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第二章 許しを請う奴隷
23.最後の望み
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エルダムは滝の見える遺跡の祭壇にステラを連れてきた。
三日前にステラに結婚を申し込んだ場所だ。
ステラは夕暮れ色に染まる滝を遠くに眺めながら、かすかな滝の音に耳を澄ませた。
「誰か、心に想う者がいるのか?」
遠い目をして滝を眺めるステラに、エルダムが問いかけた。
ステラは首を横に振った。
「まさか……。私を好きになってくれる人なんていない……。もう力もないし……。
だから、別に結婚しなくてもいいのではないかと思って。あなたは優れた人なのでしょう?わざわざ私のような役に立たない女を妻にしなくても……。それに、私はきっと誰かに恨まれている。足を引っ張るだけだと思う」
子供の頃に捨てられ、愛に裏切られ、道具として利用され、十年傍にいたジルドには手も繋いでもらえなかった。
ステラの自己評価はどうやっても低い。
エルダムには意外だった。
「驚いたな。あれだけ堂々と自分で決断し行動を起こした女性が、ずいぶん謙虚だ。
君の提案がなければ戦争はこんなにあっさり終わったりしなかった。
君は骨師がこの世界から滅亡することに賭けて、骨師同士の戦いを提案したのだろう?」
ステラは頷いた。
どこか生気のないステラの様子に、エルダムは冷静に考えた。
「なるほど……。ステラ、君は骨師として生きてきて、誰かに守られ、使われるばかりの人生だったのか。君には導き手が必要だ。俺なら、君の居場所を与えてやれる」
それは道を失ったステラにとって魅力的な言葉だった。
「ステラ、リーダム軍は名前を変える。リーダム小国として大陸の三分の一を得ることになる。
その会議に一緒に出てはくれないだろうか。君に私を支持してもらいたい」
愛ではないのだ。
生き残った最後の骨師であれば誰でも良かった。
「ステラ、私と結婚してくれ」
たまたま若く、年齢も釣りあう骨師が残った。それはエルダムにとって幸運だった。
ステラにも、たった一つ望みがあった。
エルダムなら叶えてくれるかもしれない。そんな想いから、ステラは顔をあげた。
「はい」
エルダムはステラを引き寄せ、紳士的に抱きしめた。
翌日、ステラは遠い昔に夢に見た結婚式を挙げていた。
そこは昔イールに、ここで結婚しようと滝の裏から見せられた遺跡の祭壇だった。
エルダムの仲間が集まり、ステラがエルダムの妻になることを祝福した。
イールは奴隷としてついて行きたいと訴え、エルダムの妻になるステラに仕えることを許された。
エルダムの目論見はうまくいった。市井の生まれで、リーダム軍を立ち上げたエルダムがこの世界から争いの種となった神力の結晶を消滅させた女性と結婚した事実は、多くの民衆の支持を得た。
神力の結晶の恩恵は確かに大きい物だったが、戦で町や家族を奪われた人々にとってはやはり余計なものだった。
しかも最後の選択で、その力の由来を知った人々は神力の結晶を私利私欲のために利用していた権力者たちを嫌悪した。
正しくその力を使い続けていれば、豊かな暮らしが保証されていたのだ。
多くの人々がエルダムの元へ集まった。
気が付けばデルマド国やズイール国を凌ぐほどの勢力を築き上げ、エルダムは三か国会議に出席した。
ステラを手に入れて戻ってきたエルダムに、デルマド国とズイール国の王族たちは嫌な顔をした。
王侯貴族である自分達こそ、ステラを手に入れるべきだったと悟ったのだ。
最後の骨師の姿を一目見ようと多くの人々が集まり、エルダムが権力に媚びる人間でないことを信じた。
純粋に国を想い平和を愛する王を望む人々は、リーダム国の指導者としてエルダムを讃えた。
大きな影響力を持つことに成功したエルダムは、仲間達と力を合わせ、ついに聖なる山の神官たちの支持まで取り付け大陸の王となった。
大陸を統べる国の名前は、ヴァルタ国となり、デルマド国とズイール国はそれぞれが自治を認められた小国となった。
エルダムはリーダム小国とヴァルタ国の王となった。
権力を持てば金や人はついてくる。ステラの影響力がなくてもそれらはエルダムのもとに集まった。
そのうち、豪商たちがこぞって賄賂を届けてくるようになり、大陸の王になるのだから愛人が何人いてもいいだろうと、ヴァルタ国の王城に美女達まで送られてくるようになった。
相応の力を持った者達からの献上品であれば受け取らないわけにもいかず、ヴァルタ国の王城は賑やかになり、後宮まで建てられた。
形ばかりの妻であるステラは、ステラの影響力がなくてもエルダムが王として支持を得られるようになると、離宮に住むようになった。
イールはステラの離宮に奴隷としてついてきた。
ステラがヴァルタ国の形ばかりの王妃となり二年が過ぎた。
離宮で細々と畑を作り始めたステラは、日中は庭いじりばかりをしていた。
神力の結晶がなくても、少しずつ手をかければ何かしら育てることは出来る。
イールはそれを手伝った。
ある昼下がり、珍しくエルダムがステラのもとにやってきた。
形ばかりの王妃は、驚いたように顔を上げエルダムを出迎えた。
「どうしたの?」
「いや……実は……報告しておきたいことがあった」
ステラは不思議そうにエルダムを見上げた。
エルダムのすることにステラが口を出したことはない。報告を受けるようなことも今までなかった。
「立場的に知っておいた方が良いと思った。ルビナが身ごもった」
ルビナはデルマド小国から献上された貴族の娘だった。
一瞬、泣きそうな顔をしたステラは、すぐに頭を下げて表情を隠した。
「おめでとうございます……」
結婚したばかりの時は何度か体を重ねたが、エルダムにとってステラは欲望を抱く対象ではなかった。
「跡継ぎも出来たし、エルダムの治世は安泰ね」
エルダムはなんと答えたらいいのかわからないような、曖昧な顔をした。
ステラを手に入れた当初の目的は達成し、今は外交的に使える王妃が欲しかった。
しかし民衆の支持はまだステラにあり、追い出すわけにはいかない。
「ステラ……その……もし良ければ修道院や神殿といった国の機関に代表者として名前を置くことを考えてもいいかもしれない。聖なる山の神殿はどうだろう?」
エルダムの言葉に、ステラは俯き、首を横に振った。
「そうか」と残念そうにエルダムは答え、そっとステラの手を取った。
「ステラ、私たちの間に愛はなかった。君はこの平和のために私を支持してくれた。そうだろう?」
人の手のぬくもりを久しぶりに感じ、ステラはうれしそうにその手を両手で掴んだ。
「あなたが……私を必要としたからよ。最後の骨師として、求められている仕事なら受けるべきだと思ったの。私も話をしてもいい?」
エルダムはステラの手を引き、木陰のベンチに腰掛けた。
並んで座れば、普通の夫婦のように見えるが、互いにそうではないことを知っている。
「エルダム、そろそろ私が必要なくなったのであれば、はっきり言って欲しい。
そんな風に遠回しなことはやめて。この結婚が、見せかけの物だとわかっている。そろそろ私がいらなくなったのではない?」
エルダムは首を横に振った。
そして不思議な返答の仕方をした。
「ステラ……不思議だな……。理想が近づけば近づくほど、不安になる。これが正しい道なのか、それとも、また同じような道をたどっているのではないかと。正直、跡継ぎは仲間達の中から選ぶつもりだった。
俺を盛り立ててくれた仲間には深く感謝している。だが、世継ぎが出来たことは俺の中の何かを変えた気がする。
前はくっきり見えていた道が、無数に見える時がある」
道に迷っている男の独白をステラは黙って聞いていた。
エルダムはこれまでステラに政治的な話も、個人的な話もしたことがなかった。
はっきりとした答えを口に出来ない男を見つめ、ステラが静かに話しだした。
「私には……男の人が考えていることは難しくてわからない。だけど……私の商人の夫は、道に迷うことがなかった。彼は、本当の夫ではなかったの」
「あの……墓の男か?」
ステラから前の夫の話を聞くのは初めてだった。しかし、なんとなくステラを見つけた場所のことを思い出した。
そこは石を積み上げたお墓の前だった。
その途端、悲しみに濡れ、自暴自棄になっていたステラの姿が脳裏に蘇った。自分の命である神力の結晶を投げつけた。
大切な人を亡くしたばかりだったのだ。
当時は骨師がただ手元に欲しいばかりで、ステラのことを道具としか認識していなかったのだ。
「あの人は……滅びたマウリア国の騎士よ」
思いがけない言葉に、エルダムの喉が大きく動いた。
「国に命じられ、骨師の私を守っていたの。国が滅び、再興の目途もたたないのに、ずっと私を守り続けた。国も家もなく、騎士しかしたことのない人が商売人を始めた。誇り高い騎士が客に頭を下げ、へらへら笑って情報を聞き出し、安全な道を探した。
何度も私を売ってもいいと言ったのに、彼は頑なにそれをしなかった。
私が体を売って子供が出来たときも、迷わずおろせと言った。私一人を確実に守るために彼は全てのことを投げうった。
神力の結晶も私に作らせようとしなかった。作って売ればもっと楽な生活が出来たのに、私が見つかるからとそれをするなと命じ、神力の結晶を作れる者がいないことを強調するようにあえて古代種の骨を売り歩いた。
私は怒られるようなことばかりしていて、危険な目にも合わせた。それでも彼は私を見捨てることなく私を守り続けた。
最後に、私が誰の手にも渡っていないことを確かめて、彼は安心したように良かったと言った。
彼は私に指一本触れなかった。手を繋いでもくれなかった。
頑なに滅びた国の最後の命令を守り、貫いた。
私にはわからない。男の人というのは、決めた道をそれほどに強く貫かねばならないものなの?
もし道をおりていれば、彼は私を売って自由に生きられたのに……」
最後の言葉は涙に消えた。ステラはハンカチを取り出し目元を拭った。
初めて聞いたステラの身の上に、エルダムは言葉を失って考え込んだ。
誰もが骨師を血眼になって探していた時代、最後に残った骨師は三人だけだった。
デルマド国とズイール国の二人の骨師は既に王家に保護されていた。
他の骨師はその正体を知るものに売られ、あるいは殺され、国中の人間に追われていた。リーダム軍に運ばれてきた骨師たちも、皆売られてきたものばかりだった。
情報を知らせる者があり、迎えにいくこともあった。
そんな中で、ステラはただ一人残された骨師だった。
一人の騎士だった男が守り抜いたのだ。
私利私欲に流されず、その使命を成し遂げた。
「そこにいる、奴隷のイールも」
はっとしてエルダムは視線を向けた。
二人の話が聞こえる位置に、膝をついて頭を下げた姿勢で控えている。
普段は空気のように存在を忘れているが、忠実なステラの奴隷だ。
「何度も自由になってもいいと伝えているけど頑なに奴隷を貫いている。
私が知る男性はその二人だけ。
エルダム、あなたもまた、決めた道を進みたいのね?」
命をかけて貫きたい道の上にいる。道をおりることは意外と簡単だ。
流されてしまうことも。楽な道に逃げようと思えばいくらでも道はある。
かつて騎士だったとはいえ、仲間も国もなく、生身の人間が一人で骨師を守り抜いた。
奴隷がいたとはいえ、その道は容易くなかったはずだ。
そして奴隷で生きると決めた男。
得体の知れない創造主の出現に恐れることなく湖に飛び込み、主を助けに泳いだ。
「私を守って命を落とした騎士は、私に自由になり幸せになれと言った。でも、私は自由も幸せもよくわからない。私には理解できないことばかり。でも、貫ける道があることを私は羨ましく思う」
ステラは太古の時代からそこにある空を見上げさらに続けた。
「私も、貫ける道があるというなら、探してみたい。エルダム、私が必要でなくなったのなら教えて欲しいの」
初めて、エルダムはステラに傍にいて欲しいと願った。
命をかけてその道を貫く男達を知っているステラに見届けて欲しいと思った。
しかし、それはステラの幸せだろうか。一つの道を生き抜いた男がステラに願ったことを台無しにするかもしれない。
「そうか……俺は君の道の邪魔をしたのかもしれない」
エルダムはステラをそっと抱き寄せた。
「何か望みはあるか?」
「一つだけ……子供が欲しい……。三日でいいの。私を抱いてください。その程度で身ごもることは無いとは思うけど、でも、賭けてみたい。
私はただ、私だけを愛してくれる、愛を注げる相手が欲しいだけ。これを最後の機会にして諦めるから」
それこそ、ステラがここに来た理由だった。
わずかな希望にかけていたのだ。
女の幸せだろうかとエルダムは考えた。
「もっと……お前のところに来るべきだったな……」
ステラの手を取り、エルダムは立ちあがった。
慈しむように抱き寄せ、額に口づけをするとその手を引いて寝室に向かう。
「イール、使用人たちを寝室に近づけるな」
途中で振り返ったエルダムの言葉に、イールは深く頭を下げた。
三日前にステラに結婚を申し込んだ場所だ。
ステラは夕暮れ色に染まる滝を遠くに眺めながら、かすかな滝の音に耳を澄ませた。
「誰か、心に想う者がいるのか?」
遠い目をして滝を眺めるステラに、エルダムが問いかけた。
ステラは首を横に振った。
「まさか……。私を好きになってくれる人なんていない……。もう力もないし……。
だから、別に結婚しなくてもいいのではないかと思って。あなたは優れた人なのでしょう?わざわざ私のような役に立たない女を妻にしなくても……。それに、私はきっと誰かに恨まれている。足を引っ張るだけだと思う」
子供の頃に捨てられ、愛に裏切られ、道具として利用され、十年傍にいたジルドには手も繋いでもらえなかった。
ステラの自己評価はどうやっても低い。
エルダムには意外だった。
「驚いたな。あれだけ堂々と自分で決断し行動を起こした女性が、ずいぶん謙虚だ。
君の提案がなければ戦争はこんなにあっさり終わったりしなかった。
君は骨師がこの世界から滅亡することに賭けて、骨師同士の戦いを提案したのだろう?」
ステラは頷いた。
どこか生気のないステラの様子に、エルダムは冷静に考えた。
「なるほど……。ステラ、君は骨師として生きてきて、誰かに守られ、使われるばかりの人生だったのか。君には導き手が必要だ。俺なら、君の居場所を与えてやれる」
それは道を失ったステラにとって魅力的な言葉だった。
「ステラ、リーダム軍は名前を変える。リーダム小国として大陸の三分の一を得ることになる。
その会議に一緒に出てはくれないだろうか。君に私を支持してもらいたい」
愛ではないのだ。
生き残った最後の骨師であれば誰でも良かった。
「ステラ、私と結婚してくれ」
たまたま若く、年齢も釣りあう骨師が残った。それはエルダムにとって幸運だった。
ステラにも、たった一つ望みがあった。
エルダムなら叶えてくれるかもしれない。そんな想いから、ステラは顔をあげた。
「はい」
エルダムはステラを引き寄せ、紳士的に抱きしめた。
翌日、ステラは遠い昔に夢に見た結婚式を挙げていた。
そこは昔イールに、ここで結婚しようと滝の裏から見せられた遺跡の祭壇だった。
エルダムの仲間が集まり、ステラがエルダムの妻になることを祝福した。
イールは奴隷としてついて行きたいと訴え、エルダムの妻になるステラに仕えることを許された。
エルダムの目論見はうまくいった。市井の生まれで、リーダム軍を立ち上げたエルダムがこの世界から争いの種となった神力の結晶を消滅させた女性と結婚した事実は、多くの民衆の支持を得た。
神力の結晶の恩恵は確かに大きい物だったが、戦で町や家族を奪われた人々にとってはやはり余計なものだった。
しかも最後の選択で、その力の由来を知った人々は神力の結晶を私利私欲のために利用していた権力者たちを嫌悪した。
正しくその力を使い続けていれば、豊かな暮らしが保証されていたのだ。
多くの人々がエルダムの元へ集まった。
気が付けばデルマド国やズイール国を凌ぐほどの勢力を築き上げ、エルダムは三か国会議に出席した。
ステラを手に入れて戻ってきたエルダムに、デルマド国とズイール国の王族たちは嫌な顔をした。
王侯貴族である自分達こそ、ステラを手に入れるべきだったと悟ったのだ。
最後の骨師の姿を一目見ようと多くの人々が集まり、エルダムが権力に媚びる人間でないことを信じた。
純粋に国を想い平和を愛する王を望む人々は、リーダム国の指導者としてエルダムを讃えた。
大きな影響力を持つことに成功したエルダムは、仲間達と力を合わせ、ついに聖なる山の神官たちの支持まで取り付け大陸の王となった。
大陸を統べる国の名前は、ヴァルタ国となり、デルマド国とズイール国はそれぞれが自治を認められた小国となった。
エルダムはリーダム小国とヴァルタ国の王となった。
権力を持てば金や人はついてくる。ステラの影響力がなくてもそれらはエルダムのもとに集まった。
そのうち、豪商たちがこぞって賄賂を届けてくるようになり、大陸の王になるのだから愛人が何人いてもいいだろうと、ヴァルタ国の王城に美女達まで送られてくるようになった。
相応の力を持った者達からの献上品であれば受け取らないわけにもいかず、ヴァルタ国の王城は賑やかになり、後宮まで建てられた。
形ばかりの妻であるステラは、ステラの影響力がなくてもエルダムが王として支持を得られるようになると、離宮に住むようになった。
イールはステラの離宮に奴隷としてついてきた。
ステラがヴァルタ国の形ばかりの王妃となり二年が過ぎた。
離宮で細々と畑を作り始めたステラは、日中は庭いじりばかりをしていた。
神力の結晶がなくても、少しずつ手をかければ何かしら育てることは出来る。
イールはそれを手伝った。
ある昼下がり、珍しくエルダムがステラのもとにやってきた。
形ばかりの王妃は、驚いたように顔を上げエルダムを出迎えた。
「どうしたの?」
「いや……実は……報告しておきたいことがあった」
ステラは不思議そうにエルダムを見上げた。
エルダムのすることにステラが口を出したことはない。報告を受けるようなことも今までなかった。
「立場的に知っておいた方が良いと思った。ルビナが身ごもった」
ルビナはデルマド小国から献上された貴族の娘だった。
一瞬、泣きそうな顔をしたステラは、すぐに頭を下げて表情を隠した。
「おめでとうございます……」
結婚したばかりの時は何度か体を重ねたが、エルダムにとってステラは欲望を抱く対象ではなかった。
「跡継ぎも出来たし、エルダムの治世は安泰ね」
エルダムはなんと答えたらいいのかわからないような、曖昧な顔をした。
ステラを手に入れた当初の目的は達成し、今は外交的に使える王妃が欲しかった。
しかし民衆の支持はまだステラにあり、追い出すわけにはいかない。
「ステラ……その……もし良ければ修道院や神殿といった国の機関に代表者として名前を置くことを考えてもいいかもしれない。聖なる山の神殿はどうだろう?」
エルダムの言葉に、ステラは俯き、首を横に振った。
「そうか」と残念そうにエルダムは答え、そっとステラの手を取った。
「ステラ、私たちの間に愛はなかった。君はこの平和のために私を支持してくれた。そうだろう?」
人の手のぬくもりを久しぶりに感じ、ステラはうれしそうにその手を両手で掴んだ。
「あなたが……私を必要としたからよ。最後の骨師として、求められている仕事なら受けるべきだと思ったの。私も話をしてもいい?」
エルダムはステラの手を引き、木陰のベンチに腰掛けた。
並んで座れば、普通の夫婦のように見えるが、互いにそうではないことを知っている。
「エルダム、そろそろ私が必要なくなったのであれば、はっきり言って欲しい。
そんな風に遠回しなことはやめて。この結婚が、見せかけの物だとわかっている。そろそろ私がいらなくなったのではない?」
エルダムは首を横に振った。
そして不思議な返答の仕方をした。
「ステラ……不思議だな……。理想が近づけば近づくほど、不安になる。これが正しい道なのか、それとも、また同じような道をたどっているのではないかと。正直、跡継ぎは仲間達の中から選ぶつもりだった。
俺を盛り立ててくれた仲間には深く感謝している。だが、世継ぎが出来たことは俺の中の何かを変えた気がする。
前はくっきり見えていた道が、無数に見える時がある」
道に迷っている男の独白をステラは黙って聞いていた。
エルダムはこれまでステラに政治的な話も、個人的な話もしたことがなかった。
はっきりとした答えを口に出来ない男を見つめ、ステラが静かに話しだした。
「私には……男の人が考えていることは難しくてわからない。だけど……私の商人の夫は、道に迷うことがなかった。彼は、本当の夫ではなかったの」
「あの……墓の男か?」
ステラから前の夫の話を聞くのは初めてだった。しかし、なんとなくステラを見つけた場所のことを思い出した。
そこは石を積み上げたお墓の前だった。
その途端、悲しみに濡れ、自暴自棄になっていたステラの姿が脳裏に蘇った。自分の命である神力の結晶を投げつけた。
大切な人を亡くしたばかりだったのだ。
当時は骨師がただ手元に欲しいばかりで、ステラのことを道具としか認識していなかったのだ。
「あの人は……滅びたマウリア国の騎士よ」
思いがけない言葉に、エルダムの喉が大きく動いた。
「国に命じられ、骨師の私を守っていたの。国が滅び、再興の目途もたたないのに、ずっと私を守り続けた。国も家もなく、騎士しかしたことのない人が商売人を始めた。誇り高い騎士が客に頭を下げ、へらへら笑って情報を聞き出し、安全な道を探した。
何度も私を売ってもいいと言ったのに、彼は頑なにそれをしなかった。
私が体を売って子供が出来たときも、迷わずおろせと言った。私一人を確実に守るために彼は全てのことを投げうった。
神力の結晶も私に作らせようとしなかった。作って売ればもっと楽な生活が出来たのに、私が見つかるからとそれをするなと命じ、神力の結晶を作れる者がいないことを強調するようにあえて古代種の骨を売り歩いた。
私は怒られるようなことばかりしていて、危険な目にも合わせた。それでも彼は私を見捨てることなく私を守り続けた。
最後に、私が誰の手にも渡っていないことを確かめて、彼は安心したように良かったと言った。
彼は私に指一本触れなかった。手を繋いでもくれなかった。
頑なに滅びた国の最後の命令を守り、貫いた。
私にはわからない。男の人というのは、決めた道をそれほどに強く貫かねばならないものなの?
もし道をおりていれば、彼は私を売って自由に生きられたのに……」
最後の言葉は涙に消えた。ステラはハンカチを取り出し目元を拭った。
初めて聞いたステラの身の上に、エルダムは言葉を失って考え込んだ。
誰もが骨師を血眼になって探していた時代、最後に残った骨師は三人だけだった。
デルマド国とズイール国の二人の骨師は既に王家に保護されていた。
他の骨師はその正体を知るものに売られ、あるいは殺され、国中の人間に追われていた。リーダム軍に運ばれてきた骨師たちも、皆売られてきたものばかりだった。
情報を知らせる者があり、迎えにいくこともあった。
そんな中で、ステラはただ一人残された骨師だった。
一人の騎士だった男が守り抜いたのだ。
私利私欲に流されず、その使命を成し遂げた。
「そこにいる、奴隷のイールも」
はっとしてエルダムは視線を向けた。
二人の話が聞こえる位置に、膝をついて頭を下げた姿勢で控えている。
普段は空気のように存在を忘れているが、忠実なステラの奴隷だ。
「何度も自由になってもいいと伝えているけど頑なに奴隷を貫いている。
私が知る男性はその二人だけ。
エルダム、あなたもまた、決めた道を進みたいのね?」
命をかけて貫きたい道の上にいる。道をおりることは意外と簡単だ。
流されてしまうことも。楽な道に逃げようと思えばいくらでも道はある。
かつて騎士だったとはいえ、仲間も国もなく、生身の人間が一人で骨師を守り抜いた。
奴隷がいたとはいえ、その道は容易くなかったはずだ。
そして奴隷で生きると決めた男。
得体の知れない創造主の出現に恐れることなく湖に飛び込み、主を助けに泳いだ。
「私を守って命を落とした騎士は、私に自由になり幸せになれと言った。でも、私は自由も幸せもよくわからない。私には理解できないことばかり。でも、貫ける道があることを私は羨ましく思う」
ステラは太古の時代からそこにある空を見上げさらに続けた。
「私も、貫ける道があるというなら、探してみたい。エルダム、私が必要でなくなったのなら教えて欲しいの」
初めて、エルダムはステラに傍にいて欲しいと願った。
命をかけてその道を貫く男達を知っているステラに見届けて欲しいと思った。
しかし、それはステラの幸せだろうか。一つの道を生き抜いた男がステラに願ったことを台無しにするかもしれない。
「そうか……俺は君の道の邪魔をしたのかもしれない」
エルダムはステラをそっと抱き寄せた。
「何か望みはあるか?」
「一つだけ……子供が欲しい……。三日でいいの。私を抱いてください。その程度で身ごもることは無いとは思うけど、でも、賭けてみたい。
私はただ、私だけを愛してくれる、愛を注げる相手が欲しいだけ。これを最後の機会にして諦めるから」
それこそ、ステラがここに来た理由だった。
わずかな希望にかけていたのだ。
女の幸せだろうかとエルダムは考えた。
「もっと……お前のところに来るべきだったな……」
ステラの手を取り、エルダムは立ちあがった。
慈しむように抱き寄せ、額に口づけをするとその手を引いて寝室に向かう。
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途中で振り返ったエルダムの言葉に、イールは深く頭を下げた。
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数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
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