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第一章 骨師を守る騎士
10.多忙な商人と奴隷
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王都に向かうデルマド軍をジルドとステラは夫婦のように並んで見送り、売れ残った品々を集め、売上金を箱におさめた。
大急ぎで店を畳み始めたジルドは、やはり忌々し気に奴隷を呼んだ。
「奴隷!片付けるぞ!手伝え!」
まさに猫の手もかりたい忙しさだった。
大陸中で戦が続き、国は定まっていない。となれば、治安を維持する者達もいないのだ。
一晩兵士達を相手に稼いだ娼婦たちや、他の行商人たちもぞろぞろと移動を始めている。
「売り上げはどうだい?」
突然声をかけてきたのは、顔なじみの行商人レオルドだった。
ステラは軽く会釈をしてさっさと馬車に向かう。
レオルドは馬車を持たない身軽な行商人で、ずんぐりした体に大きな鍋を担いでいる。その中には貴金属を詰めた袋が入っているのだ。
いつもは簡単なあいさつだけでさっさと次の場所に旅立つレオルドだが、何か言いたそうなにやけ顔で、ジルドの前を離れない。
「お前は景気がよさそうだな。王都までいくのか?」
仕方なくジルドが話しかけると、レオルドは汚れた鼻をこすり口を開いた。
「まぁな。俺の扱う品は金持ち向けだ。ちょっとしたものはこうしたところで売り払うが、これからが本番だ。それよりも……結構稼いでいると思っていたが、お前はついに護衛を雇ったんだな」
レオルドが店の骨組みを解体し、肩にかついで馬車に向かう半裸の奴隷に目をやった。
「ああ。かなり高額だ。妻が勝手に買ってきた」
やっとその話題が出たとレオルドは舌なめずりをした。
「驚いたよ。妻まで売るなんて、根っからの商売人じゃないか。王都で儲かったら俺にも売ってくれ」
そっちが本題だったのだ。いやらしい顔つきでレオルドは馬車に視線を向ける。
ステラがお尻を向けて、奴隷に品物の片付け方を教えている。
妻を売ってくれと言われたジルドは、顔色一つ変えず冷徹な笑みを浮かべた。
「びた一文まけないぞ」
女房でさえ金になるならあっさり売る人間なのだとレオルドに見せつけ、これ以上は邪魔だと鋭い目を向ける。
顔見知りであっても仲間ではない。誰もが売り上げを狙うこそ泥だ。
潮時だと悟り、レオルドは逃げるようにその場を去った。
全ての商品をしまい終えたジルドは、険しい表情をフードに隠し、馬車に向かった。
ステラが奴隷に指示を出し、屋台は解体され馬車内にいつものようにきれいに積まれている。
箱も全て定位置に置かれ、ステラは売り上げの計算を始めていた。
奴隷は腰布一つでまだ馬車の後ろに立っている。
小さく舌打ちをし、ジルドは馬車にあがりこむと荷物を漁った。
適当な衣類を取り出すと、馬車の後ろから放り出す。
「奴隷!裏の川で体を洗って着替えて来い」
ジルドは叫ぶと、ステラの手から帳簿を取り上げた。
怒って顔をあげたステラは、ジルドの顔を見ると毛布の中に逃げ込もうとした。
それを阻止し、ジルドはステラの上にのしかかる。
それをさらにステラは跳ねのけようと暴れ、箱をぶちまけ、ジルドの手から逃げようともがいた。
ジルドが本気を出せばステラを押さえ込むことは可能だが、周囲には武器や割れ物も多い。体を傷つけないように取り押さえるのは難しい。
「なぜあんな勝手なことをした」
大きな声ではなかったが、怒りを秘め、その声は物騒な響きを帯びている。
レオルドの言葉でステラが体を売って奴隷を買ったことが明確になった。
ステラの貞操などどうでもいいが、他の人間と親密な関係を築けば危険も高まる。
「ステラ!お前には自覚がないのか!」
骨師だとばれたらそれこそ逃げ場がない。
ステラは何とかジルドの下から這い出した。しかしすぐにジルドがステラの髪を掴み引き倒す。
骨師を傷つけられないジルドはやはり力を緩めてしまう。
すぐにステラは体を起こし、せっかく片付けた屋台の骨組みを引っ張り出しその後ろに逃げた。
それをまたぎ、ジルドが手を伸ばすがステラはさらに這いつくばって御者席の方へ逃げる。
「だって、相談したら反対するじゃない!」
その足首を掴み上げ、ジルドはステラの体を思い切りひっぱった。
「きゃあああっ!」
板の上を摩擦で熱くなるほど引きずられ、ステラが悲鳴を上げた。
その背中に乗り上げ、ジルドはステラの手首を後ろに回し、背中で押さえつける。
ステラは足をばたつかせ、まだ逃げようと身をよじる。
その頭上から、ジルドは火を噴くようにステラを責めた。
「当然だ。あんな男、殺されてもいいだろう!こっちの正体をばらされたらどうするつもりだった?お前があの男を買いに行った時にあいつが一言でもお前が何者か口にすれば、こっちの方が死んでいた。命がけで、しかも体まで張って助ける価値なんてないだろう!どれだけ危険な真似をしたのかわかっているのか!」
ステラは首をひねって自分の上に乗っているジルドに言い返した。
「手柄にしたらいいじゃない!私を生贄にして助かったらいい!私を利用するために連れているのでしょう?売って利用したらいいじゃない!」
人の気配がして、ジルドは馬乗りの状態でステラの口を手で覆い、後ろを振り返った。
着替えを終え、少しは見られるようになったイールが馬車の後ろに立っている。
首には奴隷用の首輪が嵌っている。
鎖はステラが外してしまった。
それでも奴隷契約書がある。主人の言葉には逆らえないはずだ。
ジルドはステラの背中に乗ったまま、この奴隷に剣を与え護衛に使ってもいいものかと考えた。
と、目を上げた瞬間、御者席の向こうに土埃を巻き上げ、何かが向かってきているのが見えた。
舌打ちし、ジルドは立ち上がると、積まれた箱の一つを引き寄せ中を漁る。
出てきたのはなかなか悪くない出来の大剣だった。
それを馬車の後ろに放り投げながら、ジルドも剣を腰に下げた。
「奴隷!山賊だ。時間を稼げ」
すぐに奴隷が剣を持って馬車の前に回る。
奇声をあげ、粗末な鎧で身を固めた山賊たちが馬車に向かって走ってくる。
既に何人か殺してきた山賊たちの剣は血に濡れている。
ジルドは急いで馬車の向きを変える。
射掛けられた矢を何本か奴隷が剣で弾いた。
床に押さえ込まれていたステラは飛び起き、木箱の間に入り込む。
馬車がようやく動き出すと、ジルドが御者席から叫んだ。
「ステラ、奴隷に飛び乗れと命じろ」
既に後方では戦闘が始まっていた。
最初の一人と剣を打ち合い始めた奴隷に向かってステラが叫んだ。
「イール!乗って!」
一人を切り捨て、イールが走り出した馬車を追う。
追いついてきた山賊の一人をまた切り倒し、イールは馬車に飛び込んだ。
すぐに後ろを向いて、飛んできた矢を剣で跳ね返す。
ステラは木箱の間に戻り、揺れる馬車の中で小さくなった。
狙われているのはこの馬車だけではない。
軍隊から金を稼いだ商人や娼婦、死体漁りや野営地のゴミを漁りにきた人々もわずかな金をまきあげられる。
逃げきれない人々の間をすり抜け、馬車はデルマド兵が占領している町の門を目指した。
殺伐とした時代は生き抜くだけでも大変だ。
なんとか切り抜け町に入ってもジルドは止まっていなかった。
すぐに厩舎で交渉を始め、元気な若い馬を仕入れてきた。
「ここにいるのも危険だ。あんまり行きたくないが、商品の仕入れをしてからデルマド国の首都に向かう。最近古代種の骨が叩き売られている。骨師が減って結晶化できないからだ。骨師は王都にいる。安く仕入れて王都で高く売る」
骨師ならこんなに身近にいるのにと、ステラは怪訝な顔をする。
「古代種の骨を売っている商人がまさか骨師連れだとは思うまい」
ジルドはさらにステラに厚手のコートを買ってきた。
「フードを被っておけ」
ステラは大人しくコートを着てフードで顔を隠した。
嫌そうな顔はしたが、ジルドはイールにも厚手のマントを買ってきた。
「お前は護衛用の奴隷だ」
中古の剣帯と簡単な革の装備を手渡す。
奴隷はジルドからそれを受けとると、黙って身に着けた。
馬車が走り出し、見晴らしの良い高原を目指す。
「デルマド国の要塞が建ったらしい。皮肉なものだが、デルマド国の兵士がいる方が俺達には安全だ。旅券もあるし、こねもある。ふもとの町は庇護を求める商人や一般の人々が集まっている。そこで店を出す登録証をとってきた」
商人としては完璧な仕事ぶりに、ステラは眉をひそめる。
ジルドがステラの表情に気づき、不愉快な顔になった。
「何だ」
「もう商人でいいじゃない……。だって、戦うのも嫌いなのでしょう?」
騎士に戻っても戦う気のないジルドがなぜ二年も消えた国の命令に従っているのか、ステラにはわからなかった。
しかしその問いの答えはジルド自身もわかっていなかったのだ。
「どちらにしろ、お前は切り札だ。大人しく商人の妻を演じていろ」
あっという間に御者席に戻り、ジルドは馬車を走らせた。
イールは馬車の後ろから外を油断なく見張り、ステラはやはり荷物の間に挟まっていた。
しばらく進み、宿場町が見えてきたが、ジルドは嫌な予感がすると言ってそこを迂回した。
岩陰に馬車を隠すように止め、ジルドは荷物を全部下ろすと一部の商品を馬車に戻した。
「町の様子を見てくる。奴隷、荷物とステラを守っていろよ」
不満そうな顔をしながらも、結局便利に奴隷を使っている。
イールの首に奴隷の首輪が嵌っているのを確かめ、ジルドは馬にまたがった。
最低限の荷物を載せた馬車を引いて宿場町に向かうジルドを見送り、ステラは街道からは見えない岩の陰に戻った。
イールは周りを警戒しながら傍にいる。
分厚いコートにくるまり、ステラは暗くなってきた空を見上げた。
曇り空だが、雨が降りそうな感じではない。
「イール……」
ステラが呼んだ。忠実な奴隷に相応しく、イールはすぐに傍にきて膝をついた。
少し見上げる位置にイールの顔が来ると、ステラは手を伸ばして奴隷用の首輪に手を触れた。
「契約解除」
かちゃりと鍵が外れる。
表情を消し、暗い目をしていたイールが驚いたようにわずかに目を大きくした。
「これで自由でしょう?帰りたいところに帰っていいよ」
言葉がまるでそこで詰まっているかのように、大きくイールの喉が動いた。
かなり長い時間、イールは動かなかった。
やがて、固く閉ざされていた口が開いた。
「復讐のために俺を買ったのではないのか……?」
掠れた暗く沈んだ声。
ステラは困ったように微笑んだ。
大急ぎで店を畳み始めたジルドは、やはり忌々し気に奴隷を呼んだ。
「奴隷!片付けるぞ!手伝え!」
まさに猫の手もかりたい忙しさだった。
大陸中で戦が続き、国は定まっていない。となれば、治安を維持する者達もいないのだ。
一晩兵士達を相手に稼いだ娼婦たちや、他の行商人たちもぞろぞろと移動を始めている。
「売り上げはどうだい?」
突然声をかけてきたのは、顔なじみの行商人レオルドだった。
ステラは軽く会釈をしてさっさと馬車に向かう。
レオルドは馬車を持たない身軽な行商人で、ずんぐりした体に大きな鍋を担いでいる。その中には貴金属を詰めた袋が入っているのだ。
いつもは簡単なあいさつだけでさっさと次の場所に旅立つレオルドだが、何か言いたそうなにやけ顔で、ジルドの前を離れない。
「お前は景気がよさそうだな。王都までいくのか?」
仕方なくジルドが話しかけると、レオルドは汚れた鼻をこすり口を開いた。
「まぁな。俺の扱う品は金持ち向けだ。ちょっとしたものはこうしたところで売り払うが、これからが本番だ。それよりも……結構稼いでいると思っていたが、お前はついに護衛を雇ったんだな」
レオルドが店の骨組みを解体し、肩にかついで馬車に向かう半裸の奴隷に目をやった。
「ああ。かなり高額だ。妻が勝手に買ってきた」
やっとその話題が出たとレオルドは舌なめずりをした。
「驚いたよ。妻まで売るなんて、根っからの商売人じゃないか。王都で儲かったら俺にも売ってくれ」
そっちが本題だったのだ。いやらしい顔つきでレオルドは馬車に視線を向ける。
ステラがお尻を向けて、奴隷に品物の片付け方を教えている。
妻を売ってくれと言われたジルドは、顔色一つ変えず冷徹な笑みを浮かべた。
「びた一文まけないぞ」
女房でさえ金になるならあっさり売る人間なのだとレオルドに見せつけ、これ以上は邪魔だと鋭い目を向ける。
顔見知りであっても仲間ではない。誰もが売り上げを狙うこそ泥だ。
潮時だと悟り、レオルドは逃げるようにその場を去った。
全ての商品をしまい終えたジルドは、険しい表情をフードに隠し、馬車に向かった。
ステラが奴隷に指示を出し、屋台は解体され馬車内にいつものようにきれいに積まれている。
箱も全て定位置に置かれ、ステラは売り上げの計算を始めていた。
奴隷は腰布一つでまだ馬車の後ろに立っている。
小さく舌打ちをし、ジルドは馬車にあがりこむと荷物を漁った。
適当な衣類を取り出すと、馬車の後ろから放り出す。
「奴隷!裏の川で体を洗って着替えて来い」
ジルドは叫ぶと、ステラの手から帳簿を取り上げた。
怒って顔をあげたステラは、ジルドの顔を見ると毛布の中に逃げ込もうとした。
それを阻止し、ジルドはステラの上にのしかかる。
それをさらにステラは跳ねのけようと暴れ、箱をぶちまけ、ジルドの手から逃げようともがいた。
ジルドが本気を出せばステラを押さえ込むことは可能だが、周囲には武器や割れ物も多い。体を傷つけないように取り押さえるのは難しい。
「なぜあんな勝手なことをした」
大きな声ではなかったが、怒りを秘め、その声は物騒な響きを帯びている。
レオルドの言葉でステラが体を売って奴隷を買ったことが明確になった。
ステラの貞操などどうでもいいが、他の人間と親密な関係を築けば危険も高まる。
「ステラ!お前には自覚がないのか!」
骨師だとばれたらそれこそ逃げ場がない。
ステラは何とかジルドの下から這い出した。しかしすぐにジルドがステラの髪を掴み引き倒す。
骨師を傷つけられないジルドはやはり力を緩めてしまう。
すぐにステラは体を起こし、せっかく片付けた屋台の骨組みを引っ張り出しその後ろに逃げた。
それをまたぎ、ジルドが手を伸ばすがステラはさらに這いつくばって御者席の方へ逃げる。
「だって、相談したら反対するじゃない!」
その足首を掴み上げ、ジルドはステラの体を思い切りひっぱった。
「きゃあああっ!」
板の上を摩擦で熱くなるほど引きずられ、ステラが悲鳴を上げた。
その背中に乗り上げ、ジルドはステラの手首を後ろに回し、背中で押さえつける。
ステラは足をばたつかせ、まだ逃げようと身をよじる。
その頭上から、ジルドは火を噴くようにステラを責めた。
「当然だ。あんな男、殺されてもいいだろう!こっちの正体をばらされたらどうするつもりだった?お前があの男を買いに行った時にあいつが一言でもお前が何者か口にすれば、こっちの方が死んでいた。命がけで、しかも体まで張って助ける価値なんてないだろう!どれだけ危険な真似をしたのかわかっているのか!」
ステラは首をひねって自分の上に乗っているジルドに言い返した。
「手柄にしたらいいじゃない!私を生贄にして助かったらいい!私を利用するために連れているのでしょう?売って利用したらいいじゃない!」
人の気配がして、ジルドは馬乗りの状態でステラの口を手で覆い、後ろを振り返った。
着替えを終え、少しは見られるようになったイールが馬車の後ろに立っている。
首には奴隷用の首輪が嵌っている。
鎖はステラが外してしまった。
それでも奴隷契約書がある。主人の言葉には逆らえないはずだ。
ジルドはステラの背中に乗ったまま、この奴隷に剣を与え護衛に使ってもいいものかと考えた。
と、目を上げた瞬間、御者席の向こうに土埃を巻き上げ、何かが向かってきているのが見えた。
舌打ちし、ジルドは立ち上がると、積まれた箱の一つを引き寄せ中を漁る。
出てきたのはなかなか悪くない出来の大剣だった。
それを馬車の後ろに放り投げながら、ジルドも剣を腰に下げた。
「奴隷!山賊だ。時間を稼げ」
すぐに奴隷が剣を持って馬車の前に回る。
奇声をあげ、粗末な鎧で身を固めた山賊たちが馬車に向かって走ってくる。
既に何人か殺してきた山賊たちの剣は血に濡れている。
ジルドは急いで馬車の向きを変える。
射掛けられた矢を何本か奴隷が剣で弾いた。
床に押さえ込まれていたステラは飛び起き、木箱の間に入り込む。
馬車がようやく動き出すと、ジルドが御者席から叫んだ。
「ステラ、奴隷に飛び乗れと命じろ」
既に後方では戦闘が始まっていた。
最初の一人と剣を打ち合い始めた奴隷に向かってステラが叫んだ。
「イール!乗って!」
一人を切り捨て、イールが走り出した馬車を追う。
追いついてきた山賊の一人をまた切り倒し、イールは馬車に飛び込んだ。
すぐに後ろを向いて、飛んできた矢を剣で跳ね返す。
ステラは木箱の間に戻り、揺れる馬車の中で小さくなった。
狙われているのはこの馬車だけではない。
軍隊から金を稼いだ商人や娼婦、死体漁りや野営地のゴミを漁りにきた人々もわずかな金をまきあげられる。
逃げきれない人々の間をすり抜け、馬車はデルマド兵が占領している町の門を目指した。
殺伐とした時代は生き抜くだけでも大変だ。
なんとか切り抜け町に入ってもジルドは止まっていなかった。
すぐに厩舎で交渉を始め、元気な若い馬を仕入れてきた。
「ここにいるのも危険だ。あんまり行きたくないが、商品の仕入れをしてからデルマド国の首都に向かう。最近古代種の骨が叩き売られている。骨師が減って結晶化できないからだ。骨師は王都にいる。安く仕入れて王都で高く売る」
骨師ならこんなに身近にいるのにと、ステラは怪訝な顔をする。
「古代種の骨を売っている商人がまさか骨師連れだとは思うまい」
ジルドはさらにステラに厚手のコートを買ってきた。
「フードを被っておけ」
ステラは大人しくコートを着てフードで顔を隠した。
嫌そうな顔はしたが、ジルドはイールにも厚手のマントを買ってきた。
「お前は護衛用の奴隷だ」
中古の剣帯と簡単な革の装備を手渡す。
奴隷はジルドからそれを受けとると、黙って身に着けた。
馬車が走り出し、見晴らしの良い高原を目指す。
「デルマド国の要塞が建ったらしい。皮肉なものだが、デルマド国の兵士がいる方が俺達には安全だ。旅券もあるし、こねもある。ふもとの町は庇護を求める商人や一般の人々が集まっている。そこで店を出す登録証をとってきた」
商人としては完璧な仕事ぶりに、ステラは眉をひそめる。
ジルドがステラの表情に気づき、不愉快な顔になった。
「何だ」
「もう商人でいいじゃない……。だって、戦うのも嫌いなのでしょう?」
騎士に戻っても戦う気のないジルドがなぜ二年も消えた国の命令に従っているのか、ステラにはわからなかった。
しかしその問いの答えはジルド自身もわかっていなかったのだ。
「どちらにしろ、お前は切り札だ。大人しく商人の妻を演じていろ」
あっという間に御者席に戻り、ジルドは馬車を走らせた。
イールは馬車の後ろから外を油断なく見張り、ステラはやはり荷物の間に挟まっていた。
しばらく進み、宿場町が見えてきたが、ジルドは嫌な予感がすると言ってそこを迂回した。
岩陰に馬車を隠すように止め、ジルドは荷物を全部下ろすと一部の商品を馬車に戻した。
「町の様子を見てくる。奴隷、荷物とステラを守っていろよ」
不満そうな顔をしながらも、結局便利に奴隷を使っている。
イールの首に奴隷の首輪が嵌っているのを確かめ、ジルドは馬にまたがった。
最低限の荷物を載せた馬車を引いて宿場町に向かうジルドを見送り、ステラは街道からは見えない岩の陰に戻った。
イールは周りを警戒しながら傍にいる。
分厚いコートにくるまり、ステラは暗くなってきた空を見上げた。
曇り空だが、雨が降りそうな感じではない。
「イール……」
ステラが呼んだ。忠実な奴隷に相応しく、イールはすぐに傍にきて膝をついた。
少し見上げる位置にイールの顔が来ると、ステラは手を伸ばして奴隷用の首輪に手を触れた。
「契約解除」
かちゃりと鍵が外れる。
表情を消し、暗い目をしていたイールが驚いたようにわずかに目を大きくした。
「これで自由でしょう?帰りたいところに帰っていいよ」
言葉がまるでそこで詰まっているかのように、大きくイールの喉が動いた。
かなり長い時間、イールは動かなかった。
やがて、固く閉ざされていた口が開いた。
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ステラは困ったように微笑んだ。
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