勇者ブルゼノ

原口源太郎

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第四章

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 パフラットもセイナが姿を消したことを知らなかった。
「ブルゼノ君に話があります」
 パフラットは改まった様子で言った。
「私が旅に出た理由は、私自身がもっと成長しなければならないと思ったからです。そしてそう思わせたのがブルゼノ君、あなたです」
「え?」
「セイナさんは女性にしては飛び抜けた剣の術を身に付けています。しかし女性にしてはという言葉がどうしても付いてしまいます。私が旅に出る前に、すでにブルゼノ君は力も技もセイナさんを越えていました。昼の時間は弓と魔術の稽古をしていてほとんど剣の稽古をしていなかったにもかかわらずです。君が私の力量に追い付くのはもはや時間の問題でした。私はブルゼノ君がさらに上の段階に進むためには私が上の段階に行かなければならないと思い、旅に出たのです」
「でも、セイナだって」
「もちろんセイナさんも上達しました。しかしどう頑張っても男にはかなわないものがあります。セイナさんはきっとそこに気が付いたのでしょう」
「セイナは勇者になることを諦めたということですか」
「君が勇者になるのです。セイナさんだけじゃない。私もずっと前からブルゼノ君が勇者になるべきだと思っていましたし、ババロン君も同じ思いです」
「でもなぜセイナは旅に・・・・」
「君はセイナさんが勇者になることを強く望んでいた。セイナさんは自分より君のほうが勇者にふさわしいと気が付いた時から心に決めていたのでしょう。自分がいると君は決して勇者になろうとはしない。君を勇者にするためには自分がいなくなるしかないと」

 それから一週間、ブルゼノは道場に行かなかった。
 剣にも弓にも触れることさえしなかった。
 これから何をどうすればいいのだろう。そればかり考えていた。
 セイナはブルゼノこそ勇者にふさわしいと思ったなら、そう言うはずだ。何も言わずにどこかに行ってしまうなんておかしい。
 黙って姿を消すことが、ブルゼノを勇者にするために最もふさわしい行いだとセイナは考えた。なぜだろう。
 僕は勇者になるのだろうか。なれるのだろうか。
 いくら考えても答えは見つからない気がした。

 一週間後にブルゼノはパフラットの道場に行った。
 その頃のパフラットは城へ武術指導に行き、道場にいないことが多かったが、その日はいた。
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていました。セイナを捜しに国を出ていってしまうのではないかと少し心配しましたがね」
 パフラットは冗談交じりに言った。
「僕は勇者になれるでしょうか?」
 ブルゼノはパフラットに尋ねた。
「なれます。もちろんこれから十分な稽古を積んだうえでの話ですが」
 ブルゼノの心は決まっていた。
 セイナがこの町を出ていくことだって、そう簡単な決断ではなかったはずだ。そうまでしたセイナの思いに応えなければならない。立派な勇者になってセイナの帰りを待つしかない。
 それがブルゼノの出した答えだった。
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