「また父さんと連絡がつかなかったことさ」
オズワルドはそこでウィルフレッドの誤解に気付いた。
「それで不機嫌そうだったんだな。いや、もしターナー氏から連絡があったのなら俺に言うだろう? その話がないから、そういうことだろうと思っただけだ」
「そうだったのか……」
「第一、俺は人の記憶なんて読めないぞ」
「読めない? でも」
「物に触れた時、誰かの記憶らしき何かが視える。ただし、その人物がその時に何を感じて、何を考えていたのかまではわからない」
その人物が実際に取った行動が視え、口にした言葉が聞こえはする。
しかし、頭の中身を読むことはできないのだ。
そう説明してやると、ウィルフレッドは目を見開いた。
「例の本に書かれていた内容と違う。その部分、脚色だったんだな」
言われて、オズワルドは思い出す。『ヘリアントゥスの書』では、怒りや憎しみの念、それに思考までも読み取ることができる風に書かれていたのだ。
ならばオズワルドにはそれができると、彼が思い込んだのは無理からぬことだった。
「完全に脚色だ。――いや、もしかしたらジェイムズ自身も誤解していたのかもしれない。俺は視えるだけだ。念なんぞわからん」
「視ることに負担はないのか? あの書では、強烈な感情がきついようなことを書いていたけれど」
「負担に感じることもある。ただそれは、気分的な要因だ。」
意図的に視ようとした場合、足元の地面が消え去る感覚に囚われる。
浮遊するというより、頭まで沈んでいく感覚に近く、どちらかといえば不快な感覚だ。
しかもそれを視終えて浮上するまでの間、都合よく時間が停まってくれるわけでもないので、その間は完全に無防備な状態になる。
「いきなり視えるやつは、浮上している何かにぶつかってしまう感覚だな。沈む不快感はない代わりに、大抵は内容がえぐくて心臓に悪い」
「……たとえば、ある人物が殺害される瞬間であったり?」
頷いたオズワルドに、ウィルフレッドは長い溜め息をついた。
「勘違いしてすまない」
「こちらも説明不足だった」
「いや、完全に僕に非がある。半分は八つ当たりだったしな」
「八つ当たり?」
「ネッドさ。僕は父さんをあてにするばかりで、結局はあいつに頼ることになった。情けないし、かなり悔しいね」
「ネッドに悪意はなさそうだが」
「悪意はなくとも他意は山ほどある」
ウィルフレッドは断言した。
「ネタのためなら何でもやるんだ。僕の伝言が妨害されていることを察知していて、あえて黙っていたとしてもおかしくないと思っている」
「さすがに、それは」
ネッドに厳しいのでは? と擁護しかけた言葉が、喉奥でぐっと詰まる。
(やりかねないんだよな、ネッドって)
こちらはこちらで、「まさかそんなことで」と言いたいのに言えない案件だった。
121
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません
しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」
――それは私を縛る呪いの言葉だった。
家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。
痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。
でも、、そんな私、私じゃない!!
―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。
「私の人生に、おかえりなさい。」
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる