夢でもし君に会えたら

原口源太郎

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第一章

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 顔を出した太陽より左、太陽の出るところを東とするなら北に見える山がひときわ高く、そのギザギザのてっぺん付近に白い雪を乗せている。真人はその山が写真で見たキリマンジャロとそっくりなことに気が付いた。
 キリマンジャロのこちら側に、朽ち果てたような巨大な建造物が見える。それもどこかで見たことがある。バベルの塔だ。その隣にのっぽなスカイツリーが砂漠から突き出している。
 真人は頭がくらくらした。今、自分のいる世界を夢の世界と信じるしかなかった。
 乾いた砂漠が広がり、草や木がポツンポツンと生えている広大な盆地。砂漠の中に所かまわず、空からばら撒かれたように色々な物が無造作に存在している。
 石で築かれた中世ヨーロッパの城の横には、砂に埋もれかけた巨大な戦艦。その向こうに万里の長城。自由の女神。アメリカ西部の開拓村、ピサの斜塔に遊園地。モアイ像の群れ。高層ビルとアンデスの遺跡。飛行場。シベリア鉄道、エアーズロック・・・・
(真人、真人、どこにいるの?)
 夢美の声だ。真人は辺りを見まわした。
 朝日を受けて、砂漠の白い砂がキラキラと光る。人間によって築かれたはずの建造物はどれも人気無く静まり返っている。
「夢美!」
 真人は叫んだ。
「夢美! 謙太郎! トレーシー!」
 静まり返った空気は何も伝えず、世界は死んだように眠っている。
 いや、何かが聞こえる。真人は耳を澄ませた。
 低いエンジンの唸り?
 そうだ。近づいてくる。
 真人は砂煙を見つけた。
 そこへ走った。
 戦車のようなリムジンだった。側面から見ても前に二つ、後ろに三つのタイヤが見える。だから最低でも十個以上のタイヤを持つばかでかいリムジンだ。ドアも片側だけで四つも並んでいる。
 真人は走った。この世界のことがわかるのなら。教えてくれるのなら。
 砂に足がとられた。全力疾走しているため、すぐに息が苦しくなってきた。それでも必死に走った。その車、待ってくれ。
 ついに真人は柔らかい砂で足をもつれさせて転んだ。
 もうもうと砂煙を上げて、リムジンが走り去る。
 真人は力が抜けたように立ち上がった。
 すると、遠くでリムジンが停まり、バックしてきた。
 真人は再びリムジン目指して走った。
 巨大な車に追い付くと、リムジンの一番後ろのドアの窓が、低いモーターの音と共に下りた。
「お前は誰か?」
 黒いひげをぶら下げて、頭に白いターバンを巻いた大きな目の中年の男が、車の中から尋ねた。
「僕は真人。あなたが王様ですか? そしてここはどこですか? 夢の世界なのですか?」
 真人は荒い息を押さえて尋ねた。
「吾輩はこの国の王だ。ここは吾輩の国で、吾輩にとってこの国は夢ではなく現実だ」
「僕はなぜここに?」
「そんなことは知らん。知りたいことがあるのならあの山に住む爺に訊いてみろ」
 国王が顎で示したのは、富士山よりも整った形の三角定規を立てたような山だった。
「あの山のどこに?」
「それくらい自分で捜せ」
「どうも。ありがとうございました」
 ウィーンと静かな音を立てて閉まる窓に向かって、真人は軽く頭を下げた。
 閉まりかけた窓が途中で一旦止まると、また開いた。
「そういえば、この先で赤い車を見かけたが、あれはお前のものか?」
「えっと、そうかな?」
「あそこは吾輩の通り道だ。どこかへどけておいてくれ」
「はい」
「じゃ、頼んだぞ」
 今度こそ窓はきっちり閉まり、リムジンは砂煙を立てて走り始めた。
(真人、真人、どこにいるの?)
 また夢美の声が聞こえた。
 真人は夢美を捜し出さなければならないし、謙太郎とトレーシーも見つけ出せば現実の世界に帰れるような気がした。
 待っていろ、夢美。すぐに見つけ出してやる。
 そう自分に言い聞かせ、真人はリムジンの走り去った方角と反対の方向へと歩き始めた。

 車はすぐに見つかった。砂漠の真ん中にぼそっと生えている広大な竹藪の外に車はあった。リムジンのタイヤの跡は真人の車まで真直ぐに進み、そこで半円を描き、また真直ぐに進んでいる。
 車はどこも傷んではいないようだった。車の前に何か落ちている。
 真人は巨大な木槌を拾い上げた。軽くてカラフルな、悪く言えばけばけばしい派手な木槌だった。
「何だろ、これは」
 真人は助手席に木槌を放り込むと、車のスタータースイッチを押した。


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