21 / 33
皇太子の婚約者は暗殺者?
20.話をしようか
しおりを挟む
アズベルトの要件とは帰りの支度が終えたと言う報告だった。
ダスティシュの屋敷から船が停泊している河港まで移動すれば、後は船に乗って3日と掛からず帝都に辿り着く。流れが逆になるので、帝都からなら2日ほど。それを利用して皇太子はシャオヤオが辿り着く1日前にはダスティシュ領に着いていたそうだ。
正直ムカつく……だが。
「コハクさんはシャオヤオに気付かれないように並走と先回りをして、シャオヤオの行く先の安全と使う馬の確保をしてくれていたんだ」
と言われてしまえば、怒りなんぞ何処かへ飛んでいく。
道理で丁度良く馬を奪…拾え続けられたわけだ。ほぼ休み無しの強行軍だったとは言え、そんな見えない補助がなければシャオヤオが着いていたのは3日目の夜ではなく4日目の昼になっていたはず。
しかしムーダンの元へ帰る事だけで頭がいっぱいだったとは言え、シャオヤオとて追っ手を気にしていなかったわけではないし、何より並走している馬がいれば流石に気付く。断言してもいいが、周囲にそれらしいものはなかった。一体どうやって並走やら先回りやらをしていたのかと考えて、無駄だと思ったので考えるのを止めた。聞いたところで人間離れした回答が返ってくるだけだろう。そう言うモノだと受け入れて、諦めた方がいい。
アズベルトの報告を受け、皇太子はシャオヤオを連れてダスティシュの屋敷を出た。帝都まで、ムーダンの所まで連れて行ってくれるらしい。
因みにアズベルトとあの出来る執事は同行しないようだ。
「アズベルトは?」
「俺以外の名前を呼ぶ…。ここでの仕事の後片付けが残っているから、それを終え次第、帝都に戻る予定だ」
あの美しい女装男子の仕事とは何だろうと、その格好の意図も含めて気になるところではあるが、人の目があったのでここは口を閉ざしておく。
シャオヤオも大概だが、皇太子も船を使ったとは言え行きは早さ重視の強行軍だったとか。本来の航程なら、先に言った日数より1~2日増えるらしい。
なので、帰りは帝国皇太子の移動として少しばかり体裁を整えると先に断りを入れられた。
例えば屋敷から出立する際は整列した兵士達の送迎を受け、馬ではなくそこそこ見栄えがする馬車に乗り込む。自分の立場が良く分からなかったのでシャオヤオは黙って着き従っていが、見送りの兵士達に紛れて孤児達が手を振っていたので、それだけはシャオヤオも小さく手を振って応えた。
河港までも護衛を連れて隊列を組んで進む。歩きの者もいるので、そちらに合わせた速度である。正直走った方が早いが、これが皇太子の言うところの体裁なのだろう。
話は船の上でと言っていた皇太子は、これだけは先に片付けさせてくれと馬車の中でも紙に何かを書き付けていた。その辺の馬車よりはマシとは言え、それなりに揺れるのに気持ち悪くならないのだろうか? なんて横目で思いながらシャオヤオは馬車の窓から外を眺める。
暗殺者として潜んで生きていたシャオヤオを知る人間は、ダスティシュ領でも少ない。領民等はシャオヤオの正体も知らずに、高貴な方と思って通り過ぎる馬車に向かって頭を下げている。
何とも奇妙だ。詳しくはこれから聞く事になるだろうが、恐らくダスティシュ領は終わる。領主によって情報が遮断され古い時代を生きていた彼等の今後はどうなるのだろうと、ぼんやりと思った。
延々と掛かって河港に着いてからも、そこのお偉いさんだとかどこそこの責任者だとかと長々と言葉を交わし、やっと船に乗り込んだ頃には半日が過ぎ日は陰っていた。
船は運河で使える物では一番大きいらしく、馬車と同じくこちらも見栄えがする物だった。皇太子が早さ重視で来る際に使った船は一回りも二回りも小さかったそうで、つまり速度はあまり出ない。溜め息が出る。体裁、面倒くさい。
「では話をしようか」
皇太子に着いて船室に入る。帝国皇太子が使うだけあって、船の中とは思えない広さと豪華さだ。人生において一度たりとも足を踏み入れる事はないと思う類の場所だけに、ついあちこち眺めてしまう。
そうしている間に、部屋に備え付けられたテーブルに船上とは思えない豪華な夕食が用意されていた。もうそんな時間か。地位ある者の食事には大抵給仕が付き、料理は順に出される物だがスープもメインもデザートも、全ての料理がテーブルに隙間なく並べられている。そして用意した船員らしき使用人達は揃って外へ。込み入った話をするのに、配慮した形なのだろう。
部屋にはシャオヤオと皇太子の2人…なのだが。
「コハク、さんはまた何処かにいるの?」
「いや、先に帝都に帰っている」
「あぁ…そう」
あの白い何でも屋がまた何処かに潜んでいるのではないかと思ったのだが、いないらしい。どうやって先に帰るのかは聞くまい。
シャオヤオは大人しく皇太子の対面の席に座る。
「順を追って話をするのだけど…さて、何処から話そうかな」
少しだけ考える素振りを見せてから、皇太子は口を開いた。
「俺の仕事を簡単に言うと、粗捜しだ」
「粗?」
「国の、そして我が父フリーデン帝国皇帝の、粗捜し。父上は何と言うか、軍の指揮や戦略戦術、人心掌握に国の運用なんかの大きな規模の事に関しての能力はずば抜けているし、目的に向かってひた進む推進力も高い。だがそれ以下の単位の事になると途端に節穴で視野が狭く狭量で興味も持てず、しかも自分の足元を見たり振り返ったりもしないと、支配者としては理想的だが個人としてはまぁ欠陥だらけなお人でね」
民衆にも公平な政治体制を敷く、良き統治者と名高い現皇帝に向かって何とも酷い感想である。実の息子故に他人には分からないところが見えているのだろう。
「一つ例を上げると、以前話した伯爵家の相続騒動。後継者を幼い娘としその母を後見人に皇帝の名において許しはしたけど、その後は事実上の放置だった」
以前の伯爵家…と言うとあの縦ロール令嬢の事である。
あの時に聞いた話をシャオヤオは記憶から取り出して並べる。確か伯爵家を乗っ取ろうとする縦ロール令嬢の親が、そろそろ成人の年頃になった本来の後継者である娘を男爵に嫁がせようと画策していた…とか言う話。
皇太子の口ぶりは現在進行形だったと記憶している。つまり、つい最近と言う事だ。
皇太子の婚約者を目指す縦ロール令嬢の派手な動きから、伯爵家の問題は帝国の貴族社会でも筒抜け状態だと思っていたが……あぁ。
「興味も持たず、振り返りもしないってそう言う事?」
「そう」
許可を与えてそれで終わり。
伯爵家の騒動は、縦ロール令嬢が伯爵令嬢を自称し皇太子に積極的に絡むようになった頃から知られるようになっていた。
だが、皇帝は静観した。
「自分が自分の才気と努力で成り上がったから、他者に対してもそうであるべきと思っているんだ」
後ろ盾もなく貧乏貴族から上り詰めた実力主義の皇帝。財産の相続こそ故人の意思を尊重するとしても、地位の継承は実力でもって行うべきと考えている。
一つの家に地位ある者であろうとも他人が介入し過ぎるのは他家への影響もあってよくないとしつつ、皇帝がその名で許したのはあくまでも家督と財産の相続。伯爵には、縦ロール令嬢の父が実力を示すのであればそちらを据えても構わない…と言うのが本音らしい。
それが嫌なら、後継者たる娘は実力でそれを阻止または奪い返せばいいだけ、と。なまじ成り上がったが為に、皇帝の爵位等への価値基準は一般より低い。更に本心を言えば、当時は新王朝による大陸統一と平定でとても楽し…忙しく、皇帝が一つの家に拘ってはいられなかった。
「自称伯爵令嬢がウザいなら、俺が自分で何とかすればよいと返された」
道理で後継者の娘が成人するのを待っていたとは言え、シャオヤオとの婚約まで皇太子も手を出さなかった訳だ。
皇帝の言わんとしている事は分かる。シャオヤオだって自分の力で生き抜いてきた。
それでも眉が顰めるのを止められない。
自分の問題は自分で片付ける。そうではあるが、いくら改革しているとは言え前王朝から男性優位の意識が根強く残る国で、離れに追いやられた未亡人と未成年の娘に無茶を言う。
皇帝としては静観のつもりだろうが、事実上の放置は縦ロール令嬢の親の行いを黙認していたのに等しい。縦ロール令嬢の親が増長していくに決まっている。
しかしそんな皇帝が、激怒したとか。
急展開に着いていけない。
「理由は?」
「件の男爵との縁談さ。男爵に問題がない…訳ではないが、男爵そのものでは無くて。父上はある事情から、女性が意に沿わない婚姻を強いられ男に権力で弄ばれるのを毛嫌いしている。それはもう、仇のように」
件の男爵とは、愛人の数が両の手では足りない程いる好色家で皇帝直属の臣下だったはず。
愛人を多く抱えていても男爵の人柄そのものは問題ない。皇帝はそれを知っている。
だが縦ロール令嬢の親はその人柄を知らずただ好色家としての噂から、後継者の娘が酷い目に合う事を期待して縁談を持ち掛けた節があるそうだ。
綺麗に見事に皇帝の逆鱗に触れたのである。流石だ…。
しかし皇帝の意識は、女としては有難いがそこで怒るくらいならもっと早くに何かしらの手を貸してやればよかったのに、とも思う。シャオヤオからすれば嫁として追い出そうとするだけ縦ロール令嬢の親はまだ平和な人だ。母親の未亡人諸共、病気なり事故なりで殺す手段がなかった訳ではなく、そうなっていたらどうするつもりだったのか。
そんな考えたが表情に出ていたのだろう、皇太子が苦笑する。
「旧帝国の腐り果てた貴族達を反面教師に誇り高く生きてきたから、小物の思考が分からないんだ」
時に視界にも入らないと。視野が狭いとはそう言う事らしい。
そしてそれまで放置しておいて、自分の逆鱗に触れた途端に容赦が無くなるから狭量と。
「あくまでも一例。シャオヤオが分かる最近のモノから上げたに過ぎない。内容は様々だが、似たような事を父上はこれまでに幾度もやらかしてきている」
自分が正しいと思う道を突き進む。大筋としては確かに正しく、為政者として理想的な強さ。
皇帝はなるべくして皇帝となった。
しかし突き進む中で、大多数の人間が幸せとなる中で、皇帝がそうと知らずに踏み付け壊し置いて行ったモノがどれだけあるか。ひたすら進む皇帝はふと振り返る事はない。取り返しがつかない結果となって眼前に降って堕ちて来た時に初めて、そうと思い知る。
国として致命的な失敗を犯した訳ではない。多くの人を苦しめた訳ではない。寧ろ、人々を救った側なのだ。大多数の為に少数を切り捨てる、そんな無情にも日常茶飯事な決断で皇帝が間違えた事はなく、人としての心を痛めても皇帝として悔いたりはしない。
皇太子とてそこに否はない。
あくまでも、広大な帝国領地の端でたった1人が泣いている…大多数には何の影響もない。そんな何て事もない、ちょっとした出来事。
なのに、それで傷付いた顔をする父親が皇太子は嫌いだった。
「傷付いたのは父上ではない。父上は傷付けた側の人間だ」
そう零す皇太子の表情は冷え切っていた。
シャオヤオはまだ温かさが残るスープを黙って口に含む。
ダスティシュの屋敷から船が停泊している河港まで移動すれば、後は船に乗って3日と掛からず帝都に辿り着く。流れが逆になるので、帝都からなら2日ほど。それを利用して皇太子はシャオヤオが辿り着く1日前にはダスティシュ領に着いていたそうだ。
正直ムカつく……だが。
「コハクさんはシャオヤオに気付かれないように並走と先回りをして、シャオヤオの行く先の安全と使う馬の確保をしてくれていたんだ」
と言われてしまえば、怒りなんぞ何処かへ飛んでいく。
道理で丁度良く馬を奪…拾え続けられたわけだ。ほぼ休み無しの強行軍だったとは言え、そんな見えない補助がなければシャオヤオが着いていたのは3日目の夜ではなく4日目の昼になっていたはず。
しかしムーダンの元へ帰る事だけで頭がいっぱいだったとは言え、シャオヤオとて追っ手を気にしていなかったわけではないし、何より並走している馬がいれば流石に気付く。断言してもいいが、周囲にそれらしいものはなかった。一体どうやって並走やら先回りやらをしていたのかと考えて、無駄だと思ったので考えるのを止めた。聞いたところで人間離れした回答が返ってくるだけだろう。そう言うモノだと受け入れて、諦めた方がいい。
アズベルトの報告を受け、皇太子はシャオヤオを連れてダスティシュの屋敷を出た。帝都まで、ムーダンの所まで連れて行ってくれるらしい。
因みにアズベルトとあの出来る執事は同行しないようだ。
「アズベルトは?」
「俺以外の名前を呼ぶ…。ここでの仕事の後片付けが残っているから、それを終え次第、帝都に戻る予定だ」
あの美しい女装男子の仕事とは何だろうと、その格好の意図も含めて気になるところではあるが、人の目があったのでここは口を閉ざしておく。
シャオヤオも大概だが、皇太子も船を使ったとは言え行きは早さ重視の強行軍だったとか。本来の航程なら、先に言った日数より1~2日増えるらしい。
なので、帰りは帝国皇太子の移動として少しばかり体裁を整えると先に断りを入れられた。
例えば屋敷から出立する際は整列した兵士達の送迎を受け、馬ではなくそこそこ見栄えがする馬車に乗り込む。自分の立場が良く分からなかったのでシャオヤオは黙って着き従っていが、見送りの兵士達に紛れて孤児達が手を振っていたので、それだけはシャオヤオも小さく手を振って応えた。
河港までも護衛を連れて隊列を組んで進む。歩きの者もいるので、そちらに合わせた速度である。正直走った方が早いが、これが皇太子の言うところの体裁なのだろう。
話は船の上でと言っていた皇太子は、これだけは先に片付けさせてくれと馬車の中でも紙に何かを書き付けていた。その辺の馬車よりはマシとは言え、それなりに揺れるのに気持ち悪くならないのだろうか? なんて横目で思いながらシャオヤオは馬車の窓から外を眺める。
暗殺者として潜んで生きていたシャオヤオを知る人間は、ダスティシュ領でも少ない。領民等はシャオヤオの正体も知らずに、高貴な方と思って通り過ぎる馬車に向かって頭を下げている。
何とも奇妙だ。詳しくはこれから聞く事になるだろうが、恐らくダスティシュ領は終わる。領主によって情報が遮断され古い時代を生きていた彼等の今後はどうなるのだろうと、ぼんやりと思った。
延々と掛かって河港に着いてからも、そこのお偉いさんだとかどこそこの責任者だとかと長々と言葉を交わし、やっと船に乗り込んだ頃には半日が過ぎ日は陰っていた。
船は運河で使える物では一番大きいらしく、馬車と同じくこちらも見栄えがする物だった。皇太子が早さ重視で来る際に使った船は一回りも二回りも小さかったそうで、つまり速度はあまり出ない。溜め息が出る。体裁、面倒くさい。
「では話をしようか」
皇太子に着いて船室に入る。帝国皇太子が使うだけあって、船の中とは思えない広さと豪華さだ。人生において一度たりとも足を踏み入れる事はないと思う類の場所だけに、ついあちこち眺めてしまう。
そうしている間に、部屋に備え付けられたテーブルに船上とは思えない豪華な夕食が用意されていた。もうそんな時間か。地位ある者の食事には大抵給仕が付き、料理は順に出される物だがスープもメインもデザートも、全ての料理がテーブルに隙間なく並べられている。そして用意した船員らしき使用人達は揃って外へ。込み入った話をするのに、配慮した形なのだろう。
部屋にはシャオヤオと皇太子の2人…なのだが。
「コハク、さんはまた何処かにいるの?」
「いや、先に帝都に帰っている」
「あぁ…そう」
あの白い何でも屋がまた何処かに潜んでいるのではないかと思ったのだが、いないらしい。どうやって先に帰るのかは聞くまい。
シャオヤオは大人しく皇太子の対面の席に座る。
「順を追って話をするのだけど…さて、何処から話そうかな」
少しだけ考える素振りを見せてから、皇太子は口を開いた。
「俺の仕事を簡単に言うと、粗捜しだ」
「粗?」
「国の、そして我が父フリーデン帝国皇帝の、粗捜し。父上は何と言うか、軍の指揮や戦略戦術、人心掌握に国の運用なんかの大きな規模の事に関しての能力はずば抜けているし、目的に向かってひた進む推進力も高い。だがそれ以下の単位の事になると途端に節穴で視野が狭く狭量で興味も持てず、しかも自分の足元を見たり振り返ったりもしないと、支配者としては理想的だが個人としてはまぁ欠陥だらけなお人でね」
民衆にも公平な政治体制を敷く、良き統治者と名高い現皇帝に向かって何とも酷い感想である。実の息子故に他人には分からないところが見えているのだろう。
「一つ例を上げると、以前話した伯爵家の相続騒動。後継者を幼い娘としその母を後見人に皇帝の名において許しはしたけど、その後は事実上の放置だった」
以前の伯爵家…と言うとあの縦ロール令嬢の事である。
あの時に聞いた話をシャオヤオは記憶から取り出して並べる。確か伯爵家を乗っ取ろうとする縦ロール令嬢の親が、そろそろ成人の年頃になった本来の後継者である娘を男爵に嫁がせようと画策していた…とか言う話。
皇太子の口ぶりは現在進行形だったと記憶している。つまり、つい最近と言う事だ。
皇太子の婚約者を目指す縦ロール令嬢の派手な動きから、伯爵家の問題は帝国の貴族社会でも筒抜け状態だと思っていたが……あぁ。
「興味も持たず、振り返りもしないってそう言う事?」
「そう」
許可を与えてそれで終わり。
伯爵家の騒動は、縦ロール令嬢が伯爵令嬢を自称し皇太子に積極的に絡むようになった頃から知られるようになっていた。
だが、皇帝は静観した。
「自分が自分の才気と努力で成り上がったから、他者に対してもそうであるべきと思っているんだ」
後ろ盾もなく貧乏貴族から上り詰めた実力主義の皇帝。財産の相続こそ故人の意思を尊重するとしても、地位の継承は実力でもって行うべきと考えている。
一つの家に地位ある者であろうとも他人が介入し過ぎるのは他家への影響もあってよくないとしつつ、皇帝がその名で許したのはあくまでも家督と財産の相続。伯爵には、縦ロール令嬢の父が実力を示すのであればそちらを据えても構わない…と言うのが本音らしい。
それが嫌なら、後継者たる娘は実力でそれを阻止または奪い返せばいいだけ、と。なまじ成り上がったが為に、皇帝の爵位等への価値基準は一般より低い。更に本心を言えば、当時は新王朝による大陸統一と平定でとても楽し…忙しく、皇帝が一つの家に拘ってはいられなかった。
「自称伯爵令嬢がウザいなら、俺が自分で何とかすればよいと返された」
道理で後継者の娘が成人するのを待っていたとは言え、シャオヤオとの婚約まで皇太子も手を出さなかった訳だ。
皇帝の言わんとしている事は分かる。シャオヤオだって自分の力で生き抜いてきた。
それでも眉が顰めるのを止められない。
自分の問題は自分で片付ける。そうではあるが、いくら改革しているとは言え前王朝から男性優位の意識が根強く残る国で、離れに追いやられた未亡人と未成年の娘に無茶を言う。
皇帝としては静観のつもりだろうが、事実上の放置は縦ロール令嬢の親の行いを黙認していたのに等しい。縦ロール令嬢の親が増長していくに決まっている。
しかしそんな皇帝が、激怒したとか。
急展開に着いていけない。
「理由は?」
「件の男爵との縁談さ。男爵に問題がない…訳ではないが、男爵そのものでは無くて。父上はある事情から、女性が意に沿わない婚姻を強いられ男に権力で弄ばれるのを毛嫌いしている。それはもう、仇のように」
件の男爵とは、愛人の数が両の手では足りない程いる好色家で皇帝直属の臣下だったはず。
愛人を多く抱えていても男爵の人柄そのものは問題ない。皇帝はそれを知っている。
だが縦ロール令嬢の親はその人柄を知らずただ好色家としての噂から、後継者の娘が酷い目に合う事を期待して縁談を持ち掛けた節があるそうだ。
綺麗に見事に皇帝の逆鱗に触れたのである。流石だ…。
しかし皇帝の意識は、女としては有難いがそこで怒るくらいならもっと早くに何かしらの手を貸してやればよかったのに、とも思う。シャオヤオからすれば嫁として追い出そうとするだけ縦ロール令嬢の親はまだ平和な人だ。母親の未亡人諸共、病気なり事故なりで殺す手段がなかった訳ではなく、そうなっていたらどうするつもりだったのか。
そんな考えたが表情に出ていたのだろう、皇太子が苦笑する。
「旧帝国の腐り果てた貴族達を反面教師に誇り高く生きてきたから、小物の思考が分からないんだ」
時に視界にも入らないと。視野が狭いとはそう言う事らしい。
そしてそれまで放置しておいて、自分の逆鱗に触れた途端に容赦が無くなるから狭量と。
「あくまでも一例。シャオヤオが分かる最近のモノから上げたに過ぎない。内容は様々だが、似たような事を父上はこれまでに幾度もやらかしてきている」
自分が正しいと思う道を突き進む。大筋としては確かに正しく、為政者として理想的な強さ。
皇帝はなるべくして皇帝となった。
しかし突き進む中で、大多数の人間が幸せとなる中で、皇帝がそうと知らずに踏み付け壊し置いて行ったモノがどれだけあるか。ひたすら進む皇帝はふと振り返る事はない。取り返しがつかない結果となって眼前に降って堕ちて来た時に初めて、そうと思い知る。
国として致命的な失敗を犯した訳ではない。多くの人を苦しめた訳ではない。寧ろ、人々を救った側なのだ。大多数の為に少数を切り捨てる、そんな無情にも日常茶飯事な決断で皇帝が間違えた事はなく、人としての心を痛めても皇帝として悔いたりはしない。
皇太子とてそこに否はない。
あくまでも、広大な帝国領地の端でたった1人が泣いている…大多数には何の影響もない。そんな何て事もない、ちょっとした出来事。
なのに、それで傷付いた顔をする父親が皇太子は嫌いだった。
「傷付いたのは父上ではない。父上は傷付けた側の人間だ」
そう零す皇太子の表情は冷え切っていた。
シャオヤオはまだ温かさが残るスープを黙って口に含む。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
東京ダンジョン物語
さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。
大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。
ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。
絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。
あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。
やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。
スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。
無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる