ラティオ・レコード~砕かれた薔薇と復讐の玉座~

Muu-S

文字の大きさ
1 / 10

【第1話】三時間の星空

しおりを挟む
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

砕かれた薔薇バラと共に、少年の心も

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【この作品について】
本作品は復讐と支配をテーマとしたダークファンタジーです。
暴力描写、いじめ、精神的に重い展開が含まれます。
R15相当の内容ですので、苦手な方はご注意ください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ぐちゃぐちゃだった。

 伝説の薔薇が。

 命がけで手に入れた、押し花が。

 俺の最後の希望が。

 無残に、くだかれていた。

「どうも思ってない」

 愛した人の冷たい返事と共に、俺の心も


   ◇ ◇ ◇


 炎が、悲鳴を飲み込む。

 火山の火口から立ち上る熱波の中、かつて俺をしいたげ抜いた者たちが、檻に囚われて地獄の業火に焼かれている。

「助けて! お願いだ!」

 叫びが、溶岩の轟音ごうおんき消される。

 俺は、ただ静かに、クレーンを操作し続ける。

 あの時、砕かれた薔薇おもいのように。

 今、奴らの命を砕いている。

 これが、俺が選んだ道。

 愛が憎悪に変わる瞬間を知った者が辿り着く、

――全ては、あの星空から始まった。

 あの日の夜、『僕』はまだ9歳だった。


   ◇ ◇ ◇


「わぁ……毎回思うけど、星が綺麗ね……」

 母アリアの声が、静寂の中に溶けた。

「ああ、そうだな。一ヵ月に一度の日食だ、この景色を楽しもう」

 父ファーテルが、優しく応えた。

 空は、深海の底を覗き込んだような、手の届かない漆黒しっこくをたたえていた。

 そこに無数の星々が、まるで宝石を砕いてばら撒いたかのように、冷たい青銀の光を瞬かせている。

 巨大な惑星ウプロンドがもたらす、月に一度の特別な空――日食の恩恵おんけいだった。

 僕は両親と共に、その非日常の光景に息を呑んでいた。

 月に一度、たった三時間だけ。

 ウプロンド教の宗教法によって強い光の使用が禁じられたこの世界で、この特別な闇は人々に許された最大の娯楽であり、同時に信仰のシンボルでもあった。

 日食の静寂の中、傍らで穏やかに星を見上げる父と母の横顔が、銀色の光に縁取ふちどられている。

 僕は知っていた。

 この美しい景色が、もうすぐ終わってしまうことを。

 これが、旅立ちの前の最後の時間だということを。


   ◇ ◇ ◇


「なあ、テリアル……」

 父の声が、星空の静けさにけた。

「俺は……いや、パパとママはな、この七千年以上もの間、誰も討つことの出来なかった魔王……いや、魔神を討ちに行く」

「もしかしたら……帰ってこれないかもしれない」

 父は少し寂しそうに、しばらく星を眺めていた。

 僕は不安にられて、すぐに言葉を返した。

「お父さんとお母さんが負けるわけないよ! だって、あんなに強いんだもん……」

 母は、僕の頭を優しく撫でた。その手は、いつもより少しだけ震えていた。

「そうね……負ける気はないわ。大丈夫よ、テリアル」

 僕の顔を覗き込み笑顔を見せた。

「でも……それ以外にも、色々と危険なことはあるの。だから、伝えておきたいことがあるわ」

 母は言葉を選びながら、僕の瞳をまっすぐ見つめた。

 その瞳の奥に、僕の知らない何かが揺れていた。

「もし私たちに何かあったら、テリアルはリンティカ勇者学校に連れて行かれることになるわ」

 母は、僕の肩に手を置いた。

「無理やりにでもね」

 母は僕の肩に置いた手を、ぐっと強く握りしめた。

 その温かい手が、現実の厳しさを、残酷なまでに物語っていた。

「その時が来たら、私の部屋の隠し通路を探して」

 母の声は、真剣だった。

「中にある物を、必ず持っていってね。約束よ」

「勇者学校? 無理やりなんて嫌だ!」

 僕は、思わず声を上げていた。

「何で僕が連れて行かれるの!?」

 両親を失うかもしれない恐怖と、見知らぬ場所へ強制される理不尽さが、幼い僕の胸を締め付けた。

「……誰も、魔神討伐に行きたがらないからよ」

 母は、悲しそうに俯いた。

「だから、孤児を集めて勇者として育てる。そんな法ができてしまったの」

「おかしいよ!そんなの!」

「ええ、本当にね。行きたくなかったら、逃げても良いのよ、テリアル」

 母は、僕の頬に手を添えた。

「でも……もし連れていかれたら、あなたは勇者王同士の子だから……とてもつらい目に遭うかもしれないわ」

「その時は、忘れないで。どんな目に遭っても、冷静さを保って」

 母の手が、僕の頬を優しく撫でた。

「それが、あなたを守る力になるから」

 母が心配そうに僕を見つめていると、父が思い切ったように口を開いた。

「まあ、法に背く感じにはなるが…いざとなったら、嫌になったら逃げ出しても良いんだぞ」

 父は、僕の肩を叩いた。

「そのために、魔物が徘徊はいかいする外でも生きて行けるような修行を、一緒にしてきたんだからな」

 父の目が、真剣に僕を見つめる。

「その時々にどうするのかは、自分の意思でしっかりと決めればいい」

「テリアルは俺とアリアの技術を学んだんだ。もう十分、一人で生きていけるさ。無理をしなければな」

「ふふっ……そうね。物心がつく前から、色々と教えてきたもの」

「テリアルなら、どんな未来でも描けるわ」

 父からは、狩りや料理、そして戦術を学んだ。

 母からは、この世界の知識や、植物や動物、そして魔物に関することを学んだ。

 それが、いつか僕を守る盾になると、二人は信じていたのだろう。

「ハハハ、そうだな!もしかしたら天帝王てんていおうになったりするかもな!」

 父は、重い空気を振り払おうとするかのように、冗談じょうだんめかして言った。

「うふふ、また可笑しなことを言って。天帝王は完全世襲制かんぜんせしゅうせいよ」

「ハハハ、冗談だ!」

「魔神を倒したら、天帝王から願いを何でも三つかなえてくれるんでしょ?」

 僕は、二人を見上げた。

「お父さんとお母さんは、何を叶えたい?」

「私はね……魔物のいない世界。それから、家族みんなで上流階級に上がること」

 母は、星空を見上げた。

「あと、勇者学校の取り壊しね」

「俺も、アリアとほぼ同じかな」

 父も、星を見上げる。

「魔神と魔物がいなければ、必ず世界は変わる」

「そっか……魔物がいなくなったら、世界はどうなるの?」

「そりゃあ、まずは戦う必要がなくなるな。そうすれば、魔物や魔神からの恐怖に支配されている人々は解放される」

 父の目が、遠くを見つめる。

「森に行って食料を調達するのも楽になるし、戦闘に自信がない人でも食料が手に入れやすくなる」

「それだけじゃないわよ?」

 母が、明るく言った。

「安全になれば、この狭い天帝国を広げて、もっと住みやすい土地に住むこともできるわ」

「へぇ~。そうなったら冒険も出来て、楽しくなりそう!」

 僕は、想像して胸がおどった。

「勇者学校の取り壊しは、何でするの?」

「一番の理由は、魔神や魔物がいなくなったら、もういらないからだな」

 父は、真剣な顔になった。

「二番目の理由は……勇者学校は、孤児や人生を諦めた人間が行く場所だ。何千年も、魔神は倒せていない」

 父は、拳を握りしめた。

「そして、勇者学校に入ったら最後、逃げられない」

「どういうこと?」

「学校に入学すると……」

 父は、自分の胸に手を当てた。
 幼い僕に場所を示す、その仕草が、かえって真実の重みを増した。

「心臓の近くに、小さなを埋め込まれるんだ」

「ば、爆弾!?」

「ああ。医者が、細い管を使って、体の中に入れる」

「魔神との戦いから逃げ出さないための、首輪だ」

 父の声は、低く、重い。その言葉が、僕の喉の奥で冷たい塊となって張り付いた。

 僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「その爆弾は、30歳までに天帝国から出ないと、内部で爆発して死に至る」

「30歳を超えて天帝国に戻っても、爆発して死に至る。結局、勇者学校に入ったら、魔神を倒さない限り天帝国に戻れないということさ」

「魔神を倒して魔物がいなくなったと確認されれば、この爆弾もようやく停止する」

 父の顔が、少し和らいだ。

「まあ……まれに、俺とアリアのように本気で魔神を倒そうと、自ら勇者学校に入る人もいるけどね」

「そうなんだ……」

 僕は少し考えた。

「お母さん、僕たちって、本当なら何歳くらいまで生きられるの?」

「そうね、大体150歳までは生きられるわよ。成人は30歳からね」

「大人も魔神を倒しに行けばいいのに……」

「そうね……おかしいわよね」

 母は、悲しそうに微笑んだ。

「でも、誰も魔神を倒しに行きたがらないから、こうなってしまったの」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【第1話 終わり】

次回:【第2話】明けゆく光と別れ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...