18 / 23
番外編
番外編:キャサリンの寝顔(書籍化記念SS)
しおりを挟むこれは全ての事件が片付き、世間が落ち着き始めた頃の話である。
朝、目が覚めるとちょうどアマンダが、カーテンを開けているところだった。
「おはようございます、お嬢さま。本日のご予定はありません。朝食は殿下が一緒にとの事ですので、少ししたら御支度を」
「んん、おはよう……。わかったわ」
私はぼーっとする頭を覚醒させようとアマンダから果実水を貰う。アマンダの傍にあるワゴンには果実水の他に綺麗に切り分けられたフルーツが置かれていた。
最近王都では朝食前に果実を食べるというのが流行っているのだが、それの影響だろうか。
「……ん、あれ? 今日ってシーア先生の授業なかったっけ……」
ふわふわとした夢心地のままであまり舌が回らない。早く目を覚さなきゃ、と思っていたらアマンダが私の顔に濡れタオルを押し付けた。あまりの冷たさに目が覚めた。
なんという強引。思わずアマンダの顔を見ると彼女は軽く片眉を上げただけだった。
「それが急遽用事が出来てしまったようで本日の授業はお休みだそうです。なんでもお孫さんが遠方からいらっしゃったとか」
「えっ、シーア先生お孫さんがいるの⁉︎」
見た目はお母様より年上かなとは思ったけど、孫がいるとは……
「にしても予定が急になくなると何をしようか迷うわね」
毎日何かしら予定があったから丸一日空くってなかなかない事だし。
「――……そうだ。今日はあそこへ行く事にするわ!」
私が声をあげるとアマンダは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにわかったのか頷いた。
「では朝食後に手配しますね」
「ええ、頼んだわ」
アマンダに着替えを手伝ってもらい、私は朝食のために食堂へと向かった。
食堂は王宮内にいくつも存在するが、王族が使用する食堂は限られており、今回向かう場所は数多くある中では比較的小さな場所だ。
といっても壁から食卓テーブルまでかなり距離がある。あくまで比較的、小さいだけなのだ。
食堂へ着くと程なくしてレオナルド様が現れた。
挨拶と共に着席すると朝食が始まる。食事が進み、残るは食後の飲み物のみとなったところでレオナルド様のご予定とか、今後の予定などを彼が話してくれるのを聞いていた。すると「そういえば」と彼が切り出した。
「ロイド講師の授業が今日は休みだと聞いたけど、その後の予定は決めた?」
「ええ」
私はにっこり笑うとレオナルド様は「なんだか嬉しそうだね」と微笑んだ。
「どういう予定か聞いても?」
「ふふ、内緒です」
そう私が言うと彼は目を丸くした。そして視線を横にずらした。それは一瞬の出来事だが私は見逃さない。彼の視線の先はアマンダだ。
「……って言っても、レオナルド様はアマンダに聞くのでしょう? いくら雇用主だからってズルイですよ。アマンダは逆らえないんだもの。……だから特別に教えてあげます」
私が尊大に言うと彼はくすくす笑って聞く姿勢になった。
***
キャサリンが住んでいる棟にはレオナルドが特別に作らせた図書室がある。
以前王立図書館で誘拐されたことをレオナルドはいまだにトラウマに思っており、二度と危険な目に遭わないようにと設計された極秘の図書室だ。
その図書室は通常ではわからないよう設計されており、その存在は一部の人物にしか知らされていない。
しかも都合が良い事にレオナルドの執務室からも近い場所にあるため、レオナルドの心の安定にも繋がっているのである。
キャサリンもその図書室をプレゼントされた時は規模のデカさに驚き、遠慮していたが、今では暇があれば入り浸るようになっていた。
図書室の内装も家具や調度品も、すべてキャサリンが好みそうなものばかりで揃えられており、もちろん本だって彼女の好きそうな物がびっしりあるわけで……、それで気に入らないなんて事になるはずがない。
それで入り浸らないなんて事になるはずがないのだ。
しかもキャサリンに激甘なレオナルドの事である。キャサリンがもっと快適に過ごせるようにと、本を読むのに快適な品々が贈られてくるせいでキャサリンは図書室に住みたいと本気で考えていた。
「え、キャサリンが部屋に戻ってきていない?」
それは夕刻に差しかかる時間の事。
執務室で仕事をしていたレオナルドの元に、その報告はやってきた。
報告を持ってきた衛兵は心なしか息が弾んでいる。急いで来たのだろう。何かがあった事は間違いない。レオナルドはそう判断し、席を立つと近くに立てかけられた剣を手に持った。
「すぐ向かう。アマンダからの連絡は」
「それがないようです」
レオナルドはマイセンや近衛兵を引き連れて執務室を出ると足早に廊下を進む。その足は止まる事なく、頭の中では数々の可能性を考え、その対処法を練っていた。
万が一の事態が起こった時は……
眉間が寄るのを感じながらレオナルドは前を見た。
迷いなく進んだ先に見慣れた扉が目に入る。キャサリンの図書室だ。そしてその扉の前にキャサリンの護衛騎士が立っているのを見つけた。どうやら彼女はまだ図書室にいるらしい。
(不測の事態ではなかったのか)
レオナルドは人知れず詰めていた息をそっと吐いた。
「キャサリンは」
「で、殿下、なぜここに」
突然現れたレオナルドに護衛騎士は驚いた。そして少しばかり動揺している。レオナルドは彼が何かを隠しているのだと判断した。
「キャサリンは、と聞いている」
苛立った様子のレオナルドに騎士は背筋を伸ばして「室内です」と答えた。
だが、レオナルドが室内へと入ろうとした時、騎士は引き留めた。
「キャサリン様はこの中ですが……、今は、その」
「なんだ、何か不都合があるのか」
「それが、アマンダから誰一人入室させるなとの通達がありまして」
「アマンダが……?」
するとガチャリと音を立ててアマンダが顔を覗かせた。
「これは殿下」
「アマンダ。説明しろ」
彼女が飄々としているという事はキャサリンに危険が及んでいるわけではないのだろう。レオナルドは幾分か冷静さを取り戻して、先ほどまでの自分を恥ずかしく思った。
それはそうだ。報告に来た衛兵は私室に戻っていないと言っていただけで彼女の身に何かあったとは言っていなかったし、万が一危険が生じている場合は彼女に内密につけている私兵達から、すぐさま報告が来るはずだ。
(彼女の事になると、どうもうまくいかないな)
こちらを見るアマンダに見透かされている様でレオナルドは頬をかいた。
「お嬢様は室内におります。が、入室されるのは殿下だけでお願いいたします」
アマンダはレオナルドの背後にいるマイセンや衛兵に目をやり、扉を開けた。
キャサリンの図書室は一階の天井を取り外し、二階まで見えるよう吹き抜けになっている。二階の窓にはステンドグラスをあてがい、色彩鮮やかな光あふれる空間となっていた。
壁に配置された本棚からはいくつか抜け出されている跡が見受けられ、その近くの机には数冊の本が置かれていた。
好奇心のままに本の表紙を覗こうとしたところでアマンダから声がかかる。
「お嬢様はこちらです」
アマンダが示したのは図書室の奥へと続く部屋だ。
レオナルドは彼女が快適に過ごせるように特別な部屋を用意したのだ。ゆっくりくつろげるように。……それがこの部屋だ。
コンコンとアマンダが扉を叩くが返事はない。
「お嬢様、入りますよ」
しかしアマンダは遠慮なく、室内へと足を踏み入れた。
「あー……なるほど……」
「私以外、誰も見ておりませんので」
入室した先の部屋で、キャサリンは寝ていた。
そう、寝ているのだ。
ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てて寝ている。急に睡魔に襲われたのだろう、キャサリンはろくに掛け布団もせずに転がっていた。寝相のせいなのか、元からこうだったのか、少しだけスカートが捲り上がり、本人が気づいたら卒倒するような姿だった。ようはあられもない姿なのである。
「……これは、アマンダの采配に感謝するよ」
「お褒めに授かり光栄です」
レオナルドはキャサリンが寝ているベッドへ近づくと未だ寝ているキャサリンの頭を撫でた。
「このベッドは気に入ってくれたみたいだね。用意した甲斐があったよ」
実はこの図書室、本を読む以外にもキャサリンが誰にも邪魔をされずに休めるよう、レオナルドが用意した部屋がある。それがこの寝室だ。
私室とは違い、多少手狭ではあるが使い勝手の良い家具で空間が作られていて、私室とは異なる魅力がある。
だからキャサリンがこの部屋で寝るのもわかるのだ。
「こんなかわいらしい寝顔、他の男に見られなくてよかったよ」
シーツに広がるプラチナブロンドを撫でながらレオナルドは笑った。少しだけくすぐったそうにキャサリンが身動きしたからだ。
「起こす事も考えたのですが、お嬢様の寝起きは大層可愛らしいものなので、それを含めて殿下の気に触るかも知れないと判断しました。かと言って私だけで運ぶのは少し心許なく、それならば……と」
「私を呼んだわけか」
アマンダはレオナルドの忠実な臣下だ。主人の意向をきちんと理解している。
レオナルドはキャサリンの事になると、途端に狭量になるということを。
「アマンダの給料をあげるようマイセンに伝えとくよ」
「ありがとうございます」
レオナルドはキャサリンに自身のジャケットを被せると静かに持ち上げた。このままお姫様抱っこで部屋へ連れて行くようだ。
アマンダはレオナルドを先行する様に扉を開け、二人はキャサリンの寝顔が誰の目にも入らないよう無事に部屋へと届けたのだった。
end
82
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。