ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

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第三章 流転する運命

第74話 輝く月

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 その夜、彼は部下の奉公人たちに先に食堂に行くように指示すると、工房の入口に近づいた。

 扉は開け放たれ、入り口の横に置いてある箱にマリアが座っていた。

 彼女は女中服ではなく、寝間着用ねまきよう貫頭衣かんとういを着て、足を延ばして座っていた。彼女の首には赤いJ字型の石を付けた首飾りが付けられ、短衣の裾からは形の良い太ももが二本伸びていた。そして黒銀色の髪を結ばずに下ろして物憂げな様子で座っていた。



「どうしたの。マリア」

 ヨハネはぎこちない歩き方で彼女に近づきながら言った。

「私だけ休憩時間なの、ふふ」

 マリアは笑顔で答えた。その笑顔はどことなくやつれて見えた。

「疲れているのかい」

「いいえ、朝から作業を続け通しだったから、メグが気を使って休みをくれただけ。あれくらいの作業で疲れるほどやわじゃないわよ」

 メグはそう言うと膝を抱えてその上にあごを乗せた。ヨハネは動揺しながら誤魔化すように尋ねた。

「忙しいのかい」

「納期に間に合うかどうかの瀬戸際なのよ。みんな必死で働いてるわ」

「納期って……市場で小売りするんじゃないのかい?」

「うふふ、納期のない仕事なんてないわよ。カピタンと契約した期日が近いのよ。メグなんか頭だから必死よ」

「納期に間に合わなかったらどうなるのかな」

「……んんん、どうなるのかしらね。きっと何とかなるわよ。大丈夫。うふふ」



 マリアはそう言って笑うと、立ち上がって寝間着ねまきの帯を締めなおした。そのはずみで、彼女の大きな胸が服の下で微かに揺れた。その腰のくびれが際立ち、服全体が体に密着して体の線が露わになった。



 ヨハネは少しの間、下を向いていたが、声を少し震わせながら言った。

「ねえ、マリア」

「なあに?」

「たまに、君に会いに来てもいいかな。いろいろ君と話したいんだ」

「ええ、いいわよ。何が話したいの?」

「何ってわけじゃないんだけど……」

「ふーん……変なの、うふふ」



 そう言うとマリアは、黒銀の髪を器用に結びながら、工房の扉の中に入って行ってしまった。そこからは女たちの放つ熱気が流れ出し、ヨハネの顔を打った。その後ろ姿をヨハネは胸に不思議な痛みを感じながら、見送った。
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