9度目の転生(バルバル亭の秘密R18編)

丸井竹

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第三章 二人の秘密

36.もう一つの平和

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 翌日、夕刻近くなりロベリオが塔にやってきた。
塔を見張る騎士達は、ジェイスが立ち合いのもとローゼがロベリオと面会することを聞いていた。

「ロベリオ様、もう少しお待ち頂けますか?」

ジェイスを待たなければローゼとは会えないと聞くと、ロベリオは素直に広場の外で待った。
騎士達から勧められた椅子を断り、木立の向こうにそびえる塔を立ったままじっと見つめる。

と、不意に白い塔の扉が開いた。
出てきたのは大きな荷物で、続いてそれを抱える小柄な女性の姿が現れる。

飛び出して荷物を持つのを手伝いたいところだったが、ロベリオは拳を握り、動かなかった。

抱えた荷物のせいで顔はみえないが、金色の髪と、華奢な肩がちらりと見える。
塔の周辺を見張る騎士の一人が、ようやくその姿に気が付いた。

「ローゼ様!」

駆けだした騎士の声に、ローゼの足が止まり、腕に抱えている荷物の横から顔を覗かせる。
魔力を帯びた瞳には金色の光が宿っている。
騎士が急いで荷物をローゼの腕から受け取ると、ローゼはほっとしたように腕を下ろした。

「今日頂いたリストを見て刺繍を入れました。あと、ハンカチにも……」

騎士は地面に袋を置いて簡単に中身を確かめる。

「こんなにたくさん、一日で仕上げて下さったのですか?ありがとうございます」

お礼を言われ、ローゼはうれしそうに頬を染める。
しかし、すぐに目を伏せてしまう。
必要以上に誰かと関わることを恐れるように、軽く会釈をすると塔に駆け戻っていく。

ロベリオがローゼの小さくなる背中を追いかけ、一歩前にでた。

その時、天幕の方から男達の声が聞こえてきた。
ロベリオは足を止め、後ろを振り返った。
森の探索から戻ってきた騎士達が、道具類を地面に下ろし、ランプを手にかざしながら報告会を始めている。
そんな人混みから、一人の男が飛び出し、塔に向かって駆けだした。

「ローゼ!」

塔に向かっていたローゼは足を止め、振り返る。

空はいつの間にか赤く色づき、野営地には少しずつかがり火が焚かれている。
炎の陰から飛び出してきたジェイスの姿に、ローゼは顔を輝かせて走り出す。

夕暮れの淡い光の中、二人の影が重なった。

「ジェイス、おかえりなさい」

信頼と愛をにじませ、ローゼがジェイスをまっすぐに見上げる。

娘の幸せを守る役目を長年放棄してきたロベリオは、ゆっくりその光景から遠ざかろうと足を後ろに引いた。
数歩下がったところで、ジェイスがローゼを腕に抱いたまま、ロベリオに視線を向けた。

「ロベリオ様!」

魔の森はジェイスの支配下にある。ロベリオの気配にも気づいていた。
ロベリオは足を止め、覚悟を決めて広場に向かって進み出た。

「第二騎士団所属、ジェイス・フォスターです。挨拶が遅れ申し訳ありません」

ジェイスはローゼの手を握ったまま、体をロベリオの正面に向け頭を下げた。
知らなかったとはいえ、ロベリオの一人娘を勝手に妻にしていたのだ。
謝罪は当然だった。
ロベリオはそれを当然とは考えていなかった。

「俺はとうに父としての資格を失っている。謝罪は不要だ。ジェイス、君に感謝している。俺の過ちを救ってくれた。それから、謝罪もさせてくれ。俺の誤った行いが君たちをここに閉じ込めることになった。申し訳なかった」

きっぱりとした口調でロベリオはそう告げると、静かに頭を下げた。
ジェイスはローゼの手を優しく前に引っ張った。

ローゼは戸惑ったようにロベリオの正面に立つ。
ジェイスが腰に吊るしたランプに灯りを入れた。

夕闇にかろうじて見えていた互いの顔がはっきりと光に浮かび上がる。
頭を少しあげたロベリオは、ローゼの顔を正面に見てアマリアに似ていると思った。

別れた時の娘の姿は覚えていなかった。
失った息子の悲しみに心を奪われ残された娘のことは考えなかった。
小さな子供は母親と一緒にいれば問題ないと思い込んでいた。

ロベリオは懐から折りたたんだ手紙を取り出し、ローゼの前に差し出した。

「これを受け取って欲しい。君が出て行った後にアマリアが書いた。もっと早く俺がこれを見つけるべきだった」

気まずそうに俯いたローゼは、手紙を広げ簡単に目を通した。
それはアマリアが死の直前にロベリオに宛てて残した手紙で、ローゼを救ってほしいと書かれていた。
魔法使いの実験台にされた影響を体に残していたアマリアは、息子の死をきっかけにさらに心を壊し、簡単に魔法使いの支配を受け入れてしまったのだ。
それでも最後にその策略に気づき、尽きる命を前にローゼを助けて欲しいとロベリオに書き残した。

「彼女は後悔していた。俺も後悔している。ローゼ、すまなかった」

再び頭を下げたロベリオに、ローゼは戸惑ったようにジェイスを見上げた。
ジェイスは優しく微笑み、勇気づけるように頷いた。
ローゼはロベリオに声をかけた。

「ロベリオ様、頭をあげてください」

躊躇いがちに姿勢を戻したロベリオは、ローゼの顔を見てはっとした。
怒りも悲しみもないローゼの瞳は、ガラス玉のようにロベリオを映している。

亡き息子にはそんな目で見られたことはなかった。
短い時間ではあったが、ロベリオは息子に深い愛情を注ぎ、息子もまたその愛を信頼しロベリオを明るい眼差しで見上げていた。
その死はあまりにも悲しいものだったが、息子は親に愛され幸福な時間を過ごしたのだ。
ロベリオは初めてその事に気が付いた。

ローゼはロベリオに関心すら持っていない。
他人以上に親という存在そのものが、希薄な存在なのかもしれない。
両親がいたにもかかわらず、ローゼには親の愛情を受けた記憶がないのだ。

「ロベリオ様、私はあなたを覚えていません。もう昔のことですし、私は夫を得て幸せです。でも、もし何か償ってくださるというなら、どうかこの国の騎士として王国を守り続けてください。私たちはここを出られない。
この国が炎に包まれるような事態になっても私たちはここを逃げられないのです」

その言葉はロベリオに重くのしかかった。
罪なく愛情を取り上げられたローゼは、この森に囚われて生涯を終えるのだ。

「わかった。この王国の平和のために力を尽くそう」

ロベリオはそう約束した。
ほっとしたようにローゼはジェイスに微笑みかけ、ジェイスも軽く頷いた。
二人はロベリオに軽く会釈をすると、仲良く手を繋いで後ろを向いた。

遠ざかるローゼの姿に、ロベリオは数十年ぶりに家族と過ごした幸せな時間を思い出した。
なぜ残ったものを大切にしなかったのか。なぜ、生きている命に目を向けなかったのか。
なぜ、見捨ててしまったのか。

一つは失われ、一つは見捨てられた。一つは同じ騎士が拾い上げ、命をかけて大切に守っている。

ロベリオは二人が夕日に見送られ、塔に入っていく姿に向けて、もう一度深く頭を下げた。


 塔の扉を閉めたジェイスは、ローゼを抱き上げ真っすぐに寝室に向かった。
有無を言わせずローゼの体を寝台に下ろし、服を脱ぎながら愛撫を開始する。
優しく首筋に口づけを繰り返しながら、ジェイスは囁いた。

 「無理をさせたか?」

ローゼはジェイスの胸に両手を置いて、その逞しい胸を撫でた。

「いいえ。だって、覚えていないのだもの……。それにジェイスが惜しい騎士だって言っていたじゃない。敵国が攻めてきてこの森に火を放ったら大変でしょう?」

人間が火をつけたぐらいで燃えるような森ではなかったが、ジェイスはそうだなと答えた。
その夜、ジェイスは心を入れ替えて遊ぶことなく、ローゼを慈しむように大切に抱いた。


 ローゼとジェイスの塔が建ち、一カ月も経たないうちに周辺の国々からも魔霧が消え、最果てから押し寄せていた魔力もおさまった。

 ロベリオは騎士を続けながら、ローゼの住む塔を訪れるようになった。
言葉も交わさず、戸口に贈り物を置いて帰るのだ。

それは最初、ドレスや宝石といった貴族の娘に相応しいものがほとんどだったが、ローゼがあまり身に着けていないと聞くと、高級な布や刺繍道具、女性向けの書物や、屋台で売られている砂糖菓子などに変わっていった。

時々見張りの騎士達や、ジェイスにさりげなくローゼが何を喜んでいたかと聞いて帰った。

 ある日、ローゼは日当たりの良い広場に座り、本を広げていた。

背中が暖められ、ローゼは草の上で眠り込んだ。
夕刻近くに目を覚ましたローゼは、自分の体にかけられている分厚いマントに気が付いた。
戻ってきたジェイスが、マントに縫い付けられた赤ユリの紋章を目にして、ロベリオの物だとローゼに教えた。

後日、そのマントは一枚のハンカチと共にロベリオに返還された。
そのハンカチにはマントについていたものと同じ刺繍が施されており、幸運の魔力が宿っていた。


 ローゼが水晶に封じられた時と同じように物事が進んだわけではなかった。
ジェイスは自分の選択をより良いものにするため、第二騎士団の仲間達を通して国の平和のために働きかけた。
多くの契約魔法使いを受け入れ、その技術を向上させる場を提供した。

彼らは王国に忠誠を誓い、国を豊かにする助けになった。
治癒師や霊薬師、魔導士といった魔力使いも修行にやってきて、魔の森を囲む壁を強固なものにした。

荒れた国土を立て直すために一年を費やした。

 ローゼは森の暮らしに慣れ、少しずつ周りの騎士達と話しをするようになった。
ロベリオとも少しだけ言葉を交わすようになり、広場にテーブルと椅子を置き、お茶をするまでにその距離は縮まった。

 二人はお茶を飲み終えると、ローゼは刺繍を始め、ロベリオは本を読んだ。そしてジェイスが戻ってくると、二人はなんとなくほっとしたように席を立ち、別れの挨拶を交わした。

 ある日、たまたま朝から家にいたジェイスは、その静かなお茶会に参加することになった。
ローゼとロベリオは、朝の挨拶を終えた後夕暮れまで無言だった。

普段のお茶会はこんな感じなのかと、ジェイスは驚いたが、ロベリオが訪ねてこなくなることはなかったし、ローゼがお茶会をやめることもなかった。
それ故、その不思議なお茶会に出くわすと、ジェイスもそこに無言でお邪魔した。
 

 ローゼとジェイスが魔の森に住み始めて数年が経過した。

第十五騎士団のユーリがジェイスに手紙を運んできた

「お久しぶりです」

何度か顔を合わせたことのある騎士であり、ローゼも顔を覚えていた。
ジェイスは手紙を受け取り、中身を確認すると困ったようにため息をついた。

「フォスター家の当主が俺の名前になった」

心配そうなローゼにジェイスは簡単に事情を教えた。
ローゼが水晶に封印された時と同様に、ケビンは当主の椅子を退き、レアナと二人で農園に住み始めたのだ。

今回、ジェイスは森を出られない。
ジェイスはその役目を仲間に頼んだ。
結果、やはりケビンもレアナも貴族の身分を返上したいとのことだった。

父が騎士として守ってきた家名をどうするべきかジェイスは考えた。
ジェイスはゲイトに第二騎士団に新人で入ってきた者の中にデリックという名前の若者はいないかと問いかけた。

森を出られないジェイスがザウリの要塞にいる新人の名前を知っていることにゲイトは驚いた。

「なぜお前がデリックのことを知っている?彼は確かにうちの隊に入ったばかりの新人だ。そんなに腕がいいわけじゃないぞ?真面目だが、少々抜けているな」

「彼を俺の後継者にしたい。連れてきてくれないか?」

仰天したのは第二騎士団の仲間達だけではなかった。ロベリオも飛んできた。
一人娘のローゼの夫であるジェイスは、ロベリオにとっても跡継ぎだ。

「ロベリオ様、俺はもうここを出られない。だから彼を後継者として指名します」

ジェイスはそう宣言し、連れてこられたデリックは、新人の自分が突然王の隣に立つ騎士の後継者になるのだと聞かされ、本気で腰を抜かして座り込んだ。

「え?!えええええ?!」

「ついでにフォスター家の紋章も継承してくれ。ケビンとレアナに男の子が生まれたら父の紋章を渡して欲しい」

デリックは目を白黒させたが、彼にはやはり支えてくれる友人がいた。

「仲間を大切に出来る君なら安心だ」

ジェイスは請け負った。

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