天の求婚

紅林

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本編

当事者たち

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 自身の婚約のせいで裏で苦労している人が大勢いるとはつゆ知らず、大貴は中央宮殿にある蒼士の住まいに赴いた。事前の連絡なしの訪問は婚約者とはいえ大変無礼であり、受け入れられるか不安だったが蒼士は快く大貴を部屋に招き入れた

「こんにちは子爵」
「天に選ばれし偉大なる帝国の主、天帝陛下にご挨拶申し上げます。本日は突然の申し出にも関わらず、拝謁の機会を頂き光栄です」
「構わない。挨拶はそれくらいにしてお茶を飲もうじゃないか。そこに座ってくれ」

 深々と頭を下げた大貴に優しげな笑みを向けた蒼士は自身でティーポットにお湯を注いだ。大貴は対面のソファーに腰かけて砂時計をひっくり返す蒼士を不思議げに眺めた

「……陛下自ら入れずともよいのでは?」
「趣味みたいなものさ。栗田公爵夫人の趣味がが利き茶でね。よく付き合わされた」
「公爵夫人が……」

 実の所大貴は帰国後すぐに宮殿にやってきたため栗田公爵未亡人が起こしたクーデターの結末は大まかにしか把握していない。そのため蒼士本人から栗田家の名前が出たことに少し驚いた

「心配しなくて良い。これも帝国に必要な変化の一つだ」
「必要な変化?もしや公爵夫人のしたことはっ!ん!」

 それ以上は言葉を紡げなかった。なぜなら蒼士が大貴の口に人差し指を押し当てたからだ

「さぁ、あと一分でお茶ができるが子爵はどのカップが好みだ?」

 それ以上有無を言わさないオーラを放つ蒼士の視線に耐えかねた大貴はテーブルに並ぶカップの中から黄色の蔦植物が描かれたカップを選んだ

「まぁ子爵が言わんとしていることは恐らく正しい。しかし、それを口にすればそれは終わりを意味する。帝位は奪われ、我が弟のものとなるだろう」
「……失礼致しました」
「暗い話はもうやめよう。その話はもう既に決着が着いている。子爵が気にすることじゃないさ」
「分かりました」

 渋々納得した様子の大貴を見て苦笑した蒼士はクスクスと笑いながら湯気のたつカップをソーサーにのせて差し出した

「これは瀧川茶と呼ばれる国産の紅茶だ。今でも紅茶は華都はなのみやこ産のものが多いが近年では我が国でも作られている」
「農業は我が国が誇る一大産業ですから」
「そうだ。しかし国土面積に対する割合としては著しく低い。若年層の農業離れには困ったものだ。まぁ子爵は江流波生まれ江流波育ちだから都会に憧れる若者の気持ちは分からんか」
「そんなことはありませんよ。私も学生時代は身分を隠して友人を作り、繁華街に出かけることもありました。地方出身者が都市部に出たがる理由も分かります」

 大貴は学生時代を思い返しながら言葉を紡いだ

「帝国の今後の課題として貧困問題、少子高齢化、都市への一極集中と地方の過疎化などが挙げられている。どれも列強国が頭を悩ませている問題だ」
「後半の二つはともかく、貧困問題に関しては最近ではあまり聞きませんね」
「貴族院の議題に上がるのはいつも少子高齢化や環境問題ばかりだからな。我が国は相対的貧困率は高いが絶対的貧困に苦しむ家庭はほとんど居ないのに加え、報道機関もあまり報道していない」

 蒼士は持っていたカップをソーサーに戻して大貴に視線を向けた

「人口の一極集中も問題だ。帝国の人口は三億五千万人強、そして江流波都市圏の人口は五千万人だ。これは全人口の十五パーセントにあたる。それに一極集中が進むのは江流波だけではない。五大都市の別楼皇べるのう特別市、亜夢怜あむれい特別市、仙尾写せんびしゃ特別市、雉ノ宮きじのみや特別市を含めば全人口の半分が都市圏に居住している事になる」
「半分も……」

 大貴は少し意外に思った。確かに江流波の市街地は人で溢れかえっているがそこまでとは思ってもみなかったのだ。具体的な数字で表されるのと体感とでは訳が違うようだ

「無事帝位に就いたからと言って終わりでは無い。これからがあるんだ。私は臣民が豊かに暮らす国を作りたい。平民、華族、大天族、それら三民がいがみ合うことなく暮らせる社会を作り出す。私が子爵、いや大貴と歩んで行きたいと願う未来は理想郷に近い夢物語かもしれない。だが、私は夢物語で終わらせるつもりは無い。私の代で不可能ならば何百年かかろうともこれを実現する。それが私の思い描く、この国の未来だ」

 大貴はゆっくりと息を吸い込み肺に空気をいれた。それを何度か繰り返して興奮を抑える

「……陛下が思い描くその未来の中に私がいていいのでしょうか?」
「……」
「分かっているのです。陛下に嫁ぐに相応しい純血華族の中で私は歳が近く偶然選ばれただけだと。そんな私を陛下はいつも丁寧にもてなして下さります。それが陛下の優しさだと分かっています。ですが私の家門は恐れ多くも継承順位を無視し、第二天子である桃子殿下を無理矢理推薦した過去があります。それは陛下のこれからのっ!」

 大貴はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。なぜなら蒼士が唇に人差し指を押し当てて口を塞がせたから

「少し昔話をしても良いか?」

 優しい笑みを浮かべた蒼士は記憶を辿るようにゆっくりと語り始めた
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