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第二章 許しを請う奴隷
21.最後の選択者
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湖の周りを取り囲んでいる人々は茫然とその姿を見つめていた。
骨師の力は創造主の力であり、そして生き残った骨師は最後の選択者だった。
その力が地上に残るのかどうか、浮島に残った最後の骨師が決めるのだ。
人々は剣をおさめ、その湖の縁に集まった。
力の由来を知った今なら、その力は正しく使われ、骨師はもっと大切にされるはずだ。
しかしその秘密は後世に残せない。
いつかまた、創造主の力は人を殺すために使われるかもしれない。
イールは膝をついてステラを見上げた。
ステラはまっすぐに創造主を見上げ、誰にも助けを求めようとしない。
その時、イールの後ろから水音がして一人の男が浮島に這い上がってきた。
頭に奇妙な映像を見ながらも、恐怖に打ち勝ち泳ぎ続けてきたのはリーダム軍の指揮官エルダムだった。
大きく息を吐きながら、四つん這いで浮島の上を数歩進み、ステラの横で動きを止める。
「ステラ……」
こんなところまで力を手放すなと言いにきたのかと、イールは思った。
エルダムはステラの手を取り引き寄せた。
創造主はじっとその様子を見おろしている。
ステラはエルダムの力に引っ張られ、ふらりと地面に座り込んだ。
陸にあがったばかりで、エルダムの呼吸はまだ荒く、指先まで冷え切っている。
しかしその目と声には力があった。
エルダムはステラを正面から見据えた。
「ステラ、お前が最後の選択者だと、俺達全員が知った。いいか、俺達のことは考えるな」
エルダムの言葉に、ステラは驚いて目を丸くした。
「お前の選択だ。誰のことも考える必要はない。創造主がお前に選択しろと命じたのだ。
ならば、それを止める権利は地上の俺達にはない。お前がもう一度その力を望むか、望まないか、それだけでいい。あとは何とかしてやる」
エルダムの声は、あまりにも強く、揺るぎなかった。
どんな未来であっても必ず乗り越えていくのだとその眼差しが告げている。
湖に飛び込んだ時、エルダムは全く違うことを考えていた。
誰よりも早く骨師の体を奪うことが目的だった。
しかし頭に飛び込んできた映像が、岸に上がったエルダムの気持ちを百八十度変えていた。
多くの国が生まれ滅び去ったのもうなずける話だった。
それは人の手に余る、あまりにも強すぎる神の力だ。
制御できない力は持つべきではない。
その力に振り回されてきた選択者達は本当に正しい選択が出来ただろうか。
誰かを守るために生まれた力が人を殺すために使われる。
しかしそれは、人を助けるためにも使われる。
正しく使われたらそれは素晴らしい力だ。死ぬはずの命をいくつも助けられる。
治癒師たちが命を救えるようになる。町を繋ぐ洞窟を事故もなく完成させ、誰も川に流されることなく橋をかけられる。
しかし骨師は今たった一人しか残っていない。
神力を正しく使える未来が来ると信じた骨師はいなかったのだ。
エルダムはその痛みを考えた。
そのように骨師に選択をさせたのはまさに他の人々であり、骨師を通して人類はその選択を重ねてきたのだ。
滅びた国の男だったイールもまた、考えていた。
命を投げ打ち同族を助けた人々の姿を見せつけられ、この力の意味を知った骨師たちは、そのことを誰にも言えず、ただ力を利用されながら選択の時を待った。
イールはシリラの言葉を思い出していた。
『私たちは幸せになるように作られていない』
骨師だと気づかなければ幸せに暮らせただろう。
神力が減り、人々が骨師を探し回ったせいで見つかった。
シリラも呪文を唱えるたび、百人の犠牲を脳裏に見たのだ。
その辛さや悲しさを共有できるのは同じ骨師だけだ。
そんなステラをさらに悲しい目に合わせたことをシリラは申し訳なく感じていたのだ。
イールはようやく、そのことに気が付いた。
まるで面白がっているように創造主は地上の様子を眺めている。
遥か頭上からステラを見おろし、気長に答えを待つ。
失えばもう二度と手に入らない神の力。
もしいらないとステラが言えば、力を求める人々に憎まれ殺されるかもしれない。
欲しいと言えば、またいつか骨師を巡る争いが起きる。
ステラはよろよろと立ち上がる。
最後の選択者は口を開いた。
「いらない……こんな力、もう二度と私達に与えないで!」
それは心引き裂かれるような切実な声だった。
創造主は面白そうにステラを眺めた。
『では、元に戻そう。お前の命もまた力を受け入れなかった状態に戻る』
創造主は現れた時と同じように光の中に浮かび上がった。
その姿がするすると天上にむかって遠ざかる。
「ステラ!」
全ての力を出し切ったようにステラがふらりと倒れた。
イールが飛び出しステラを抱き留めた。
エルダムが立ちあがり、湖岸を振り返った。
三つの軍勢が戦いに備え、ただならぬ緊張感に包まれている。
魔術師が湖岸から杖を翳している。もう神力の結晶は無く、わずかなことしか出来ないが、それで十分だった。
エルダムが叫んだ。
「力は消えた!これは俺達が骨師たちにさせてきた選択だ。今、俺達は同じ物を見たはずだ。これからどうするべきか、話し合いを始めよう!」
その声は魔術師のささやかな力で湖岸にしっかり届いた。
ほっとしたような空気が流れ、賛同の声があがる。
この記憶があるうちに国境を決め、互いに助け合い成長していけるような世界を目指さなければならない。
夢物語のような話だが、エルダムの心には決めた道があった。
浮島に向かって神官たちが小舟を出した。
それを見て、エルダムはステラに小舟に乗って岸に戻るようにと告げた。
「聖なる山は完全中立だ。しばらくそこに身を潜めていろ。逆恨みでお前を殺そうとする者が現れるかもしれない」
エルダムはステラを支える奴隷のイールと目を合わせた。
「力を失ってもお前の主なのだろう。守っていろ」
イールは無言で頷いた。
ステラとイールが小舟に乗り込むと、エルダムは湖に飛び込み、仲間達が待つ湖岸に向かって泳ぎ出した。
――
数日かけて、ステラとイールは神官たちに連れられて聖なる山へ到着した。
完全中立と聞いていたが、そこには強固な壁も戦闘に使えそうな武器も何もなかった。
「何も持たない方が攻め込まれにくいのです」
神官は一通り神殿内を案内すると、ステラに説明した。
あるものといえば、わずかな畑とやせ細った家畜だけだ。
最後に質素ながら清潔な部屋にステラを案内し、神官は穏やかに微笑んだ。
「あまりたいしたおもてなしも出来ませんが」
わずかな野菜の切れ端を浮かべたスープが出され、パンもなかった。
道中の食事も質素だったが、神官たちにとってはご馳走だったのだとステラは知った。
それでもここには理不尽に奪われる命がない。
ステラは神官に問いかけた。
「あの……私はここにいてもいいのですか?」
最後の選択者として、ステラは誰かに恨まれ、殺されることを覚悟した。
神力の結晶が無ければ救えない命がたくさんあったはずだ。
最後の選択者を知る者はあの場にいた兵士達ばかりだが、誰が選択者だったのか、聞いてまわればすぐにわかってしまう。
完全中立のこの場所が誰かを擁護することは危険を招くことにならないだろうか。
「ここは、神力の結晶を使ったことがない場所なのです」
神官は穏やかに説明した。
「あれは権力を持つ者や、裕福な者が所持していた物。その恩恵を受けるために国に媚び、誰かに従い、そのために悪事を働く。私もあなたに賛同します。あれは、余計なものでした」
驚くステラに、神官はやはり静かに微笑んだ。
その夜、ステラは固い寝台に座り、窓から夜空を見上げ考えた。
神力がない時代も人々は懸命に生きていた。
人は振り出しに戻ったのかもしれない。
そうした時代を生きると決めたのに、守られていて良いのだろうか。
ここにいることは、人々に選択の結果を押し付け、自分だけがその結果から逃げていることにならないだろうか。
イールがお湯を使って戻ってきた。
同じ部屋でイールは奴隷として床で寝る。
ステラは不思議そうに藁の上に横たわろうとするイールに話しかけた。
「イール、もう私は骨師じゃないし、見張っている必要はないでしょう?ジルドの命令は忘れてもいいのではない?」
イールは胡坐をかいた状態で背中を向けている。
「まだ……恩を返していない……」
後ろ向きで発せられた低く沈んだ声は、ステラの耳に届かなかった。
「シリラさんのお墓に戻ったら?私も、ジルドのお墓に行こうと思っているの。荷物もあるし、思い出の品も多いから。まだ残っていればいいけど……。ここにいるのも申し訳ないしね……」
イールは首を横に振った。
「俺のことはどうでもいい。君は……もう死に急ぐ理由はないだろう。ジルドの遺言を考えても良い頃だ。彼は君に……」
イールの声はやはり低い上に小さい。
構わずステラは続けた。
「なんだかやっと口減らしの意味が分かった気がする。
ここの人達は良い人達で、なんだか居づらいの。あれ以上痩せられると罪悪感で眠れなくなりそう。それに、選択をした私が守られているのも違う気がする」
薄い掛け布を引き上げ、ステラは寝台に仰向けになった。
隙間風が絶えず入り込み、布一枚ではやはり肌寒く感じる。
ジルドが用意してくれた寝袋を懐かしみ、やはりもう出ていこうかとステラが考えていると、突然、黒い影がステラの上に落ちた。
「ジルド?」
部屋に灯りはなく、窓から差し込む夜の薄明りの中で、その姿は見たい人の陰に見えた。
影が、びくりと揺れた。
「眠れないの?」
そう問いかけた途端、ステラはイールをジルドと呼び間違えたことに気づいた。
「ごめんなさい、イールね。ジルドとは本当に長く一緒にいたから……影しか見えなくても間違えるわけないのにね。ジルドはあんなに細くて、あなたとは全然違うのに……ジルドの寝袋のことを考えていたの」
「ステラ……聞きたいことがある」
今度のイールの声は鮮明に聞こえた。
イールはいつの間にか、ステラの眠る寝台の横に立っていた。
「何?」
少し眠くなり、ステラはほとんど目を閉じながら耳を傾ける。
「ステラ……俺がシリラと逃げた時、ジルドは俺たちを追って来なかった。君が止めてくれたのか?」
睡魔に誘われながら、ステラは当時のことをなんとなく思い出した。
「そうよ」
あっさりステラは答えた。
「神力の結晶をいっぱい作るから見逃して欲しいとジルドに頼んだの。シリラさんを神力の結晶にするために返さないといけないと言っていたから、あなたが教えてくれた座標に行ったの。
そこで取れた古代種の骨から神力の結晶を作ってシリラさんだと言ってジルドが返してくれた。
少しの間使っていた小屋も燃やして、あのことは無かったことにしたの。全部ジルドがしてくれたのよ」
イールの拳が硬く握られた。
沈黙したイールに構わず、ステラはぼんやりと口を動かした。
「骨師は呪文を唱えるたびに、あの光景を見るの。あれを見ていつも考えていた。
もし私があの力を得るきっかけになった、死んだ方の人間だったら、余計なことをしたと申し訳なく思うかもしれない……」
神力の結晶の起源にさかのぼり、骨師は毎日死の記憶を見続けてきた。
助けられない命を見て、手に入れた力の意味を知った。
誰にも明かせない秘密を抱え、変わってしまった世界を想う。
「……神力の結晶のおかげで助かった命もあったし、戦以外で使われたことだって多かったはずだ」
イールの低い声は心地よく耳に響き、ステラは半分眠っていた。
「ステラ……今更だが……俺達を見逃してくれたこと、お礼を言いたい。ありがとう……酷いことをしたのに、君は体を張って俺を助けてくれた……」
頭を下げたイールをステラは見ていなかった。睡魔に負け、無意識に唇を動かした。
「いいの……私たちは幸せになれるように作られていないか……ら……」
最後の言葉は静かな寝息にかわり、ステラは寒そうに体を丸めた。
イールは自分の分の掛け布をステラの体にかけ、その背中にそっと触れた。
その手に伝わるぬくもりに、イールは声もなくすすり泣いた。
骨師の力は創造主の力であり、そして生き残った骨師は最後の選択者だった。
その力が地上に残るのかどうか、浮島に残った最後の骨師が決めるのだ。
人々は剣をおさめ、その湖の縁に集まった。
力の由来を知った今なら、その力は正しく使われ、骨師はもっと大切にされるはずだ。
しかしその秘密は後世に残せない。
いつかまた、創造主の力は人を殺すために使われるかもしれない。
イールは膝をついてステラを見上げた。
ステラはまっすぐに創造主を見上げ、誰にも助けを求めようとしない。
その時、イールの後ろから水音がして一人の男が浮島に這い上がってきた。
頭に奇妙な映像を見ながらも、恐怖に打ち勝ち泳ぎ続けてきたのはリーダム軍の指揮官エルダムだった。
大きく息を吐きながら、四つん這いで浮島の上を数歩進み、ステラの横で動きを止める。
「ステラ……」
こんなところまで力を手放すなと言いにきたのかと、イールは思った。
エルダムはステラの手を取り引き寄せた。
創造主はじっとその様子を見おろしている。
ステラはエルダムの力に引っ張られ、ふらりと地面に座り込んだ。
陸にあがったばかりで、エルダムの呼吸はまだ荒く、指先まで冷え切っている。
しかしその目と声には力があった。
エルダムはステラを正面から見据えた。
「ステラ、お前が最後の選択者だと、俺達全員が知った。いいか、俺達のことは考えるな」
エルダムの言葉に、ステラは驚いて目を丸くした。
「お前の選択だ。誰のことも考える必要はない。創造主がお前に選択しろと命じたのだ。
ならば、それを止める権利は地上の俺達にはない。お前がもう一度その力を望むか、望まないか、それだけでいい。あとは何とかしてやる」
エルダムの声は、あまりにも強く、揺るぎなかった。
どんな未来であっても必ず乗り越えていくのだとその眼差しが告げている。
湖に飛び込んだ時、エルダムは全く違うことを考えていた。
誰よりも早く骨師の体を奪うことが目的だった。
しかし頭に飛び込んできた映像が、岸に上がったエルダムの気持ちを百八十度変えていた。
多くの国が生まれ滅び去ったのもうなずける話だった。
それは人の手に余る、あまりにも強すぎる神の力だ。
制御できない力は持つべきではない。
その力に振り回されてきた選択者達は本当に正しい選択が出来ただろうか。
誰かを守るために生まれた力が人を殺すために使われる。
しかしそれは、人を助けるためにも使われる。
正しく使われたらそれは素晴らしい力だ。死ぬはずの命をいくつも助けられる。
治癒師たちが命を救えるようになる。町を繋ぐ洞窟を事故もなく完成させ、誰も川に流されることなく橋をかけられる。
しかし骨師は今たった一人しか残っていない。
神力を正しく使える未来が来ると信じた骨師はいなかったのだ。
エルダムはその痛みを考えた。
そのように骨師に選択をさせたのはまさに他の人々であり、骨師を通して人類はその選択を重ねてきたのだ。
滅びた国の男だったイールもまた、考えていた。
命を投げ打ち同族を助けた人々の姿を見せつけられ、この力の意味を知った骨師たちは、そのことを誰にも言えず、ただ力を利用されながら選択の時を待った。
イールはシリラの言葉を思い出していた。
『私たちは幸せになるように作られていない』
骨師だと気づかなければ幸せに暮らせただろう。
神力が減り、人々が骨師を探し回ったせいで見つかった。
シリラも呪文を唱えるたび、百人の犠牲を脳裏に見たのだ。
その辛さや悲しさを共有できるのは同じ骨師だけだ。
そんなステラをさらに悲しい目に合わせたことをシリラは申し訳なく感じていたのだ。
イールはようやく、そのことに気が付いた。
まるで面白がっているように創造主は地上の様子を眺めている。
遥か頭上からステラを見おろし、気長に答えを待つ。
失えばもう二度と手に入らない神の力。
もしいらないとステラが言えば、力を求める人々に憎まれ殺されるかもしれない。
欲しいと言えば、またいつか骨師を巡る争いが起きる。
ステラはよろよろと立ち上がる。
最後の選択者は口を開いた。
「いらない……こんな力、もう二度と私達に与えないで!」
それは心引き裂かれるような切実な声だった。
創造主は面白そうにステラを眺めた。
『では、元に戻そう。お前の命もまた力を受け入れなかった状態に戻る』
創造主は現れた時と同じように光の中に浮かび上がった。
その姿がするすると天上にむかって遠ざかる。
「ステラ!」
全ての力を出し切ったようにステラがふらりと倒れた。
イールが飛び出しステラを抱き留めた。
エルダムが立ちあがり、湖岸を振り返った。
三つの軍勢が戦いに備え、ただならぬ緊張感に包まれている。
魔術師が湖岸から杖を翳している。もう神力の結晶は無く、わずかなことしか出来ないが、それで十分だった。
エルダムが叫んだ。
「力は消えた!これは俺達が骨師たちにさせてきた選択だ。今、俺達は同じ物を見たはずだ。これからどうするべきか、話し合いを始めよう!」
その声は魔術師のささやかな力で湖岸にしっかり届いた。
ほっとしたような空気が流れ、賛同の声があがる。
この記憶があるうちに国境を決め、互いに助け合い成長していけるような世界を目指さなければならない。
夢物語のような話だが、エルダムの心には決めた道があった。
浮島に向かって神官たちが小舟を出した。
それを見て、エルダムはステラに小舟に乗って岸に戻るようにと告げた。
「聖なる山は完全中立だ。しばらくそこに身を潜めていろ。逆恨みでお前を殺そうとする者が現れるかもしれない」
エルダムはステラを支える奴隷のイールと目を合わせた。
「力を失ってもお前の主なのだろう。守っていろ」
イールは無言で頷いた。
ステラとイールが小舟に乗り込むと、エルダムは湖に飛び込み、仲間達が待つ湖岸に向かって泳ぎ出した。
――
数日かけて、ステラとイールは神官たちに連れられて聖なる山へ到着した。
完全中立と聞いていたが、そこには強固な壁も戦闘に使えそうな武器も何もなかった。
「何も持たない方が攻め込まれにくいのです」
神官は一通り神殿内を案内すると、ステラに説明した。
あるものといえば、わずかな畑とやせ細った家畜だけだ。
最後に質素ながら清潔な部屋にステラを案内し、神官は穏やかに微笑んだ。
「あまりたいしたおもてなしも出来ませんが」
わずかな野菜の切れ端を浮かべたスープが出され、パンもなかった。
道中の食事も質素だったが、神官たちにとってはご馳走だったのだとステラは知った。
それでもここには理不尽に奪われる命がない。
ステラは神官に問いかけた。
「あの……私はここにいてもいいのですか?」
最後の選択者として、ステラは誰かに恨まれ、殺されることを覚悟した。
神力の結晶が無ければ救えない命がたくさんあったはずだ。
最後の選択者を知る者はあの場にいた兵士達ばかりだが、誰が選択者だったのか、聞いてまわればすぐにわかってしまう。
完全中立のこの場所が誰かを擁護することは危険を招くことにならないだろうか。
「ここは、神力の結晶を使ったことがない場所なのです」
神官は穏やかに説明した。
「あれは権力を持つ者や、裕福な者が所持していた物。その恩恵を受けるために国に媚び、誰かに従い、そのために悪事を働く。私もあなたに賛同します。あれは、余計なものでした」
驚くステラに、神官はやはり静かに微笑んだ。
その夜、ステラは固い寝台に座り、窓から夜空を見上げ考えた。
神力がない時代も人々は懸命に生きていた。
人は振り出しに戻ったのかもしれない。
そうした時代を生きると決めたのに、守られていて良いのだろうか。
ここにいることは、人々に選択の結果を押し付け、自分だけがその結果から逃げていることにならないだろうか。
イールがお湯を使って戻ってきた。
同じ部屋でイールは奴隷として床で寝る。
ステラは不思議そうに藁の上に横たわろうとするイールに話しかけた。
「イール、もう私は骨師じゃないし、見張っている必要はないでしょう?ジルドの命令は忘れてもいいのではない?」
イールは胡坐をかいた状態で背中を向けている。
「まだ……恩を返していない……」
後ろ向きで発せられた低く沈んだ声は、ステラの耳に届かなかった。
「シリラさんのお墓に戻ったら?私も、ジルドのお墓に行こうと思っているの。荷物もあるし、思い出の品も多いから。まだ残っていればいいけど……。ここにいるのも申し訳ないしね……」
イールは首を横に振った。
「俺のことはどうでもいい。君は……もう死に急ぐ理由はないだろう。ジルドの遺言を考えても良い頃だ。彼は君に……」
イールの声はやはり低い上に小さい。
構わずステラは続けた。
「なんだかやっと口減らしの意味が分かった気がする。
ここの人達は良い人達で、なんだか居づらいの。あれ以上痩せられると罪悪感で眠れなくなりそう。それに、選択をした私が守られているのも違う気がする」
薄い掛け布を引き上げ、ステラは寝台に仰向けになった。
隙間風が絶えず入り込み、布一枚ではやはり肌寒く感じる。
ジルドが用意してくれた寝袋を懐かしみ、やはりもう出ていこうかとステラが考えていると、突然、黒い影がステラの上に落ちた。
「ジルド?」
部屋に灯りはなく、窓から差し込む夜の薄明りの中で、その姿は見たい人の陰に見えた。
影が、びくりと揺れた。
「眠れないの?」
そう問いかけた途端、ステラはイールをジルドと呼び間違えたことに気づいた。
「ごめんなさい、イールね。ジルドとは本当に長く一緒にいたから……影しか見えなくても間違えるわけないのにね。ジルドはあんなに細くて、あなたとは全然違うのに……ジルドの寝袋のことを考えていたの」
「ステラ……聞きたいことがある」
今度のイールの声は鮮明に聞こえた。
イールはいつの間にか、ステラの眠る寝台の横に立っていた。
「何?」
少し眠くなり、ステラはほとんど目を閉じながら耳を傾ける。
「ステラ……俺がシリラと逃げた時、ジルドは俺たちを追って来なかった。君が止めてくれたのか?」
睡魔に誘われながら、ステラは当時のことをなんとなく思い出した。
「そうよ」
あっさりステラは答えた。
「神力の結晶をいっぱい作るから見逃して欲しいとジルドに頼んだの。シリラさんを神力の結晶にするために返さないといけないと言っていたから、あなたが教えてくれた座標に行ったの。
そこで取れた古代種の骨から神力の結晶を作ってシリラさんだと言ってジルドが返してくれた。
少しの間使っていた小屋も燃やして、あのことは無かったことにしたの。全部ジルドがしてくれたのよ」
イールの拳が硬く握られた。
沈黙したイールに構わず、ステラはぼんやりと口を動かした。
「骨師は呪文を唱えるたびに、あの光景を見るの。あれを見ていつも考えていた。
もし私があの力を得るきっかけになった、死んだ方の人間だったら、余計なことをしたと申し訳なく思うかもしれない……」
神力の結晶の起源にさかのぼり、骨師は毎日死の記憶を見続けてきた。
助けられない命を見て、手に入れた力の意味を知った。
誰にも明かせない秘密を抱え、変わってしまった世界を想う。
「……神力の結晶のおかげで助かった命もあったし、戦以外で使われたことだって多かったはずだ」
イールの低い声は心地よく耳に響き、ステラは半分眠っていた。
「ステラ……今更だが……俺達を見逃してくれたこと、お礼を言いたい。ありがとう……酷いことをしたのに、君は体を張って俺を助けてくれた……」
頭を下げたイールをステラは見ていなかった。睡魔に負け、無意識に唇を動かした。
「いいの……私たちは幸せになれるように作られていないか……ら……」
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都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
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後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
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