24 / 37
第二章 許しを請う奴隷
24.旅立ち
しおりを挟む一人の女性として考えてみれば、ステラは十分魅力的だった。
優しい愛撫から始まったその交わりに、いつしかエルダムは夢中になっていた。
長い時間をかけ、ステラの体を貪ったエルダムは、最後に深く腰を押し付けると、何度か体を震わせステラの胎内にこすりつけるように精を放った。
満足そうなうめき声を発し、ぐったりと力を抜いたエルダムをステラは下から優しく抱きしめた。
「ありがとう……エルダム」
何の駆け引きもない、寂しさをただただ埋めるような交わりに、エルダムは胸が熱くなった。
こんな風にステラを抱いたのは初めてだった。
初夜の時も義務的に行い、さらに数度、王妃の立場を守るためステラのもとに足を運んだが、心から欲しいと思ったわけではなかった。
しかし、王城を去ると決めたステラを抱いてみると、それは思いがけず心満たされる交わりになった。
「礼など言わないでくれ。俺は、君を大切にできなかった……」
結婚の申し込みをした時の約束を覚えていたエルダムの言葉に、ステラはうれしそうに微笑んだ。
「気にしてくれてありがとう。その気持ちだけで十分。それにとても気持ち良かった。誰かに触れてもらうのも久しぶり」
夫であるエルダムに二年も放置されてきたというのに、ステラは感謝の言葉ばかり口にした。
胸を痛め、エルダムはステラに十分な援助をさせて欲しいと申し出た。
「ありがとう、エルダム。でも私は自分の力で何かをしたわけじゃない。たまたま力を持っていただけ。今度は出来るだけ普通に生きてみたいの」
エルダムはステラの隣に横たわり、その体を抱き寄せた。
「ならば市井に溶け込めるように配慮して手を貸そう。ステラ、明日も来る」
「忙しいでしょう?無理はしないでね……」
何もかも諦めているようなステラの孤独な眼差しに、子供ぐらい持たせてやるべきだったとエルダムは思ったが、それはもう遅かった。
最後の三日目、もう少し王城に留まったらどうかとエルダムはステラに提案したが、ステラの心は変わらなかった。
時々遠い目をするステラを深く知ることなくエルダムはステラを手放すことになった。
三日間、王妃の離宮に足を運んだエルダムの姿に、突然夫婦仲が良くなったのかと、後宮の女達は危機感を募らせたが、四日目、あっさり王妃と離縁すると公の場でエルダムが宣言した。
しかしそれは夫婦仲の問題ではなく、ステラを解放するためだとエルダムは付け足した。
「彼女は骨師として常に誰かに利用されてきた。ここに閉じ込めておくのはあまりにも人生の時間がもったいない。
好きな道があるというなら探してもらいたいと考えている」
エルダムは困ったことがあれば自分を訪ねて欲しいとステラに告げた。
丁寧にお辞儀をして曖昧に微笑んだステラは、奴隷のイールと共にその日のうちに城を出た。
その手にはエルダムが土地の所有を認めた証書があった。
ステラから骨屋があった場所に戻ると聞いてエルダムが、東渓谷の中央にある、骨屋があったその土地を正式にステラのものにすると決めたのだ。そこは今リーダム小国の領内だった。
商売に便利な馬車も一台手に入れ、爽やかな日差しの下、のんびりと旅は始まった。
東渓谷の骨屋があった場所に戻る前に、ステラはジルドのお墓に寄った。
相変らず危険な崖下で、落石がごろごろしている。
イールは警戒するように崖を見上げた。
気にする様子もなく、ステラは墓の前に座った。
「ジルド……まだ生きているの。すごいでしょう?あなたが守ってくれたから」
ジルドと同じ命令を受けた騎士はたくさんいたはずだ。
それなのに、生き残ったのはステラだけだ。
ステラは与えられた命令に忠実に生き抜いた男の墓を見つめた。
たった一人で大陸中の兵士や骨師狩りを敵に回し、世間知らずな女を守るのは大変だったはずだ。
「私、気づいたことがあるの。私……きっとジルドのことが好きだった……」
昔を懐かしむようにステラは静かにお墓に向かって語り掛けた。
「ジルドは私のことなんてなんとも思っていなかったと思うけど、私は時々ジルドと手を繋ぎたい気持ちになったの。その気持ちがどこからくるのかわからなかったけど、あなたが消えて、こんなに恋しく思うとわかっていたら、思い切って手ぐらい繋いでおけばよかった。
どうせ断られたと思うけど、好きだと言えば良かった……。ジルド、たくさん迷惑かけてごめんなさい。一緒にいてくれてありがとう……」
声は次第に涙声になり、ステラは肩を震わせ泣き出した。
イールは黙って後ろに立っていた。
夕暮れ近くなり、ステラはやっと涙を拭って立ち上がった。
岩陰に隠した荷物をまた少し漁り、袋に分けていれると、イールがそれを馬車に積み込んだ。
「今日は馬車の中で休もう。それほど寒くもないし、崖の下は危険だ」
二人は馬車に乗り込み、質素な食事を済ませた。
イールがランタンの明かりを落とすと、馬車の中は真っ暗になった。
「もう本当に赤ちゃんは出来ないのかな……」
闇の中で、ひっそりとステラが呟いた。
血に染まったステラの姿を思い出し、イールは苦い後悔を飲み込んだ。
子供を身ごもることになったのは戦争捕虜となったイールをデルマド国の兵士達から買い取るためであり、さらに子供を無事に産めなかったのは、ステラが妊娠を隠さなければならない状況だったからだ。
もし、イールがそれに気づいていれば、ジルドに気づかれないように手を貸してやれただろう。
重い荷物も持たせず、長く歩くときは背中におぶってやることもできた。
今から出来ることがあるだろうかと、イールは考えた。
「治癒師に会いに行ってみるか?」
諦めたようなステラの声が暗闇から聞こえた。
「いいえ……。私が骨師の力を放棄したから、救えなくなった命がたくさんあったと思う。
あれは治癒師たちにも大きな力を与えるものだった。それを奪った私に、治癒を受ける資格はないでしょう?」
「まさか。あれは、君の、君だけの選択じゃない。君にそう選択させた周りに責任がある。それが創造主の意図だったはずだ」
私利私欲に走り、骨師を使い潰してきた者達の存在こそが力を消滅させてきた原因だ。
「ステラ……君が作ってきた神力の結晶は既に多くの命を救った。君は十分誰かに尽くし、救ってきた」
イールはステラを励まそうとしたが、ステラは何も答えなかった。
それ以上かける言葉もなく、イールは異変があればすぐに飛びだせるように剣を抱いて馬車の後ろに座った。
夜は静かに更け、夜闇は次第に深まった。
浅い眠りの中、イールは近づいてくる馬蹄の音に飛び起きた。荷台から外を覗くと、崖を回り込んだ道の向こうから明かりが近づいてくる。
イールはステラを片手で揺すり、口を押さえつけた。
「ステラ、誰か来る」
驚いて目を開けたステラは、即時に危険な状況だと理解した。
長い間、狩られる立場で旅を続けてきたステラはこうしたことにも慣れている。
イールはステラを毛布ごと抱き上げ、馬車の裏から出ると岩陰に走る。
馬は木に繋がれ、眠そうに首を振っている。
崖下の暗がりにステラを移動させ、イールが囁く。
「ステラ、何があっても出て来るな」
毛布にくるまり、ステラが無言でうなずくと、イールはゆっくり馬車に引き返す。
貴重品を急いでまとめ、馬車から下ろすとステラが隠れている場所から離れた所に置く。
馬車の音が間近に迫る。
同時に男達の声が聞こえてきた。
「おい、馬がいる。誰かが野宿しているかもしれない」
近づく野太い声に急かされながら、イールは馬を繋いでいる綱を解く。
馬のお尻を叩いた時、後ろから眩しい光が降り注ぎ、イールは視界を奪われ片腕を翳した。
「奴隷だ!」
周囲から驚きの声があがる。
イールの首には隷属の首輪が嵌められている。
「隷属の首輪を見るのは久しぶりだね」
大勢の声がイールを取り囲み、松明の炎が何本も掲げられた。
「勘弁してください!町にいる主人から荷物を見張っているように命じられているのです!」
突然の明るい光に目を瞬かせながら、イールは降参するように両手をあげ、さりげなく男達の数を数えた。
明かりの中に見えるだけで六人もいる。
さらに気配や物腰から、戦闘訓練を積んだ者も数人混じっている。
弓矢を持っている男もいるから、馬で逃げても当たる可能性がある。
多勢に無勢で戦闘を始めればステラを巻き込んでしまう。
「奴隷持ちの主人か……金持ちか?」
にやついた男が前に出た。毛むくじゃらの手にはむき出しの短剣がある。
「い、言えません。契約があります」
イールは弱々しい口調で答えた。
奴隷は主人の命令に従うように隷属の首輪で呪いがかけられている。
「奴隷は珍しい。高値で売れる」
暗がりからひと際大きな体をした野盗の頭領が現れた。
こちらも大剣をぶら下げ、胸のベストには短剣が並べられている。
「おい、奴隷。そこにある馬車がお前の主人の物か?」
イールしかいないとわかり安心したのか、隠れていた女達も姿を現した。
場末の娼館にでもいそうな派手な衣装を着た化粧まみれの女達は、イールを目にすると甲高い声をあげた。
「すごい。逞しい男じゃない。金持ちの女に高く売れるのではない?」
その時、背後の闇から岩がごろりと転がるような音がした。
はっとして男達が一斉に暗がりの方へ視線を向ける。
「他にも奴隷がいるのか?」
頭領の問いかけに、イールは両手を上にあげたまま首を横に振る。
「い、いいえ。ただここは暗くてよく見えないと思いますが、後ろが崖になっていて落石が多いのです。危険な場所で誰も近づかないからとご主人が、ここに馬車を置いていこうと仰いました」
この辺りで物取りをしている野盗達は、その地形を思い出した。
「確かにそうだったな。あまり近づかない方が良い。よし、馬車ごと奴隷をちょうだいしよう」
「契約書を偽装したら高値で売れるな」
契約書と隷属の首輪は連動している。奴隷の首輪を見れば奴隷であることを疑われることはない。
「こ、困ります。ご主人様が!」
狼狽えるイールの体を数人の男達があっさり押さえつけ、後ろ手に縛りあげる。
「味見がしたいわ」
派手な衣装の女達が下品な笑い声を立てる。
「毎日俺達が可愛がってやっているのに、まだ足りないのか?あばずれどもが」
男達は呆れたように罵りながら、馬車に縛ったイールを押し上げ、女達もそこに乗り込んだ。
「リーダムの治安部隊が動いたらやっかいだ。すぐに離れるぞ」
男達は馬車を自分たちの馬に繋ぐと、闇の中を灯りを掲げ進みだす。
奴隷が投げ込まれた馬車の中から、奴隷をからかって遊ぶ女たちの甲高い笑い声があがった。
それを暗がりから見ていたステラは、急いで行動を開始した。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました
七宮叶歌
恋愛
政略結婚が決まった王女・メヌエッタは、決められた未来に従うだけの人生を拒んで王宮を飛び出した。逃げ込んだのは、侯爵令息・アルフレッドの操る飛空船だった。
ところが逃亡の途中、「王女は事故死した」「アルフレッドは指名手配」という報道が流れ、二人は一転して国中から追われる立場になる。更にアルフレッドの父から提示された逃亡の手助けの条件は、逃げ切ることが出来たなら、アルフレッドと『契約結婚』するというものだった。
結婚から逃げてきたはずなのに、行きついた先もまた結婚。けれど、空の旅の中で触れ合う彼の優しさや弱さに、メヌエッタの心は少しずつ揺れ始める。
追手、暗殺の影、契約から始まる恋――。
二人は無事に逃げ切り、幸せを掴むことができるのか。ちょっぴりコミカルで、ときどき切ない空の逃避行恋愛ストーリーです。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる