放課後の秘密の共犯者が俺にだけ執着する理由

茶々

文字の大きさ
8 / 43
五月

テスト週間.1

しおりを挟む
「おい、待てこら」
「……なに」
 奏が不満げに眉をひそめた。
「なんで当然みたいにまたキスしようとしてんだ」

 お約束の場所、夕暮れの第二閉架図書室。

 今日は瑠璃のほうが先に着いていた。
 少しずつ暖かくなってきた気温に、まだ五月病が抜けきらない身体を馴染ませるべく、だらだらとソファで寝そべりながら天井を眺めていた。
 ぱたぱたとアーモンド形の目を緩慢に瞬きさせていれば、ぬっと奏の端正な顔が視界に突然現れて、慌てて彼の口元を手で覆った。
 少しでも反応が遅れれば、昨日のようにキスされていたことに、瑠璃は怪訝そうに口をへの字に曲げた。

「……駄目な理由でもある?」
 掌にかかる奏の吐息の生々しさに、もぞもぞと指先を動かした。
「嫌になった?」
 奏の言葉に、瑠璃は困ったように眉をさげた。

 今までも奏のことはよくわからなかったけど、本気で奏の考えていることがわかんねぇ。

 この前の一回のキスは奏の単なる気まぐれではなかったのか。
 どうして彼がまた性懲りもなく瑠璃に口づけしようとしているのかが、欠片も理解できず、困惑気味に尋ねる。

「いや、嫌っていうか……普通、キスって恋人同士がするもんだと思ってたんだけど。俺の認識がおかしいのか?」
 そこで初めて、奏とのキスは瑠璃にとってのファーストキスだったことを自覚した。
 別にファーストだろうと、ワンハンドレッドスだろうと、唇が取れるわけでもないから特段、瑠璃が落ち込むようなことでもないが。
 ただ、瑠璃の不快かそうじゃないかに関わらず、一般的に恋人同士でもない二人が何度も理由もなくキスを交わすことが、異常、だということは知っている。

「……だから秘密になるんだろ。恋人同士じゃないのに、してるから。僕はキスがしたいってよりも秘密を増やしたい」
 当然のように奏は言った。

 そういえばそうだったと、瑠璃は彼の言葉を反芻させる。
 奏は瑠璃と秘密を共有するのが目的なのだ。誰にも言えない秘密を作れたのならば、なんでもよかった。
 たまたま隣の部屋にいたカップルがキスをしていたから、キスを選んだだけ。
 きっとカップルたちがもっと別の、例えば互いのシャープペンの交換みたいな可愛らしいものだったら、奏はそれを選んでいた可能性だってある。

「筋は通ってる……のか?」

 そうなると、現状、嫌悪感が特に湧かない瑠璃に彼を止める理由はない。
 そう結論付けた瑠璃に、奏は勝ち誇ったような表情で自分の口を塞ぐ瑠璃の手をとんとんとつついた。
「これ、邪魔」
「……はいはい」
 これ以上、拒む必要なしと判断した瑠璃は、まるで面倒な謎かけを前にしたようにため息をついてから、そっと手を外した。

「いい?」
「まあ……釈然としない気分だけど、どーぞ」

 唇が重なる。
 奏の唇は柔らかくて、吸い付いてくるかのように心地がいい。手触りの良い布に触れているみたいだ。
 信じがたかった奏とキスをしたという事実は、一度、皮膚がひっつきあえば、まるで水を得た魚のようにすぐに熱を帯びて、まざまざと瑠璃に自覚をもたらす。

 瑠璃は閉じていた瞼をあげた。

 琥珀のような双眸と視線が交わる。
 鏡のように自分の瞳が映り込んでいて、まるで合わせ鏡のように永遠に互いの姿が反復しているかのような錯覚に陥る。

 こいつ、キスしてるとき目を開けてるタイプかよ。

 その底知れない深い樹脂を煮詰めたようなとろりとした色彩の奥は不透明で、のぞき込めば、逆に引きずり込まれる深淵みたいに、瑠璃は視線を逸らすことができなかった。
 それはきっと、瑠璃のような平々凡々な単調な人生を歩んできた学生には、幼い頃に暗い押し入れの奥を目の当たりにしたような恐れさえ感じさせる。

 少しして顔が離れていくと、瑠璃は口を開きかけた。

「お前は、どうして―――」

 どうして、奏は瑠璃との秘密にこだわるのか。

 いや、それを聞くべきではない。
 瑠璃は甘く湿った唇を擦り合わせるように閉じた。
 尋ねようとしたそれは、同時に今まで瑠璃が一途に守り続けてきた他者との境界線を越える、彼のプライベートに踏み込む疑問だった。
 すんでのところで、瑠璃は躊躇した。

「……なに?」
「――いや、なんでもない。今日、珍しく遅かったな」
 まるで何もなかったような顔をして、瑠璃は身体を起こす。
「途中で捕まって」
「何に?」
 奏は一瞬、話したくなさそうに、くわっと顔をしかめて
「……告白」
 と吐き捨てた。
「……あー」
「ほらな。そういう顔する!」

 瑠璃の気まずさを隠さない、あからさまに視線を外したような居たたまれない表情を奏は鋭く睨みつけた。
 すぐさまごめんごめん、と瑠璃は弁解する。

「面白いわけじゃないんだけどさ、お前と話すようになってまだ一ヶ月半なのに、告白された回数数えきれなくなってきてるもんだから、つい」
「数えてたのかよ。悪趣味だなお前」
「奏にだけは言われたくないね。それ」

 奏はため息をつくと、鞄の中から持ってきたゲーム機を取り出して電源ボタンを押してから、あ、と小さく声をあげた。

「充電ない。瑠璃~。充電器ある?」
「ん? あぁ、はい。充電忘れんなよ」
「ありがと」

 ふと視線を感じて瑠璃が顔をあげると、充電しているゲーム機をくるくると回してて手遊びしながら、瑠璃をぼんやりと見つめる奏と目があって、「……なに?」と小首をかしげた。

「んー? きれーな顔してんなと思って」
「……はぁ? お前がそれいう?」
「いや、ほんと。なんていうの、こうさらさらした黒髪とかさ。ちょっとした所作とかに雰囲気があるっていうか……雰囲気イケメン?」
「褒めてんのか貶してんのかわかんねぇわ」
「褒めてる褒めてる」

 奏は瑠璃の耳のすぐ横を通る襟足を梳くように指先で掬って遊ぶ。
 まるで毛糸玉を転がす猫みたいで、瑠璃はちらりとそれを一瞥してからまたゲーム機に目を落とした。

「瑠璃って彼女いないんだっけ?」
「いない」
「好きな女子は?」
「いないな」

 答えながら、瑠璃は次々とゲーム画面の中の敵を倒していく。
 つまらなそうに奏は天井を仰いだ。

「なんで?」
「それを言うんだったらお前もだろ。なんで、告白してくる女子全部断ってんだよ。選び放題だろ」
「僕は……僕は……さぁ、なんでだろ」
 まるで奏自身もよくわかっていないようだった。

 それきり、その話題は終わってしまった。

 帰りがけ、瑠璃は思い出したように言った。
「明日から俺、来られねぇから」
 しばらく奏は思案したあと、
「ああ、そういや、あと一週間で中間テストか。なに、おまえ勉強すんの?」
「誰かさんと違って、天才的な頭脳は持ってないからな。さすがに下位はとりたくねぇ」
「野菜苦手だからじゃね? ピーマン食べろよ」
「うっせ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...