ラブアンドピース~悲恋を回避してハッピーエンドを目指しますぅ!~

ちまき

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ラブアンドピース

25 《ディーエクタス・アクアエ》 ずっと…

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「王女様は当主の妻になるのをお望みか?」
 
 溌剌とした声とキラキラと輝く瞳。これまで接した数少ない者達の無関心や同情、そして見下すものとも違う…ディーエクタス・アクアエが初めて向けられた、好奇心に満ちた瞳だった。
 それがユージン・キーファーとの初めて出会い。
 
 この時、ディーエクタス・アクアエ・カログリア、5歳。
 自分がどのような存在、立場なのかをディーエクタス・アクアエはこの頃には既に理解していた。
 それは母の教えの賜物。
 
『望む道を選ぶのですディーエクタス・アクアエ』
『王として生きるのも、魔法使いとして生きるのも、それ以外を生きるのも貴女が選ぶのです。好きに選びなさい』
『強くおなりなさい。何を選んでも誰も異を唱えられないように、強く』
『自分が一番幸せになれると信じる道を行くのですよ』
 
 母は聡明な人だとディーエクタス・アクアエは思う。
 接触する人間は極端に限られ、物資にこそ不自由しないものの常に監視された窮屈な環境の幼少期。
 監視者の全員が、ディーエクタス・アクアエが魔力適性を持っている事を知っている訳ではなく中には母子へ向けて不遜な態度を取る者もいた。生まれた時からそれが当たり前だった自分と違い、自分を産んだばかりにそんな環境に陥れられた母はよく狂わなかったものだとそれだけで感心できる。
 ディーエクタス・アクアエを恨む事もなく八つ当たりもせず、やがて幼くして引き離される娘に生まれながらに背負ってしまった宿命を包み隠さず教え、王族の矜持と自由を説いてくれた。
 
『母の事は気にしなくてよろしい。側には居られなくても貴女の幸せをいつだって祈っています』
 
 ディーエクタス・アクアエがキーファー家に預けられて以降、それきり会ってはいない。
 その母から、キーファー家で魔力適性を持っている者が婚約者になるだろうとディーエクタス・アクアエは聞いていた。同時にキーファー家の次期当主でもあるとも。
 だからキーファー家に到着した初日に「今日から一緒に暮らす新しい仲間だ」と一族に紹介される場で、心細い思いを隠ししながら同世代の子供達に向かってディーエクタス・アクアエは告げたのだ。
 侮られまいと、王女としての矜持を必死に示しながら。
 
「わたくしを娶る次期当主はどれか? これへ参れ」
 
 今でも思い出すと赤面モノである。
 ディーエクタス・アクアエがキーファー家の独特の価値観と次期当主の選考基準を知ったのは、それからずっと後の事。その時点で次期当主は決まるどころか跡目競争への本格的参加者すら定まっていなかった。
 しかしそれでディーエクタス・アクアエの前に立ったのが、母の言っていた魔力適性の持ち主であるユージンであったのは一つの運命だったのかもしれない。
 それが好奇心だと、ディーエクタス・アクアエが当時まだ知らない瞳を向けながらユージンは「当主の妻になるのをお望みか?」と問うてきた。
 向けられる未知の感情にたじろぎながら、気取られないように背筋を伸ばしてディーエクタス・アクアエが頷いて見せるとユージンはニカッと屈託のない笑顔を浮かべて手を差し出した。
 
「ではこのユージンがキーファー家の当主となって、貴女にその妻の座を捧げましょう!」
 
 気付けば考えるより先に、ユージンの手を掴んでいた。
 その手の暖かさを今でも覚えている。不安と緊張で冷え固まっていたディーエクタス・アクアエの手と心を、確かに解してくれたから。
 
 ディーエクタス・アクアエがキーファー家に馴染むのに別段苦労は無かった。
 キーファー家の懐深い性質のお陰でもあったが、まずユージンが何処へ行くにもディーエクタス・アクアエを連れ出し、会う人会う人に自分の婚約者だと紹介していくものだからあっと言う間に覚えられた。
 子供達は深く考えず遊び相手が増えたと喜び、窮屈な環境で碌に遊んだ経験がないディーエクタス・アクアエに色んな遊びを教えてくれた。
 その際、ユージンだけでなくキーファー家基準で加減を知らない子供達に引っ張られ、引き摺られ、振り回され、ディーエクタス・アクアエはよく目を回していた。それを、流石に最初は王女をどう扱ったものかと戸惑っていた大人達が助けてくれ、それがきっかけで一族の子供として分け隔てなく接してくれるようにもなったのだ。
 キーファー家で目にするもの感じるもの全てがディーエクタス・アクアエにとって初めてのモノ。
 窮屈な環境から一転、一気に広がった世界は楽しくて楽しくて……時々、無性に胸を締め付けさせた。
 
 どうしてこんなにも違うのだろう。
 どうして最初から母と一緒にここへ送ってくれなかったのだろう。
 今頃母は、血族の人達はどんな生活でどんな思いをしているのか。
 元凶とも言える自分がこんなにも楽しく日々を送って…本当に良いのだろうか。
 
 そんな思いにディーエクタス・アクアエが囚われている度に、必ずユージンが側にいた。
 常にいたけれど、そう言う時の彼は何も言わず何も聞かず、長閑な草むらの上に2人で寝そべって自分の心臓の音をディーエクタス・アクアエに聞かせるのだ。
 ただそれだけ。
 けれど気付いたらいつも、ユージンの心臓の音に落ち着きながらディーエクタス・アクアエは眠りに付いていた。目が覚めれば、胸を締め付けるモノは幾分か緩んでいて…。
 ディーエクタス・アクアエがユージンに心を許すには十分な理由となった。
 
 ユージン・キーファーは本当に不思議な人だ。
 年齢は二つしか違わなくて、普段遊んでいる時などはディーエクタス・アクアエよりよっぽど年下に見えるのに、時折ずっと年上のような顔を見せる。
 単純なようで掴みどころがなく、芯は全く変わらないのに底が見えない。
 
 あのトッププロと名高いヴァロータ・チャチャイをして、食えないと言わしめた人。
 5歳からの知った関係のはずなのに、未だにディーエクタス・アクアエが予想だにしない事が飛び出してくる…。
 
「動揺し過ぎだ、ディー。隠密魔法がブレブレで、あれでは隠れている意味がない。まーヴァロータ・チャチャイは最初からお前達に気付いていただろうがな」
「面目次第もありません…」
 
 1年2組のローリ・クレインとトラモントの登用係ヴァロータ・チャチャイが場を去るまでの短い時間、身体だけでなく思考も過去の穴へ落としていたディーエクタス・アクアエにユージンの声が降ってくる。
 成長し、声変わりこそしたものの初めて会った時と変わらない明朗な声。
 ディーエクタス・アクアエは俯いたまま応える。
 顔が上げられない。上げれば、あの強い眼と合ってしまう。
 いくら動揺していたとは言え、同級が仕掛けた罠に二つ続けて掛かるなんて不様も良いところだ。しかも二つとも事前に気付いていたと言うのに。
 1年生の後輩相手には強引ながらも誤魔化したが、ユージン相手には無理だ。彼がいったいどんな顔で見ているのか…。ジクジクと地味に痛む脛を抑えながらその膝に額を当て、ディーエクタス・アクアエは蹲っていた。
 
「そこから出てきたらどうだー? 脛、痛いだろー? 私が治療してやるからー」
「…わ、わたしの事はお構い無くっ。えっと、今はわたしはですね、穴に落ちても変わらず美しい自分の素晴らしさについて見詰め直している所なのですよっ。なので、どうぞキーファー先輩はこの場から離れお好きに休日をお過ごしくださいっ」
「うーむ、つまり暫く出てくるつもりはないって事か。仕方がないなー」
 
 このまま放っておいてくれた方が今のディーエクタス・アクアエには良かった。
 未だ動揺は収まっていない。
 穴に落ちたのもこうなればいっそ都合が良い。脛の治療など自分でも簡単に出来るのだし、今は1人で考える時間の方がよっぽど欲しい。
 先程聞いた、ヴァロータ・チャチャイに告げたユージンの言葉を自分の中で整理する為に…。
 
 そう思って小さく息を吐いた瞬間、ズズズと音が聞こえたかと思えばユージンが穴の中へと降りてきた。
 
「えっ? えっ!?」
 
 落とし穴は1人用で、底の広さは座った状態で足を伸ばしたら膝が少し曲がる程度。膝を抱えて考え事をするには丁度良いが2人…それも日頃から鍛えていて体格が良いユージンが一緒となると少々狭い。かなりの至近距離になる。
 実際、うろたえている間にユージンは向かい合う形でディーエクタス・アクアエをすっぽりと自分の足と足の間に収めてしまう。
 
「なっ。キーファー先輩っ、何を…っ」
「ほら脛見せなー。他に痛めたところはないか?」
「あ、ありませんよっ。治療くらい自分で出来ますしっ、こんなところ誰かに見られる方が恥ずかしいと申しますかっ」
 
 ディーエクタス・アクアエの主張など聞こえていないと言った様子でユージンは片手で脛の治療を始める。
 豪快なユージンが人の話を聞かないのはいつもの事…。武芸クラブの後輩達が置いて行かれないように気を配るのはいつもディーエクタス・アクアエの役目だ。
 クラブ活動での事を思い出してつい溜め息を吐いていると、ユージンが空いた手の指を軽く振った。
 
「先程の私の言葉に嘘偽りはありませんよ、ディーエクタス・アクアエ様」
「…っ!」
「結界を張りました。ここでの会話が洩れる事はありません。穴も、外からは見えないように隠しました」
「だっ! だとしてもっ! ……キーファー家の外でわたくしをそう呼ぶのは、ルール違反です」
 
 長いから。と言う建前で呼んでいた「ディー」の愛称ではなく、敬称を付けた名前呼びに丁寧な言葉使い。ディーエクタス・アクアエがキーファー家の中でのみ受ける、本来の生まれの身分に沿った扱い。婚約者であるユージンもそれに準じている。
 キーファー家以外に正体がバレないようにと、これまでキーファー家の外でその扱いを受けた事は無い。入学当初はユージンがいつ豪快にやらかすかと内心ではヒヤヒヤしていたものだが、意外にも彼はディーエクタス・アクアエを後輩としてしっかり扱い、今日まで一度もしくじらなかった。
 なのに今、ユージンは自らその禁を破った。
 
「今回ばかりは、今、ここで、話しておく必要があると判断しました。私の我が儘にお付き合い願います」
「話って…」
「私とヴァロータ・チャチャイとの話、聞いていたのでしょう?」
 
 自分の喉から出てこようとする言葉をディーエクタス・アクアエは咄嗟に息を吸って止める。
 それが、自分が穴から出ようとしなかった理由だと気付いているくせにユージンは見逃してくれないらしい。
 ユージン・キーファーは真っ直ぐに人を見る。
 見ていないようで、大切な事はしっかりと見ている。
 目を逸らす事はしない。
 そして相対する人にも目を逸らさせない。
 案の定、ディーエクタス・アクアエの目をユージンの目が捉える。もう逃げられない。
 
「わ、わたくしはっ…魔力適性を持っている者が婚約者になると母が言っていたからそう信じていました。次期当主でもあると。後から跡目競争の事を知りましたが、ユージン様は最初からっ、競争に参加しているとばかりっ。貢献度を上げる為に、王女のわたくしと婚約したのだとっ……っ、あんなのっ聞いていません!」
「うん、ちゃんと話さなくてはいけませんでしたね」
「ユージン様が当主になるにはどうすればいいかって沢山考えたのにっ、わたくしのせいで決定を欠いていると沢山落ち込んだのにっ、いっそわたくしなんていなくなった方がいいのかもって沢山悩んだのにっ!」
「うん、ごめんなさい」
 
 ユージンと目を合わせた途端、必死に堪えていた言葉がこれまで胸の奥でひた隠しにしていた思いと共にディーエクタス・アクアエの制止も聞かずに飛び出してくる。
 不安と緊張を解してくれたユージン。
 手を引いて、ディーエクタス・アクアエを新しい世界へ連れ出してくれたのは間違いなく彼だ。
 豪快で屈託のない笑みにどれだけ救われたか分からない。
 胸が締め付けられる度にそっと寄り添い続けてもくれた。
 感謝の想いが婚約者の立場も合わさって、恋心に変わるのにそう時間は掛からなかった。
 ユージンの為に何かしたかった。
 当主を目指している彼に王女の地位が役立てられると、自分の生まれを初めて誇れた。
 それなのに自分が中央に呼び戻される可能性のせいでいつまでもユージンが最終候補止まりなのだと知って、本気で消えたいと思った。
 自信満々に振舞ってみても、言葉に出来ない不安と焦りはずっとディーエクタス・アクアエの中で消えずに蓄積されていた。
 それが、まさかいきなり露わにされるなんて…。
 今日は何と言う日なのだろう。
 
「ごめんなさい。貴女がずっと焦っているのに気付いていたのに、勘違いをしていました。どうやら私達は最初の段階ですれ違っていたらしい…」
 
 治療が終わったらしく脛から手を離したユージンはディーエクタス・アクアエと向き直る。
 
「私はディーエクタス・アクアエ様の望みがキーファー家の当主の妻になる事だとずっと思っていた」
「…言った覚えはありません」
「そうですね。この際続けて言えば、当主の座そのものには今でも正直興味はない。私の望みはそこではありません」
「…っ、では、ユージン様の望みとは、何なのですか?」
「貴女の側にあって、貴女の望みを叶える事」
 
 目を逸らさず、真っ直ぐに見据えたままにユージンは答えた。
 
「一つ、ヴァロータ・チャチャイに嘘を付きました。奴には貴女を得る為にと言いましたが……貴女が生まれながらに背負っているモノは理解している。最終的に貴女の伴侶となる男が私でない覚悟は、当の昔に出来ています」
「えっ」
「ディーエクタス・アクアエ様の望む道を行かれよ。王として返り咲きたいと中央に戻られるのもよし。私は止めたりしません。それが貴女の望みなら、望まれるままに婚約も解消する。それで仮に貴女の隣に立つ男が私じゃなくても、貴女の近くにいさせてほしい。それが私の望みです」
「ユージン様…」
「ダメだと言われてもこっそりいます。貴女も厄介な男に惚れられたものだ。例え肉体が滅んで目に見えない状態でも、貴女と共にいます」
「…厄介な男って、自分で言いますか」
 
 フフッ。笑みと共にディーエクタス・アクアエの瞳から涙が零れた。
 本当に…底が見えない、食えない人。
 ディーエクタス・アクアエが不安を言葉にせず胸の奥に溜めている間に、1人で勝手に決めてしまっているのだから。いつもこちらを振り回してばかり…。
 
 でも、置いて行ったりはしない。
 側にいてくれる。
 ディーエクタス・アクアエを見てくれている。
 
「近くじゃ、嫌です」
「ん?」
「ちゃんと見える所に…隣にいてください」
 
 涙は止め処なく零れ続けている。
 それに乗せて、ディーエクタス・アクアエは自分の望みを言葉にする。
 
「そんな覚悟なんかしてないで、ずっと一緒にいてください」
 
 母も、母の事は気にせず好きな道を選ぶようにと言った。
 でも違う。
 ディーエクタス・アクアエは、母に側にいてほしかった。
 振り向けばいつでも見える所にいて、好きな道を選ぶ自分を見ていて欲しかった。
 
 母とユージンは違うけれど、違うからこそ、同じ事をしてほしくない。
 
 手を伸ばしてユージンの目の前で小指だけを立てて見せた。
 約束事をする時にお互いの小指を引っ掛け合って誓うささやかな風習。いつの時代からなのかは定かではないが、異世界の知識が由来していると聞いた事がある。
 
「一緒じゃなきゃ嫌です」
「…心得ました。ずっと一緒に。ですね」
「ずっと?」
「ずっと」
「ずっと」
「ずっと」
「ずっと」
「ずっと」
 
 ディーエクタス・アクアエの小指に自身の小指を絡めながら、ユージンも誓ってくれた。
 何度も何度も同じ言葉を繰り返すディーエクタス・アクアエに、飽きず、嫌な顔一つせず、同じ言葉を同じだけ返し続けてくれる。
 
 狭い穴の中、2人で暫くそうしていたーーー
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