陽廻りの書

日村透

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薄れやすい現実感

39. シンプルにして厄介な行動原理

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 頭痛をこらえるようなウィルフレッドの横顔を見ながら、オズワルドも軽い疲労感を覚えていた。
 しかし、あとひとつ確認しておきたいことがある。

「ネッド。エドワード・ターナー氏に連絡を取ることはできるか?」
「エドワードに? なんだってまた」
「ウィルフレッドが何日も前から試みているのに、一向に連絡がつかない」

 この言葉にネッドだけでなく、ウィルフレッドも目をみはった。

 ――呪物の人形を発見した直後、ウィルフレッドはエドワードの滞在先に電話をかけている。
 しかしまたもや父親と話すことは叶わず、これまでと同様に電報を送ったのだ。

 電話は非常に便利なのだが、契約している企業や個人がまだ少なく、エドワードの行き先に設置されていないことが多々あった。
 たとえホテルに繋がっても、既に本人が発った直後。
 部下に繋がって伝言を頼んだら、後日その部下とすら連絡が取れなくなった。

 不自然なほどにエドワードと話せない、そんな状況がずっと続いている。

「ターナー氏に何かが起きているということは?」
「いや、私は把握しとらん。だが、そうだな。電話が通じにくくなった」
「通じにくい?」
「こちらの電話機に異常はないのに、相手に繋がらん。最近そういうことが増えていて調査中なんだ。新しい技術は何かしら不具合が発生するものだし、相手側の電話機が故障しとるのかもしれん。今はまた連絡手段を電報に切り替えている」
「もちろんウィルフレッドも電報を送った。だが、姉君とはすんなり連絡がつくのに、ターナー氏はなんの音沙汰もない。頼んだ伝言が伝わっているかどうかすら怪しいんだ」
「ううむ……ひょっとすると」

 ネッドはあごを撫でながら思案した。

「坊ちゃん。その伝言、頼んだ相手はひとりだけですかな?」
「――いや。何人か別の相手に伝えた」
「ならばやはり、伝言を預かった者が途中で妨害されとるんでしょうな。グレイヴ子爵の手の者かもしれませんし、子爵の動きを察した貴族が、嫌がらせの手助けのつもりでやっている可能性もあります。私の部下に連絡して、エドワードのもとにやりましょう」
「……頼む」

 せっかくのチョコレートを口に入れても、ウィルフレッドは苦そうな顔をしていた。




 帰りの馬車に乗り込むなり、彼は面白くなさそうに言った。

「僕の記憶を読んだのか?」
「なんだって?」
「また父さんと連絡がつかなかったことさ」

 オズワルドはそこでウィルフレッドの誤解に気付いた。

「それで不機嫌そうだったんだな。いや、もしターナー氏から連絡があったのなら俺に言うだろう? その話がないから、そういうことだろうと思っただけだ」
「そうだったのか……」
「第一、俺は人の記憶なんて読めないぞ」
「読めない? でも」
「物に触れた時、誰かのえる。ただし、その人物がその時に何を感じて、何を考えていたのかまではわからない」

 その人物が実際に取った行動がえ、口にした言葉が聞こえはする。
 しかし、頭の中身を読むことはできないのだ。
 そう説明してやると、ウィルフレッドは目を見開いた。

「例の本に書かれていた内容と違う。その部分、脚色だったんだな」

 言われて、オズワルドは思い出す。『ヘリアントゥスの書』では、怒りや憎しみの念、それに思考までも読み取ることができる風に書かれていたのだ。
 ならばオズワルドにはそれができると、彼が思い込んだのは無理からぬことだった。

「完全に脚色だ。――いや、もしかしたらジェイムズ自身も誤解していたのかもしれない。俺はえるだけだ。念なんぞわからん」
ることに負担はないのか? あの書では、強烈な感情がきついようなことを書いていたけれど」
「負担に感じることもある。ただそれは、気分的な要因だ。」

 意図的にようとした場合、足元の地面が消え去る感覚に囚われる。
 浮遊するというより、頭まで沈んでいく感覚に近く、どちらかといえば不快な感覚だ。
 しかもそれを終えて浮上するまでの間、都合よく時間が停まってくれるわけでもないので、その間は完全に無防備な状態になる。

「いきなりえるやつは、浮上している何かにぶつかってしまう感覚だな。沈む不快感はない代わりに、大抵は内容がえぐくて心臓に悪い」
「……たとえば、ある人物が殺害される瞬間であったり?」

 頷いたオズワルドに、ウィルフレッドは長い溜め息をついた。

「勘違いしてすまない」
「こちらも説明不足だった」
「いや、完全に僕に非がある。半分は八つ当たりだったしな」
「八つ当たり?」
「ネッドさ。僕は父さんをあてにするばかりで、結局はあいつに頼ることになった。情けないし、かなり悔しいね」
「ネッドに悪意はなさそうだが」
「悪意はなくとも他意は山ほどある」

 ウィルフレッドは断言した。

「ネタのためなら何でもやるんだ。僕の伝言が妨害されていることを察知していて、あえて黙っていたとしてもおかしくないと思っている」
「さすがに、それは」

 ネッドに厳しいのでは? と擁護しかけた言葉が、喉奥でぐっと詰まる。

(やりかねないんだよな、ネッドって)

 こちらはこちらで、「まさかそんなことで」と言いたいのに言えない案件だった。


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