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第三章 二人の秘密
35.二度目の平和
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翌朝、ジェイスはわずかな気配で目を覚ました。それは不思議な感覚だった。
塔がジェイスの体であるかのように、塔を見る者の視線や気配がわかったのだ。
ジェイスはローゼを起こさないように速やかに塔の外に出た。
ゲイトは呼びかける前に目の前に現れたジェイスの姿に、一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつもの平静な顔に戻った。
「食料を持ってきたが、欲しい物があればリストを書いてくれ。あと、森の調査に同行してもらえるか?」
「ああ、当然だ」
ちらりと視線を走らせ、ジェイスは広場を囲む木立の向こうに野営用のテントが残されていることを確かめた。
「見張りは続けるのか?」
「ああ……」
それは本位ではないのだとゲイトの暗い声が告げている。
「その、皆で相談したのだが、やはり王国にはいろいろ根も葉もないことを言いふらす連中もいる。お前は第二騎士団の仲間であるわけだし、俺達がここを管轄し守っていこうと昨夜話し合って決めた。イーガン様もその方が良いとの意見だ」
仲間を疑うようなことは出来る限りしたくはないが、騎士団が監視していれば、ジェイスを警戒している人々は安心していられるのだ。
「負担になるようなことなら」
「いや、大丈夫だ。今日にも王国側に話しがいっているはずだ」
塔を建てた騎士など前代未聞だ。ジェイスが危険人物ではないと王国側を説得していかなければならない。
その意図を察し、ジェイスも頷いた。
「この森が原因で何か危険なことが起こったならば教えてくれ。この魔の森はもう俺の手足のような感覚だ。全てが自由になるわけではないが、なんというか、塔を中心とした庭のようなものだ」
「頼もしいな。魔法資源を豊富に収穫できるし、村も滅びずに済む」
騎士団本体も合流すると、一同は森の調査に出発した。
魔力抵抗のない者は長くとどまることのできない場所だったが、魔の森とは思えないほど穏やかな空気で、誰一人体調を崩す者はいなかった。
さらに帰りには豊富な魔法資源を全員が一袋ずつ運んでいた。
「塔持ちの魔法使いたちが全員挨拶に来たのは驚いたな。お前の許可がなければ住み続けるのは難しいということか?」
道中、次々にこの森に住む塔持ちの魔法使いが現れ、ジェイスに頭を下げたのだ。
仲間に問われ、ジェイスは首を傾けた。
「そうだな。追い出そうと思えば追い出せる気がするな。だが、塔無しでも塔ありでも、王国に協力的な魔力使いであれば自由に住んでもらって構わない気はするが……。それは俺が決めることではないのだろうな」
魔の森を支配下におさめたというのに、少しも偉そうにしないジェイスにゲイトは苦笑した。
「この森がお前の庭だというなら、お前はもう少し主らしく堂々と振舞ってもいいのではないか?
森の外では学者たちが魔の森について知ろうとお前に質問状を何枚も書いている。商売の許可が欲しいと商人が詰めかけ、王国側はこの森の資源確保や、お前の権限についてどう切り出そうかと頭を抱えている。お前はこの魔の森を人質に王国側にどんな要求でも出来る立場だぞ?」
「好きに決めて命じてくれたらいい。森から出られない者が、いばっても滑稽じゃないか」
ジェイスは笑い話のつもりだったが、ゲイトは深刻な顔付きで黙り込んだ。慌ててジェイスはゲイトの肩を慰めるようにかるく叩いた。
「俺の願いは妻との時間が守られることだけだ。それ以外はどうでもいい。お前も今のうちに独身生活を楽しんでおけよ。そのうち妻を得たら逃げ場を失うぞ」
預言者めいた発言をしたジェイスをゲイトは不快な顔で見返した。
「冗談だろう?俺は一生一人と決めている」
五年経てば年上女房の尻に敷かれることになるとジェイスは知っていたが、この時間軸ではまた別の人生を歩むかもしれない。それでも、ゲイトが一人の女性を愛し抜ける男だとジェイスは知っていた。
懐かしい友の若々しい姿にジェイスは笑い、ゲイトと肩を叩き合った。
塔のある広場に戻ってくると、王城に報告に行っていたイーガンが待っていた。
ジェイスは忘れないうちにと、ローゼの刺繍の話をした。もともとローゼの刺繍は王国側でも調査済みであり、隊服に刺繍を入れる案も検討されていた。
「かなり有難い話だな。ローゼ殿の魔力はどうなのだ?以前のように幸運の魔力が宿るものが作れるのか?」
「彼女自身が幸運の魔力で作られているような存在です。力が強くなることはあっても弱くなることはありません。
ここにいればその体は維持され、消滅することはないのですが、普通の体を取り戻すことは出来ません」
「そうか……お前にも大きな犠牲を払わせたな。やはり生涯森を出られないのか?」
「はい。これは私の選択ですから。ただローゼは無理矢理ここに囚われ、自由を失いました。なので出来る限り傍にいて彼女を幸せにしていこうと考えています」
軽く頷き、イーガンは息子のようなジェイスの肩を温かく叩いた。
「わかった。王城に連れていけないのが残念だな。近々、陛下がお前に会いに来るそうだ」
「え?!陛下が?!」
ジェイスは王に王太子を支えてやってほしいと頼まれたことを思い出した。
別の時間軸での話であり、この世界ではまだ王に会ったことはない。
「その前にロベリオ様のことだ。できれば……ロベリオ様に機会をくれないか?ロベリオ様は引退を考えておられるようだ」
「え?!ロベリオ様が?!」
ジェイスは王が来ると聞いた時以上に大きな声を上げた。
ローゼが水晶に封印された時は最後まで現役を貫いた。一線を退いても王城に残り、王の傍らを守っていたはずだ。
引退するには早すぎる。
ロベリオは良い父親ではなかったかもしれないが、騎士としては立派な男だった。
国のために娘を見殺しにする非情さを持っていた。
三十年後、ジェイスはロベリオの選択が間違っていなかったことを痛感したのだ。
ローゼが封印された日に戻れると言われた時も、築いた平和を犠牲にすることはできなかった。
あの時は他に道がなかった。
しかし今回は十分な準備をしてこの場所に戻った。
ロベリオもこの先、最低でも三十年は国のために働けるはずだ。
「実は午後にまた塔を訪ねてこられた。隊の者が塔に行き、ローゼ殿に面会が可能か問いかけたが、ローゼ殿から返事はなかった。引退の理由はやはりローゼ殿ではないかと……」
優先すべきはローゼの気持ちであり、ジェイスは二人の関係については慎重に見定めたいと考えていた。
和解するにしても、それはローゼの幸福に繋がる選択でなければならない。
しかし引退となればのんびりもしていられない話だ。
ロベリオが決断したのなら早いだろう。
「私はロベリオ様を騎士として尊敬しております。引退を考える原因がローゼのことであるならば、それは惜しいと思います。ローゼに話してみます。私も立ち会いたいと思うのですが、明日も森の探索の予定が……」
「明日の夕刻はどうだ?お前も立ち会う形でなら、ローゼ殿を説得できるか?」
ジェイスはローゼに話してみることを約束し、塔に戻った。
広場の手前で第二騎士団の今夜の野営組と顔を合わせ、やはりロベリオが訪ねてきた報告を受けた。
「ローゼ様から返事がなかった。やはりお怒りなのだろうか?」
ローゼが父親から受けた仕打ちは既に知られている。
父親として保護を怠ったロベリオをローゼが許せていないのであれば、それは仕方がないと騎士達は思っており、ロベリオが訪ねてきた時も、ローゼを強く呼び出すようなことはしなかった。
ジェイスが塔に入ると、ローゼがすぐに一階に下りてきた。
「おかえりなさい」
すかさずジェイスは後ろ手に扉を閉めてローゼを抱きしめる。
ジェイスの頭にローゼが辿ってきた魂の記憶が流れ込む。
転生を繰り返してきたローゼの魂に幸福な記憶はほとんど残っていない。
魂は慣れた環境に引き寄せられ、今回もあまり幸せな家庭を選ばなかった。
それでも、この世界に生を受け、生きてきたローゼにとってロベリオは唯一の家族であり、今までに比べたらましな部類といえる。愛を信じ、愛されることを経験すれば魂は次の転生でより良い家庭を見つけるかもしれない。
ジェイスは慎重にローゼと穏やかな会話を重ね、食事や湯あみを済ませ、寝支度を整えた。
すっかりくつろいだ様子のローゼを寝室で抱きしめ、ジェイスはさりげなく問いかけた。
「ローゼ……今日ロベリオ様との面会を断ったと聞いたが、やはり許せないのか?」
少し眠そうにしていたローゼは驚いたように目を大きくした。
「断っていないけど……。私のお父様のこと?いつかな?疲れて寝ていたから……。正直に言うと、お父様のことは何も覚えていないの。お母様が手紙を書いていたのを見て、そっくりそのまま書き写していたの。
それを一カ月に一度送るように言われてなんとなく続けていたけれど、家族だという意識もなかったし、世継ぎになれない私はいらないといわれていたから、父にとって私はいない存在なのだと思っていた」
まるで他人ごとのように話すローゼを見つめ、ジェイスは言葉を探った。
「ロベリオ様は引退を考えておられるようなのだ。父親としては大きく誤った判断をしたと思う。だが誰にでも欠点はある。あの人が騎士として国のためにしてきた選択は今まで間違えたことがない。それ故、引退は惜しいと俺は思う。まだ国のために働ける人だ。
許しを強要するわけではないが……明日の夕方一緒に会ってみないか?」
ローゼは怪訝な顔をする。
「不快か?」
ジェイスはローゼの表情を注意深く見守る。
ローゼに憎しみが残っていたとしても無理はない。
王都からローゼとローゼの母親を追い出し、ウェンのような存在に付け込まれることになった。そもそも子供を失った悲しみを妻と乗り越えようとしなかったロベリオの弱さが原因だ。その弱さのつけをローゼに払わせた。
「不快じゃないけど……ジェイスの望む通りにできるか自信がないの。騎士を続けてくれるように話せばいいの?」
ジェイスはほっとしたように微笑んだ。
「ローゼ、君は不幸な運命を恨むことなく、誰かを幸せにしたいと望む強い愛だけで新たな道を切り開いた。その力は魂に依存しているのだな。あの古の存在が欲しがるわけだ」
前世の記憶を失っているローゼは、一体誰の話をしているのかと驚いたようにジェイスを見上げたが、やはり何も言わなかった。
漆黒の髪の魔法使いがジェイスに何かを教え、ジェイスが何かを知ったとしても、ローゼが理解できるようなことでは無い気がしたのだ。
それでもどういう意味なのか聞いた方がいいのだろうかと、ローゼはジェイスをじっと見上げた。
ローゼの心を察し、ジェイスは話題を断ち切るように笑った。
「明日は、俺も立ち会う。この話はこれで終わりだ。いいか?」
ジェイスの問いかけに、ローゼはにっこりと頷いた。
途端に、ジェイスは獣のようにローゼの体に襲い掛かった。
今夜ぐらいは静かに眠るのだと思っていたローゼはマットに押さえこまれ、ジェイスの胸を両手で押した。
「ま、待ってよ!今日だって疲れて起きられなかったのに!どうしてジェイスは疲れないの?私ばっかり!」
ジェイスはローゼの首にざらついた顎を押し付け、耳を舐めた。
「誓っただろう?俺に命と魂を捧げると。だから、主導権を握るのはいつも俺だ」
ローゼが一回だけにしてと小さく頼むと、ジェイスはその唇をついばみ、わかったと囁いた。
体を重ね、それからゆっくり魔力を巡回させる。
その例えようもない甘美で蕩けるような感覚に、恍惚とした声をあげたローゼは、思ったより低い声が口から飛び出し、ぱっと目を開けた。
熱っぽい眼差しでローゼがローゼを見上げている。
桜色に色づいた体で妖艶な笑みを見せ、手が伸びてくる。
「あっ!」
ローゼの口から飛び出したのはやはり低い男の声だ。ローゼの意識はジェイスの肉体に入っている。
さらに悪いことに、ジェイスはローゼの体に入ったまま、ジェイスの肉体を愛撫し始めた。
触ったこともないような股間の大きなふくらみを優しく撫でられ、ローゼは腰を必死に振りながら、低い声で悲鳴をあげた。
「ひ、ひどい!こんなの知らない!」
「我慢する練習をした方がいいな」
ジェイスがローゼの声で優しく言いながら、その手はローゼの心の宿ったジェイスの乳首に触れる。
「ああっ」
我慢できないローゼは、またあっという間に三回も種を吐きだし、自分の体に戻ってから一度達すると、怒る気力もなく瞼を落とす。
「ローゼ、愛している」
眠りに落ちる直前、その耳に落ちてきたジェイスの声はあまりにも優しく、ローゼは微笑みながら意識を手放した。
塔がジェイスの体であるかのように、塔を見る者の視線や気配がわかったのだ。
ジェイスはローゼを起こさないように速やかに塔の外に出た。
ゲイトは呼びかける前に目の前に現れたジェイスの姿に、一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつもの平静な顔に戻った。
「食料を持ってきたが、欲しい物があればリストを書いてくれ。あと、森の調査に同行してもらえるか?」
「ああ、当然だ」
ちらりと視線を走らせ、ジェイスは広場を囲む木立の向こうに野営用のテントが残されていることを確かめた。
「見張りは続けるのか?」
「ああ……」
それは本位ではないのだとゲイトの暗い声が告げている。
「その、皆で相談したのだが、やはり王国にはいろいろ根も葉もないことを言いふらす連中もいる。お前は第二騎士団の仲間であるわけだし、俺達がここを管轄し守っていこうと昨夜話し合って決めた。イーガン様もその方が良いとの意見だ」
仲間を疑うようなことは出来る限りしたくはないが、騎士団が監視していれば、ジェイスを警戒している人々は安心していられるのだ。
「負担になるようなことなら」
「いや、大丈夫だ。今日にも王国側に話しがいっているはずだ」
塔を建てた騎士など前代未聞だ。ジェイスが危険人物ではないと王国側を説得していかなければならない。
その意図を察し、ジェイスも頷いた。
「この森が原因で何か危険なことが起こったならば教えてくれ。この魔の森はもう俺の手足のような感覚だ。全てが自由になるわけではないが、なんというか、塔を中心とした庭のようなものだ」
「頼もしいな。魔法資源を豊富に収穫できるし、村も滅びずに済む」
騎士団本体も合流すると、一同は森の調査に出発した。
魔力抵抗のない者は長くとどまることのできない場所だったが、魔の森とは思えないほど穏やかな空気で、誰一人体調を崩す者はいなかった。
さらに帰りには豊富な魔法資源を全員が一袋ずつ運んでいた。
「塔持ちの魔法使いたちが全員挨拶に来たのは驚いたな。お前の許可がなければ住み続けるのは難しいということか?」
道中、次々にこの森に住む塔持ちの魔法使いが現れ、ジェイスに頭を下げたのだ。
仲間に問われ、ジェイスは首を傾けた。
「そうだな。追い出そうと思えば追い出せる気がするな。だが、塔無しでも塔ありでも、王国に協力的な魔力使いであれば自由に住んでもらって構わない気はするが……。それは俺が決めることではないのだろうな」
魔の森を支配下におさめたというのに、少しも偉そうにしないジェイスにゲイトは苦笑した。
「この森がお前の庭だというなら、お前はもう少し主らしく堂々と振舞ってもいいのではないか?
森の外では学者たちが魔の森について知ろうとお前に質問状を何枚も書いている。商売の許可が欲しいと商人が詰めかけ、王国側はこの森の資源確保や、お前の権限についてどう切り出そうかと頭を抱えている。お前はこの魔の森を人質に王国側にどんな要求でも出来る立場だぞ?」
「好きに決めて命じてくれたらいい。森から出られない者が、いばっても滑稽じゃないか」
ジェイスは笑い話のつもりだったが、ゲイトは深刻な顔付きで黙り込んだ。慌ててジェイスはゲイトの肩を慰めるようにかるく叩いた。
「俺の願いは妻との時間が守られることだけだ。それ以外はどうでもいい。お前も今のうちに独身生活を楽しんでおけよ。そのうち妻を得たら逃げ場を失うぞ」
預言者めいた発言をしたジェイスをゲイトは不快な顔で見返した。
「冗談だろう?俺は一生一人と決めている」
五年経てば年上女房の尻に敷かれることになるとジェイスは知っていたが、この時間軸ではまた別の人生を歩むかもしれない。それでも、ゲイトが一人の女性を愛し抜ける男だとジェイスは知っていた。
懐かしい友の若々しい姿にジェイスは笑い、ゲイトと肩を叩き合った。
塔のある広場に戻ってくると、王城に報告に行っていたイーガンが待っていた。
ジェイスは忘れないうちにと、ローゼの刺繍の話をした。もともとローゼの刺繍は王国側でも調査済みであり、隊服に刺繍を入れる案も検討されていた。
「かなり有難い話だな。ローゼ殿の魔力はどうなのだ?以前のように幸運の魔力が宿るものが作れるのか?」
「彼女自身が幸運の魔力で作られているような存在です。力が強くなることはあっても弱くなることはありません。
ここにいればその体は維持され、消滅することはないのですが、普通の体を取り戻すことは出来ません」
「そうか……お前にも大きな犠牲を払わせたな。やはり生涯森を出られないのか?」
「はい。これは私の選択ですから。ただローゼは無理矢理ここに囚われ、自由を失いました。なので出来る限り傍にいて彼女を幸せにしていこうと考えています」
軽く頷き、イーガンは息子のようなジェイスの肩を温かく叩いた。
「わかった。王城に連れていけないのが残念だな。近々、陛下がお前に会いに来るそうだ」
「え?!陛下が?!」
ジェイスは王に王太子を支えてやってほしいと頼まれたことを思い出した。
別の時間軸での話であり、この世界ではまだ王に会ったことはない。
「その前にロベリオ様のことだ。できれば……ロベリオ様に機会をくれないか?ロベリオ様は引退を考えておられるようだ」
「え?!ロベリオ様が?!」
ジェイスは王が来ると聞いた時以上に大きな声を上げた。
ローゼが水晶に封印された時は最後まで現役を貫いた。一線を退いても王城に残り、王の傍らを守っていたはずだ。
引退するには早すぎる。
ロベリオは良い父親ではなかったかもしれないが、騎士としては立派な男だった。
国のために娘を見殺しにする非情さを持っていた。
三十年後、ジェイスはロベリオの選択が間違っていなかったことを痛感したのだ。
ローゼが封印された日に戻れると言われた時も、築いた平和を犠牲にすることはできなかった。
あの時は他に道がなかった。
しかし今回は十分な準備をしてこの場所に戻った。
ロベリオもこの先、最低でも三十年は国のために働けるはずだ。
「実は午後にまた塔を訪ねてこられた。隊の者が塔に行き、ローゼ殿に面会が可能か問いかけたが、ローゼ殿から返事はなかった。引退の理由はやはりローゼ殿ではないかと……」
優先すべきはローゼの気持ちであり、ジェイスは二人の関係については慎重に見定めたいと考えていた。
和解するにしても、それはローゼの幸福に繋がる選択でなければならない。
しかし引退となればのんびりもしていられない話だ。
ロベリオが決断したのなら早いだろう。
「私はロベリオ様を騎士として尊敬しております。引退を考える原因がローゼのことであるならば、それは惜しいと思います。ローゼに話してみます。私も立ち会いたいと思うのですが、明日も森の探索の予定が……」
「明日の夕刻はどうだ?お前も立ち会う形でなら、ローゼ殿を説得できるか?」
ジェイスはローゼに話してみることを約束し、塔に戻った。
広場の手前で第二騎士団の今夜の野営組と顔を合わせ、やはりロベリオが訪ねてきた報告を受けた。
「ローゼ様から返事がなかった。やはりお怒りなのだろうか?」
ローゼが父親から受けた仕打ちは既に知られている。
父親として保護を怠ったロベリオをローゼが許せていないのであれば、それは仕方がないと騎士達は思っており、ロベリオが訪ねてきた時も、ローゼを強く呼び出すようなことはしなかった。
ジェイスが塔に入ると、ローゼがすぐに一階に下りてきた。
「おかえりなさい」
すかさずジェイスは後ろ手に扉を閉めてローゼを抱きしめる。
ジェイスの頭にローゼが辿ってきた魂の記憶が流れ込む。
転生を繰り返してきたローゼの魂に幸福な記憶はほとんど残っていない。
魂は慣れた環境に引き寄せられ、今回もあまり幸せな家庭を選ばなかった。
それでも、この世界に生を受け、生きてきたローゼにとってロベリオは唯一の家族であり、今までに比べたらましな部類といえる。愛を信じ、愛されることを経験すれば魂は次の転生でより良い家庭を見つけるかもしれない。
ジェイスは慎重にローゼと穏やかな会話を重ね、食事や湯あみを済ませ、寝支度を整えた。
すっかりくつろいだ様子のローゼを寝室で抱きしめ、ジェイスはさりげなく問いかけた。
「ローゼ……今日ロベリオ様との面会を断ったと聞いたが、やはり許せないのか?」
少し眠そうにしていたローゼは驚いたように目を大きくした。
「断っていないけど……。私のお父様のこと?いつかな?疲れて寝ていたから……。正直に言うと、お父様のことは何も覚えていないの。お母様が手紙を書いていたのを見て、そっくりそのまま書き写していたの。
それを一カ月に一度送るように言われてなんとなく続けていたけれど、家族だという意識もなかったし、世継ぎになれない私はいらないといわれていたから、父にとって私はいない存在なのだと思っていた」
まるで他人ごとのように話すローゼを見つめ、ジェイスは言葉を探った。
「ロベリオ様は引退を考えておられるようなのだ。父親としては大きく誤った判断をしたと思う。だが誰にでも欠点はある。あの人が騎士として国のためにしてきた選択は今まで間違えたことがない。それ故、引退は惜しいと俺は思う。まだ国のために働ける人だ。
許しを強要するわけではないが……明日の夕方一緒に会ってみないか?」
ローゼは怪訝な顔をする。
「不快か?」
ジェイスはローゼの表情を注意深く見守る。
ローゼに憎しみが残っていたとしても無理はない。
王都からローゼとローゼの母親を追い出し、ウェンのような存在に付け込まれることになった。そもそも子供を失った悲しみを妻と乗り越えようとしなかったロベリオの弱さが原因だ。その弱さのつけをローゼに払わせた。
「不快じゃないけど……ジェイスの望む通りにできるか自信がないの。騎士を続けてくれるように話せばいいの?」
ジェイスはほっとしたように微笑んだ。
「ローゼ、君は不幸な運命を恨むことなく、誰かを幸せにしたいと望む強い愛だけで新たな道を切り開いた。その力は魂に依存しているのだな。あの古の存在が欲しがるわけだ」
前世の記憶を失っているローゼは、一体誰の話をしているのかと驚いたようにジェイスを見上げたが、やはり何も言わなかった。
漆黒の髪の魔法使いがジェイスに何かを教え、ジェイスが何かを知ったとしても、ローゼが理解できるようなことでは無い気がしたのだ。
それでもどういう意味なのか聞いた方がいいのだろうかと、ローゼはジェイスをじっと見上げた。
ローゼの心を察し、ジェイスは話題を断ち切るように笑った。
「明日は、俺も立ち会う。この話はこれで終わりだ。いいか?」
ジェイスの問いかけに、ローゼはにっこりと頷いた。
途端に、ジェイスは獣のようにローゼの体に襲い掛かった。
今夜ぐらいは静かに眠るのだと思っていたローゼはマットに押さえこまれ、ジェイスの胸を両手で押した。
「ま、待ってよ!今日だって疲れて起きられなかったのに!どうしてジェイスは疲れないの?私ばっかり!」
ジェイスはローゼの首にざらついた顎を押し付け、耳を舐めた。
「誓っただろう?俺に命と魂を捧げると。だから、主導権を握るのはいつも俺だ」
ローゼが一回だけにしてと小さく頼むと、ジェイスはその唇をついばみ、わかったと囁いた。
体を重ね、それからゆっくり魔力を巡回させる。
その例えようもない甘美で蕩けるような感覚に、恍惚とした声をあげたローゼは、思ったより低い声が口から飛び出し、ぱっと目を開けた。
熱っぽい眼差しでローゼがローゼを見上げている。
桜色に色づいた体で妖艶な笑みを見せ、手が伸びてくる。
「あっ!」
ローゼの口から飛び出したのはやはり低い男の声だ。ローゼの意識はジェイスの肉体に入っている。
さらに悪いことに、ジェイスはローゼの体に入ったまま、ジェイスの肉体を愛撫し始めた。
触ったこともないような股間の大きなふくらみを優しく撫でられ、ローゼは腰を必死に振りながら、低い声で悲鳴をあげた。
「ひ、ひどい!こんなの知らない!」
「我慢する練習をした方がいいな」
ジェイスがローゼの声で優しく言いながら、その手はローゼの心の宿ったジェイスの乳首に触れる。
「ああっ」
我慢できないローゼは、またあっという間に三回も種を吐きだし、自分の体に戻ってから一度達すると、怒る気力もなく瞼を落とす。
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