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25.戻ってきた男
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笛のような風の音を聞きながら、アロナはカインの胸の中で目を閉じていた。
夜になり、寝支度を終えてベッドに入ったばかりだった。
カインはアロナを抱きしめ、その髪に鼻を埋め、優しく頭を撫でていた。
うつらうつらとしてきたところで、扉が叩かれる音がした。
はっとして体を起こそうとしたアロナを押さえ、カインが囁いた。
「俺が出る。用心して着替えていてくれ」
上着をとりあげ、玄関に向かうカインを見送り、アロナも急いで薄手のドレスを脱いで、外行きの服に着替える。
すぐに玄関から扉が開く音がして、男達の話し声が聞こえてきた。
どこか聞き覚えのある低い声音に、アロナは寝室を飛び出した。
カインが扉から離れ、外にいた人物が中に入ってくる。
禿げあがった頭に、長い側面の髪、顔の半分を覆っている分厚い髭、それからずんぐりとした大きな体。
無愛想な強面が、アロナを振り返る。
「ドルバイン様!」
喜びの声を上げ、アロナはドルバインに駆け寄った。
抱き着こうとして、直前でその足を止める。
ドルバインの強引な手がアロナの腰を抱き寄せた。
「あっ!ドルバイン様!」
微かに身じろぎ、アロナは体を離そうとした。
ドルバインはアロナの抵抗を感じると、すぐに手を放した。
気を悪くした様子もなく、ドルバインはカインの方を向いた。
「カイン」
「は、はい!」
あらたまったドルバインの口調に、カインが少し緊張した声で答える。
ドルバインは、カインの前に片膝をつき、頭を下げた。
「俺の不始末のせいで、辛い思いをさせた。申し訳なかった」
「な、何をドルバイン様!頭を上げてください!」
二人は驚き、床に並んで座った。
「ナリアの件は全て俺の責任だ。彼女の夫のことを俺は甘く考えていた。お前達を守り切れなかったことを不甲斐なく感じている。お前達が奪われたものを俺は軽く考えてはいない。
貴族であれ、平民であれ、同じ人として敬意をもって接するべきだ。カインが受けた仕打ちは、非人道的なものだった。主人として、俺がとり返せたものはこのぐらいだ」
ドルバインは懐から重そうな袋を取り出し、カインの手を引き寄せ、強引にその袋を押し付けた。
「これが貴族であればもっと重い罪になったかもしれないが、これが精いっぱいだった」
ずっしりとしたその感触に、カインは驚いて袋を開けた。
中を覗き込んだアロナも息を飲み、それから感嘆の声をあげた。
「すごい大金!」
「俺の召使を不当に傷つけたことに対する弁済を求めた。平民は物扱いになってしまう。貴族であればまた違う判決が出るところだが、これが精いっぱいだった。すまない」
「い、いえ……十分です……」
もう一生遊んでくらしていけるだけあるのではないかと思うような大金が入っていた。
ドルバインはアロナの方にも体を向けた。
「アロナ、お前にも世話になった。いつもの思い付きで衝動的に動いたのだと思うが、結果的に俺達は無事に戻って来られた。が……」
その後の膨大な後始末のことを考え、ドルバインは困ったように小さく息を吐きだした。
「もう少し考えてから行動してもらえると助かる。いろいろと面倒な仕事が増えて、中央もここも大変な騒ぎだ」
アロナはむっとしたように下唇を突き出した。
「後のことなんて考えている余裕はありませんでした。他に名案があったというのなら教えてくださるべきでしたね」
またもや、思ったことをすらすら口に出してしまうアロナに、カインははらはらした様子でその腕を掴んだ。
「アロナ、お茶を入れよう」
アロナを台所に行かせ、カインはドルバインより低く頭を下げた。
「ドルバイン様、俺なんかのために、こんな大金をありがとうございます。俺はドルバイン様のせいだとか思っていません。何も役に立てない自分を呪いましたが、アロナの愛が俺を支えていました。俺達は、簡単に消されてしまう命だとわかっています。
そんな俺達をいつも大切にしてくださるドルバイン様には感謝しかありません。
でも、こんな大金……本当にいいのでしょうか?」
「お前が体で稼いだ金だと思えば少ないだろう。お前は俺よりも勇敢な男だ。いつもながら、お前達の勇気とその逞しさに俺の方が尻を叩かれているように感じる。
アロナが証言台の上によじ登った時には、いろいろなことを覚悟した。
お前だけは助けられないだろうかと考えていたが、まさか身分も力もない人々に逆に助けられるとは思わなかった。俺は一生この土地に尽くして生きなければならないだろうな」
「ドルバイン様のおかげで、この村は救われました。壁や門、検問所の建設で付近の村の人達も仕事が出来て喜んでいます」
寝取り寝取られ村の実現のため、ドルバインが動き出したとわかり、この件に関わった全ての人が心から安堵したのだ。そのための工事にも大勢の人が駆け付けた。
「自警団のための訓練所も作る予定だ。いろいろ物騒になるかもしれない。治安の向上のため打てるだけの手を打つ。領民を守るのが俺の仕事だ」
相変らず感情の読めない表情だったが、その鋭い目には誠実な光が宿っている。
カインは心からの尊敬を込めて、ドルバインに頭を下げ、お金の袋を胸に抱きしめた。
「座ってください!お茶が湧きましたよ!」
アロナの明るい声がして、二人は立ち上がると食堂に向かった。
全員が席につくと、ドルバインは今後のことについて二人に軽く話しをした。
正式にこの村が寝取り寝取られ村として登録されたことや、特別な法律と細かい決まりが出来たことなど少し難しい話もあったが、二人は黙って聞いていた。
一旦話を止め、ドルバインがカップを持ち上げお茶を飲む。
すかさず、アロナが質問を繰り出した。
「特別法令地区の中でなら、不貞行為は違法ではないということですか?」
「そこには細かい決まりがある。誰かを傷つけるようなことがあってはいけないからだ。決まりを破れば罰金が課されることになる。もちろん、内容が酷ければそれ以上の重い罪を受ける場合もある」
「その決まりは覚え切れるでしょうか?」
不安そうな二人の顔を見返し、ドルバインは、大丈夫だと頷いた。
「基本的に冬に行われる会の延長と思ってくれて構わない。主催者が法であってもいいと思っている。もちろん、信頼できる人物でなければならないが、村長、あるいはお前達が管理し、決定権を持つ者としても良い。
しかし全ての責任は俺とダーナス様が背負うことになる。領内のことだからな」
難しい顔をした二人を見て、ドルバインはふっと笑みを浮かべた。
感情を滅多に見せないドルバインのそんな顔を正面に見て、アロナとカインが目を丸くする。
「新たな村を建設している。試験的なものだが、特殊な性癖を持つ者達のための居場所になる予定だ。出来る限り、お前達が変わらぬ日常を送れるよう俺が考える。だから何も心配することはない」
ドルバインは二人の安堵した表情を見ると、椅子を立ってアロナの腕を掴もうとした。
その瞬間、アロナが咄嗟に椅子を引いて逃げた。
すぐにドルバインも手を引っ込める。
カインがはっとしてアロナを見た。
「ドルバイン様、あの……もう、私は夫以外の人とはそうした関係にはなりません」
カインは驚いたが、すぐに数か月前に、アロナを誰にも抱かせたくないと言ったことを思い出した。酷い拷問を受け、心をずたずたに切り裂かれたカインは、アロナを抱き続け、もう一秒もアロナを誰にも奪われたくないと思ったのだ。
その時は本気で思ったし、寝取られることを楽しむ余裕は全くなかった。
今はどうなのか、カインは急いで考えた。
ドルバインを拒むアロナの断固とした声は、思いがけずカインの胸に痛みをもたらした。
夫のため大好きなドルバインのことをきっぱり拒絶したのだとわかっていたが、カイン自身がドルバインを拒むアロナの姿に残念だと感じている。
アロナの本心はどうなのか、カインはアロナの強張った表情を横に見た。
あれもこれも、捨てられず、富や名誉、愛人、家族、全てを抱えて都合よく生きようとする人もいるが、アロナは一番大切なものを見失わない。
ドルバインはその揺るがない眼差しを受けて、表情も変えず頷いた。
「そうか、そうだな」
ドルバインはくるりと背を向け扉に向かう。
アロナは見送りに行かず、その場を動かなかった。
扉が閉まる寸前、カインが動いた。
「ま、待ってください!」
扉を押し開け、カインは外に出たドルバインを追いかけた。
ドルバインは振り返らなかった。
常に自分を厳しく律してきたこの男は、今、最大の試練に直面していた。
長年自身の欲望を封印してきたドルバインは、感情を殺すことにも長けている。
しかし、そう簡単に出来ることではなかった。
表情にその感情を出さないよう、相当な精神力を持って耐えている場合もある。
裁判会場で証言台から下りたアロナが、カインを連れてドルバインの横を通った時、ドルバインを見上げたアロナの視線には気づいていた。
顔を合わせなかったのは、アロナの眼差しを受けたら、抱きしめずにはいられなくなるとわかっていたからだ。
鋼の精神で、アロナに触れたい気持ちに耐えた。
アロナはもう、人妻だから寝取りたいと、単純に思えるような存在ではなかった。
ドルバインにとって、恐らく最後の恋であり、自分のものにならない最愛の人妻だった。
そんなアロナに拒絶されたドルバインは、どうしても一人にならなければならなかった。
常にどっしりと構え、人に不安を与えるような行動をしないように心掛けてきた。
守るべきものがある以上、自身の弱さは出してはいけないと自分を厳しく制御してきたのだ。
カインの腕を振りほどこうとした時、カインが後ろに向かって叫んだ。
「アロナ!違うんだ!戻ってきた!」
「何が?」
愛しいアロナの声が後ろで響く。もう触れられない最愛の女性。
ドルバインはカインの手を今度こそ振りほどいた。
「カイン、どうしたの?」
アロナの声。
「ドルバイン様を引き止めてくれ!」
カインの声がして、軽い足音が近づいてくる。ドルバインは足早に前に進む。
走れば良い。追いつけないほど走るべきだと思いながら、そんなことすら出来ない。
動揺を見せるような行動すら、ドルバインは誰にも見せたくなかった。
胸に込み上げるものを堪え、いつも通りの歩調で遠ざかるドルバインに、アロナは追いつきその腕を捕まえた。
その懐かしい感触に、ドルバインは足を止めた。
幸いなことに夜であり、星空すら遠く周囲は真っ暗だった。
闇の中で、ドルバインはアロナの頭がある方に視線を向けた。
姿を見ることも目を合わせることも出来ないが、その姿を少しでも感じ取ろうとじっと、闇の中を見つめる。
カインが後ろから追いついてきた。
「アロナ、ありがとう。その……帰ってきた直後は、君を誰にも渡したくない気持ちが強すぎて、もう誰かに寝取られるような遊びは出来ないと思った。君を誰にも抱かせたくないと言った時は、それが俺の本心だった。
一秒も君から離れたくなくて、もうそれ以外何も考えられなかった。
だけど、今、ドルバイン様を見ていたら、なんだか、昔のその、君がドルバイン様としている姿を見ていた時の、痺れるような興奮が蘇ってきた
もう、こんなことは楽しめないと思っていたのに、俺の……俺の欲望が戻ってきた……。み、見てくれ!」
見てくれと言っても、夜であり、街灯もない家の庭先で何も見えない。
カインが手探りでアロナを見つけ、空いている手を取って自分の股間に押し付けた。
それはズボンの布越しに、確かに大きく膨らみ始めている。
「カイン……大きくなっているの?」
「戻ってきた……ようやく戻ってきた……俺が……」
男の尊厳と共に、生まれながらの性癖まで奪われ、男としての楽しみの全て殺されたとさえ思ったのに、アロナとの日々の暮らしの中で、少しずつ心と体を回復させ、カインはついに昔の自分を取り戻したのだ。
アロナの愛と献身のおかげだとカインは確信した。
「ど、ドルバイン様!」
暗闇の中で、カインが叫んだ。
幸い、隣人の家は遠く、灯りさえ見えない。
「どうか、また以前のように、そのアロナを抱いて頂けないでしょうか?その、アロナが嫌でなければ」
息をのむような音が聞こえ、アロナはぎゅっとドルバインを掴んでいた手に力を込めた。
「カイン、本当に?無理していない?あなたの心の回復が一番大切よ」
ドルバインの気配とアロナの声を感じ、カインはもう股間をいじり始めていた。
この二人が傍にいるだけで、心から安心することが出来る。
心配ごともなく、ただひたすらに、自身の欲を解放し快楽に浸ってしまえるのだ。
最愛の女性と、世界で一番頼れる男であるドルバインの傍で、カインは心からくつろいでいた。
「気持ちが悪いと感じられるかもしれません。ドルバイン様、心からお慕いしています」
闇の中にいる三人はお互いの姿を探り合いながら沈黙した。
やがて、小さな声が聞こえた。
「私も……。ドルバイン様をお慕いしております」
アロナの声だった。
鋼の精神で、ドルバインは焦ることなく静かに問いかけた。
「アロナ、良いのか?俺に抱かれても」
「はい」
カインとアロナが同時に答えた。
その瞬間、ドルバインは強くアロナを引き寄せ、その腕に抱き上げた。
夜になり、寝支度を終えてベッドに入ったばかりだった。
カインはアロナを抱きしめ、その髪に鼻を埋め、優しく頭を撫でていた。
うつらうつらとしてきたところで、扉が叩かれる音がした。
はっとして体を起こそうとしたアロナを押さえ、カインが囁いた。
「俺が出る。用心して着替えていてくれ」
上着をとりあげ、玄関に向かうカインを見送り、アロナも急いで薄手のドレスを脱いで、外行きの服に着替える。
すぐに玄関から扉が開く音がして、男達の話し声が聞こえてきた。
どこか聞き覚えのある低い声音に、アロナは寝室を飛び出した。
カインが扉から離れ、外にいた人物が中に入ってくる。
禿げあがった頭に、長い側面の髪、顔の半分を覆っている分厚い髭、それからずんぐりとした大きな体。
無愛想な強面が、アロナを振り返る。
「ドルバイン様!」
喜びの声を上げ、アロナはドルバインに駆け寄った。
抱き着こうとして、直前でその足を止める。
ドルバインの強引な手がアロナの腰を抱き寄せた。
「あっ!ドルバイン様!」
微かに身じろぎ、アロナは体を離そうとした。
ドルバインはアロナの抵抗を感じると、すぐに手を放した。
気を悪くした様子もなく、ドルバインはカインの方を向いた。
「カイン」
「は、はい!」
あらたまったドルバインの口調に、カインが少し緊張した声で答える。
ドルバインは、カインの前に片膝をつき、頭を下げた。
「俺の不始末のせいで、辛い思いをさせた。申し訳なかった」
「な、何をドルバイン様!頭を上げてください!」
二人は驚き、床に並んで座った。
「ナリアの件は全て俺の責任だ。彼女の夫のことを俺は甘く考えていた。お前達を守り切れなかったことを不甲斐なく感じている。お前達が奪われたものを俺は軽く考えてはいない。
貴族であれ、平民であれ、同じ人として敬意をもって接するべきだ。カインが受けた仕打ちは、非人道的なものだった。主人として、俺がとり返せたものはこのぐらいだ」
ドルバインは懐から重そうな袋を取り出し、カインの手を引き寄せ、強引にその袋を押し付けた。
「これが貴族であればもっと重い罪になったかもしれないが、これが精いっぱいだった」
ずっしりとしたその感触に、カインは驚いて袋を開けた。
中を覗き込んだアロナも息を飲み、それから感嘆の声をあげた。
「すごい大金!」
「俺の召使を不当に傷つけたことに対する弁済を求めた。平民は物扱いになってしまう。貴族であればまた違う判決が出るところだが、これが精いっぱいだった。すまない」
「い、いえ……十分です……」
もう一生遊んでくらしていけるだけあるのではないかと思うような大金が入っていた。
ドルバインはアロナの方にも体を向けた。
「アロナ、お前にも世話になった。いつもの思い付きで衝動的に動いたのだと思うが、結果的に俺達は無事に戻って来られた。が……」
その後の膨大な後始末のことを考え、ドルバインは困ったように小さく息を吐きだした。
「もう少し考えてから行動してもらえると助かる。いろいろと面倒な仕事が増えて、中央もここも大変な騒ぎだ」
アロナはむっとしたように下唇を突き出した。
「後のことなんて考えている余裕はありませんでした。他に名案があったというのなら教えてくださるべきでしたね」
またもや、思ったことをすらすら口に出してしまうアロナに、カインははらはらした様子でその腕を掴んだ。
「アロナ、お茶を入れよう」
アロナを台所に行かせ、カインはドルバインより低く頭を下げた。
「ドルバイン様、俺なんかのために、こんな大金をありがとうございます。俺はドルバイン様のせいだとか思っていません。何も役に立てない自分を呪いましたが、アロナの愛が俺を支えていました。俺達は、簡単に消されてしまう命だとわかっています。
そんな俺達をいつも大切にしてくださるドルバイン様には感謝しかありません。
でも、こんな大金……本当にいいのでしょうか?」
「お前が体で稼いだ金だと思えば少ないだろう。お前は俺よりも勇敢な男だ。いつもながら、お前達の勇気とその逞しさに俺の方が尻を叩かれているように感じる。
アロナが証言台の上によじ登った時には、いろいろなことを覚悟した。
お前だけは助けられないだろうかと考えていたが、まさか身分も力もない人々に逆に助けられるとは思わなかった。俺は一生この土地に尽くして生きなければならないだろうな」
「ドルバイン様のおかげで、この村は救われました。壁や門、検問所の建設で付近の村の人達も仕事が出来て喜んでいます」
寝取り寝取られ村の実現のため、ドルバインが動き出したとわかり、この件に関わった全ての人が心から安堵したのだ。そのための工事にも大勢の人が駆け付けた。
「自警団のための訓練所も作る予定だ。いろいろ物騒になるかもしれない。治安の向上のため打てるだけの手を打つ。領民を守るのが俺の仕事だ」
相変らず感情の読めない表情だったが、その鋭い目には誠実な光が宿っている。
カインは心からの尊敬を込めて、ドルバインに頭を下げ、お金の袋を胸に抱きしめた。
「座ってください!お茶が湧きましたよ!」
アロナの明るい声がして、二人は立ち上がると食堂に向かった。
全員が席につくと、ドルバインは今後のことについて二人に軽く話しをした。
正式にこの村が寝取り寝取られ村として登録されたことや、特別な法律と細かい決まりが出来たことなど少し難しい話もあったが、二人は黙って聞いていた。
一旦話を止め、ドルバインがカップを持ち上げお茶を飲む。
すかさず、アロナが質問を繰り出した。
「特別法令地区の中でなら、不貞行為は違法ではないということですか?」
「そこには細かい決まりがある。誰かを傷つけるようなことがあってはいけないからだ。決まりを破れば罰金が課されることになる。もちろん、内容が酷ければそれ以上の重い罪を受ける場合もある」
「その決まりは覚え切れるでしょうか?」
不安そうな二人の顔を見返し、ドルバインは、大丈夫だと頷いた。
「基本的に冬に行われる会の延長と思ってくれて構わない。主催者が法であってもいいと思っている。もちろん、信頼できる人物でなければならないが、村長、あるいはお前達が管理し、決定権を持つ者としても良い。
しかし全ての責任は俺とダーナス様が背負うことになる。領内のことだからな」
難しい顔をした二人を見て、ドルバインはふっと笑みを浮かべた。
感情を滅多に見せないドルバインのそんな顔を正面に見て、アロナとカインが目を丸くする。
「新たな村を建設している。試験的なものだが、特殊な性癖を持つ者達のための居場所になる予定だ。出来る限り、お前達が変わらぬ日常を送れるよう俺が考える。だから何も心配することはない」
ドルバインは二人の安堵した表情を見ると、椅子を立ってアロナの腕を掴もうとした。
その瞬間、アロナが咄嗟に椅子を引いて逃げた。
すぐにドルバインも手を引っ込める。
カインがはっとしてアロナを見た。
「ドルバイン様、あの……もう、私は夫以外の人とはそうした関係にはなりません」
カインは驚いたが、すぐに数か月前に、アロナを誰にも抱かせたくないと言ったことを思い出した。酷い拷問を受け、心をずたずたに切り裂かれたカインは、アロナを抱き続け、もう一秒もアロナを誰にも奪われたくないと思ったのだ。
その時は本気で思ったし、寝取られることを楽しむ余裕は全くなかった。
今はどうなのか、カインは急いで考えた。
ドルバインを拒むアロナの断固とした声は、思いがけずカインの胸に痛みをもたらした。
夫のため大好きなドルバインのことをきっぱり拒絶したのだとわかっていたが、カイン自身がドルバインを拒むアロナの姿に残念だと感じている。
アロナの本心はどうなのか、カインはアロナの強張った表情を横に見た。
あれもこれも、捨てられず、富や名誉、愛人、家族、全てを抱えて都合よく生きようとする人もいるが、アロナは一番大切なものを見失わない。
ドルバインはその揺るがない眼差しを受けて、表情も変えず頷いた。
「そうか、そうだな」
ドルバインはくるりと背を向け扉に向かう。
アロナは見送りに行かず、その場を動かなかった。
扉が閉まる寸前、カインが動いた。
「ま、待ってください!」
扉を押し開け、カインは外に出たドルバインを追いかけた。
ドルバインは振り返らなかった。
常に自分を厳しく律してきたこの男は、今、最大の試練に直面していた。
長年自身の欲望を封印してきたドルバインは、感情を殺すことにも長けている。
しかし、そう簡単に出来ることではなかった。
表情にその感情を出さないよう、相当な精神力を持って耐えている場合もある。
裁判会場で証言台から下りたアロナが、カインを連れてドルバインの横を通った時、ドルバインを見上げたアロナの視線には気づいていた。
顔を合わせなかったのは、アロナの眼差しを受けたら、抱きしめずにはいられなくなるとわかっていたからだ。
鋼の精神で、アロナに触れたい気持ちに耐えた。
アロナはもう、人妻だから寝取りたいと、単純に思えるような存在ではなかった。
ドルバインにとって、恐らく最後の恋であり、自分のものにならない最愛の人妻だった。
そんなアロナに拒絶されたドルバインは、どうしても一人にならなければならなかった。
常にどっしりと構え、人に不安を与えるような行動をしないように心掛けてきた。
守るべきものがある以上、自身の弱さは出してはいけないと自分を厳しく制御してきたのだ。
カインの腕を振りほどこうとした時、カインが後ろに向かって叫んだ。
「アロナ!違うんだ!戻ってきた!」
「何が?」
愛しいアロナの声が後ろで響く。もう触れられない最愛の女性。
ドルバインはカインの手を今度こそ振りほどいた。
「カイン、どうしたの?」
アロナの声。
「ドルバイン様を引き止めてくれ!」
カインの声がして、軽い足音が近づいてくる。ドルバインは足早に前に進む。
走れば良い。追いつけないほど走るべきだと思いながら、そんなことすら出来ない。
動揺を見せるような行動すら、ドルバインは誰にも見せたくなかった。
胸に込み上げるものを堪え、いつも通りの歩調で遠ざかるドルバインに、アロナは追いつきその腕を捕まえた。
その懐かしい感触に、ドルバインは足を止めた。
幸いなことに夜であり、星空すら遠く周囲は真っ暗だった。
闇の中で、ドルバインはアロナの頭がある方に視線を向けた。
姿を見ることも目を合わせることも出来ないが、その姿を少しでも感じ取ろうとじっと、闇の中を見つめる。
カインが後ろから追いついてきた。
「アロナ、ありがとう。その……帰ってきた直後は、君を誰にも渡したくない気持ちが強すぎて、もう誰かに寝取られるような遊びは出来ないと思った。君を誰にも抱かせたくないと言った時は、それが俺の本心だった。
一秒も君から離れたくなくて、もうそれ以外何も考えられなかった。
だけど、今、ドルバイン様を見ていたら、なんだか、昔のその、君がドルバイン様としている姿を見ていた時の、痺れるような興奮が蘇ってきた
もう、こんなことは楽しめないと思っていたのに、俺の……俺の欲望が戻ってきた……。み、見てくれ!」
見てくれと言っても、夜であり、街灯もない家の庭先で何も見えない。
カインが手探りでアロナを見つけ、空いている手を取って自分の股間に押し付けた。
それはズボンの布越しに、確かに大きく膨らみ始めている。
「カイン……大きくなっているの?」
「戻ってきた……ようやく戻ってきた……俺が……」
男の尊厳と共に、生まれながらの性癖まで奪われ、男としての楽しみの全て殺されたとさえ思ったのに、アロナとの日々の暮らしの中で、少しずつ心と体を回復させ、カインはついに昔の自分を取り戻したのだ。
アロナの愛と献身のおかげだとカインは確信した。
「ど、ドルバイン様!」
暗闇の中で、カインが叫んだ。
幸い、隣人の家は遠く、灯りさえ見えない。
「どうか、また以前のように、そのアロナを抱いて頂けないでしょうか?その、アロナが嫌でなければ」
息をのむような音が聞こえ、アロナはぎゅっとドルバインを掴んでいた手に力を込めた。
「カイン、本当に?無理していない?あなたの心の回復が一番大切よ」
ドルバインの気配とアロナの声を感じ、カインはもう股間をいじり始めていた。
この二人が傍にいるだけで、心から安心することが出来る。
心配ごともなく、ただひたすらに、自身の欲を解放し快楽に浸ってしまえるのだ。
最愛の女性と、世界で一番頼れる男であるドルバインの傍で、カインは心からくつろいでいた。
「気持ちが悪いと感じられるかもしれません。ドルバイン様、心からお慕いしています」
闇の中にいる三人はお互いの姿を探り合いながら沈黙した。
やがて、小さな声が聞こえた。
「私も……。ドルバイン様をお慕いしております」
アロナの声だった。
鋼の精神で、ドルバインは焦ることなく静かに問いかけた。
「アロナ、良いのか?俺に抱かれても」
「はい」
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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