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第一章 骨師を守る騎士
8.奴隷を買った女
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デルマド国の支配下にある町の門前は馬車や人がごった返し、大渋滞が起きていた。
その中を、一台の馬車が悠々と縫うように進んでいく。
御者席にいる商人が、門番に慣れた様子で旅券を見せると、あっさり門の通過を許された。
マウリア国が滅び、二年が過ぎた。戦はそろそろ終結が近く、いたるところにデルマド国の砦や門が建てられている。
そんな戦乱時にあっさりデルマド国の兵士に取り入り、賄賂を使い旅券をとった行商人は、商売のルートもだいたい決まり比較的安全な旅が続けられていた。
「ステラ、次は薬の箱だ」
馬車内にいたステラはジルドの声に立ち上がり、揺れる荷台の上で薬箱を探し、馬車が止まるのと同時にそれを抱えて外に出た。
通りに面した薬屋の前で、ジルドが店主と交渉を始めている。
「今回は戦争で激化したアーチ地区を通過しての仕入れだった。これ以上はまけられない」
値段の交渉もすっかり板につき、ジルドは前職が騎士だったとは思えないほどの手腕で商売の手を広げている。
ステラが箱を抱えて近づくと、ジルドは迷わず箱の中から目的の包みを取り出し、さらに熱心に売り込みを始める。
「これは売れるぞ?ドドマ草だ。焼けた村の薬師の家から持ってきた」
正確には盗んできたのだ。元手をかけないようにするには、戦場にいく兵士達を追いかけ、滅ぼされた町や村に入り込み、売り買いできるものを漁るのだ。
大抵の金目の物はデルマド国の兵士に略奪されているが、商人が売り買いする程度のものや、あるいは逃げた住民が兵士達から隠そうとした、ちょっとしたお宝が見つかる場合がある。
骨師であるステラを守り、戦場を生き抜くという目的以外に心を囚われることのない真面目なジルドは、命じられた役割を忠実にこなしていた。
ジルドの後ろで薬箱を抱えるステラは、退屈そうに通りに目を向けた。
町には様々な人が溢れている。町や村を焼け出されたような浮浪者や物乞い、逞しく商売する人に、目つきの鋭いすりや、こそ泥。わずかな小銭を握りしめ、必死に食料を探す貧しい人々。
そんな込み合っている通りに、いつの間にか兵士達の長い行列ができていた。
どこかの戦場からの帰りらしく、捕虜を積んだ鉄の檻が何台もの馬車に乗せられ通過していく。
檻に入っているのは半裸の男達だった。全身に黒い泥を塗り、ぎらぎらした目ばかりが覗いている。
黒土の多い沼地で敵を待ち伏せして戦ったのだろうかとステラはぼんやり考えた。
と、一台の檻にステラは目を止めた。
一人の男が片膝を抱え、座り込んでいる。
表情は死んでいるが、その目に宿る憎しみの炎はまだ生きている。
逞しい裸身に、腰布を一枚巻いている。
泥に汚れたその肉体にはもてあそばれたような鋭い傷跡が無数についている。
不意に、ステラは通りに身を乗り出し、馬車を守って進む兵士を一人捕まえた。
「ねぇ、お兄さん、この人達は捕虜?売りに出ることがある?」
声をかけられた兵士は振り返り、若い女とみると、いやらしい笑みを浮かべた。
「教えたらいいことがあるのか?」
ステラはジルドのいる薬屋の方を簡単に指さした。
「見て、薬屋で商売している人、あれは私の亭主。ルース商会って聞いたことがない?デルマド軍の皆様にひいきにしてもらって、最高に儲かっているの。だからね、今度護衛を探そうって話をしていて、強そうな人を探していたの。
絶対裏切らない護衛ときたら奴隷でしょう?この人達は市場に出る?」
兵士は薬屋の前で堂々と値段交渉を重ねるジルドに目を向けた。
腰に剣を下げているが、細く締まった体つきで迫力に欠ける。
裕福な商人は大抵護衛を雇うものだ。
「ふーむ。その名前は聞いたことがあるな。戦場にも薬を売りにきているな?」
「そうなの。時には武器や奴隷女も運ぶの。兄さんたちは景気が良くて本当に大好き」
若い女に大好きといわれ、さらに軍に貢献している商人であることに気を許した兵士は、ステラにもったいぶった様子で捕虜の行き先を語った。
「体つきのいいやつは王都に連れて行き剣闘士にする。大抵の捕虜は奴隷商が引き取る。金を持っているなら、あるいは担当兵士の気が向けば、一般の商人も買い取れるかもしれないな。
一部は見せしめで処刑だな。敵国の偉そうな役職をつけて王都の広場で首を落とす」
ステラはにっこりして、薬箱から赤いキャンディーが入った包みを取り出した。
「ありがとう。これ、情報のお礼よ。媚薬なの。女を買う時に使ってみてよ。男が使えば絶倫、女が使えば最高に具合が良くなるの」
すっかり商人の妻も板についている。兵士はにやりとして飴を受け取ると「またな」と手を振り列に戻った。
それを見送り、ステラはまだ店の前で交渉を続けている夫役のジルドのもとに駆け戻った。
デルマド軍は捕虜たちを乗せた馬車を囲み、あっさり町を素通りした。
それだけの人数を収容できる施設が町にはなかった。
兵士たちが野営の準備をはじめ、捕虜たちの牢は野営地の外に並べられた。
見張りのテントが建てられ、犬の餌のように水の入った皿と石のように固いパンが檻に投げ込まれる。
大抵は一つの檻に二、三人の男が入っているが、王都行きが決まっているその男は、一人で檻に入れられていた。
王都で剣闘士として誰かを殺し続けなければ生きていけない運命だ。
夕暮れが近づいていた。
檻に一人で入っている男は硬いパンを水に浸し、柔らかくなってきたところから食べ始めた。
どんな屈辱的な状況下であっても、愛する女性を看取ったこの男に自ら命を断つ選択肢はなかった。
篝火が焚かれ始めると、おぞましい音が聞こえてくる。
奴隷の女達が辱められ泣いている。死にかけた男達が最後の悲鳴を響かせる。
死体を焼く匂いすら漂ってくると、そこは敗者にとっての地獄だった。
男の檻は屋根もない馬車の荷台にあり、大きな鉄の錠がついている。
僅かな食事を終えると、男は鉄格子に背中を押し付け、檻の隅にうずくまった。
見張りを担当する兵士が突然男の背中をやりの背で突いた。
反射的に男は避けたが、兵士は檻の中央に逃げた男に向かって、刃を向けて槍を檻の中に突き出した。
「ハハハ!踊ってみろ!」
それは行軍の間、兵士達の間でしょっちゅう行われている暇つぶしで、名のありそうな立派な体格の捕虜を辱めて遊ぶのだ。
他の仲間達も集まってくると、さらに兵士は調子に乗り、檻の中の男に向かって鋭い突きを繰り出した。
男の体にはそうして出来た傷が無数にある。
檻の中の男は腰を屈めて槍の切っ先から逃げ回る。
そのうち、他の兵士達も槍を突き出し、男を追い込んで遊び始めた。
檻の中で男は必死に逃げるが、所詮は狭い檻の中だ。
退路もなく男は命がけで、兵士たちの悪ふざけに付き合い続けるしかない。
男が無様に尻を付いて転ぶと、兵士達は腹を抱えて笑い始めた。
新たな傷が男の体にいくつも刻まれている。
兵士たちの笑い声を聞きつけ、班長がやってきた。
「おい!何をしている。そいつは王都行きだ。弱らせたら良い見世物にならないぞ」
渋々といった様子で、遊んでいた兵士たちは槍を引いた。
一瞬、場が静まったところに、華やぐような明るい女の声が飛び込んできた。
「そうなの?!売り先がもう決まっているの?欲しいと思ったのに。ねぇ、その奴隷なんとか売ってくれない?」
兵士たちが一斉に視線を向けると、そこには軍御用達の商人の札をぶら下げた一人の女が立っていた。
ふわふわしたスカートの裾をつまみ、長い髪を柔らかく編み込んでいる。
かすかな香水の香りまで漂う、戦場では滅多にお目にかかれない極上の女だった。
階級の一番低い兵士達はどよめいた。
「ルース商会なのだけど、今そこに薬を売りに来ているの」
奴隷で遊んでいた部下達を諫めた班長はその名前を知っていた。
「軍隊に出入りしている商人だな。奴隷を買いたいのか?」
「私達、夫婦で旅をしているでしょう?お兄さんたちのおかげで儲かっているから、そろそろ護衛が必要なの。
従順で強い奴隷を探しているの。体が大きくて見た目が強そうなのがいいわ。それに、あそこも大きければ最高」
娼婦のように右足にかかるスカートを少し持ち上げてみせる。
「お前、夫がいるのだろう」
女は伸びあがって、班長の首に手をまわして囁いた。
「そうなの。こんなご時世で遊ぶ隙が無くて退屈しているの。ねぇ、その男を売ってよ。人妻を抱かせてあげる。旦那はちっとも私を満足させてくれないの。
逞しい奴隷を売ってくれたら、楽しませてあげる。どう?」
王都に連れていく奴隷はまだたくさんいる。
愛想のないこの奴隷は、貴族令嬢達にはあまり人気が出ないだろうと班長は考えた。
商人の女を抱き上げ、後ろのテントに向かう。
「俺を満足させることが出来るなら考えてやる」
「うれしい!それは逆でしょう?お兄さんが私を満足させなきゃだめ!」
夫婦で薬屋をしていると言ったばかりだというのに、女は夫の存在をもう忘れてしまったようだった。
班長がすぐ裏のテントに消えていくのを周囲の兵士たちが面白くなさそうに見送った。
檻の中の男は真ん中に座り込み、ただ背中を丸めてうなだれる。
すぐに女の甘い嬌声が聞こえてきた。
――あっ……あんっ……ねぇ、もっと乱暴にしてもいいのよ……そう……
獣のような息遣いと肉がぶつかり合う音がしばらく聞こえると、少しだけ静かになり、さらに二回戦が始まった。
兵士たちは、うんざりとしていたが、なんと少し経って班長がテントから顔を出した。
「おい!お前達、彼女が遊び足りないらしい。一人銀貨二枚だ。持っているやつだけ遊べるぞ」
なかなか自由行動を許されていない最下級の兵士たちは喜んだ。
戦利品の中から銀貨を二枚掴みだし、急いで班長のテントの前に並ぶ。
甘い悲鳴が夜半過ぎまで続き、朝方近くなりようやく、すっきりした顔で女が出てきた。
「楽しかったわ。しかもこんなに稼がせてもらえるなんて思わなかった。ねぇ、また見かけたら声をかけてもいい?もちろん旦那には内緒にしてよ。遊べなくなっちゃうから」
「悪い人妻だな」
すっかり慣れ親しんだ間柄のように、班長が女の尻を触る。
一晩中檻の真ん中でうずくまっていた男は扉の鍵が開くと、ゆっくり顔をあげた。
「出ろ。お前の売り先が決まった」
奴隷を体で買った商人の妻は、班長から奴隷の売買契約書を渡された。
「魔法契約書だ。最近は神力の結晶がとれなくなって、これも貴重だ。奴隷用の首輪を嵌めておけばこの契約に反する行動はとれない」
班長の説明を聞きながら、女は契約書を丸め、肩かけ鞄の中に入れた。
引っ張りだされた捕虜の男の首にふとい首輪がかけられる。
最後の留め金はステラが嵌めた。
鎖の先を渡されると、女は買ったばかりの奴隷に目も向けず、班長の腕をとって念を押した。
「良い買い物が出来て良かったわ。旦那には内緒にしてね」
夫のいる妻を寝取った優越感に浸り、班長は上機嫌でステラの尻を触り、立ち去る二人を見送った。
その中を、一台の馬車が悠々と縫うように進んでいく。
御者席にいる商人が、門番に慣れた様子で旅券を見せると、あっさり門の通過を許された。
マウリア国が滅び、二年が過ぎた。戦はそろそろ終結が近く、いたるところにデルマド国の砦や門が建てられている。
そんな戦乱時にあっさりデルマド国の兵士に取り入り、賄賂を使い旅券をとった行商人は、商売のルートもだいたい決まり比較的安全な旅が続けられていた。
「ステラ、次は薬の箱だ」
馬車内にいたステラはジルドの声に立ち上がり、揺れる荷台の上で薬箱を探し、馬車が止まるのと同時にそれを抱えて外に出た。
通りに面した薬屋の前で、ジルドが店主と交渉を始めている。
「今回は戦争で激化したアーチ地区を通過しての仕入れだった。これ以上はまけられない」
値段の交渉もすっかり板につき、ジルドは前職が騎士だったとは思えないほどの手腕で商売の手を広げている。
ステラが箱を抱えて近づくと、ジルドは迷わず箱の中から目的の包みを取り出し、さらに熱心に売り込みを始める。
「これは売れるぞ?ドドマ草だ。焼けた村の薬師の家から持ってきた」
正確には盗んできたのだ。元手をかけないようにするには、戦場にいく兵士達を追いかけ、滅ぼされた町や村に入り込み、売り買いできるものを漁るのだ。
大抵の金目の物はデルマド国の兵士に略奪されているが、商人が売り買いする程度のものや、あるいは逃げた住民が兵士達から隠そうとした、ちょっとしたお宝が見つかる場合がある。
骨師であるステラを守り、戦場を生き抜くという目的以外に心を囚われることのない真面目なジルドは、命じられた役割を忠実にこなしていた。
ジルドの後ろで薬箱を抱えるステラは、退屈そうに通りに目を向けた。
町には様々な人が溢れている。町や村を焼け出されたような浮浪者や物乞い、逞しく商売する人に、目つきの鋭いすりや、こそ泥。わずかな小銭を握りしめ、必死に食料を探す貧しい人々。
そんな込み合っている通りに、いつの間にか兵士達の長い行列ができていた。
どこかの戦場からの帰りらしく、捕虜を積んだ鉄の檻が何台もの馬車に乗せられ通過していく。
檻に入っているのは半裸の男達だった。全身に黒い泥を塗り、ぎらぎらした目ばかりが覗いている。
黒土の多い沼地で敵を待ち伏せして戦ったのだろうかとステラはぼんやり考えた。
と、一台の檻にステラは目を止めた。
一人の男が片膝を抱え、座り込んでいる。
表情は死んでいるが、その目に宿る憎しみの炎はまだ生きている。
逞しい裸身に、腰布を一枚巻いている。
泥に汚れたその肉体にはもてあそばれたような鋭い傷跡が無数についている。
不意に、ステラは通りに身を乗り出し、馬車を守って進む兵士を一人捕まえた。
「ねぇ、お兄さん、この人達は捕虜?売りに出ることがある?」
声をかけられた兵士は振り返り、若い女とみると、いやらしい笑みを浮かべた。
「教えたらいいことがあるのか?」
ステラはジルドのいる薬屋の方を簡単に指さした。
「見て、薬屋で商売している人、あれは私の亭主。ルース商会って聞いたことがない?デルマド軍の皆様にひいきにしてもらって、最高に儲かっているの。だからね、今度護衛を探そうって話をしていて、強そうな人を探していたの。
絶対裏切らない護衛ときたら奴隷でしょう?この人達は市場に出る?」
兵士は薬屋の前で堂々と値段交渉を重ねるジルドに目を向けた。
腰に剣を下げているが、細く締まった体つきで迫力に欠ける。
裕福な商人は大抵護衛を雇うものだ。
「ふーむ。その名前は聞いたことがあるな。戦場にも薬を売りにきているな?」
「そうなの。時には武器や奴隷女も運ぶの。兄さんたちは景気が良くて本当に大好き」
若い女に大好きといわれ、さらに軍に貢献している商人であることに気を許した兵士は、ステラにもったいぶった様子で捕虜の行き先を語った。
「体つきのいいやつは王都に連れて行き剣闘士にする。大抵の捕虜は奴隷商が引き取る。金を持っているなら、あるいは担当兵士の気が向けば、一般の商人も買い取れるかもしれないな。
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ステラはにっこりして、薬箱から赤いキャンディーが入った包みを取り出した。
「ありがとう。これ、情報のお礼よ。媚薬なの。女を買う時に使ってみてよ。男が使えば絶倫、女が使えば最高に具合が良くなるの」
すっかり商人の妻も板についている。兵士はにやりとして飴を受け取ると「またな」と手を振り列に戻った。
それを見送り、ステラはまだ店の前で交渉を続けている夫役のジルドのもとに駆け戻った。
デルマド軍は捕虜たちを乗せた馬車を囲み、あっさり町を素通りした。
それだけの人数を収容できる施設が町にはなかった。
兵士たちが野営の準備をはじめ、捕虜たちの牢は野営地の外に並べられた。
見張りのテントが建てられ、犬の餌のように水の入った皿と石のように固いパンが檻に投げ込まれる。
大抵は一つの檻に二、三人の男が入っているが、王都行きが決まっているその男は、一人で檻に入れられていた。
王都で剣闘士として誰かを殺し続けなければ生きていけない運命だ。
夕暮れが近づいていた。
檻に一人で入っている男は硬いパンを水に浸し、柔らかくなってきたところから食べ始めた。
どんな屈辱的な状況下であっても、愛する女性を看取ったこの男に自ら命を断つ選択肢はなかった。
篝火が焚かれ始めると、おぞましい音が聞こえてくる。
奴隷の女達が辱められ泣いている。死にかけた男達が最後の悲鳴を響かせる。
死体を焼く匂いすら漂ってくると、そこは敗者にとっての地獄だった。
男の檻は屋根もない馬車の荷台にあり、大きな鉄の錠がついている。
僅かな食事を終えると、男は鉄格子に背中を押し付け、檻の隅にうずくまった。
見張りを担当する兵士が突然男の背中をやりの背で突いた。
反射的に男は避けたが、兵士は檻の中央に逃げた男に向かって、刃を向けて槍を檻の中に突き出した。
「ハハハ!踊ってみろ!」
それは行軍の間、兵士達の間でしょっちゅう行われている暇つぶしで、名のありそうな立派な体格の捕虜を辱めて遊ぶのだ。
他の仲間達も集まってくると、さらに兵士は調子に乗り、檻の中の男に向かって鋭い突きを繰り出した。
男の体にはそうして出来た傷が無数にある。
檻の中の男は腰を屈めて槍の切っ先から逃げ回る。
そのうち、他の兵士達も槍を突き出し、男を追い込んで遊び始めた。
檻の中で男は必死に逃げるが、所詮は狭い檻の中だ。
退路もなく男は命がけで、兵士たちの悪ふざけに付き合い続けるしかない。
男が無様に尻を付いて転ぶと、兵士達は腹を抱えて笑い始めた。
新たな傷が男の体にいくつも刻まれている。
兵士たちの笑い声を聞きつけ、班長がやってきた。
「おい!何をしている。そいつは王都行きだ。弱らせたら良い見世物にならないぞ」
渋々といった様子で、遊んでいた兵士たちは槍を引いた。
一瞬、場が静まったところに、華やぐような明るい女の声が飛び込んできた。
「そうなの?!売り先がもう決まっているの?欲しいと思ったのに。ねぇ、その奴隷なんとか売ってくれない?」
兵士たちが一斉に視線を向けると、そこには軍御用達の商人の札をぶら下げた一人の女が立っていた。
ふわふわしたスカートの裾をつまみ、長い髪を柔らかく編み込んでいる。
かすかな香水の香りまで漂う、戦場では滅多にお目にかかれない極上の女だった。
階級の一番低い兵士達はどよめいた。
「ルース商会なのだけど、今そこに薬を売りに来ているの」
奴隷で遊んでいた部下達を諫めた班長はその名前を知っていた。
「軍隊に出入りしている商人だな。奴隷を買いたいのか?」
「私達、夫婦で旅をしているでしょう?お兄さんたちのおかげで儲かっているから、そろそろ護衛が必要なの。
従順で強い奴隷を探しているの。体が大きくて見た目が強そうなのがいいわ。それに、あそこも大きければ最高」
娼婦のように右足にかかるスカートを少し持ち上げてみせる。
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女は伸びあがって、班長の首に手をまわして囁いた。
「そうなの。こんなご時世で遊ぶ隙が無くて退屈しているの。ねぇ、その男を売ってよ。人妻を抱かせてあげる。旦那はちっとも私を満足させてくれないの。
逞しい奴隷を売ってくれたら、楽しませてあげる。どう?」
王都に連れていく奴隷はまだたくさんいる。
愛想のないこの奴隷は、貴族令嬢達にはあまり人気が出ないだろうと班長は考えた。
商人の女を抱き上げ、後ろのテントに向かう。
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「うれしい!それは逆でしょう?お兄さんが私を満足させなきゃだめ!」
夫婦で薬屋をしていると言ったばかりだというのに、女は夫の存在をもう忘れてしまったようだった。
班長がすぐ裏のテントに消えていくのを周囲の兵士たちが面白くなさそうに見送った。
檻の中の男は真ん中に座り込み、ただ背中を丸めてうなだれる。
すぐに女の甘い嬌声が聞こえてきた。
――あっ……あんっ……ねぇ、もっと乱暴にしてもいいのよ……そう……
獣のような息遣いと肉がぶつかり合う音がしばらく聞こえると、少しだけ静かになり、さらに二回戦が始まった。
兵士たちは、うんざりとしていたが、なんと少し経って班長がテントから顔を出した。
「おい!お前達、彼女が遊び足りないらしい。一人銀貨二枚だ。持っているやつだけ遊べるぞ」
なかなか自由行動を許されていない最下級の兵士たちは喜んだ。
戦利品の中から銀貨を二枚掴みだし、急いで班長のテントの前に並ぶ。
甘い悲鳴が夜半過ぎまで続き、朝方近くなりようやく、すっきりした顔で女が出てきた。
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すっかり慣れ親しんだ間柄のように、班長が女の尻を触る。
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引っ張りだされた捕虜の男の首にふとい首輪がかけられる。
最後の留め金はステラが嵌めた。
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