陽廻りの書

日村透

文字の大きさ
45 / 69
薄れやすい現実感

43. 呪いの罪状

しおりを挟む

 読みに来てくださってありがとうございます!
 本日中に2話目も投稿予定です。

 ※微妙にタグ注意かもしれません。

--------------------------------




 かつて巨人の世界かと錯覚させた花々は、その目線が少し高い位置にまで近くなっている。
 幼い頃に迷い込んだ広大なひまわり畑。それは今も時々、オズワルドのもとに訪れていた。

 眩しい太陽を追い、開花したあとはもう動かない。ジェイムズはあの書の中で『人間を表している』と書いていたが、それはオズワルドの言葉ではなかった。
 栄光、才能、輝かしい成功を渇望かつぼうしてめぐる、おびただしい人の群れ。
 一度その方向に顔の向きが『固定』されてしまったら、逸らすのは難しい。

 このジェイムズの解釈が正解か不正解なのか、大人になった今でさえ断言はできなかった。
 ただ、自らが太陽のごとき姿でたたずむこの花々に、不安や恐ろしさを覚えたためしはない。
 むしろ、寒い日に暖炉の前でホッと息を吐く、あの時の感覚に似ていた。

 その花々の視線を追うと、遥か先の地平が暗く濁っている。
 オズワルドは首を傾げた。太陽はどこに消えたのだろう。
 紙の上にしたたるインクが滲んでいくように、影がじわじわと空を侵食した。




 衝撃が胸をドンと打ち、意識が叩き起こされた。

「っ……!?」

 どくどくと心臓が胸を打ちつけている。
 耳の中で音が聞こえそうなほどに鼓動が速い。何度か深呼吸をしても、なかなか落ち着かなかった。

(……さっきのは悪夢だったのか?)

 この状態は、悪夢で目覚めた時のそれだ。
 直前に見た光景が頭に浮かぶ。地平で蠢いたインクの染みを思い出して、鳥肌が立った。

 ――それだけでなく、実際に寒い。

 七月初旬。
 夏という季節が、これほど寒いのは初めてだ。
 先日からずっと天気が悪く、薄着では凍える日が続いている。

「オズワルド様、お身体の調子はいかがですか? 熱はないようですが」

 シャーロットが主人の目覚めに気付き、寝台を覗き込んできた。

「……今は何時だ?」
「八時を過ぎております」
「そんなに?」

 いつも六時を過ぎる頃には、自然と目が覚めるのに。
 オズワルドは驚いて上半身を起こした。

「頭がふらついたりはしませんか?」
「大丈夫だ。関節が痛んだりもしない。寝覚めが悪いだけで、体調が悪いのとは違うな」
「よろしゅうございました。お呼びしてもお目覚めになりませんでしたから。――先ほどコールマン様の使いの方が、ウィルフレッド様を訪ねてこられました。ターナー家のご長男、ブライアン様と接触できたそうです」
「なんだって?」

 使いによると、エドワードやブライアンの身に何かが起きているということはないようだが、ウィルフレッドはそれを聞いて早々に外出した。
 今日中に帰るのは難しく、一度オズワルドに声をかけようとしたものの、眠りが深く断念したらしい。

「そうだったのか。気になるな……」
「朝食はお召し上がりになりますか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」

 食欲はある。いつものように着替えて朝食を腹に入れ、紅茶を飲みながら新聞を読んだ。
 馬の記事だ。どこかの金持ちが、自慢の馬を紹介した広告で違う馬を描かれたと苦情を言っている。
 挿絵画家が手を抜き、額の模様の一部を描いていなかったようだ。

「シャーロット。この挿絵を見て、実物の馬の特定ができるようになるか?」
「新聞と挿絵にもよります。誇張しがちな記事はあてになりませんよ。辻馬車でしたら細かいところが省かれているでしょうけれど、貴族の所有馬などは名馬が多いので、なるべく正確に描かれていますね」
「なるほど」

 ウィルフレッドが参考にしていたのは複数の新聞だった。
 見比べた上で、あてにならない絵は除外していたのだろう。

(過去数年分の子爵の記事がすぐ出せるところからして、前々から目はつけていたんだろうな)

 頷きながらぺらりとめくると、『呪術師、逮捕!』というシンプルにして驚愕の記事が目に飛び込んできた。
 ある家で呪いに使われたと思しき人形が複数発見され、警察が捜査したところ、ひとりの男が浮上。
 その男は裕福な人間から依頼を受け、降霊術や呪詛などを繰り返していたという。

(罪状は『迷信を利用した詐欺』……って、この犯人は!?)

 いくら人の顔を記憶するのが苦手でも、さすがにこの挿絵の男はそれなりに覚えている。
 あのホテルでインチキ降霊をやっていた、霊媒師の優男だ。
 記事によると、呪物を仕掛けられた被害者は、一方的に嫉妬された女性。呪いの依頼者は恋敵の女性だった。

(『被害者の兄が友人のウィルフレッド・ターナー氏に相談し、怪しい呪術師を突き止め』……あいつ、いつの間に何をやっているんだ)

 この『自称』呪術師の男は、何年も前から富裕層の人間に取り入り、降霊術や呪いなどを請け負っていたという。
 その活動の開始時期が、あの『レッドフォード・タイムズ』売買の直後と重なっている。
 記事の中にネッドの名前はない。しかし一面でなくとも、そこそこ大きな記事になっていることから、ウィルフレッドと協力して動いていたのではないか。

「なら、こいつが犯人……?」

 依頼者の不安をあおって追加料金を請求し、時に被害者にも呪いを仄めかして金銭を要求することがあったため、詐欺だけでなく恐喝にあたるとも書かれている。
 この男のインチキ降霊を思い出して眉をひそめた。

 軽々しく人を呪うものではない。もし本気で呪っているとしたら、なおさらそんなことに本気を出すなと言いたい。
 この手の話にまるで詳しくなくとも、それが気軽に手を出していいものではないことぐらい、オズワルドにもわかっていた。

 いや、もしかして、ほかの人々にはわからないのか?
 お遊びや目先の金儲けなどで、それに触れてはならないと。

「……こいつが犯人?」

 もう一度口の中で呟く主人に、シャーロットが心配そうな目を向けた。
 オズワルドは「何でもない」と誤魔化し、執筆作業に取り掛かろうとするも、どうにもペンが進むイメージが湧かない。
 カーテンを開け放った窓の向こうは、見慣れた曇り空。だが、昨夜の雨はやんでいた。

「書店街に行く」

 往復するだけでも気分転換になるかもしれない。
 シャーロットが用意してくれたコートを着込み、帽子を被り、念のためにと傘も受け取った。

「ティムがおりますので、馬車をお出しできますよ」
「助かる」

 庭に出ると、庭師のロブが花壇の手入れをしている。

「今にも咲きそうだな」
「へえ、クラーク様。明日か明後日か、いつ咲いてもいい頃ですねえ」

 この冷夏の中でちゃんと成長するか不安だったようで、ロブの表情はいつもよりほころんでいた。
 門前に回された馬車は、いつもの二人乗りの馬車。折り畳みの幌があり、雨が降ってくれば屋根にできる。
 オズワルドが乗り込んですぐに前進を始め、風が頬を撫でた。
 肌寒いのに、顔に受ける風は妙にあたたかい。

 しばらく進んでいると、ミルズ街が見えてきた。
 街角に立つ警官を見かけても、それを取り囲む記者の姿はない。
 毎日事件が起きているわけじゃないんだから……と、何気なく縁石で仕切られた歩道を見やり、ごくりと息を呑んだ。

 たった今、通行人が通行人をすり抜けていった。


しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 でも、、そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

処理中です...