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本編
直訴
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普段から華族や財閥関係者などが天帝と謁見をするために設けられている竹林の間はこれまでに無い緊張感に包まれていた。その名に相応しく竹を使った美しい装飾が施された室内には宮殿に侵入してきた者達の代表者を名乗る老女とその付き人の女、そして二人の武装した男が天帝が来るのを待っていた
「「……」」
華内天王と藤堂伯爵夫人は天帝がこの部屋に来るまで保証人として室内に残ることになっており、二人の間には緊張が走っている
「……な、内天王殿下、弥勒院侯閣下と藤堂伯閣下がお越しでございます。」
しばらく続いた沈黙を破ったのは部屋に入ってきた事務官で、彼は緊張のあまり大天族に対する礼儀も忘れて小走りで華内天王に耳打ちした
「なぜ伯爵が?」
「奥方様が人質にされていると聞き、第三庁舎から直ぐに駆け付けられたようにございます」
「……天帝陛下は?」
愛妻家で妻を見るだけで笑顔がだらしなくなる男は放っておこうと判断した華内天王は即座に話をすり替えた
「天帝陛下は安全が確認され次第、ご入室されるとのことにございます」
「分かりました」
華内天王は息を整えてから老女に話しかけた
「弥勒院侯爵と藤堂伯爵が到着されたようです。陛下より先にお通ししてもよろしいですか?」
「かまいません。内閣府の高官がいてくれるのであれば好都合というものです」
老女は深く頷いた。隣に座る女も頷き、了承の意を示したので華内天王は二人に対して入室の許可をだした
「失礼致します。華内天王殿下、拝謁賜り誠に光栄にございます。内閣府事務次官、弥勒院直人にございます。本日は非日常的な出来事が発端とはいえ、こうして内天王殿下のご尊顔を直接拝見させて頂く機会を賜り嬉しく思い、天の大いなるお導きに感謝するばかりです」
弥勒院侯爵は華内天王には上品な笑みを浮かべつつも横目で老女を睨んだ
「久しぶりに会えて嬉しいわ、弥勒院侯。席について下さいな」
華内天王はまるで先程の緊張が嘘のように溶けていくのを感じた。自身が思っていた以上に彼女は緊張していたようだ
「内天王殿下、ご無事で何よりでございます。国土交通省運輸安全委員長、藤堂晴彦にございます。この度は弥勒院侯に無理を言って同行の許可を頂きました。何卒、突然の訪問を寛大な御心でお許しいただければ幸いにございます。天の御加護が殿下と共にありますようにお祈り申し上げます」
「私の無事を確認しに来たと言うより、夫人の無事を確認しに来たのでは?」
恭しく礼をする男、藤堂伯爵をみて苦笑した華内天王は己の後ろに控える藤堂夫人に目を向けた。しかし、微笑ましい空気が漂ったのもつかの間でやり取りを見ていた老女が口を開いた
「内閣府高官の弥勒院侯ならまだしも国交省の高官はこの場に必要ないのでは?」
「愛しい妻が朝廷に歯向かう愚かな者共の相手をしているというのに彼女に忠誠を捧げた騎士である私が共に居ないのはおかしいとは思わないか?」
「ふむ、まぁ良しとしましょう。私たちは天帝陛下に直訴をするためにここに参上したのですから。外野が増えようと関係ありません」
「恐れ多くも陛下と内天王殿下のお手を煩わせる愚か者から御二方をお守りするのも臣下の務めである。関係ないという言葉は撤回してもらおう」
「……」
室内には再び緊張が走った
「て、天帝陛下がご入室されます!」
しかしその緊張感を破ったのは先程から落ち着きがない事務官で、彼の大きな声に室内にいる全員が奥の扉に視線を向けた
「……ようやくお越しですのね。偉大なる太平天帝国の主にして天の代行者たる蒼士帝よ」
老女は入室した蒼士の姿を見て微笑みを浮かべた。
「貴女もよくぞここまでのことをしてくれたものだ。自身でもそう思わないか?栗田公爵未亡人」
「……」
「……私も少し予感はしていたのだがな。まさか夫人だけでなく栗田公爵自らも関与しているなんてね。それに、後ろにいる二人は傍系の家門の人間ではないか?」
「……横田川公爵直々の教育を受けただけあってとても利口でいらっしゃる。帝は私達のすることなどお見通しということですのね?」
老女改め栗田光恵公爵未亡人は穏やかな笑みを消して無表情に蒼士を睨みつけた
「お母様、朝廷にはなにも情報は伝わっていないはずです」
「えぇ、分かっていますよ」
気遣うように公爵未亡人の肩に手を添えて声をかけた隣の女性はお付きの侍女などではなく実の娘、栗田公爵本人だった
「天帝陛下、改めまして直訴致します」
「……」
「秘密裏に進めている新田子爵との婚約を白紙に戻して頂きたい。そして我ら狼蘭の民に自治権をお与えください」
「なっ!」
公爵未亡人の言葉を聞いた藤堂伯爵が驚きのあまり一歩前に出た
「なんと尊大な!亡国を復活させるつもりか!?」
「我らは!一度たりとも!」
栗田公爵が勢いよく立ち上がり蒼士を指さした
「お前たち帝国の支配を心の底から受け入れたことなどない!もううんざりなのよ!」
「生意気な蛮族め!恥を知れ恥を!陛下!この者共の直訴など聞き入れる必要はありませぬぞ!」
「その通りにございます!亡国の王族の末裔でありながら華族であることを許され、帝国の慈悲に生かされた者共の戯言です!」
弥勒院侯爵と藤堂伯爵が声を荒らげ、彼女らの視線から蒼士を守るように立ち塞がった
「天帝陛下に対して指を向けるなど何たる無礼か!それが許されるのは同じ血が流れる天上人のみである!狼蘭人ごときがしてよい行為ではない!恥を知れ!」
「やはり滅却しておくべきだったのだ。ユアロプ大陸東部の覇者たる帝国が与えた慈悲を無下にするなど……!」
「さすが純血華族ね。朝廷と大天族に対する忠義と自分たちがこの世で一番高貴だと信じて疑わない。笑っちゃうわ」
栗田公爵の言葉に二人は更に額のシワを深くした
「……純血こそが正しく高貴であると信じるのは勝手だけれど、自分の置かれた状況を把握するべきね。この宮殿内の指揮系統は混乱しているわ。こちらはいつでもこの国の中枢を破壊する用意がある」
弥勒院侯爵と藤堂伯爵は悔しそうに栗田公爵を睨みつけた。そんな中でも落ち着きを保っていた蒼士は腕を組みなにやら考え出した
「先程から気になっていたのだが、栗田公が望むのは旧狼蘭王国領の自治権の付与で良いのか?独立ではなく?」
「……その通りです。我が栗田家に旧王国領の自治権を与えて頂きたいのです。独立は既に諦めましたわ。文化も言葉も何もかも帝国に統一された狼蘭に独立の資格などありません」
栗田公爵は真っ直ぐに蒼士のことを見つめ返し深く息をついた
「ですが民族の誇りを捨てたわけでも、王族としての矜恃を捨てたわけでもありません。これは今も尚不当な差別や格差に苦しむ狼蘭の民の総意だと自負しております。私たちは今日この覚悟を天帝陛下と純血華族の者共に知ってもらうために宮殿に参りました」
公爵はゆっくりと言葉をつむいだ。そしてそれを見ていた公爵未亡人は厳しい視線を蒼士に向けた
「反逆者として我々を武力で弾圧するのであればそうなされよ。しかし帝よ。朝廷に対して恨みを持つ者は多いはずです。本人たちは口には出しませんが帝国三大財閥の一角、天童財閥の天童家は元を辿れば親明王国にルーツを持つ両替商の一族です」
「……まさか旧明親王国の国民もこのクーデターに加担しているのか?」
「その質問にはお答え出来かねます。しかし、今陛下の大切な婚約者殿が向かっているチュロック連邦の総督は親明王国の出身者であるとお伝えしておきましょう」
「っ!公爵未亡人!いくら貴女といえど冗談が過ぎる!」
「宮殿に侵入した時点で命など惜しくありませんよ、陛下。私はこの命と一族の誇りを引き換えに、旧狼蘭王国領の自治権を要求しに来たのですから」
「……いいだろう」
栗田公爵未亡人と栗田公爵による天帝への直訴は後に帝国の教科書に大きく刻まれることとなる。
太平天帝国において初めて「辺境伯」という爵位が作成されある一定の自治権がその一族に与えられることになったことは建国三千年以来初となることだった。絶対的権威を誇る天帝は反対する純血華族の意見を押さえ込み、この法案を庶民院、貴族院、枢密院で可決させた。これは帝国が過去に行った一方的な侵略のツケが回ってきたと言えるだろう。朝廷は後日改めて国内外に声明を発表し、帝室の総力をあげて国内のあらゆる民族差別をなくしていくと改めて宣言したのだった
「「……」」
華内天王と藤堂伯爵夫人は天帝がこの部屋に来るまで保証人として室内に残ることになっており、二人の間には緊張が走っている
「……な、内天王殿下、弥勒院侯閣下と藤堂伯閣下がお越しでございます。」
しばらく続いた沈黙を破ったのは部屋に入ってきた事務官で、彼は緊張のあまり大天族に対する礼儀も忘れて小走りで華内天王に耳打ちした
「なぜ伯爵が?」
「奥方様が人質にされていると聞き、第三庁舎から直ぐに駆け付けられたようにございます」
「……天帝陛下は?」
愛妻家で妻を見るだけで笑顔がだらしなくなる男は放っておこうと判断した華内天王は即座に話をすり替えた
「天帝陛下は安全が確認され次第、ご入室されるとのことにございます」
「分かりました」
華内天王は息を整えてから老女に話しかけた
「弥勒院侯爵と藤堂伯爵が到着されたようです。陛下より先にお通ししてもよろしいですか?」
「かまいません。内閣府の高官がいてくれるのであれば好都合というものです」
老女は深く頷いた。隣に座る女も頷き、了承の意を示したので華内天王は二人に対して入室の許可をだした
「失礼致します。華内天王殿下、拝謁賜り誠に光栄にございます。内閣府事務次官、弥勒院直人にございます。本日は非日常的な出来事が発端とはいえ、こうして内天王殿下のご尊顔を直接拝見させて頂く機会を賜り嬉しく思い、天の大いなるお導きに感謝するばかりです」
弥勒院侯爵は華内天王には上品な笑みを浮かべつつも横目で老女を睨んだ
「久しぶりに会えて嬉しいわ、弥勒院侯。席について下さいな」
華内天王はまるで先程の緊張が嘘のように溶けていくのを感じた。自身が思っていた以上に彼女は緊張していたようだ
「内天王殿下、ご無事で何よりでございます。国土交通省運輸安全委員長、藤堂晴彦にございます。この度は弥勒院侯に無理を言って同行の許可を頂きました。何卒、突然の訪問を寛大な御心でお許しいただければ幸いにございます。天の御加護が殿下と共にありますようにお祈り申し上げます」
「私の無事を確認しに来たと言うより、夫人の無事を確認しに来たのでは?」
恭しく礼をする男、藤堂伯爵をみて苦笑した華内天王は己の後ろに控える藤堂夫人に目を向けた。しかし、微笑ましい空気が漂ったのもつかの間でやり取りを見ていた老女が口を開いた
「内閣府高官の弥勒院侯ならまだしも国交省の高官はこの場に必要ないのでは?」
「愛しい妻が朝廷に歯向かう愚かな者共の相手をしているというのに彼女に忠誠を捧げた騎士である私が共に居ないのはおかしいとは思わないか?」
「ふむ、まぁ良しとしましょう。私たちは天帝陛下に直訴をするためにここに参上したのですから。外野が増えようと関係ありません」
「恐れ多くも陛下と内天王殿下のお手を煩わせる愚か者から御二方をお守りするのも臣下の務めである。関係ないという言葉は撤回してもらおう」
「……」
室内には再び緊張が走った
「て、天帝陛下がご入室されます!」
しかしその緊張感を破ったのは先程から落ち着きがない事務官で、彼の大きな声に室内にいる全員が奥の扉に視線を向けた
「……ようやくお越しですのね。偉大なる太平天帝国の主にして天の代行者たる蒼士帝よ」
老女は入室した蒼士の姿を見て微笑みを浮かべた。
「貴女もよくぞここまでのことをしてくれたものだ。自身でもそう思わないか?栗田公爵未亡人」
「……」
「……私も少し予感はしていたのだがな。まさか夫人だけでなく栗田公爵自らも関与しているなんてね。それに、後ろにいる二人は傍系の家門の人間ではないか?」
「……横田川公爵直々の教育を受けただけあってとても利口でいらっしゃる。帝は私達のすることなどお見通しということですのね?」
老女改め栗田光恵公爵未亡人は穏やかな笑みを消して無表情に蒼士を睨みつけた
「お母様、朝廷にはなにも情報は伝わっていないはずです」
「えぇ、分かっていますよ」
気遣うように公爵未亡人の肩に手を添えて声をかけた隣の女性はお付きの侍女などではなく実の娘、栗田公爵本人だった
「天帝陛下、改めまして直訴致します」
「……」
「秘密裏に進めている新田子爵との婚約を白紙に戻して頂きたい。そして我ら狼蘭の民に自治権をお与えください」
「なっ!」
公爵未亡人の言葉を聞いた藤堂伯爵が驚きのあまり一歩前に出た
「なんと尊大な!亡国を復活させるつもりか!?」
「我らは!一度たりとも!」
栗田公爵が勢いよく立ち上がり蒼士を指さした
「お前たち帝国の支配を心の底から受け入れたことなどない!もううんざりなのよ!」
「生意気な蛮族め!恥を知れ恥を!陛下!この者共の直訴など聞き入れる必要はありませぬぞ!」
「その通りにございます!亡国の王族の末裔でありながら華族であることを許され、帝国の慈悲に生かされた者共の戯言です!」
弥勒院侯爵と藤堂伯爵が声を荒らげ、彼女らの視線から蒼士を守るように立ち塞がった
「天帝陛下に対して指を向けるなど何たる無礼か!それが許されるのは同じ血が流れる天上人のみである!狼蘭人ごときがしてよい行為ではない!恥を知れ!」
「やはり滅却しておくべきだったのだ。ユアロプ大陸東部の覇者たる帝国が与えた慈悲を無下にするなど……!」
「さすが純血華族ね。朝廷と大天族に対する忠義と自分たちがこの世で一番高貴だと信じて疑わない。笑っちゃうわ」
栗田公爵の言葉に二人は更に額のシワを深くした
「……純血こそが正しく高貴であると信じるのは勝手だけれど、自分の置かれた状況を把握するべきね。この宮殿内の指揮系統は混乱しているわ。こちらはいつでもこの国の中枢を破壊する用意がある」
弥勒院侯爵と藤堂伯爵は悔しそうに栗田公爵を睨みつけた。そんな中でも落ち着きを保っていた蒼士は腕を組みなにやら考え出した
「先程から気になっていたのだが、栗田公が望むのは旧狼蘭王国領の自治権の付与で良いのか?独立ではなく?」
「……その通りです。我が栗田家に旧王国領の自治権を与えて頂きたいのです。独立は既に諦めましたわ。文化も言葉も何もかも帝国に統一された狼蘭に独立の資格などありません」
栗田公爵は真っ直ぐに蒼士のことを見つめ返し深く息をついた
「ですが民族の誇りを捨てたわけでも、王族としての矜恃を捨てたわけでもありません。これは今も尚不当な差別や格差に苦しむ狼蘭の民の総意だと自負しております。私たちは今日この覚悟を天帝陛下と純血華族の者共に知ってもらうために宮殿に参りました」
公爵はゆっくりと言葉をつむいだ。そしてそれを見ていた公爵未亡人は厳しい視線を蒼士に向けた
「反逆者として我々を武力で弾圧するのであればそうなされよ。しかし帝よ。朝廷に対して恨みを持つ者は多いはずです。本人たちは口には出しませんが帝国三大財閥の一角、天童財閥の天童家は元を辿れば親明王国にルーツを持つ両替商の一族です」
「……まさか旧明親王国の国民もこのクーデターに加担しているのか?」
「その質問にはお答え出来かねます。しかし、今陛下の大切な婚約者殿が向かっているチュロック連邦の総督は親明王国の出身者であるとお伝えしておきましょう」
「っ!公爵未亡人!いくら貴女といえど冗談が過ぎる!」
「宮殿に侵入した時点で命など惜しくありませんよ、陛下。私はこの命と一族の誇りを引き換えに、旧狼蘭王国領の自治権を要求しに来たのですから」
「……いいだろう」
栗田公爵未亡人と栗田公爵による天帝への直訴は後に帝国の教科書に大きく刻まれることとなる。
太平天帝国において初めて「辺境伯」という爵位が作成されある一定の自治権がその一族に与えられることになったことは建国三千年以来初となることだった。絶対的権威を誇る天帝は反対する純血華族の意見を押さえ込み、この法案を庶民院、貴族院、枢密院で可決させた。これは帝国が過去に行った一方的な侵略のツケが回ってきたと言えるだろう。朝廷は後日改めて国内外に声明を発表し、帝室の総力をあげて国内のあらゆる民族差別をなくしていくと改めて宣言したのだった
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