微笑

原口源太郎

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第一章

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 パトカーが雅彦の家の前に停まり、二人の警官が車から降りてきた。例の二人でなく、雅彦はほっとした。
 状況を見た警官は、人当たり良く車の時と同じようなことを言って帰っていった。雅彦は別に当てにしていなかったから気にならなかったが、妙子はかなりがっかりしたようだった。隣の家の放火による火事、壊された車、殺された犬と、事件が立て続けに起こったのだから、警察も何かの手段を講じてくれると思っていたのに、何もしてくれそうにないからだ。
「今度は家に火をつけられるかもしれないし、そうなってからじゃ遅いのよ」
 腹立ちまぎれに妙子は言った。
「警察なんてそんなもんだよ。人が殺されたり、傷付けられたりすれば本気になるけど、車やペットじゃね」
 雅彦はコーヒーを飲みながら無関心な口調で言った。
「そうなってからじゃ遅いのよ」
 妙子はイライラした様子でもう一度言った。
「何が起こるかわからないような事に、いちいち構っていられるほど警察は暇じゃないよ」
「あー、もう頭に来る」
 投げ捨てるように言ってから、妙子は雅彦の隣にドスンと腰を下ろした。そして考え事を始めたのか、無言でじっと前を見つめる。
 妙子が唇をわなわなと震わせてきた。考え事は良からぬ方向へ進んだらしい。何か嫌な事柄にぶつかり、悪い方、悪い方へと考えを膨らませていく。時々ある妙子の悪い思考パターンだ。自分の考えたことに対して感情がどんどん高ぶっていき、怒りが倍増されていく。思考が中断されて言葉になった時はヒステリー状態になっている。
「チーポはどうするの? 私が処分するの?」
 不意に妙子が雅彦を見て話し始めた。すでにヒステリーになっている。
「保健所が来るって警察が言っていただろ」
 雅彦はそっけなく答えた。
「保険所が来たって、その時あなたは会社に行っているでしょ。私が立ち会ってチーポのひどい姿を見なければならないのでしょ? もう嫌! 次は子供が誘拐されるかもしれない。あなたが殺されるかもしれない。そうなってからじゃ遅いのよ」
 時々声を裏返らせながら、妙子はヒステリックに雅彦に言った。感情は極度に高まっている。
「そんなことは無いだろ。いくら何でも人を殺したり・・・・」
「あなたにそんなことが断言できるの? 誰が車を壊したの? チーポを殺したの? 普通じゃないわ。気が狂った人間がこの近くにいるの!」
「そんなに心配したことじゃない。警察だってそう思ったから大して調べもせずに帰っていったんだ」
「警察はお役所仕事だから当てにならないわ。大して気にしてないのよ。誰かが殺されない限り、本気になってくれないのよ」
 それから妙子を落ち着かせるのに一時間以上もかかった。一度妙子の頭の中を支配してしまった感情を押し出すには、ちょっとしたコツと忍耐がいる。昔はそれがわからずに、かえって妙子の怒りを爆発させるようなことを言ってしまった。
 妙子を落ち着かせてホッとしてから雅彦は時計を見た。もう出かけなければならない。
 急いで服を着替え、カバンを持った。そのカバンは数カ月前まで必要がなく、毎日の出勤は手ぶらだったが、社長と外回りをするようになってから書類が色々と必要となり、カバンを持つようになった。
 靴を履こうと玄関に座り込んでカバンを横に置いた時、雅彦はびくっとして手を止めた。
 カバンの縁に、微かに血のようなものがこびり付いている。
 カバンを引き寄せ、ゆっくりと口を開き、中を覗いた。その途端に雅彦はカバンを放り出し、はずみでコンクリートの上に尻餅をついた。
 放り出されたカバンの口元から犬の足がゴロンと転がり出た。
 騒ぎを聞きつけた妙子が廊下に転がる犬の前足を見て、長い悲鳴を上げた。

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