陽廻りの書

日村透

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薄れやすい現実感

40. 人はだいたい感情で動く

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 あの呪い人形に、呪物としての効果が実際にあったのかどうかは、正直なところ不明だ。
 根拠は『フロストムーア・ホテル』にいたあの男が、理由もないのについてきたという、それだけ。
 しかもあれがえていたのはオズワルドしかいない。
 一応それとなく館の中を見て回り、ウィルフレッドにも自分の行動範囲を確認してもらったが、あれ以外に不審な点は出てこなかった。

「――おまえが読んでいるその小説の考察なんだが。手順が正確だったか、もしくは犯人の身近に本物の呪術師がいて、そいつの用意した材料を使ったのかもしれない」
「僕は後者に賭ける。そうであってほしいね。でないと、本当に効く呪いの方法が、世の中に正しく広まっているってことじゃないか」

 ウィルフレッドが軽く睨みながら読んでいるのは、オカルト月刊誌の『ムーンサイド・ホロウ』だ。
 新刊が出ていたのでさっそく購入したらしい。
 たった今、ある物語の主人公が密室で遺体を発見し、その近くに隠されていた呪い人形の解説を始めたばかりだ。
 実物が己の部屋から見つかっても、そういうのは平気で読むし語るんだなと、半分感心しつつオズワルドは新聞に目を戻す。

 そんな二人を交互に見ながら、所在なげな顔をしているのはシャーロットだ。
 しかし何やら悟ったのかあきらめたのか、小さな息をひとつこぼし、手元の新聞を広げて集中し始めた。

 オズワルドの下宿部屋で、何故か三人目が朝食の席に加わり、食後の紅茶を飲みながら読み物を読んでいる。
 もともと置かれていたテーブルは、その三人目が「小さい」と言って交換させ、自分用の椅子も運び込んでいた。
 シャーロットが戸惑うのも当然である。
 おまけに、己の主人がどうやら『える』人間なのだと、彼女はこれまでの会話の内容から薄々察していた。

 オズワルドはそれを悪いと思いつつ、改めて説明したくはない。
 ――というより、しないほうがいい話題なので、据わりの悪さを感じつつも沈黙するしかなかった。

(……シャーロットのことも、ジェイムズはどうするつもりだったんだろう)

 生活費はしっかり送っていたという話だから、完全に無関心ではなかったはず。
 けれど彼女は父親に対し、思慕も怒りも何もない。感情を隠している風ではなく、本当に赤の他人と変わらない感覚らしいのだ。

 親子ならば何かしら感じてしかるべきというのは、第三者の感傷による押しつけだろう。少なくとも、「怒りを覚えるほど酷いことはされていないからマシな父親」というのは、シャーロットの偽りない本音であるようだった。
 貧困によって心がすさみ、我が子にそれをぶつける親は残念ながら多い。
 ジェイムズと彼の妻である女性は、そういう親ではなかったということだ。

 オズワルドは派手な挿絵の踊る娯楽新聞に目を通しながら、考えていることとは無関係のことを口にした。

「例の件、さすがに『ウィスパーズ』には載っていないか」

 ネッドにはしっかり口止めをしていなかったから、『ターナー家に恐怖の影! 呪い人形が十三体も……!?』といった内容の記事が一面を飾るかもしれないと少し思っていた。

「さすがにネッドでもそれはない。以前僕が『ネタにがっついてばかりいるといずれ身を滅ぼすぞ』と忠告したら、『たとえ身を滅ぼそうとそこにネタがあれば飛びつきたいサガでしてね』なんて返しやがったネッドだけれど、ターナーに喧嘩を売る真似はしないさ」
「信憑性があるようでないように聞こえるんだが」
「まあ僕も言っていて怪しいなと思った。でも、この点は信用してくれていい」

 呪い自体に効果があるか否かはさておき、気分は悪いという点で効果は確実にある。
 それに呪物を仕掛けられたと広まったら、いくらその手の話が流行といえど、気味悪がって付き合いをやめる者が続出すると思われた。
 記事が出た時点で、少なからずターナー家に打撃を与えることになる。そうなると、ネッドの地位も危うくなるのだ。

「ネッドが経営責任者になった時、『平民の下で記事を書きたくない』と拒否した知識人が結構いる。父さんはそいつらよりもネッドを取った。僕はともかく、父さんとは信頼関係を築いているのさ」

 ウィルフレッドのやりづらさは、すべてそこに起因している。
 ネッドは敵ではない。むしろ味方側なのだ。
 だからウィルフレッドは、ターナーの息子がネッドを警戒していると世間に受け止められないよう、慎重にならざるを得ない。
 彼は頭の回転が速く、機敏で、非常に顔が広いのに、後手に回ってしまうのはそういう事情もある。

「どんなに地位を築いても、個人的な感情を切り離せない人間は案外多いと思うよ。それまで友好的だったのに、トップが変わった途端『あちらのトップが気に入らない』と言い出して、組織同士が険悪になったりとかね」
「それは理解できるな。手を貸すも貸さないも、最終的には個人の好き嫌いで決することがほとんどだ」
に助力している連中もそう。彼の財力なんて、もうほぼ底が見えているんだから」

 ん? とオズワルドは紙面から目を上げた。
 計算高い光をちらつかせた目が、こちらを見返してくる。

(……ソーンか)

 この部屋の外で、きっと聞き耳を立てている。
 あまり刺激したら何をしてくるかわからない相手だ。危険ではあるが、揺さぶりをかけることにしたのか。
 オズワルドも声を潜めずに返した。

「そうなのか? いくら賠償額が大きくとも、傾きかけた新聞社をとんでもない高額で売りつけて、その分の利益で黒字になっているはずだが」
「あの新聞が唯一と言っていい収入源だったんだよ。入ってくる金がないのに、計画性もなく今までと同じ勢いで使い続けたんだ」
「それはあっという間になくなるだろうな」
「その通り。今のグレイヴ子爵の周りにいる人間は、ターナー家が気に入らなくて子爵の味方の顔をしているだけ。つまり損得勘定かんじょうではなく好き嫌いなのさ。子爵の使用人は逃げるように辞めていって、最近では従者を確保するのも難しいから、外出を控えているらしいし。味方をするメリットなんかないんだよ」

 外からかすかに音が聞こえた。動揺して物音を立ててしまったのか。
 シャーロットもこの会話の意図に気付いたようで、ドアに向けた目を不愉快そうに細めた。

(次はどう来る?)


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