ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

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第三章 流転する運命

第73話 機織り娘たちの唄

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 その頃ヨハネは商会の仕事を離れて、市参事会しさんじかいの仕事に駆り出されていた。

 それはエル・デルタの中心部に作られる大教会の地ならしの仕事だった。そこでは街中から奉公人と人足が集められ、蟻が土の上を忙しく動き回るように、様々な髪と肌の色をした人々が泥まみれになって働いていた。

 敷地の中央にはすでに石造りの聖堂が造られていた。それはヨハネが今まで見た木造の教会ではなく、切り出した石を積み上げて造られた建築物だった。ヨハネはそこでの労働を喜んだ。奴隷の運搬をするよりも、何かを造り上げる作業に参加できる喜びは、きつい肉体労働であっても、彼の心をいくらか慰めた。



 ヨハネは早朝まだ暗いうちに、商会の男奉公人を半分連れて現場に行き、一日中働いて夜遅く帰る日々を送った。



 ある朝、日が昇る前にヨハネが織物工房の横を通って現場まで行こうとすると、すでに工房の作業部屋の中からは、機を織る音が聞こえた。

 こんな朝早くから女奉公人たちが仕事を始める事は今までなかった。そして夜遅くヨハネが土埃つちぼこりにまみれて帰ってくると工房の窓からは明りが漏れ、中からはまだ機織り機の動く音と、女奉公人たちの歌が聞こえてきた。





 春が来れば終わるだろうか

 冷たい空気のこの工場こうば、白い吐息といきは氷に代わり、荒れた手を

 見て涙が落ちる



 夏が来れば終わるだろうか

 見渡す限りの糸の束、隣の娘はため息をつき、砕けた腰に踏み木が響く



 秋が来れば終わるだろうか

 山と積まれたこの仕事、頬の汗には涙が混じり、割れた爪には血が滲む



 冬が来れば終わるだろうか

 荒すさんで歪んだみんなの心、いさかいの後の歪んだ心、曲がった背中で秋の

 日あびる



 たった一つの喜びは、大きなピーノの木の下で



 私を待ってるあの人の、大きく優しい手のひらと、広くてぶ厚い胸板が、

 荒れた手のひら包んでくれる、曲がった背中を伸ばしてくれる



 満月の光の下と、新月の闇の中で、次に会えるその時までは、



 青い涙と赤い血が、白い布地に付かないように、付かないように。







 ヨハネは、彼女たちの歌う歌の悲しげな調べを、眉間に皺を寄せながら聞いていた。得も言われぬ不安感が彼の胸に去来した。彼は工房のほうを何度も振り返りながら商会へ帰った。
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