最後の選択者

丸井竹

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第二章 許しを請う奴隷

26.渾身の告白

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 朝靄が立ち込める中、地面に寝そべって寝ていた野盗の一人が突然の地響きに飛び起きた。
白い霧の向こうから馬蹄の音が近づいてくる。
空き地の中央で燃えていた篝火はとっくに消え、女を抱いて酔っぱらって寝ている男達がそこら中に転がっている。

「逃げろ!役人だ!」

まっさきに目を覚ました野党が叫んだ。
既に霧の中に役人の揃いの隊服が近づいてくるのが見えている。

ようやく他の野盗達も起き上がり、慌ててズボンを引き上げ、女を突き飛ばして自分だけでも逃げようと動き出す。

焚火から少し離れたところで奴隷に抱き着いたまま眠っていたカトレアも、その物音にやっと目を覚ました。

裸の胸の下には木に縛り付けられ何度も味わった奴隷の体がある。
薄明りの中、奴隷の男は汗に濡れ、苦しそうに胸を上下させている。
大きく張り詰めた肉棒はまだカトレアの胎内に収まり、一滴も漏らすまいとその戦いは続いていた。

「へぇ。明るいところで見ると、なかなか男臭くていいじゃない。気に入ったわ」

カトレアは疲れ切った様子の男の顔を押さえつけ、唇を近づけた。
男はその口づけから逃げようと必死に顔を逸らす。
縛られているため、首をねじるぐらいの抵抗しかできない。

「ぐっ……んっ……」

ねっとりと唇を重ねられると、男は眉根を寄せて固く目を閉ざす。

「カトレア!急げ!役人だ!」

仲間の声に、カトレアは振り返った。

「誰か手伝ってよ!こいつを連れていかないと」

しかしそんな暇はなさそうだった。すでに崖を回り込み、馬に乗った役人たちの姿が迫っている。
野盗の一人がやっとカトレアの傍にかけつけた。
奴隷は後ろ手に縛られ、その上から木に縛り付けられている。

木から解放されても、手首を縛られた奴隷は思うように動けない。
カトレアと野盗の男は奪った奴隷を引きずるように馬車に向かう。

その時、背後の役人から逃げたはずの野盗たちが引き返してきて悲鳴をあげた。

「前からも来る!」

白く霞む視界の向こうから馬蹄の音が近づいてくる。
そうとくれば逃げ場はない。
武器を引き抜き、野盗たちは町と反対側に向かって走り出す。
カトレアはまだ奴隷にこだわっていた。

「ま、待ってよ!手伝ってよ!」

ロープで奴隷の腰を再び縛り、馬に繋げようとしていたカトレアは、突然後ろから髪を引っ張られ大きくのけぞった。

「痛い!誰よ!」

髪を奪い返しながらカトレアが振り返る。
そこにいたのは、役人でも仲間でもなかった。
見るからに弱そうな小柄な若い女だ。

すでに周囲では警備兵と野盗達の大乱闘が始まっている。

「イールは私の奴隷よ!」

カトレアの前に立ちはだかった女が叫ぶ。

「お前が、この奴隷の主人なのね」

憎々し気にカトレアは唇を舐めた。
奴隷の男を一晩中嬲り続けたが、結局一度もカトレアは男の精液を搾り取ることができなかった。
多少出させてやろうと親切にしてやったというのに、まるで、それをしてしまえばカトレアに汚されてしまうとでも思っているかのように、奴隷は貞操を守ろうとしたのだ。

それがこの女のためなのだとカトレアは一瞬で悟った。
胸も尻も足りない貧相な女に負けたことに、カトレアは怒りを覚えた。

「じゃあお礼を言わなきゃ。この男の肉棒はね、一晩中私の中に入っていたのよ。何度も突き上げて、気持ちよさそうな声を出していたわ。あなただと思って私を抱いていいと言ってあげたの。
私もとっても気持ち良かった。何度もいったの。あなたは?この奴隷と一晩中交わって何度もいったことがある?」

うっとりとした口調で語りながら、カトレアは手にしていたロープを振り上げた。
ステラに向かって鞭のように振りおろそうとした時、カトレアが掴んでいたロープが強い力で後ろに引っ張られた。

「きゃああ」

ロープは後ろ手に縛られている奴隷の腰を縛っているものだった。
奴隷は地面で回転し、腰のロープを巻き取り、カトレアを後ろに引き倒した。
武器を持っている男達を制圧し、警備兵の一人がやっと駆けつけてくる。

カトレアは逃げようとしたが、それはもう遅かった。
地面に押さえつけられながら、「くそったれ!」と暴言を吐く。

それを見届け、ステラは奴隷に駆け寄った。

「イール!」

落ちていた適当な布を拾い上げ、ステラはイールの下半身にまきつけた。
奴隷の男は地面に倒れ、ロープで縛られた姿のまま目を逸らした。
ステラは構わず落ちていたズボンを掴み上げると、布の下から手を入れてイールに腰をあげてもらいながらズボンを引き上げ、露出していた奴隷の下半身を隠した。

「なぜ、助けに来た……」

聞こえるか聞こえないかわからないぐらいの声量で奴隷は呻くように問いかけた。
ステラは奴隷の手首のロープを解きにかかっていた。

「なぜって……だって、どうせ奴隷を貫くつもりなのでしょう?彼らの奴隷でいるより私の奴隷でいた方が安心よ。自由になれるのに、どうして自分から奴隷でいるのかさっぱりわからないけど、でも、ジルドもそうだったし、あなたもそうなら、とりあえず彼らからは助けるべきだと思ったの。
それに、囮になって私を逃がしてくれたでしょう?彼らが私に気づかないように遠ざけてくれたのだとわかったし、そのせいで大変な奴隷人生にしてしまったら、やっぱり気が咎めると思うし」

カトレアを縛り終えた兵士が仲間にその身柄を引き渡し、引き返してくるとステラに短剣を差し出した。
すかさずそれを使い、奴隷の手首を縛るロープを切る。

「ありがとう」

短剣を返すと、兵士がステラの傍らにしゃがんだ。

「この奴隷はあなたの物か?」

思い出したように女は懐から奴隷契約書を取り出した。
それはジルドの荷物の中に残されていたものだった。ステラは町の警備兵に野盗の居場所を教え、貴重な奴隷と馬車が盗まれたと訴えた。
それから急いで荷物を隠してある場所まで戻って、奴隷契約書を取り出しておいたのだ。

「わかった。奪われた物は、それとあの馬車か?」

兵士の指の先には、昨夜野盗に奪われた幌付きの馬車がある。
間違いないとステラが大きく頷く。

「そうです!ありがとうございます!助かりました」

ステラは頭を下げる。

「この奴隷と契約書は夫の形見なのです。だから、どうしても取り返したかった。本当に助かりました」

警備兵が間に合わなければ、王のエルダムに頼みにいかなければならないところだった。
迷惑をかけずに済んで良かったと、ステラは胸をなでおろした。

野盗たちを縛り上げ、兵士たちが町に引き上げていく。
それを見送りながら、ステラは後ろを振り返った。
イールがいつものように暗い表情でそこに膝をついて控えている。

ふと、ステラは先ほどのカトレアの言葉を思い出した。イールも奴隷とはいえ若い男だし、溜まっているものもあるのかもしれない。ジルドは女を穴扱いしていたが、イールは一人の女性をきちんと愛せる男だ。

「イール……その、奴隷でいたければそれでいいのだけど、でも……自由な時間も必要じゃない?その、お金もエルダムからたくさんもらっているし、贅沢は出来ないけど、たまには町に遊びに行ってもいいのよ?」

イールは俯き、顔を隠したまま首を横に振った。

「いいや……いらない」

ステラはイールが無理をしているのだろうかと、首を傾けた。
男という存在は本当に不可解だ。

「でも、さっきの女性が一晩中楽しんだって」

イールは最愛の女性であるシリラ以外には興味がないと思っていたが、遊びたい時もあるのかもしれないとステラは初めて考えた。

「し、していない!一度も、一度もあの女には出していない!」

突然、イールはむきになって声を荒げた。
その顔を覗き込み、ステラは目を丸くした。
感情を表に出すことのないイールの顔は燃えるように赤くなり、眉間に痛みに耐えるような深い皺が刻まれている。

口や頬の周りには先ほどの女がつけていったと思われる口紅の跡がある。
そこでやっと、ステラはイールが先ほどの女に犯されたのだと気が付いた。

シリラ以外は抱きたくないイールには苦痛だったのだ。
ステラはイールがシリラを取り返した時の映像を思い出した。
ジルドの装置に記録されていたその姿と声は、ステラが見たこともないほど真剣で、一途な愛に燃えていた。

これが愛なのかと呆然とした。自分が愛だと思っていたものは偽りだったのだ。
イールはちゃんと愛を知っている。だから、きっと嫌だったのだ。
ステラは袖の先を指で引っ張り、イールの口元や頬についた口紅を拭った。

「ごめんなさい。思いつかなかった……。私のせいで辛い思いをさせてごめんなさい」

ステラに触れられ、男らしいイールの顔は歪み、その目から溢れた大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。

急いで後ろを向こうと立ち上がったステラの手首をイールが掴んだ。
ステラはどこを見たらいいのかわからなくなり、引き止められた姿勢のまま動きを止める。

「本当だ……。あの女とは楽しんでいない。少しも……楽しんでいない」

繰り返すイールに、どんな答えを返してあげるべきなのか、ステラは迷いながら頷いた。

「わかっている。辛い思いをさせてごめんなさい。配慮が足りなかったのね……ごめん」

イールの呻くような泣き声がさらに続き、ステラは途方にくれた。

「あ、あの、イール、私を助けてくれてありがとう。本当に辛い思いまでして彼らをひきつけてくれて……その感謝しているの」

ステラの手首を掴んだイールの手がさらに強くステラを引き寄せた。

「なに?どうしたの?!」

ステラは振り返る。
イールはステラの手首を捕まえているにも関わらず、視線は地面を向いたままだ。
その頬を抱き、ステラはイールの顔をあげさせようとした。
その時、ステラは地面の石に滴り広がっていくイールの涙の染みに気が付いた。

「なぜ……君が謝る。君に辛い思いをさせたのは俺だ……。俺が君を苦しめたのに、なぜ君が謝るんだ」

イールが何を気にしているのかようやく理解し、ステラは驚いた。

まだそこにこだわっていたのかと、ステラは半ば呆れながら地面に座り込んだ。
イールの濡れた頬に手首を掴まれたままそっと触れ、ステラは大きなため息をついた。

「そんなこと、私はもう気にしていないのに……。それはもう忘れたら?奴隷でいることを貫くだけでも大変そうなのに……。ジルドも不思議だったけど、イールも不思議ね。辛い道ならやめてもいいのに」

頬に触れるステラの手の感触を深く味わおうとするようにイールはステラの手に顔を寄せ、目を閉ざした。

「君の……奴隷でいたい。ずっと、この先もずっと、君の傍にいたい」

渾身のイールの告白だったが、ステラには届かなかった。ただ、奴隷でいることがイールの貫きたい道なのだと考えた。

「ジルドと同じね……。そうね……私達、大切な人を亡くした者同士なのね。いつか私も、そんな愛がわかる日がくるかしら。……だいたい、ジルドは知っていたのかしら?」

ジルドの満足そうな死に顔を思い出し、ステラは首を傾ける。
ステラは片手でそっと自分のお腹に触れた。エルダムの子種が育ってくれたら自分にも愛が訪れる。
そう願っているが、愛を与えられたことのないステラには、いまだに愛がどんなものなのかわからない。

ステラは立ちあがり、泣いているイールの手を引っ張った。

「さあ、行きましょう。エルダムにせっかく土地をもらったのだから、店をたてて商売をしなくては」

逞しく歩き出そうとするステラを見上げ、イールはステラの手を放し、涙を拭いて立ち上がった。

二人は出立前にまたジルドの墓に立ち寄った。

「ジルド……たぶん、私のことを待っているなんてことは無いと思うけど、また来るから」

石の墓に語り掛けるステラの後ろで、イールは膝を付き奴隷らしく控えていた。

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