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12.和解の兆し
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ドルバインの別荘に引き返してきたナリアは、ひっそりとした別荘を見上げ、首を傾けた。
ジーンが厩舎に馬を片付けに行くと、ナリアは侍女のペイジーと一緒に玄関に入った。
「おかしいわね……」
ナリアはひっそり呟いた。
いつもきれいに掃除がされているはずの玄関広間は泥だらけで、足跡がたくさん残っていた。
アロナがいればこれを放置しておくわけがない。
貴族令嬢であるナリアは、守られていることが当然であり、危機感を抱くことなく階段に足をかけた。
ところが、外にいた護衛のジーンはそうではなかった。
厩舎に入った途端に、その異変に気が付いた。
足跡がそこに滞在していた人数よりも多く、さらに、泥だらけの地面には、誰かが慌てて外に飛び出し、足で蹴ったような深くえぐれた部分があった。
よくしつけられた召使しかいないのに、扉が開けっぱなしだったことも引っかかった。
もし賊がいるならばとジーンは考え、周囲の様子からその人数と戦力を計算した。
守らなければならないナリアと侍女のペイジー、それからアロナがいるとすれば、三人を一人で守り、複数の男達を相手に戦わなければならない。
護衛として訓練を受けているジーンは、この不利な状況をどう好転させるべきか、素早く考え始めた。
ナリアはまだ何も気づかず、泥だらけの足跡を追いかけていた。
女主人の後を無心について歩いていたペイジーが、ようやく何かおかしいと気が付いた。
人の姿はないのに、別荘内には、いつもの静けさがなかった。
無人の屋敷内であれば、もっと違う感じがするはずだ。
ドルバインもアロナも全てをきちんとあるべき場所に片付けることが好きであり、汚れ物を放置しておくようなことはしない。
絨毯の染みや落ちている泥だけではなく、手すりについた汚れも気になった。
「ナリア様……」
ペイジーが警告しようとした時、ナリアは奥の扉に手をかけていた。
「ま、待ってください!」
ペイジーの声は間に合わなかった。
ナリアはドアノブを回し、扉を大きく開けた。
カーテンの開いた明るい室内には隠れる場所は一つもなく、突然中央の寝台とそれを囲む男達の姿が目の前に現れた。
寝台の上には、アロナが両手両足を広げた状態で縛られている。
一瞬、時間が止まったようにその場にいる全員が固まった。
ルータスはアロナの服を切り裂いている途中であり、アロナの口は布で塞がれていた。
「んんんっ!」
アロナは逃げて下さいと叫んだが、言葉は出なかった。
ナリアはかろうじて悲鳴を飲み込んだ。
貴族らしく、高慢な目つきで、屋敷に押し入っている男たちをねめつけた。
「あら……お客様がいらしていたとは知らなかったわ。でも……面白い遊びをしているのね。私の屋敷でもたびたびこういうことをしているわ。時期を間違えてしまったと思ったけど……まだ行われていたなんて幸運ね。このお屋敷での決まりはよくわかっていないのだけど、見学は許されているのかしら?主催者は誰?」
まるで、この屋敷に初めて遊びに来た客であるかのようにナリアは振る舞い、震えているペイジーに高飛車に椅子を持ってくるように命じた。
「私も見学するから、隣の部屋から椅子を運んできてちょうだい。あと、温かいお茶も忘れないで。見学はいいのでしょう?どうなの?」
突然現れた高貴な女性達の姿に、ルータス達はどうするべきかと戸惑ったが、女が二人増えただけだとも考えた。
「今はまだ打ち合わせの段階で、本番ではないのです。もちろん、見学は出来ますが、扉を閉めて鍵をかけてくださいませんか?他の人に見られては大変ですから。どうか声は出さないようにしてください」
ルータスが仲間達に目配せし、その合図を受け、二人の男がゆっくり扉に近づいた。
さりげなく廊下に顔を出し、ナリアとペイジーの二人しかいないことを確認する。
「ちょうど出し者の練習をするところでした。どういった趣向のものがお望みですか?」
「そうね……この状況は最高に良いわ。一人の女性を……あなた達が徹底的に喜ばせてあげるのでしょう?燃えるわね。私はそういう状況を見るのが好きで問い合わせをしたのだけれども、返事がなかったから直接来てみたの。
私の提案を検討してくれていたということかしら?そうね。護衛の騎士達にもここには近づかないように命じた方がいい?」
正規の訓練をつんだ騎士が近くにいることを知り、ぎょっとした男達は、どうするのかとルータスに視線を向ける。
ナリアはさりげなく、その様子を観察し、ルータスが首謀者なのだと考えた。
優雅にドレスの縁をつまむと、部屋に入って椅子を待った。
ペイジーがやってきて椅子を後ろに置く。
すぐにナリアが告げた。
「護衛の男達にここには近づかないように言ってちょうだい。私達、少しの間楽しみたいの。その……わかるでしょう?いつもしている感じのことよ」
変態貴族たちが集まる場所だと噂を聞いているルータス達は、この女もその変態の一人に違いないと考えた。
ただの遊びだと言ってアロナを連れて逃げてしまうか、あるいは貴族女も辱め、その口を塞いでしまうかどちらもまだ選択できる状態だ。しかしアロナを殺してしまえば言い訳もできなくなる。
ペイジーは助けを呼びに行けと言われているのだと察したが躊躇った。
主人を一人にして、自分だけが逃げることは出来ない。
「で、でも……姫様を一人には出来ません。他の侍女たちが来るまでここにいなくては……。それに、騎士達もご主人様に護衛を任されている以上、私が断っても一人か、二人ぐらいはここに来たがるでしょうし……」
状況を偽る会話が続くことにルータスは苛立った。騎士達がいるのであれば、彼らが来る前に優位な立場に立てるようにしておかなければならない。そのためには貴族女を人質に取る必要がある。
となれば、犯罪者になってしまうが、二人を無理やり捕まえ、部屋に連れ込んで犯してしまえば口を封じてしまえるのではないかと考えた。何をされたか貴族が話せるわけがない。
短絡的で頭の悪いルータスは、自分の考えに満足し、素早く寝台を下りた。
ナリアはルータス達の存在に動揺していないふりをして、後ろに下がって他にも召使がいるかのように廊下に顔を出した。
その瞬間、ルータスの腕がペイジーを捕まえ、それから壁沿いにこっそり扉に近づいていた仲間達がナリアの体を持ち上げようとした。
「なっ!何をするのです!」
大声を上げるナリアを部屋に引き込み、もう一人の仲間が扉を閉めた。
「全員殺そう!」
物騒な発言があがった直後、何かが砕ける大きな音と共に、ガラスの破片が部屋に飛び込んできた。
同時に強い風が室内に吹き込んだ。
大きくカーテンが翻り、砕けた窓から大きな人影が飛び込んできた。
そちらに目を向けたルータスが、即座に叫んだ。
「相手は一人だ!」
大きくてもその影は一つに見えた。
恐怖に駆られ、身構えた悪党達は一気にやる気になった。
入ってきた人物目掛け、剣を振り上げ襲い掛かる。
と、その時、今度は反対側のバルコニーからガラス窓の割れる音が鳴り響く。
さすがにぎょっとして、前に警戒しながら悪党達が振り返る。
同じようにカーテンの陰から人影が飛び出した。
破壊され、飛び散ったガラスの破片を頑丈なブーツで乗り越え風のように迫ってくる。
それは二人だった。
アロナは飛び込んできた男達の顔を見て、安堵の表情になった。
最初に飛び込んできたのはナリアの護衛のジーンで、反対側の窓を破って入ってきたのはドルバインとカインだった。
ナリアも彼らの登場で落ち着きを取り戻し、さっさと壁際に逃げた。
侍女のペイジーがナリアを守ろうと、その前に立ちはだかる。
ルータスと悪党たちは女を人質にしようと動いたが、入ってきた男達がすかさずその間に割り込んだ。
あっという間に数人が殺され、悪人たちは追い詰められた。
ルータスはアロナに剣を突きつけようとしたが、カインが飛び出し、ルータスを突き飛ばした。
起き上がろうとしたルータスの肩をドルバインが簡単に剣で刺し貫いた。
「ぎゃあああああっ」
情けない男の悲鳴が外に聞こえるほどの音量で響き渡った。
たった数秒の間に、室内は血に染まり、傷を負った悪党達が痛みに呻いて床に転がっていた。
それを見回し、ジーンとドルバインは剣を収めた。
カインがドルバインに命じられ、負傷して転がっている悪党達をロープで縛っていく。
ドルバインが寝台に縛られているアロナに近づき、その縄を解いた。
「ドルバイン様!」
口に詰められていた布を吐きだし、アロナはドルバインに抱き着いた。
その細い肩を抱きしめ、ドルバインはアロナの頭に唇を押し付ける。
「アロナ、大変な目にあったな。大丈夫だったか?」
悪党全員を縛り上げたカインも、アロナに駆け寄る。
「アロナ、怪我はないか?」
アロナは顔を上げ、今度はカインに抱き着いた。
夫の胸に戻ったアロナに、ドルバインは気を悪くした様子もなく立ち上がり、肩の痛みにわめき続けるルータスに近づいた。
「さて、いろいろ事情を聞かないといけないわけだが……」
「ドルバイン様、彼はこの間、村で私を襲おうとした村長の息子です。炎虫を農地にまいて、その罪をドルバイン様に着せようとここに忍び込んできたのです!」
すかさずアロナが叫んだ。
とんでもない悪党だとアロナは憤慨しながら叫んだが、ドルバインは相変わらずの無表情で、落ち着いた物腰で剣をおさめた。
「事件の一つは解決しそうだな。しかしまぁ、頭の悪い犯罪だな。しかも貴族屋敷に忍び込むとは。これが村長の息子では我が領地の未来が心配だ」
動じた様子もないドルバインの声音に、アロナの興奮は少しだけ落ち着いた。
のろしという古典的な連絡手段で、ドルバインを呼び戻したジーンが、血まみれの部屋をもう危険なものはないかと見て回っている。その表情にも動揺はない。
戦う訓練を積んだ男達にはたいしたことのない事件だったが、そうしたことに慣れていない女性達には大変な事件だった。
カインが別の部屋を用意し、女性達をそこで休ませると、諸々の手続きのため男達は忙しそうに動き出した。
カインが町の兵士達を呼びに行き、ナリアの護衛騎士は屋敷内を用心深く点検する。
ドルバインはさっそく悪党たちの取り調べを始め、領主に知らせるための書類を作り始めた。
その際、アロナはいろいろと事情を聞かれることになり、ドルバインは尋問の片手間に、見慣れない赤い虫が入ったかごなどの証拠にきっちり札を付けた。
「ダーナス様に知らせにいかなければならない。アロナ、今夜は傍にいられないが、大丈夫か?」
忙しそうなドルバインに、アロナははっきりと頷いた。
「大丈夫です。お客様のおもてなしに関しては任せてください」
頼もしいアロナの言葉にドルバインは頷き、その唇を奪うと、カインが呼んできた兵士達と共に悪党たちを馬車に詰め込み出発した。
入れ違いに、町に買出しに出ていたナリアの二人の侍女と護衛騎士のドムが戻ってきた。
彼らはすぐに情報交換を行った。
ドルバインを見送ったカインとアロナは、厨房で夕食作りに取り掛かっていた。
ちょっと恐ろしい目にはあったが、屋敷の管理人としての仕事は待ってくれない。
カインはアロナを休ませたがったが、アロナは自分がナリアの部屋に食事を届けると言って、お盆を持って客間に向かった。
扉の前には護衛のジーンが立っていた。
室内にアロナが来たことを告げる。
「入っていいわ」
ナリアの返事を受け、ジーンが扉を開けた。
室内には、侍女たちの手により、食事のためのテーブルが中央に用意されていた。
入浴を済ませたらしいナリアは、暖炉の前のソファに座り、濡れた髪を侍女に拭かせていた。
「お食事をお持ちしました」
アロナはお盆をテーブルに置き、まだ温かなお皿を並べていく。
その様子をナリアはじっと眺めていた。
食事の用意が整うと、アロナはナリアに向かって頭を下げた。
「ナリア様、助けてくださりありがとうござました。その、私を見捨てて逃げることも可能だったとわかっています。あそこでルータス達と会話をして下さったおかげで、時間が稼げて私も殺されずに済んだのだと思います。
平民の私を見捨てないでくださったこと、本当に感謝しております」
ナリアは複雑な表情だった。
「私のためにしたことよ。うまく時間が稼げて良かったわ……。その……ドルバイン様が間に合って良かった。アロナ、あなたも勇敢だったわ」
顔を赤くし、アロナはもう一度深くお辞儀をすると、お盆を持って部屋を出た。
その日はそれ以上のことは何も起こらなかった。
いつものように、カインとアロナは屋敷の管理人に相応しい仕事をし、ナリアたちも大人しく客間で過ごした。
ドルバインは夜中になっても戻ってこなかった。
お風呂を終え、寝支度を整えたアロナとカインは、従業員用の寝室に戻り、二人で抱き合って寝台に横になった。
アロナを抱きしめ、カインはその背中を優しく撫でた。
「売られた女の子たちが戻ってくるといいけど……」
ルータスは欲しい女性を抱くために、その家の農地を駄目にして、女が身売りしなければならない状況に追い込んでいたのだ。
冬の間の限定的な娼婦ではなく、借金がかさみ、戻ってこられなくなった女性達だっていたはずだ。もしかしたら娘を売った家もあったかもしれない。
「そうだね、ドルバイン様のことだから、きっとうまく取り計らってくださるさ。でも村長さんはどうなるのかな……」
二人が知る限り、村長は公平な人間であり、村の運営に関して苦情が出たことはない。ただ、跡継ぎに関してだけ、皆は不安に思っていた。
「ルータスはもう良い大人よ?村長さんが責任を取るなんてことにはならないと思うけど……」
とはいえ、息子の教育を間違えた村長を、恨む人だっているだろう。
次男がまともな人間だったかどうか、二人は覚えていなかった。
「村を大切に思ってくれる人が村長になってくれたらうれしいけど」
それは理想だが、現実はなかなかうまくいかないものだ。
二人はなんとなく口を閉ざし、抱きあったまま眠りについた。
ドルバインは朝方近くに帰宅した。
ジーンが厩舎に馬を片付けに行くと、ナリアは侍女のペイジーと一緒に玄関に入った。
「おかしいわね……」
ナリアはひっそり呟いた。
いつもきれいに掃除がされているはずの玄関広間は泥だらけで、足跡がたくさん残っていた。
アロナがいればこれを放置しておくわけがない。
貴族令嬢であるナリアは、守られていることが当然であり、危機感を抱くことなく階段に足をかけた。
ところが、外にいた護衛のジーンはそうではなかった。
厩舎に入った途端に、その異変に気が付いた。
足跡がそこに滞在していた人数よりも多く、さらに、泥だらけの地面には、誰かが慌てて外に飛び出し、足で蹴ったような深くえぐれた部分があった。
よくしつけられた召使しかいないのに、扉が開けっぱなしだったことも引っかかった。
もし賊がいるならばとジーンは考え、周囲の様子からその人数と戦力を計算した。
守らなければならないナリアと侍女のペイジー、それからアロナがいるとすれば、三人を一人で守り、複数の男達を相手に戦わなければならない。
護衛として訓練を受けているジーンは、この不利な状況をどう好転させるべきか、素早く考え始めた。
ナリアはまだ何も気づかず、泥だらけの足跡を追いかけていた。
女主人の後を無心について歩いていたペイジーが、ようやく何かおかしいと気が付いた。
人の姿はないのに、別荘内には、いつもの静けさがなかった。
無人の屋敷内であれば、もっと違う感じがするはずだ。
ドルバインもアロナも全てをきちんとあるべき場所に片付けることが好きであり、汚れ物を放置しておくようなことはしない。
絨毯の染みや落ちている泥だけではなく、手すりについた汚れも気になった。
「ナリア様……」
ペイジーが警告しようとした時、ナリアは奥の扉に手をかけていた。
「ま、待ってください!」
ペイジーの声は間に合わなかった。
ナリアはドアノブを回し、扉を大きく開けた。
カーテンの開いた明るい室内には隠れる場所は一つもなく、突然中央の寝台とそれを囲む男達の姿が目の前に現れた。
寝台の上には、アロナが両手両足を広げた状態で縛られている。
一瞬、時間が止まったようにその場にいる全員が固まった。
ルータスはアロナの服を切り裂いている途中であり、アロナの口は布で塞がれていた。
「んんんっ!」
アロナは逃げて下さいと叫んだが、言葉は出なかった。
ナリアはかろうじて悲鳴を飲み込んだ。
貴族らしく、高慢な目つきで、屋敷に押し入っている男たちをねめつけた。
「あら……お客様がいらしていたとは知らなかったわ。でも……面白い遊びをしているのね。私の屋敷でもたびたびこういうことをしているわ。時期を間違えてしまったと思ったけど……まだ行われていたなんて幸運ね。このお屋敷での決まりはよくわかっていないのだけど、見学は許されているのかしら?主催者は誰?」
まるで、この屋敷に初めて遊びに来た客であるかのようにナリアは振る舞い、震えているペイジーに高飛車に椅子を持ってくるように命じた。
「私も見学するから、隣の部屋から椅子を運んできてちょうだい。あと、温かいお茶も忘れないで。見学はいいのでしょう?どうなの?」
突然現れた高貴な女性達の姿に、ルータス達はどうするべきかと戸惑ったが、女が二人増えただけだとも考えた。
「今はまだ打ち合わせの段階で、本番ではないのです。もちろん、見学は出来ますが、扉を閉めて鍵をかけてくださいませんか?他の人に見られては大変ですから。どうか声は出さないようにしてください」
ルータスが仲間達に目配せし、その合図を受け、二人の男がゆっくり扉に近づいた。
さりげなく廊下に顔を出し、ナリアとペイジーの二人しかいないことを確認する。
「ちょうど出し者の練習をするところでした。どういった趣向のものがお望みですか?」
「そうね……この状況は最高に良いわ。一人の女性を……あなた達が徹底的に喜ばせてあげるのでしょう?燃えるわね。私はそういう状況を見るのが好きで問い合わせをしたのだけれども、返事がなかったから直接来てみたの。
私の提案を検討してくれていたということかしら?そうね。護衛の騎士達にもここには近づかないように命じた方がいい?」
正規の訓練をつんだ騎士が近くにいることを知り、ぎょっとした男達は、どうするのかとルータスに視線を向ける。
ナリアはさりげなく、その様子を観察し、ルータスが首謀者なのだと考えた。
優雅にドレスの縁をつまむと、部屋に入って椅子を待った。
ペイジーがやってきて椅子を後ろに置く。
すぐにナリアが告げた。
「護衛の男達にここには近づかないように言ってちょうだい。私達、少しの間楽しみたいの。その……わかるでしょう?いつもしている感じのことよ」
変態貴族たちが集まる場所だと噂を聞いているルータス達は、この女もその変態の一人に違いないと考えた。
ただの遊びだと言ってアロナを連れて逃げてしまうか、あるいは貴族女も辱め、その口を塞いでしまうかどちらもまだ選択できる状態だ。しかしアロナを殺してしまえば言い訳もできなくなる。
ペイジーは助けを呼びに行けと言われているのだと察したが躊躇った。
主人を一人にして、自分だけが逃げることは出来ない。
「で、でも……姫様を一人には出来ません。他の侍女たちが来るまでここにいなくては……。それに、騎士達もご主人様に護衛を任されている以上、私が断っても一人か、二人ぐらいはここに来たがるでしょうし……」
状況を偽る会話が続くことにルータスは苛立った。騎士達がいるのであれば、彼らが来る前に優位な立場に立てるようにしておかなければならない。そのためには貴族女を人質に取る必要がある。
となれば、犯罪者になってしまうが、二人を無理やり捕まえ、部屋に連れ込んで犯してしまえば口を封じてしまえるのではないかと考えた。何をされたか貴族が話せるわけがない。
短絡的で頭の悪いルータスは、自分の考えに満足し、素早く寝台を下りた。
ナリアはルータス達の存在に動揺していないふりをして、後ろに下がって他にも召使がいるかのように廊下に顔を出した。
その瞬間、ルータスの腕がペイジーを捕まえ、それから壁沿いにこっそり扉に近づいていた仲間達がナリアの体を持ち上げようとした。
「なっ!何をするのです!」
大声を上げるナリアを部屋に引き込み、もう一人の仲間が扉を閉めた。
「全員殺そう!」
物騒な発言があがった直後、何かが砕ける大きな音と共に、ガラスの破片が部屋に飛び込んできた。
同時に強い風が室内に吹き込んだ。
大きくカーテンが翻り、砕けた窓から大きな人影が飛び込んできた。
そちらに目を向けたルータスが、即座に叫んだ。
「相手は一人だ!」
大きくてもその影は一つに見えた。
恐怖に駆られ、身構えた悪党達は一気にやる気になった。
入ってきた人物目掛け、剣を振り上げ襲い掛かる。
と、その時、今度は反対側のバルコニーからガラス窓の割れる音が鳴り響く。
さすがにぎょっとして、前に警戒しながら悪党達が振り返る。
同じようにカーテンの陰から人影が飛び出した。
破壊され、飛び散ったガラスの破片を頑丈なブーツで乗り越え風のように迫ってくる。
それは二人だった。
アロナは飛び込んできた男達の顔を見て、安堵の表情になった。
最初に飛び込んできたのはナリアの護衛のジーンで、反対側の窓を破って入ってきたのはドルバインとカインだった。
ナリアも彼らの登場で落ち着きを取り戻し、さっさと壁際に逃げた。
侍女のペイジーがナリアを守ろうと、その前に立ちはだかる。
ルータスと悪党たちは女を人質にしようと動いたが、入ってきた男達がすかさずその間に割り込んだ。
あっという間に数人が殺され、悪人たちは追い詰められた。
ルータスはアロナに剣を突きつけようとしたが、カインが飛び出し、ルータスを突き飛ばした。
起き上がろうとしたルータスの肩をドルバインが簡単に剣で刺し貫いた。
「ぎゃあああああっ」
情けない男の悲鳴が外に聞こえるほどの音量で響き渡った。
たった数秒の間に、室内は血に染まり、傷を負った悪党達が痛みに呻いて床に転がっていた。
それを見回し、ジーンとドルバインは剣を収めた。
カインがドルバインに命じられ、負傷して転がっている悪党達をロープで縛っていく。
ドルバインが寝台に縛られているアロナに近づき、その縄を解いた。
「ドルバイン様!」
口に詰められていた布を吐きだし、アロナはドルバインに抱き着いた。
その細い肩を抱きしめ、ドルバインはアロナの頭に唇を押し付ける。
「アロナ、大変な目にあったな。大丈夫だったか?」
悪党全員を縛り上げたカインも、アロナに駆け寄る。
「アロナ、怪我はないか?」
アロナは顔を上げ、今度はカインに抱き着いた。
夫の胸に戻ったアロナに、ドルバインは気を悪くした様子もなく立ち上がり、肩の痛みにわめき続けるルータスに近づいた。
「さて、いろいろ事情を聞かないといけないわけだが……」
「ドルバイン様、彼はこの間、村で私を襲おうとした村長の息子です。炎虫を農地にまいて、その罪をドルバイン様に着せようとここに忍び込んできたのです!」
すかさずアロナが叫んだ。
とんでもない悪党だとアロナは憤慨しながら叫んだが、ドルバインは相変わらずの無表情で、落ち着いた物腰で剣をおさめた。
「事件の一つは解決しそうだな。しかしまぁ、頭の悪い犯罪だな。しかも貴族屋敷に忍び込むとは。これが村長の息子では我が領地の未来が心配だ」
動じた様子もないドルバインの声音に、アロナの興奮は少しだけ落ち着いた。
のろしという古典的な連絡手段で、ドルバインを呼び戻したジーンが、血まみれの部屋をもう危険なものはないかと見て回っている。その表情にも動揺はない。
戦う訓練を積んだ男達にはたいしたことのない事件だったが、そうしたことに慣れていない女性達には大変な事件だった。
カインが別の部屋を用意し、女性達をそこで休ませると、諸々の手続きのため男達は忙しそうに動き出した。
カインが町の兵士達を呼びに行き、ナリアの護衛騎士は屋敷内を用心深く点検する。
ドルバインはさっそく悪党たちの取り調べを始め、領主に知らせるための書類を作り始めた。
その際、アロナはいろいろと事情を聞かれることになり、ドルバインは尋問の片手間に、見慣れない赤い虫が入ったかごなどの証拠にきっちり札を付けた。
「ダーナス様に知らせにいかなければならない。アロナ、今夜は傍にいられないが、大丈夫か?」
忙しそうなドルバインに、アロナははっきりと頷いた。
「大丈夫です。お客様のおもてなしに関しては任せてください」
頼もしいアロナの言葉にドルバインは頷き、その唇を奪うと、カインが呼んできた兵士達と共に悪党たちを馬車に詰め込み出発した。
入れ違いに、町に買出しに出ていたナリアの二人の侍女と護衛騎士のドムが戻ってきた。
彼らはすぐに情報交換を行った。
ドルバインを見送ったカインとアロナは、厨房で夕食作りに取り掛かっていた。
ちょっと恐ろしい目にはあったが、屋敷の管理人としての仕事は待ってくれない。
カインはアロナを休ませたがったが、アロナは自分がナリアの部屋に食事を届けると言って、お盆を持って客間に向かった。
扉の前には護衛のジーンが立っていた。
室内にアロナが来たことを告げる。
「入っていいわ」
ナリアの返事を受け、ジーンが扉を開けた。
室内には、侍女たちの手により、食事のためのテーブルが中央に用意されていた。
入浴を済ませたらしいナリアは、暖炉の前のソファに座り、濡れた髪を侍女に拭かせていた。
「お食事をお持ちしました」
アロナはお盆をテーブルに置き、まだ温かなお皿を並べていく。
その様子をナリアはじっと眺めていた。
食事の用意が整うと、アロナはナリアに向かって頭を下げた。
「ナリア様、助けてくださりありがとうござました。その、私を見捨てて逃げることも可能だったとわかっています。あそこでルータス達と会話をして下さったおかげで、時間が稼げて私も殺されずに済んだのだと思います。
平民の私を見捨てないでくださったこと、本当に感謝しております」
ナリアは複雑な表情だった。
「私のためにしたことよ。うまく時間が稼げて良かったわ……。その……ドルバイン様が間に合って良かった。アロナ、あなたも勇敢だったわ」
顔を赤くし、アロナはもう一度深くお辞儀をすると、お盆を持って部屋を出た。
その日はそれ以上のことは何も起こらなかった。
いつものように、カインとアロナは屋敷の管理人に相応しい仕事をし、ナリアたちも大人しく客間で過ごした。
ドルバインは夜中になっても戻ってこなかった。
お風呂を終え、寝支度を整えたアロナとカインは、従業員用の寝室に戻り、二人で抱き合って寝台に横になった。
アロナを抱きしめ、カインはその背中を優しく撫でた。
「売られた女の子たちが戻ってくるといいけど……」
ルータスは欲しい女性を抱くために、その家の農地を駄目にして、女が身売りしなければならない状況に追い込んでいたのだ。
冬の間の限定的な娼婦ではなく、借金がかさみ、戻ってこられなくなった女性達だっていたはずだ。もしかしたら娘を売った家もあったかもしれない。
「そうだね、ドルバイン様のことだから、きっとうまく取り計らってくださるさ。でも村長さんはどうなるのかな……」
二人が知る限り、村長は公平な人間であり、村の運営に関して苦情が出たことはない。ただ、跡継ぎに関してだけ、皆は不安に思っていた。
「ルータスはもう良い大人よ?村長さんが責任を取るなんてことにはならないと思うけど……」
とはいえ、息子の教育を間違えた村長を、恨む人だっているだろう。
次男がまともな人間だったかどうか、二人は覚えていなかった。
「村を大切に思ってくれる人が村長になってくれたらうれしいけど」
それは理想だが、現実はなかなかうまくいかないものだ。
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