静かなる戦い

丸井竹

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第三章 奪われた男

42.太古の道

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 アーダの森から走ってきたトーリ族の男達はドウェイン城のヴェリエの部屋にいた。
起こってしまった最悪の事態をエリオに知らせに来たのだ。

ニールが廊下に出ると、エリオが廊下の向こうから現れた。

「エリオ……」

自分より一回りも小さな外界の男に対し、ニールの声が緊張で震えた。
暗い炎を宿したエリオの目が全ての感情を飲み込み、その心さえも蝕んでいる。

「ヴェリエは一人前のトーリ族になった。灰色アイデンベアを一人で倒したが、相打ちだった」

ニールが差し出したのはエリオがヴェリエに渡した毒を仕込んだ筒状の武器だった。
エリオは黙ってそれを逆手に取り、ニールに突き出した。
トーリ族の男は咄嗟に後ろに飛んで逃げたが、その切っ先が肌を傷をつけた。

猛毒の傷を受け、ふらつき膝をついたニールにとどめをさそうとしたエリオは瞬時に狙いを変えた。
扉から飛び出してきた次のトーリ族の胸に槍を突きさしたのだ。

倒れたガイを踏みつけに、抜いた刀でさらに部屋から出てきたトーリ族に切りつけた。

ダインはその切っ先を素手でつかみ、その手からぼたぼたと血が滴った。
その後ろからオロが飛び出すとエリオは剣を返し、毒やりを突き出した。

眼球の前で止まったその凶器にオロは足を止め、その後ろのイダも動きを止めた。

「息があるうちに仲間を森に連れて帰るといい。そして警告しろ。ヴェリエを俺から奪ったことを後悔させてやる」

扉の隙間からイダは既に絶命したガイと、それから立てなくなっているダインとニールの姿を確認した。
それからオロに凶器を突きつけながら、わずかな震えもないエリオに目をやると、静かに息を飲んだ。
捨て身の覚悟を見てとり、これは戦えば無傷では済まないと気づいた。

「オロ、急ごう」

異様な汗をかき、死に瀕しているニールとダインを担ぎ上げるとトーリ族の二人は回廊を走り抜けた。
さすがに大男二人を背負って壁を伝って飛んで逃げるということはできなかった。

兵士たちはとっくにトーリ族の男達の出入りを黙認していたため、脱出していく彼らを追いかけようとする者はいなかった。

エリオはヴェリエの部屋に入った。
追い付いてきたレイドはトーリ族の死体を見て立ちすくんだ。

これからこの数百倍の戦士達が報復のために押し寄せてくるのだと、レイドは悟った。


 レイドはすぐにロナウスのもとに知らせに走った。

「報復は避けられないだろうな」

エリオがトーリ族の男を一人殺したと聞くと、ロナウスは静かに頷いた。

「ど、どうしたら……」

イーグは言葉を続けることができなかった。
敵がトーリ族では勝ち目はない。

「王都に使者を。領民を連れ城を捨てる。それから……ヴェリエを埋葬しなければならない……」

怒りも悲しみもなく、ただ滅ぼすと決めた男の執念は凄まじいものになるとロナウスは感じていた。
引き返す道はもうないのだ。

「人々を避難させるための準備に入れ」

愛した女を捨て、娘をも否定したロナウスにはこの地を預かる領主として生きる道しか残されていない。
毅然としたロナウスの言葉に部下達は走り出し、ロナウスは寝台に置かれたヴェリエの亡骸を抱き上げた。
血は清め、体を整え衣服は領主の娘に相応しいドレスに着替えさせていた。

「司祭を引っ張ってこい。中庭の庭園に彼女を埋める。急いで穴を掘らせろ」

ドウェイン城のただ一人の跡継ぎはまだ雪の積もる庭園の真ん中に埋められた。
掘り返した土はじゃりじゃりと氷が混じり、雪割り草の花すらない。

急いで運ばれてきた棺に寝かせられたヴェリエにローグが岩場で摘んできた紫の雪割草の花を入れた。エリオにも声をかけたが、エリオは姿を現さなかった。

「兵を残していかなくていいのでしょうか?本当にエリオ様をおひとりにされるおつもりですか?」

イーグの言葉にロナウスは冷徹な面を崩さなかった。

「私怨で兵士を失うわけにはいかない」

息子を持つ父の言葉ではなく、どこまでも非情な領主としての言葉だった。

ロナウスは人々を城から脱出させると、ヴェリエの墓の上に分厚いビロードの打掛を被せた。それはこの地を治めた歴代の領主たちに受け継がれてきた歴史的価値の高いものであったが、それを引き継げる子供はもうこの城にいなかった。

ロナウスは天上を見上げた。
ぽたりとロナウスの頬に雨粒があたった。

ロナウスはエリオという男についてもう一度思いをはせた。
最後に見たエリオは、死地に向かう武将のような壮絶な顔つきだった。死に場所を決めたのだとロナウスは思った。

城を速やかに出ると、雨が本格的に降り始めた。
ヴェリエのために涙を流すのは雨雲にまかせ、ロナウスは部下達を指揮し、王都に向けて出立した。


 エリオは自室から古の地図を回収し革袋に詰め込むと、裏庭を突っ切りゲール山を駆け上がった。
走って行くエリオの背中をレイドが見つけ追いかけた。

山肌を川のように水が流れて行く中、エリオは岩場の地面を掘り何かを探し始めた。

「エリオ、何を探している?」

レイドは勢いを増す雨を片腕で遮りながら叫んだ。

「石だ。炎竜が城の敷地に入らないようにヴェリエが埋めた。家畜を制御する念が込められた石がある」

「魔鉱石か」

だいたいの場所を教えられ、レイドも濡れた砂利や土を除けながら探し始めた。夜になる前に五つの石を掘り出すと、地響きがして足の下から竜の咆哮が聞こえた。

エリオは石を一つレイドに押し付けた。

「これを持っていれば恐らく炎竜に襲われることはない。俺は一人で行く。お前は逃げろ」

エリオの両の眼は狂気に燃えていた。泥に汚れ雨に濡れ、冷え切っている体であるにも関わらず、まるで全身から湯気が立ち上っているかのようだった。

「エリオ……俺は最後まで傍に居る。次はどうする?」

レイドが問いかけた。

「一度、俺はロナウス様を恐れお前から離れた。だから、次は最後まで仕えようと決めていた」

その言葉にエリオは一言も返さなかった。ただ無言で歩き始めた。レイドはすぐに追いかけた。
炎竜の巣穴に通じる狭い洞窟の入り口を見つけると、エリオは迷わずその中に滑り込んだ。
むっとする蒸気が襲ってきた。

中は明るいオレンジの光に満ちていたが、その光は徐々に洞窟の奥に向かっていた。
炎竜たちの行動を制限していた魔鉱石が消えたため、彼らはその先に前進し始めたのだ。
そこはちょうど、エリオが途中まで掘り進めていた洞窟の先で、直進すればアーダの森がある。

「ルー!」

エリオが叫ぶと、炎竜たちの中から小さな個体が現れて寄ってきた。エリオが卵から孵した炎竜だったが、すでにエリオとレイドより大きい。

その背によじ登ると、エリオは革袋から分厚い革表紙の地図を取り出して広げた。
明るいオレンジの灯りの下、謎の三角の印を指さした。

「ここから、アーダの森のこの三角の印まで向かう」

レイドはぼろぼろの地図を覗き込みながら三角の印同士をつなぐ道が一本もないことに首を傾けた。

「距離があるな。炎竜が岩盤を溶かしながら進むのか?」

エリオは方角を磁石で確かめた。

「アーダの森を焼き尽くす」

エリオの後ろで炎竜の鱗にしがみつくレイドはこの洞窟を出た瞬間にトーリ族に殺されることになるのだと覚悟した。

見納めかと、故郷を振り返るように首を横に向けたレイドの視界に、奇妙な物が映り込んだ。
壁に不自然な岩の切れ目が出来ている。

「エリオ……」

光を放つ炎竜たちが前に動き出したため、入り口付近は少し暗くなってきていた。

「エリオ、あれは横穴じゃないか?」

エリオはレイドの指さす方向に目を向け、その岩のひび割れが意外と大きなものであることに気が付いた。

「なんだか細い通路のようではないか?」

エリオはルーの足を止め、その背中を下りると壁の割れ目に近づいた。
そばで熱を発する溶岩だまりが急速に冷め、ぶつぶつと黒い泡を立てている。

その上を乗り越えエリオは壁に手をかけた。
と、岩壁はまるで朽ちた木切れのようにぼろりと剥げ落ち、瞬く間に四角い穴が現れた。

その入り口の壁も天井も滑らかに磨かれている。

「すごいな。掘って、岩を磨いて通路を作った者がいたのだな」

通路の壁に触れ、レイドが感嘆の声をあげた。

「レイド、ルーと待っていてくれ。どこか隙間を見つけて隠れていろ。いいか、絶対にその石を手放すなよ」

ヴェリエの作った炎竜を制御する魔鉱石を握りしめ、レイドは素直に引き下がった。

大理石のように磨き抜かれた壁に囲まれた通路がどこまでも続いている。
エリオは中に足を踏み入れ、左の指で壁をなぞりながら進み始めた。

長い時間、闇の中をただひたすら進み続けたエリオの指が壁に当たった。

両手で確かめてみると、壁は完全に通路の先を塞いでいる。
ここまで凝った造りの通路の先に何もないわけがないと、エリオはさらに壁を触り続けた。

不意に、磨き抜かれたまるいでっぱりが手のひらに触れた。

その中央に宝石のような石がはめ込まれている。

ヴェリエの持っていたまじない玉の感触に似ている。
まじない玉は念を込めて使うと聞いたことがあった。

エリオは願った。

――ヴェリエの仇を討つためなら命さえ惜しくない。俺の全てをくれてやる……

まるでその願いを聞き届けたかのように手のひらに触れている丸い石が反応した。
指の間から白い光が溢れ出た。
エリオは眩しさに目を閉ざし、腕を掲げた。

次の瞬間、エリオの体は光に飲み込まれ消え去った。
そして再び何もない闇が訪れた。

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